どこからでも学べる遠隔新生児蘇生法講習シミュレーターを開発

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2020-02-26   京都大学

 岩永甲午郎 医学部附属病院助教、野間春生 立命館大学教授らの研究グループは、通信技術とIoT(Internet of Things)を応用した、低コストで訓練効果が高く、遠隔地からの講習を可能とした新生児蘇生法訓練用シミュレーターを開発しました。

 本シミュレーターは医療用聴診器チェストピース部位と交換して使用する教育用IoT聴診器であり、「マネキンの胸で聴診したときのみ心拍音等が聞こえる」仕組みを実現しました。これにより新生児蘇生法(NCPR)講習で広く導入されている既存の安価で低機能な新生児マネキンをそのまま用い、効果的な学習が可能となります。また、疑似的なパルスオキシメーターモニターをスマートフォン用アプリケーションとして開発しIoT聴診器と連動させため、指導者がシミュレーションシナリオ進行の状況に合わせて手軽に操作し負担が軽減される仕様となりました。さらにこれらの機器はインターネット接続により、中核病院や専門施設にいる指導者が、地域の診療所や諸外国の学習者にむけてテレビ電話回線などの通信基盤を利用して遠隔講習(Telesimulation)を実施することが可能です。

 本シミュレーターは、主に出産に関わる診療所や病院の2300院、教育機関である看護学校、助産学校、大学医学部・看護学部等の1200校を対象にしています。2020年春を目処に、もっともシンプルな構成での新生児蘇生法講習シミュレーターを提供開始する予定です。

図:本シミュレーターの構成

書誌情報
  • 産経新聞(2月13日 24面)に掲載されました。
詳しい研究内容について
どこからでも学べる遠隔新生児蘇生法講習シミュレーターを開発

概要

 京都大学医学部附属病院 岩永甲午郎 助教および立命館大学情報理工学部野間春生 教授らの研究グループは、通信技術と IoT を応用した、低コストで訓練効果が高く、遠隔地からの講習を可能とした新生児蘇生法訓練用シミュレーターを、総務省の戦略的情報通信研究開発推進事業の支援の元で開発しました。

 出産直後に呼吸 循環が不安定で仮死状態となる新生児が全体の 15%程度存在するため、新生児蘇生術を習得した医療従事者が出産の場に立ち会うことが求められています。そのため、医療者は新生児蘇生技術の向上と維持のため、短時間でも効果的な反復トレーニングを実施することが提言されています。しかしながら、現実には産科診療所のような施設でも簡便に反復利用可能な教育資源 設備は十分に広く整備されておらず、教育機会及び教育資源の不足が大きな課題とされてきました。今回我々の開発したシミュレーターは医療用聴診器チェストピース部位と交換して使用する教育用 IoT 聴診器であり、“マネキンの胸で聴診したときのみ心拍音等が聞こえる”仕組みを実現しました (下図)。これにより NCPR 講習で広く導入されている既存の安価で低機能な新生児マネキンをそのまま用い、効果的な学習が可能となります。また、疑似的なパルスオキシメーターモニターをスマートフォン用アプリケーションとして開発し IoT 聴診器と連動させため、指導者がシミュレーションシナリオ進行の状況に合わせて手軽に操作し負担が軽減される仕様となりました。さらにこれらの機器はインターネット接続により、中核病院や専門施設にいる指導者が、地域の診療所や諸外国の学習者にむけてテレビ電話回線などの通信基盤を利用して遠隔講習 (Telesimulation)を実施することが可能です。

 本シミュレーターは、主たる販売先として、出産に関わる診療所や病院の 2300 院、教育機関である看護学校、助産学校、大学医学部 看護学部等の 1200 校を対象にしています。現在の計画では、2020 年春を目処に、もっともシンプルな構成での NCPR シミュレーターを販売開始する予定です。

提案する NCPR シミュレーターの構成

1.背景

 日常生活の中でスマートフォンをはじめとする ICT の普及 拡大が進んでいます。医療現場の人材育成においても教育に情報通信技術を活用することで学習効率を高め、学習者である医療者個人のスキルやチーム連携を強化し医療安全につながることが示されつつあります。特に、特定の医療現場状況を再現した『シミュレーション教育』は広く行われており、様々なシミュレーション装置が開発されています。一方で、高機能シミュレーターの多くが費用や設備保守管理の問題などから一部の専門施設でしか利用できず、現状では全国の医療者にとって必ずしも利用しやすい環境にまで普及してはいません。私たちは新生児蘇生訓練に用いる ICT 教育機器を“導入コストを抑えながらも、教育効果が高く、どこからでも講習可能”な仕様で開発し、地域の産科診療所のみならず発展途上国の周産期医療者においても新生児蘇生技術向上に広く利用してもらうことを目的に、IoT 聴診器とアプリケーションを開始しています。

