東北地方で起きた温泉植物ヤマタヌキランの進化
2019-12-27 京都大学
阪口翔太 地球環境学堂助教、長澤耕樹 同修士課程学生らの研究グループは、東北地方の温泉地で進化したと考えられる植物のヤマタヌキランについて遺伝解析を行った結果、土壌への適応性の違いによって本種の種分化が促進されたことを実証し、さらに火山の強酸性土壌という特殊な環境に適応したことによって、遺伝的多様性が完全に失われたことを明らかにしました。
ヤマタヌキランは温泉地のpH=2-3という強酸性土壌に適応しており、本研究グループはその遺伝分析を行うことで温泉植物の進化プロセスと遺伝的多様性の変化を解明することを目指しました。調査の結果、ヤマタヌキランの遺伝的多様性は姉妹種(最も近縁で祖先的な性質をもつと考えられる種)の30%しかないことが分かりました。
さらにシミュレーション分析によって、東北地方の各地の火山でどのような遺伝的多様性の変化が起きたのかを推定したところ、本種が東北北部から南部に分布を広げるなかで、段階的に遺伝的多様性を減らしていった過程が復元されました。とくに分布の南限にあたる福島県磐梯山の個体群では、調査した全ての遺伝子で1つの遺伝子型しか見つからず、ゲノム全体にわたって遺伝的多様性が完全に失われていました。
本研究から、強酸性土壌に適応することでヤマタヌキランは火山地帯で繁栄を手にしたものの、火山特有の攪乱や火山内に閉じ込め続けられたことにより、遺伝的多様性が著しく損なわれたと考えられます。この遺伝的多様性の低さは、野生の環境に生きる植物では例外的なレベルであり、植物の遺伝的多様性研究においても特筆すべき事例となりました。
本研究成果は、2019年12月27日に、国際学術誌「Molecular Ecology」に掲載されました。
図:本研究の概要図
詳しい研究内容について
強酸性土壌への適応が植物個体群の遺伝的多様性をゼロにすることを解明
―東北地方で起きた温泉植物ヤマタヌキランの進化―
概要
地面に根を下ろして生活する植物にとって、その場の土壌に適応することは生死に関わる重要な問題です。そのため新しい土壌環境にうまく適応できれば、個体群が新天地で繁栄できるほか、生育土壌を棲み分けることで種の多様化が起こると考えられます。一方で特殊な土壌に過度に適応してしまうと、他の土壌では生き残れなくなり、特殊土壌地帯に種が閉じ込められてしまいます。その場合は個体数や遺伝的な多様性が減少し、極端な場合には種が絶滅するリスクもあります。このように特殊土壌への適応は種の多様化を生み出す力となる一方で、個体数や遺伝的多様性の減少といった負の影響を及ぼすと考えられます。
京都大学大学院地球環境学堂 阪口翔太 助教と長澤耕樹 同修士課程学生らは、東北地方の温泉地で進化したと考えられる植物のヤマタヌキランに着目しました。この植物は温泉地の pH=2-3 という強酸性土壌に適応しており、その遺伝分析を行うことで温泉植物の進化プロセスと遺伝的多様性の変化を解明することを目指しました。調査の結果、ヤマタヌキランの遺伝的多様性は姉妹種 最も近縁で祖先的な性質をもつと考えられる種)の 30%しかないことが分かりました。さらにシミュレーション分析によって、東北地方の各地の火山でどのような遺伝的多様性の変化が起きたのかを推定したところ、本種が東北北部から南部に分布を広げるなかで、段階的に遺伝的多様性を減らしていった過程が復元されました。とくに分布の南限にあたる福島県磐梯山の個体群では、調査した全ての遺伝子で 1 つの遺伝子型しか見つからず、ゲノム全体にわたって遺伝的多様性が完全に失われていました。
本研究から、強酸性土壌に適応することでヤマタヌキランは火山地帯で繁栄を手にしたものの、火山特有の攪乱や火山内に閉じ込め続けられたことにより、遺伝的多様性が著しく損なわれたと考えられます。この遺伝的多様性の低さは、野生の環境に生きる植物では例外的なレベルであり、植物の遺伝的多様性研究においても特筆すべき事例となりました。
本研究成果は、2019 年 12 月 27 日に正式版が英国の生態遺伝学雑誌 Molecular Ecology」に掲載されました。
左図:硫気が吹き上げるすぐそばに生育するヤマタヌキラン.
