抗がん剤治療による悪心・嘔吐の新しい制吐療法標準制吐療法を上回る試験結果に

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2019-12-12 静岡がんセンター,国立がん研究センター,日本がん支持療法研究グループ,日本医療研究開発機構

静岡県立静岡がんセンター(総長:山口建、病院長:高橋満、静岡県駿東郡長泉町)と国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜斉、東京都中央区)中央病院(病院長:西田俊朗)を中心に全国30施設からなる研究グループ(研究代表者:静岡県立静岡がんセンター 婦人科 安部正和、研究事務局:国立がん研究センター中央病院 薬剤部 橋本浩伸)は、抗がん剤の治療による悪心(吐き気)・嘔吐(吐くこと)を抑える新たな制吐療法の有用性を、医師・薬剤師主導の第3相ランダム化比較試験:J-FORCE試験(J-SUPPORT 1604)で明らかにしました。

悪心・嘔吐は抗がん剤治療の代表的な副作用であり、制吐療法は抗がん剤治療を受ける患者さんの苦痛を和らげる重要な支持療法)(注1)です。この新たな制吐療法は、抗がん剤治療による悪心・嘔吐に有効であることが既に確認されてはいるものの眠気やふらつきの副作用が出やすいため普及に至っていない抗精神病薬(オランザピン)を用いたもので、研究グループは用量を減らし内服時間を工夫することで、副作用を抑えながら現在の標準的な制吐療法よりも高い悪心・嘔吐抑制効果が持続的に得られることを確認しました。

具体的には、悪心・嘔吐の研究で最も重要な指標である嘔吐完全抑制割合(嘔吐しない、かつ、追加の吐き気止めがいらない患者さんの割合)において、成績の改善が求められている遅発期(抗がん剤を開始してから2から5日目)の割合を13%改善しました。

本研究によって、オランザピンによる翌朝の眠気やふらつきを抑えながら、高い悪心・嘔吐抑制効果を確認できたことにより、この制吐療法が新たな標準的な制吐療法として国際的に採用されることが期待されます。

本研究は、2019年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)ではBest of ASCOに、欧州臨床腫瘍学会(ESMO)ではBest of ESMOに選出され、また、国内で行われた日本がんサポーティブケア学会、日本癌治療学会、日本医療薬学会においても優秀演題賞に選ばれました。本研究成果の詳細については、世界的に評価が高いとされる医学雑誌「The Lancet Oncology」に12月11日(グリニッジ標準時)付けで掲載されます。

なお本研究は、がん領域の支持療法の恒常的な多施設共同臨床試験・臨床研究体制の構築を目指す日本がん支持療法研究グループ(J-SUPPORT)による研究支援と、日本医療研究開発機構(AMED)の革新的がん医療実用化研究事業「科学的根拠に基づくがんの支持療法の開発に関する研究」による研究費の支援を受け実施しました。

関連サイト

J-FORCE試験(J-SUPPORT 1604):https://www.j-support.org/study/completed/individual.html?entry_id=206(外部サイトにリンクします)

J-FORCE試験の概要

背景

抗がん剤治療がもたらす様々な副作用のうち、悪心・嘔吐は半数以上の患者さんが経験しており、化学療法の継続・完遂の妨げや予後にも影響を与えます。例えば、肺がんや食道がん、子宮がんなどで標準治療として使われているシスプラチンは催吐性リスクが90%以上と高く、投与後数日間にわたり車酔いのような状態になります。そのため患者さんの生活の質が下がらないようにするためには悪心・嘔吐の持続的抑制が必要です。しかし、現在の標準的な制吐療法での嘔吐完全抑制割合は、シスプラチンの投与後24時間の急性期(投与当日)は約90%ですが、24時間以降の遅発期(投与2から5日目)では約65%と下がるため、持続的な抑制効果の維持が課題でした。

本研究に用いたのは、従来の抗精神病薬に特徴的な副作用が非常に少ない新しいタイプ(非定型抗精神病薬)のオランザピンという薬です。オランザピンの制吐効果を抗がん剤による悪心・嘔吐に対して活かす研究が米国を中心に複数行われ、その有効性は明らかとなっています。しかし、10mgという高用量を用いており、眠気やふらつきといった副作用が強く安全に使用できる十分な根拠に乏しいため、日本や欧州では普及に至っていませんでした。