 新生児蘇生法ガイドラインで示されている通り、出産直後に呼吸 循環が不安定で仮死状態となり蘇生サポートを要する新生児が出生全体の 15%程度存在し、新生児蘇生法を習得した医療従事者が出産の場に立ち会うことが極めて重要です。

 日本における出生時の新生児の死亡率 (早期新生児死亡率)は、出生数 1000 人に対して 0.7 人で、他の先進国( USA で 3.7 人)と比較しても圧倒的に低い水準です[1]。これはもちろん本邦の周産期 新生児医療の水準の高さが背景にありますが、その実情である日本の分娩環境の特徴をまとめると、以下の様な状況にあります。

● 分娩の約半数は総合病院ではなく、産科診療所か助産院で行われている

● 総合病院以外では小児科医(新生児科医)は基本的に不在である

● 総合病院ではハイリスク母体の割合が高いが、すべての分娩に小児科医が立ち会うわけではない

 過去数年の日本の出生数はおよそ90 万人程度ですが、例えば新生児の治療を専門に行う新生児科医師数は国内に約 1300 人しかおらず、その多くは総合病院に所属しており、多くの分娩で新生児科医は立ち会えていません。今後、国内の約半数ものの分娩が行われている全国の産科診療所や助産院においても、新生児蘇生のための専門技術を習得した医療従事者を配置し、より安全な分娩を実現することが社会から求められています。そのため、日本周産期 新生児医学会では 2007 年より新生児蘇生法 (NCPR :Neonatal CardioPulmonary Resuscitation)普及事業として新生児蘇生法の認定制度を展開し全国での講習会開催により人材育成に尽力しています。

提案背景:新生児蘇生の必要性

2.新生児蘇生法講習シミュレーターの研究開発について

 NCPR 講習は①講義と②人工呼吸などの蘇生手技演習と③特定の出産状況を設定したシナリオ演習の 3 部構成となっています。本講習における学習目標は 蘇生アルゴリズムに従って、チームで蘇生を成功させる」ことです。したがって講習の指導者に求められるのは(シミュレーターを用いた)蘇生シナリオ演習で学習者自らの“気づき”を導き出し(= 認知機能を刺激)、効果的な振り返りによりチームでの蘇生を支援 (=認知と行動の統合)することです。シナリオ実習で使用されるシミュレーターは新生児の身体の構造だけでなく、体動やバイタルを表現可能な高性能なシミュレーターから、新生児の身体の構造だけを再現した簡素な新生児マネキンまで各種実用化され市販されています。高性能な新生児シミュレーターは心拍音やチアノーゼなど、バイタル(生体)の情報を提示でき、効果的な訓練には望ましいことは言うまでもありませんが、シミュレーター本体が高価格であるため十分に普及していません。実際の NCPR 講習現場で広く用いられているシミュレーターは、新生児の形状のみを再現した簡易で安価な新生児マネキンが主流です。もちろんこのような簡易新生児マネキンはバイタルを再現することができないため、指導者が机を叩いて心拍数を伝える、口頭で泣き声を真似るなど、実際の臨床現場とはかけ離れた方法で蘇生アルゴリズム判断に必要な情報を学習者に伝えています。そのためより現実に近い緊迫感を伴った訓練を実現するには指導者学習者双方の十分なモティベーションと指導者の講習運用スキルが求められていました。

 本研究開発では、平成 30 年度より総務省戦略的情報通信研究開発推進事業(SCOPE)の研究支援を受けて、このような NCPR 講習が直面している問題の解決のために研究を開始しました。ここでは、既存の簡易新生児マネキンを利用しつつ、従来のアプローチではなく、情報通信技術と IoT によって医療機器を模することで導入コストを抑えながら、学習者の主体的な“気付き”を効率よく導き出し、しかも“どこから”でも“いつ”でも受講できる NCPR 訓練用シミュレーターを実現し、NCPR 講習を広く普及させ、本システムを施設毎や地域毎の反復訓練を支援するための教育基盤とすることを目指しました。 (下図)