右図:宮城県の自生地における調査風景.
1. 背景
地面に根を下ろして生活する植物にとって、その場の土壌に適応することは生死に関わる重要な問題です。そのため自身が得意とする土壌では旺盛に成長しますが、苦手な土壌では成長が劣り、他種との競争に敗れて消えてしまいます。植物の進化のなかで、これまで得意としてきたものと異なるタイプの土壌に適応するには、新しい土壌条件 栄養塩の濃度や pH、有害な重金属、水分量など)を克服する必要があります。こうしたハードルを一度に乗り越えることは難しいため、一般的に近縁な植物は土壌の好みが共通しています。それに対して、種分化の過程 共通の祖先から新しい種が分かれて進化する過程)で全く異なる性質の土壌に適応することが稀にあります。とくに極端な条件の土壌に適応できる植物 極限植物)は限られるため、そうした特殊土壌に適応できるようになれば、新しい種は競争相手の少ない環境で繁栄できるでしょう。また種分化は、お互いの種の間で遺伝子の交換がなくなることを前提としますので、近縁種と異なる土壌の好みをもつことで種が遺伝的に隔離されやすくなるとも考えられます。こうした背景から、植物が異なる土壌へ適応を遂げることによって新種が生まれ、種の多様性化が進むのではないかと予想されています。
その一方で、あまりに特殊な土壌へ適応してしまうと、周辺の一般土壌では生き残ることができなくなり、種が特殊土壌地帯に閉じ込められてしまうかもしれません。その場合には土壌環境の変化が起こったときに同種の個体数が減少し、極端な場合には種が絶滅するリスクもあります。このように特殊土壌への適応は種の多様化を生み出す力となる一方で、特殊化しすぎた個体群には個体数や遺伝的多様性の減少といった多面的な影響を及ぼすと考えられます。
そこで本研究では、土壌の好みが分かれる 2 種の近縁な植物 姉妹種)を比較研究することで、特殊土壌に適応を遂げたことの遺伝的な影響を解明することを目指しました。
2. 研究手法・成果
本研究では東北地方の温泉地帯に分布するヤマタヌキラン カヤツリグサ科)という草本植物に着目しました。この植物は、火山性ガスが噴き出す硫気孔の周辺に広がる 硫気孔原」という環境に生育できる数少ない植物です。火山性ガスには生物にとって毒性の強い二酸化硫黄や硫化水素が含まれており、これが高温の水蒸気とともに噴出することで植生が大きなダメージを受けます。土壌 pH は強酸性の pH=2-3 まで低下し、植物の根に有害なアルミニウムイオンが土壌から溶け出します。ヤマタヌキランはこうした特殊土壌に適応を遂げ、場所によっては本種だけが優占する草地を形成し繁栄しています。このヤマタヌキランには、進化的に近縁なコタヌキランという姉妹種が存在しますが、後者は山地の一般的な土壌に生育します。そのためヤマタヌキランが硫気孔原の強酸性土壌へ適応したのは、種分化が起きたタイミング以降であると想定されます。
そこで私たちは、近縁でありながら全く異なる土壌の好みをもつこの 2 種の遺伝的特性を解析することで、極限植物の進化過程と遺伝的多様性を詳しく調べました。まず検証したのは、土壌適応と種分化の関係です。
上述のように、土壌の好みの違いは種分化を促進する可能性がありますが、研究対象とした 2 種は東北地方で分布が完全に重なっています。同じ山系のなかで共存することも多く、2 種は遺伝的に隔離されているのか、それとも遺伝子を交換しているのかが問題となります。実際に 2 種のゲノムを調べてみたところ、種間には明瞭な遺伝的な違い 遺伝的分化)があることが分かりました。このためヤマタヌキランが強酸性土壌に住処を変化させたことで、2 種の姉妹種は分布を重ねつつも種としての独立性を保つことができ、結果として種分化が促進されたと考えられました。