そこで日本では、抗がん剤治療による悪心・嘔吐に対するオランザピン5mg の効果を検証した二つの予備研究が行われました。一つは静岡がんセンターが中心に行った標準制吐療法に対するオランザピン5mgの上乗せ効果を検証した第2相試験で、オランザピン5mgの上乗せにより制吐効果が高まることが示されました。もう一つは国立がん研究センター中央病院薬剤部が中心に行ったランダム化第2相比較試験で、海外の標準用量であるオランザピン10mgに対して 5mgでも同等の効果が得られるかを検証し、5mgは10mgと同等の効果が得られ、かつ、10mgよりも副作用の眠気が軽いことがわかりました。これらの試験は第2相試験ですが、シスプラチンに対して標準制吐療法にオランザピン5mgを上乗せした効果を検証したのは世界で初めての試験であり、これらの結果を踏まえ、本研究を計画いたしました。

本研究の特徴

本研究の特徴は、1.オランザピンの用量を5mgにしたこと、2.オランザピンの内服時間を就寝前ではなく夕食後にしたことです。オランザピンは血液中の薬の濃度が最も高くなるまでに服用後3-4時間を要するので最も眠気の強い時間が就寝中となり、翌朝の眠気やふらつきを抑える工夫をしたことで、この試験デザインは世界的に高く評価されました。

試験の方法

本試験では、現在の標準的な制吐療法(セロトニン受容体拮抗薬(注2)、ニューロキニン1受容体拮抗薬(注3)、ステロイドの3剤を併用)と、オランザピン5mgを上乗せする併用療法を比較するため、それぞれのグループに患者さんを無作為に分け、また患者さんも医師・薬剤師・看護師もどちらのグループか分からないようプラセボ(偽薬)を用いて比較しました。このような試験を、プラセボ対照二重盲検ランダム化第3相比較試験と呼び、どちらがよいか分かっていない治療法を比べるのに最も科学的な良い方法です(図1)。

抗がん剤治療による悪心・嘔吐の新しい制吐療法標準制吐療法を上回る試験結果に

図1 プラセボ対照二重盲検ランダム化第3相比較試験

比較は、オランザピンを併用したグループ(オランザピン群)と併用しないグループ(プラセボ群)それぞれについて、急性期と遅発期と全期間(急性期+遅発期)における3つの指標で評価し(表1)、一番調べたいこと(主要評価項目)は研究グループが最も成績を改善したいと考えている遅発期の嘔吐完全抑制(CR)割合としました。

表1 制吐療法の試験で用いられる指標

評価項目 嘔吐 救済治療(注) 悪心
CR(Complete Response)
嘔吐完全抑制
なし なし 問わない
CC(Complete Control)
悪心嘔吐完全抑制
なし なし 有意な悪心なし
(なしまたは軽度)
TC(Total Control)
悪心嘔吐総制御
なし なし なし

注 救済治療:悪心がつらい時に使う頓服の吐気止めのこと

また、悪心・嘔吐の改善効果に加え、オランザピンの副作用である眠気が日中にも残っていないか、逆に副作用の眠気により良く眠れているかどうか、そして食欲低下に差があるかどうか(オランザピンは食欲増進効果がある)について、患者さんに症状日誌を記録していただきました。

本試験では、全国30施設でシスプラチンを含む抗がん剤の治療を初めて開始する、肺がん、食道がん、子宮がん等の患者さん710名にご協力いただきました。

試験の結果
  • 主要評価項目である遅発期の嘔吐完全抑制(CR)割合は、オランザピン群 79%、プラセボ群 66%で、オランザピン群が有意に良い成績でした。その差は13%であり、より有効な新たな治療と認められる国際的な基準である「10%以上の改善」を満たしました(図2)。
  • 急性期の悪心嘔吐総制御(TC)割合を除く全ての副次評価項目においても、オランザピン群が有意に良い成績でした。すなわち、嘔吐せずかつ救済治療なしに過ごせる割合が改善しただけではなく、悪心の程度についても明らかな改善効果が確認されました(図2)。
  • 「日中の眠気」についてはオランザピン群とプラセボ群とで大きな差はなく、 「不眠なし=良眠」の頻度はむしろオランザピン群の方が高くなりました。オランザピンの内服時間を従来の就寝前から夕食後にしたことで就寝時には副作用である眠気がむしろ良眠に繋がり、翌日の日中には眠気が残りにくいということが示唆されました。また、「食欲低下」についてはオランザピン群が有意に低い結果となり、食欲低下を軽減する効果も示唆されました。このような結果はオランザピン10mgを用いた米国の研究では示されていません(図3)。

