急性骨髄性白血病における予後不良因子を解明~新たな治療方法の開発、治療成績の向上につながる期待~

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2020-01-30   名古屋大学,日本医療研究開発機構

名古屋大学大学院医学系研究科血液・腫瘍内科学の清井 仁教授、石川 裕一助教、川島 直実助教、特定非営利活動法人成人白血病治療共同研究機構(JALSG)(宮﨑 泰司理事長)らの研究グループは、成人の急性骨髄性白血病(AML)※1の一種である、Core binding factor(CBF)-AMLにおける遺伝子変異の特徴及び予後不良になる原因を明らかにしました。AMLの発症にはさまざまな染色体異常や遺伝子変異異常が関与し、それらの異常や変異に基づいて予後が分類されると提唱されています。日本人成人のAMLのうち約20%を占め、RUNX1-RUNX1T1もしくはCBFB-MYH11というキメラ遺伝子※2を発現するAMLはCBF-AMLと呼ばれ、AMLの中では治りやすいグループに分類されますが、約40%の患者で再発が認められているのが現状です。しかし、どのような症例が従来の治療では効果が不十分であるかは明らかではなく、CBF-AMLの予後を層別化する因子の同定が求められています。

本研究では、JALSGが行ったCBF-AML-209-KIT臨床試験※3に参加した199例の日本人成人のCBF-AML症例を対象に遺伝子変異の解析を行い、さまざまな臨床情報や染色体異常などの情報と統合した解析により、CBF-AMLにおける病態の解明及び予後を層別化する因子の同定を試みました。その結果、RUNX1-RUNX1T1群とCBFB-MYH11群では存在する遺伝子変異が大きく異なること、また、CBF-AMLのうちRUNX1-RUNX1T1陽性AMLのみでKIT遺伝子※4変異、特にそのエクソン※517における遺伝子変異が予後不良の因子になること、CBFB-MYH11陽性AMLではKIT遺伝子変異は予後に影響を及ぼさず、NRAS遺伝子※6変異と治療後の微小残存病変(MRD)※7の存在が予後不良の因子として重要であることを見出しました。これら予後不良の因子の同定により、CBF-AMLに対する新たな治療方法の開発及びJALSGによる多施設共同臨床試験を通じたCBF-AMLの予後の改善が期待されます。

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的がん医療実用化研究事業「急性骨髄性白血病におけるPDXモデルで意義づけられた分子層別化システムの確立と臨床的実効性と有用性の検証」の支援を受けて実施され、米国血液学会雑誌「Blood Advances」電子版(米国東部標準時間2020年1月14日)に掲載されました。

ポイント
  • 日本人成人のAMLの約20%を占める、RUNX1-RUNX1T1もしくはCBFB-MYH11というキメラ遺伝子を発現するAMLはCBF-AMLと呼ばれ、AMLの中では治りやすいとされていますが約40%の患者で再発が認められます。
  • 本研究ではCBF-AMLのうち、RUNX1-RUNX1T1陽性AMLではKIT遺伝子変異、特にエクソン17における遺伝子変異が予後不良因子になること、CBFB-MYH11陽性例ではNRAS遺伝子変異、治療後の微小残存病変(MRD)の存在が予後不良因子になることを見出しました。
  • これら予後不良因子の同定により、CBF-AMLに対する新たな治療法の開発、予後の改善が期待されます。
背景

AMLの発症にはさまざまな染色体異常や遺伝子変異が関与し、それらの異常や変異に基づいて予後が分類されると提唱されています。日本人成人のAMLのうち約20%を占める、RUNX1-RUNX1T1もしくはCBFB-MYH11というキメラ遺伝子を発現するAMLはCBF-AMLと呼ばれ、AMLの中では治りやすいとされていますが、約40%の患者で再発が認められているのが現状です。しかし、どのような症例が従来の治療では効果が不十分であるかは明らかではなく、CBF-AMLの予後、治療を層別化する因子の同定が求められています。