次に、種分化に伴ってヤマタヌキランの遺伝的多様性がどのように変化したのかを調べました。まず、2 種の遺伝的多様性を比較したところ、強酸性土壌に入り込んだヤマタヌキランは遺伝的多様性が低く、一般土壌のコタヌキランのおよそ 30%程度しかないことが分かりました。これは種分化が起きたあとに、ヤマタヌキランの種内で遺伝的多様性が減少したことを意味しています。さらに東北地方の中において、ヤマタヌキランは 3 つの地域グループ 1:北東北、2:宮城―山形、3:福島)に分かれることが示されたため、シミュレーション分析によって、各地の火山に侵入した後にどのような遺伝的多様性の変化が起きたのかを詳しく調べました。その結果、ヤマタヌキランは東北地方の北部から南部に分布を広げるなかで、段階的に遺伝的多様性を減らしていったと推定されました。とくに分布の南限にあたる福島県磐梯山の個体群では、調査した遺伝子全てで 1 つのタイプの変異しか見つからず、ゲノム全体にわたって遺伝的多様性を喪失していました。
以上の結果から、強酸性土壌に適応することでヤマタヌキランは火山地帯の中で繁栄を手にしたものの、火山特有の攪乱や火山内に閉じ込め続けられたことにより、遺伝的多様性が著しく損なわれたと考えられます。この遺伝的多様性の低さは、野生の環境に生きる植物では例外的なレベルであり、植物の遺伝的多様性研究においても特筆すべき事例となりました。
3. 波及効果、今後の予定
本研究では、強酸性土壌に適応した植物ヤ ヤマタヌキランについて遺伝分析を行うことで、土壌への適応性の違いによって本種の種分化が促進されたことを実証しました。さらに火山の強酸性土壌というあまりに特殊な環境に適応したことにより、自身の得意とする硫気孔原でしか生き残ることができず、その結果として自らの遺伝的多様性を完全に喪失したことを明らかにしました。火山大国である日本では、植物の火山環境への適応には多くの関心が寄せられてきましたが、その適応の帰結を進化的観点から解明できたのはこの研究が初めてになります。
今後の研究展開としては、ヤマタヌキランが強酸性土壌に適応できるようになった生理的背景を明らかにすべく研究を続けています。さらに分子進化という観点からは、ヤマタヌキランの土壌適応に関わっている遺伝
子を特定することで、DNA 分子のレベルから植物の進化メカニズムを解明したいと考えています。
4. 研究プロジェクトについて
本研究は JSPS 科学研究費補助金 17K15286)、JST SICORP プログラム 4-1403)、タカラハーモニストファンド 第 33 期)、自然保護助成基金 第 28 期)、日本生命財団 2019 年度)の支援を受けました。
<用語解説>
撹乱:火山活動に伴う噴火ヤ火山ガスの噴出等により、生態系や個体群の構成が乱されること
<研究者のコメント>
火山環境は日本を代表する生態系のひとつですが、その過酷さから限られた生物しか生育することができません。我々が着目するヤマタヌキランもそうした生物のひとつで、日本の火山環境が生み出した 極限植物」であるといえます.本研究ではこの日本ならではの植物であるヤマタヌキランを対象に遺伝分析を行うことで、この植物が火山環境への適応の結果、ゲノム全体にわたって遺伝的多様性を喪失したことを明らかにしました。
今後はゲノム全体のレベルからこの日本の火山環境が生んだ植物の進化過程を解明していければと考えています。
<論文タイトルと著者>
タイトル:Genetic consequences of plant edaphic specialisation to solfatara fields; phylogenetic and population genetic analysis of Carex angustisquama (Cyperaceae) (硫気孔原土壌への進出によ
る遺伝的帰結–ヤマタヌキラン カヤツリグサ科)の系統解析および集団遺伝解析)著 者: Koki Nagasawa、 Hiroaki Setoguchi、 Masayuki Maki、 Hayato Goto、 Keitaro Fukushima、 Yuji Isagi、 Yoshihisa Suyama、 Ayumi Matsuo、 Yoshihiro Tsunamoto、 Kazuhiro Sawa and Shota
Sakaguchi
掲 載 誌:Molecular Ecology DOI:10.1111/mec.15324
<参考図表>
図 ヤマタヌキランの遺伝的多様性喪失過程.