悪心嘔吐3
図2 有効性の評価結果

悪心嘔吐4
図3 日中の眠気あり、不眠なし、食欲低下ありの頻度

結論

本研究によって、オランザピンによる日中の眠気やふらつきを抑えながら、悪心・嘔吐の抑制効果の改善が求められている遅発期の改善効果を確認できたことにより、オランザピン5mgを併用するこの制吐療法がシスプラチンに対する新しい標準的な制吐療法として国際的な制吐療法ガイドラインに採用されることが期待されます。

発表論文

雑誌名:    The Lancet Oncology

タイトル:   Olanzapine 5 mg in combination with standard antiemetic therapy for the prevention of chemotherapy-induced nausea and vomiting in patients receiving cisplatin-based chemotherapy (J-FORCE): a randomised, double-blind, placebo-controlled, phase 3 trial

著者:        Hironobu Hashimoto(First Author), Masakazu Abe(Corresponding Author)

研究支援機関

日本がん支持療法研究グループ(J-SUPPORT)
(URL:https://www.j-support.org/ 外部サイトにリンクします)

J-SUPPORT (Japan Supportive, Palliative, and Psychosocial Oncology Group)は、支持療法の開発戦略をもちオールジャパン体制で開発から普及・実装を支援する研究組織です。国立がん研究センター研究開発費(27-A-3)により2016年2月に設立され、国立がん研究センター中央病院支持療法開発センターと社会と健康研究センターに事務局を置いています。

J-SUPPORTではこれまでに、60件の研究相談を全国から受け、その結果、12件をアンメットニーズに応える質の高い支持療法研究として承認しました。本試験は、患者さんが参加し解析結果が得られた、初めての臨床試験の成果となります。

研究費

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)

革新的がん医療実用化研究事業

  • 研究開発課題名:シスプラチンを含む高度催吐性化学療法による化学療法誘発性悪心・嘔吐の予防に対する標準制吐療法+オランザピンの有効性と安全性を比較する二重盲検プラセボ対照第3相ランダム化比較試験
  • 研究開発代表者:安部正和
  • 研究事務局:国立がん研究センター中央病院薬剤部 橋本浩伸
  • 全研究開発実施期間:2016年4 月1 日から2019年3 月31日

研究グループ

がん専門病院10施設、大学病院12施設、総合病院8施設の計30施設の研究グループ (静岡県立静岡がんセンター、国立がん研究センター中央病院、北海道がんセンター、札幌医科大学附属病院、函館中央病院、市立函館病院、新潟県立がんセンター新潟病院、群馬県立がんセンター、埼玉県立がんセンター、国立がん研究センター東病院、がん研有明病院、東京医科大学病院、昭和大学病院、浜松医科大学附属病院、厚生連高岡病院、岐阜大学医学部附属病院、大阪市立総合医療センター、大阪大学医学部附属病院、和歌山県立医科大学附属病院、関西ろうさい病院、兵庫県立尼崎総合医療センター、神戸低侵襲がん医療センター、鳥取大学医学部附属病院、広島市立広島市民病院、高知医療センター、四国がんセンター、福岡大学病院、久留米大学病院、大分大学医学部附属病院、九州大学病院)

用語解説

注1: 支持療法について

支持療法とは、がんそのものによる症状やがん治療に伴う副作用、合併症、後遺症による症状を軽減させるための予防、治療、およびケアのことであり、これにはがんの診断・治療・リハビリテーション・終末期ケアの全経過の身体的および心理的な症状緩和や副作用の管理が含まれます。口腔ケアやリハビリテーションの強化、二次がんの予防、サバイバーシップ、終末期ケアは、支持療法に不可欠な要素です。

化学療法の副作用対策としてアンメットニーズの高い発熱性好中球減少症(FN)に引き続き、化学療法誘発性悪心・嘔吐は、今回の成果でほぼ制圧できたと考えております。しかしながら、化学療法によるしびれや倦怠感をはじめ充分な対応策がほとんど確立していないのが現状です。副作用の症状ごとに、主に患者さんの自己申告による評価法になりますが、その定義を確立するところからはじめている状況です。

注2: セロトニン受容体拮抗薬

腸粘膜の細胞から放出されるセロトニンが神経刺激を受け取る場所(受容体)に結合するのを抑える事で吐き気を抑える作用を持つ薬

注3: ニューロキニン1受容体拮抗薬

中枢神経に存在するニューロキニン受容体にサブスタンスPという神経伝達物質が結合するのを抑える事で吐き気を抑える作用を持つ薬

報道関係のお問い合わせ先

静岡県立静岡がんセンター マネジメントセンター 医療広報担当

国立研究開発法人国立がん研究センター 企画戦略局 広報企画室

AMED事業に関するお問い合わせ先

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)

戦略推進部 がん研究課

医療・健康
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