研究成果

本研究では、JALSGで実施されたCBF-AML-209KIT臨床試験に参加した199例の日本人成人のCBF-AML症例を対象にした遺伝子変異の解析と、さまざまな臨床情報や染色体異常などの情報との統合解析により、CBF-AMLにおける分子異常と予後を層別化する因子を検討しました。その結果、CBF-AML全体でKIT FLT3NRAS KRAS遺伝子をはじめとする細胞増殖に関わる遺伝子変異が高頻度であると判明し、RUNX1-RUNX1T1陽性AMLでは、加えて染色体のクロマチン構造※8の調節に関わるASXL1ASXL2※9などの遺伝子変異や、染色体分裂に重要なコヒーシン複合体※10の形成に関わる遺伝子などにも変異が認められた一方で、CBFB-MYH11陽性AMLでは他の遺伝子変異はほとんど認められませんでした(図1)。また、予後に影響を及ぼす因子としては、RUNX1-RUNX1T1陽性AMLではKIT遺伝子変異、特にその17番目のエクソンにおける遺伝子変異が再発と生存における予後不良の因子になること、CBFB-MYH11陽性AMLではKIT遺伝子変異は予後に影響を及ぼさず、NRAS遺伝子変異と治療後の微小残存病変(MRD)の存在が再発に対する予後不良の因子として重要であることを見出しました(図2、図3)。

図1 CBF-AMLの各サブタイプで認められる遺伝子変異CBF-AMLのうち、RUNX1-RUNX1T1陽性AMLでは、さまざまな遺伝子変異が認められた一方で、CBFB-MYH11陽性AMLではKITFLT3NRAS等の遺伝子変異のみが認められ、各サブタイプ別で併存する遺伝子変異は大きく異なっていた。

 

図2 CBF-AMLにおけるKIT遺伝子変異の予後への影響(無再発生存)KIT遺伝子変異はCBF-AMLの中でもRUNX1-RUNX1T1陽性AMLのみで予後不良因子であった。

図3 CBF-MYH11陽性AMLの無再発生存における予後因子多変量解析でCBFB-MYH11陽性AMLでは、NRAS遺伝子変異、治療後のMRD残存が予後不良因子であった。

今後の展開

同定された予後不良の因子に基づくCBF-AMLに対する新たな治療方法の開発、JALSGによる多施設共同臨床試験を通じた新たな治療の有効性の評価を行う予定です。CBF-AML治療の最適化、予後の改善が期待されます。

