制御性T細胞の誘導による治療の実現に繋がる誘導制御メカニズムを解明
2019-10-30 京都大学
坂口志文 名誉教授(ウイルス・再生医科学研究所客員教授・大阪大学特別教授)、三上統久 ウイルス・再生医科学研究所招へい研究員(レグセル株式会社研究員)、成宮周 名誉教授(医学研究科特任教授)、赤松政彦 アステラス製薬株式会社研究員らの研究グループは、新規制御性T細胞(Treg)誘導化合物AS2863619を発見し、その作用とメカニズムを明らかにすることに成功しました。
Tregは免疫を抑える機能を持つT細胞です。このTregを人工的に誘導することは、自己免疫疾患や炎症性疾患など免疫系の活性化を原因とする病気の治療に繋がると考えられます。本研究ではTregを効率よく誘導する化合物を探索し、AS2863619を発見しました。AS2863619はシグナル伝達分子であるCDK8/19の機能を阻害することで、免疫疾患の原因となる抗原に特異的なT細胞をTregに変換することが証明され、この化合物が強力なTreg誘導薬であることが明らかとなりました。また、皮膚炎症やI型糖尿病、脳脊髄炎のモデルマウスにAS2863619を投与することで、マウス中のTregが増加し、炎症病態が抑制されることも示されました。
本研究成果は、2019年10月26日に、国際学術誌「Science Immunology」のオンライン版に掲載されました。
図:本研究の概要図
書誌情報
【DOI】 https://doi.org/10.1126/sciimmunol.aaw2707
Masahiko Akamatsu, Norihisa Mikami, Naganari Ohkura, Ryoji Kawakami, Yohko Kitagawa, Atsushi Sugimoto, Keiji Hirota, Naoto Nakamura, Satoru Ujihara, Toshio Kurosaki, Hisao Hamaguchi, Hironori Harada, Guliang Xia, Yoshiaki Morita, Ichiro Aramori, Shuh Narumiya, and Shimon Sakaguchi (2019). Conversion of antigen-specific effector/memory T cells into Foxp3-expressing Treg cells by inhibition of CDK8/19. Science Immunology, 4(40), eaaw2707.
詳しい研究内容について
制御性T細胞を誘導し、炎症を抑える化合物を発見
―制御性T細胞の誘導による治療の実現に繋がる誘導制御メカニズムを解明―
概要
京都大学ウイルス・再生医科学研究所 坂口志文 客員教授(京都大学名誉教授・大阪大学特別教授)、三上 統久 同招聘研究員 (レグセル株式会社研究員)、京都大学大学院医学研究科 成宮周 特任教授 (京都大学名誉 教授)、アステラス製薬 赤松政彦 研究員らの研究グループは、新規制御性T細胞 (Treg)誘導化合物AS2863619 を発見し、その作用とメカニズムを明らかにすることに成功しました。
Treg は免疫を抑える機能を持つT細胞です。この Treg を人工的に誘導することは、自己免疫疾患や炎症性 疾患など免疫系の活性化を原因とする病気の治療に繋がると考えられます。本研究では Treg を効率よく誘導 する化合物を探索し、AS2863619 を発見しました。AS2863619 はシグナル伝達分子である CDK8/19 の機能 を阻害することで、免疫疾患の原因となる抗原に特異的な T 細胞を Treg に変換することが証明され、この化 合物が強力な Treg 誘導薬であることが明らかとなりました。また、皮膚炎症や I 型糖尿病、脳脊髄炎のモデ ルマウスに AS2863619 を投与することで、マウス中の Treg が増加し、炎症病態が抑制されることも示されま した。本成果は 2007 年~2017 年に産学官連携で実施された AK プロジェクトで得られました。本成果につい て、京都大学とアステラス製薬との共同で国際特許出願を行っています。
本研究成果は、2019 年 10 月 26 日に国際学術誌「Science Immunology」にオンライン掲載されました。
1.背景
制御性 T 細胞(Treg)は免疫抑制機能を持つ T 細胞で、Treg を誘導することで自己免疫疾患や炎症性疾患 を治療するという試みは世界的に興味を集めています。一方で、Treg を人工的に誘導するための手法はいまだ 不十分な点が多く、様々な課題も残されています。特に病気の原因となる活性化 T 細胞から Treg を誘導する のが難しいことや、炎症性疾患の患者で増加している炎症性サイトカイン (サイトカインは細胞から分泌され る生理活性タンパク質)の存在下で Treg が誘導されにくいことは、Treg 誘導による治療の有効性を高めてい く上で解決すべき課題です。
本研究ではその課題を克服し得る方法を見出すために、Treg を高効率に誘導する化合物のスクリーニング を試みました。スクリーニングによって課題の解決に必要な作用を持つ化合物を取得することができ、さらに、 その機序解析によって新たな Treg 誘導制御メカニズムが解明されました。