提案シミュレーターの位置付け

 開発した試作機は、①学習者が 新生児マネキンの心拍を確認」する際に使用する、センサと通信機を内蔵する IoT 型聴診器、② 新生児の模擬バイタル (生体情報)を学習者に提示するための模擬医療機器と、③指導者が新生児のバイタルを制御するコントローラからなり、特製の聴診器以外は、いずれもスマートフォン上のアプリケーションとして実現しています。提示するバイタルは、 NCPR 講習のガイドラインに示されている医療者の蘇生行動の選択基準 (=蘇生のアルゴリズム)となる心拍数、酸素飽和度、啼泣、心電図波形などに対応しています。患者の体に当てる IoT 型聴診器のチェストピース部には光量を計測する光センサを組み込んでいます (下図)。チェストピースを新生児マネキンにあてると光量の変化を計測し、Bluetooth 回線でコントローラに通知します。コントローラは、その結果に応じて講師の設定する心拍数で、心音をチェストピースに内蔵されているスピーカーから再生します。これにより、聴診者 学習者)が新生児マネキンに聴診器をあてたときだけ、指導者の設定する心拍数での心音を”実際の聴診”と同様に聴診できます。この方式によって、従来の講習のように講師 指導者)が口頭や机を叩く音で心拍音を与えるよりも遙かに現実に即していて、結果的に学習効果と学習意欲に大きく貢献していることが分かりました。さらに、この特製の IoT 聴診器以外は、コントローラも模擬医療機器も、全てスマートフォンにアプリをインストールするだけで使用が可能であるため、極めて安価な導入コストで実現できます。

IoT 型聴診器実用試作機

提案する NCPR シミュレータの構成(詳細版)

3.遠隔講習のニーズと発展

  日本国内であっても地方と都会では講習の実施の頻度に大きく差があり、結果的に講師の熟練度にもその経験量から差が生じています。つまり地方での NCPR 講習会の開催が不利となる状況が生じています。さらに諸外国、特に南アジア地域での新生児の出生時死亡率は 1000 人あたり 40 人を超えており、NCPR を普及させることも急務です。しかし、そのための機材も教育手段も全く間に合っていません。本システムでは、クラウド型のデータベースを介して、模擬医療機器とスマートフォンのコントローラアプリが相互に接続されています。この構造を活用することで、本システムではインストラクターと受講生が離れた場所にいる遠隔講習を実施できます。都会に偏在する経験の豊かな指導者によって、通信回線を介してどこからでも高いレベルの講習の実施が実現できれば、新生児蘇生の地域格差を是正して、国内全体の NCPR の普及と技術レベルの底上げに貢献する社会基盤と成り得ます。また、海外と遠隔講習が可能となれば、諸外国に対して日本の高度な医療技術を広めることが可能となり、日本の医療のグローバルな貢献に大きく寄与できます。すでに京都大学ではブータン王国と新生児科医ブータン派遣事業を進めており、本システムの社会実験としての協力体制を構築しつつあります。

ブータンでの調査研究(2019 年)

4.今後の実用化について

 本システム運用により新生児蘇生訓練では、実際の現場により近い形で蘇生ガイドラインに沿ったトレーニングを行うことができるようになり、学習者のディープアクティブラーニングを支援することが可能となります。IoT 聴診器とアプリケーションは安価に開発でき、配布も容易なため全国の産科クリニックの施設内のチーム連携強化に貢献することができます。途上国でも同様に利用可能となるように英語表記 ver.アプリケーションの整備も進めています。

 また開発者の岩永は新生児蘇生法委員会のワーキングメンバー1)として、NCPR 公認インストラクター対象の指導者教育用コースカリキュラム策定に携わっています。国内での普及 利用はこれまでに全国各地の周産期母子医療センターや地域の産科診療所で学会公認 NCPR 講習会開催時などにデモ利用を進めてきたましが、今後は NCPR の学会活動などを通じて広く機器を提供できる枠組みを検討中です。

1)https://www.ncpr.jp/guideline/organization_ncpr.html

 なお本システムは、すでに基礎開発と効果検証を完了し、エレコム株式会社、株式会社坂本モデル、株式会社 ATR-Promotions と共に実用化に向けた取り組みを進めています。エレコム株式会社は、IT 周辺関連機器の開発 製造 販売に長けており、本研究成果のデバイスの開発 製造を手がけます。株式会社坂本モデルは、医療用のマネキンの製造販売を手がけており、本研究成果の販売を担当します。株式会社 ATR-Promotions は、本研究の成果を実用化につなげるための設計と知財管理を担当しています。

 主たる販売先としては、本機器を経常的なトレーニングとして導入する可能性のある機関として、出産に関わる診療所や病院の 2300 院、教育機関である看護学校、助産学校、大学医学部 看護学部等の 1200 校を対象にしています。

 現在の計画では、2020 年春を目処に、もっともシンプルな構成での NCPR シミュレーターを販売開始する予定です。

<関連情報>

● UNICEF, Child Mortality, report 2017

https://www.unicef.org/publications/files/Child_Mortality_Report_2017.pdf

● 一般社団法人日本周産期 新生児医学会 https://www.jspnm.com

● NCPR 新生児蘇生法普及事業 https://www.ncpr.jp

● 厚生労働省平成 30 年 2018 年)医師 歯科医師 薬剤師統計の概況 https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/18/index.html

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