用語説明
※1 急性骨髄性白血病(AML)
AMLは血液がんの一種であり、血球を作る幼若造血細胞ががん化し、がん化した白血病細胞が骨髄中で無秩序に増殖するために、正常の血液細胞を作ることが出来なくなった結果、感染、出血、貧血などの症状を引き起こす難治性の疾患です。
※2 キメラ遺伝子
2つの異なる遺伝子、もしくはその一部が融合した遺伝子をキメラ遺伝子と呼びます。白血病でしばしば認められる染色体転座(ある染色体の一部又は全部が別の染色体に結合すること)によりキメラ遺伝子が形成された後、正常な細胞には認められない異常なタンパク質が生成され、白血病発症に関わるとされます。
※3 CBF-AML-209KIT試験
特定非営利活動法人 成人白血病治療共同研究機構(JALSG)が2009年に開始した臨床試験で、日本人CBF-AMLの患者さん203名が参加され、KIT遺伝子をはじめとする様々な遺伝子変異と治療効果との関係など、治療の有効性に影響を及ぼす因子を明らかにするために行われました。
※4 KIT遺伝子
FLT3遺伝子と共に造血幹細胞・前駆細胞の細胞膜上に発現し、血液細胞の分化・増殖に関与しているチロシンキナーゼという酵素をつくる遺伝子です。 KIT遺伝子はCBF-AMLのうち約30%でその遺伝子変異が認められます。
※5 エクソン
DNA から転写されたmRNA前駆体が、スプライシング反応によって長さが縮小される際に残る部位がエクソンと呼ばれ、エクソンはタンパク質に翻訳されるコーディング領域を含んで構成されます。
※6 NRAS遺伝子
細胞内で細胞増殖を促進するシグナルを伝達する、RASタンパク質の一つであるNRASを作り出す遺伝子です。RAS遺伝子には他にも< i=”” style=”margin-bottom: 0px;”> 遺伝子、HRAS遺伝子があり、さまざまながんで遺伝子変異が報告されています。</IKRAS<>
※7 微小残存病変(MRD)
抗がん剤治療により、顕微鏡では白血病細胞を認めない「完全寛解」と呼ばれる状態になっても、目に見えないレベルで患者の体内にまだ残っている白血病細胞のことをいいます。
※8 クロマチン構造
クロマチンは細胞核内にあるDNAとタンパク質の複合体であり、そのタンパク質のさまざまな化学反応による構造の変化を介して、遺伝子の発現・複製・分離などが調節されています。
※9 ASXL1遺伝子、ASXL2遺伝子
クロマチンを構成するタンパク質の一つであるヒストンを介して、遺伝子の発現調節に関わると考えられています。AMLの中でもCBF-AMLで、その遺伝子変異が高頻度に認められます。
※10 コヒーシン複合体
複製された染色体を分裂後の細胞に均等に分離する過程で重要な役割を果たすタンパク質の複合体のことをいいます。
発表雑誌
掲雑誌名:
Blood Advances(米国東部時間2020年1月14日)
論文タイトル:
Prospective evaluation of prognostic impact of KIT mutations on acute myeloid leukemia with RUNX1-RUNX1T1 and CBFB-MYH11.
著者:
Yuichi Ishikawa*, Naomi Kawashima*, Yoshiko Atsuta, Isamu Sugiura, Masashi Sawa, Nobuaki Dobashi, Hisayuki Yokoyama, Noriko Doki, Akihiro Tomita, Toru Kiguchi, Shiro Koh, Heiwa Kanamori, Noriyoshi Iriyama, Akio Kohno, Yukiyoshi Moriuchi, Noboru Asada, Daiki Hirano, Kazuto Togitani, Toru Sakura, Maki Hagihara, Tatsuki Tomikawa, Yasuhisa Yokoyama, Norio Asou, Shigeki Ohtake, Itaru Matsumura, Yasushi Miyazaki, Tomoki Naoe and Hitoshi Kiyoi, for the Japan Adult Leukemia Study Group(*These authors contributed equally to this work)
所属:
1 Department of Hematology and Oncology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Japan; 2Japanese Data Center for Hematopoietic Cell Transplantation, Nagoya, Japan; 3Division of Hematology and Oncology, Toyohashi Municipal Hospital, Toyohashi, Japan; 4Department of Hematology and Oncology, Anjo Kosei Hospital, Anjo, Japan; 5Division of Clinical Oncology and Hematology, Department of Internal Medicine, The Jikei University School of Medicine, Tokyo, Japan; 6Department of Hematology, National Hospital Organization Sendai Medical Center, Sendai, Japan; 7Hematology Division, Tokyo Metropolitan Cancer and Infectious Diseases Center, Komagome Hospital, Tokyo, Japan; 8Department of Hematology, Fujita Health University School of Medicine, Toyoake, Japan; 9Department of Hematology, Chugoku Central Hospital, Fukuyama, Japan; 10Department of Hematology, Fuchu Hospital, Izumi, Japan; 11Department of Hematology, Kanagawa Cancer Center, Yokohama, Japan; 12Division of Hematology and Rheumatology, Nihon University School of Medicine, Tokyo, Japan; 13Department of Hematology and Oncology, JA Aichi Konan Kosei Hospital, Konan, Japan; 14Department of Hematology, Sasebo City General Hospital, Sasebo, Japan; 15Department of Hematology and Oncology, Okayama University Hospital, Okayama, Japan; 16Department of Hematology, National Hospital Organization Nagoya Medical Center, Nagoya, Japan; 17Department of Hematology and Respiratory Medicine, Kochi Medical School, Kochi, Japan; 18Leukemia Research Center, Saiseikai Maebashi Hospital, Maebashi, Japan; 19Department of Hematology and Clinical Immunology, Yokohama City University Hospital, Japan; 20Department of Hematology, Saitama Medical Center, Saitama Medical University, Kawagoe, Japan; 21Department of Hematology, Faculty of Medicine, University of Tsukuba, Tsukuba, Japan; 22Department of Hematology, International Medical Center, Saitama Medical University, Hidaka, Japan; 23Kanazawa University, Kanazawa, Japan; 24Department of Hematology and Rheumatology, Kindai University Faculty of Medicine, Osaka, Japan; 25Department of Hematology, Atomic Bomb Disease Institute, Nagasaki University Graduate School of Biomedical Sciences, Nagasaki, Japan.
DOI:
10.1182/bloodadvances.2019000709
お問い合わせ先
研究について

名古屋大学医学部・医学系研究科
血液・腫瘍内科学 教授 清井 仁

広報担当

名古屋大学医学部・医学系研究科総務課総務係

AMED事業

日本医療研究開発機(AMED)戦略推進部がん研究課

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