2.研究手法・成果
本研究ではまず、T 細胞に免疫刺激を加えた際に Treg を高効率に誘導する化合物のスクリーニングを行い ました。その結果得られた化合物 AS2863619 について詳細な検討を行い、その作用や機序を明らかにしてい きました。AS2863619 は、試験管内において、原特異的活性化 T 細胞を非常に高効率に Treg に変換すること が可能でした。また、炎症性サイトカインの存在下でも Treg 誘導が可能でした。これらは従来報告のある Treg 誘導手法では難しい Treg 変換であり、AS2863619 が Treg 誘導による治療における課題を克服する優れた Treg 誘導薬となる可能性が示されました。
さらに、AS2863619 に結合するタンパク質の解析を行い、その作用機序として、細胞内シグナル伝達分子 である CDK8 および CDK19 の機能を阻害することも明らかにしました。これによって、T 細胞では CDK8/19 が Treg への変換を妨げ、AS2863619 がその作用を打ち消すことで Treg を効果的に誘導することが証明され ました。
実際に AS2863619 をマウスに投与すると、免疫刺激を与えた後に抗原特異的T細胞が Treg に転換される ことが示されました。また、Treg の増加に伴って、皮膚炎症や I 型糖尿病、脳脊髄炎など様々な炎症性疾患モ デルの病態発症が抑制されることが明らかとなりました。さらに、AS2863619 による病態改善作用はマウス の体内から Treg を除去した際には認められなくなることから、化合物の作用は Treg に依存していると考えら れました。これらの結果から、AS2863619 をプロトタイプとする CDK8/19 阻害薬は Treg 誘導性免疫抑制薬 として多様な炎症性疾患の治療に応用し得ると期待されます。
3.波及効果、今後の予定
本研究の成果から、Treg 誘導による治療を実現するにあたって課題とされてきた上記の環境でも、CDK8/19 を阻害することで Treg を誘導し得ることが明らかにされました。本研究の成果を基盤とした臨床応用を目指 して、最適化された Treg 誘導性免疫抑制薬の創出のための検討を継続しています。
4.研究プロジェクトについて
本研究は、文部科学省科学技術振興調整費 「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成」プログラムの支 援を受けた京都大学「次世代免疫制御を目指す創薬医学融合拠点」プロジェクト(AK プロジェクト)におい て遂行されました。本研究成果は公開番号 WO2018/139660(Novel Compound, and Method for Producing Regulatory T Cells)として、国際特許出願されています。
<研究者のコメント>
Treg による免疫抑制作用は、一般的な免疫抑制薬と異なり、抗原特異的な働きを示します。そのため、病気 を起こす T 細胞を Treg に変換するという手法は、副作用の少ない安全な免疫抑制治療が実現できます。この コンセプトを実際の医療に応用するためには、優れた Treg 誘導薬が必要でした。本研究で発見した AS2863619 から解明された新たな Treg 誘導制御メカニズムは、Treg 増幅による免疫抑制を実現する上でインパクトの大 きな発見であり、Treg 誘導による治療法の実用化に向けた研究の今後の加速が期待されます。
AK プロジェクトでは、国と企業とのマッチングファンドにより、大学、企業の研究者が連携して創薬イノ ベーションに腰を据えて取り組むことができました。それぞれが有する医学研究、創薬技術などの複合的な能 力のシナジーが新たな発見に繋がったと思います。このような産学官連携の機会がより広がっていくことを期 待しています。
<論文タイトルと著者>
タイトル:Conversion of antigen-specific effector/memory T cells into Foxp3-expressing Treg cells by inhibition of CDK8/19(CDK8/19 阻害による抗原特異的エフェクターメモリーT 細胞の Foxp3 発 現 Treg 細胞への変換)
著 者:Masahiko Akamatsu†, Norihisa Mikami†, Naganari Ohkura, Ryoji Kawakami, Yohko Kitagawa, Atsushi Sugimoto, Keiji Hirota, Naoto Nakamura, Satoru Ujihara, Toshio Kurosaki, Hisao Hamaguchi, Hironori Harada, Guliang Xia, Yoshiaki Morita, Ichiro Aramori, Shuh Narumiya, Shimon Sakaguchi †These authors contributed equally to this work.
掲 載 誌:Science Immunology DOI:未定