抗ウイルス薬やワクチンなどの開発に期待
2018-04-04 東京大学,科学技術振興機構(JST)
ポイント
- 体内に侵入してきた微生物のDNA配列を感知して、自然免疫応答を引き起こすたんぱく質の1つである、Toll様受容体9(TLR9)の新しいDNA結合部位を明らかにした。
- TLR9の活性化機構は不明な点が多く残されていたが、詳細な活性化機構を明らかにした。
- TLR9を標的とした、抗ウイルス薬、抗アレルギー薬、ワクチンの開発につながることが期待される。
東京大学 大学院薬学系研究科の大戸 梅治 准教授、石田 英子 特任研究員、清水 敏之 教授、東京大学 医科学研究所の柴田 琢磨 助教、三宅 健介 教授らの研究グループは、微生物の侵入を感知して免疫系を活性化するToll様受容体9(TLR9)と呼ばれるたんぱく質の新しいDNA結合部位を明らかにしました。
細菌やウイルスなど病原体の感染を防ぐ仕組みとして、私たちの体には自然免疫機構が備わっており、Toll様受容体(TLR)と呼ばれるたんぱく質は主要な役割を担うセンサーの1つです。TLR受容体の一種であるTLR9は、微生物由来のDNA配列(CpGモチーフ)注1)を感知することで、インターフェロン注2)などの産生を促します。TLR9は、抗ウイルス薬やアレルギー薬などの創薬の標的として注目されていますが、活性化機構には不明な点が多く残されていました。
研究グループは、これまで知られているCpGモチーフ配列を持つDNAに加えて、末端から2番目にシトシンを持つDNAがTLR9の活性化に重要であることを示しました。構造解析と生化学実験の結果、新しく見いだしたDNA配列がCpGモチーフ配列を持つDNAとは異なる部位に結合し、TLR9とこれら2種類のDNAが2対2対2の比率で結合することで、TLR9が効率的に二量体を形成し活性化する機構を明らかにしました。
TLR9受容体の詳細な活性化機構が明らかになったことで、今後、抗ウイルス薬、アレルギー薬、ワクチンなどの治療薬の設計につながると期待されます。
本研究成果は、2018年4月3日(米国東部標準時間(夏))に米国科学雑誌「Immunity」オンライン版に掲載されます。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST)、科学研究費補助金、公益財団法人 武田科学振興財団助成金、公益財団法人 持田記念医学薬学振興財団助成金、公益財団法人 上原記念生命科学財団、公益財団法人 内藤記念科学振興財団などの外部資金支援を受けて行われたものです。
<研究の背景と経緯>
細菌やウイルスなどの病原体に対する感染防御機構として、我々の体には自然免疫機構が備わっており、TLR受容体はその役割を担う主要なセンサーの1つです。DNA中に存在するシトシンとグアニンがホスホジエステル結合でつながった配列はCpGモチーフと呼ばれ、哺乳類ではメチル化されることが多いのに対して、細菌やウイルスではメチル化されないことが分かっています。微生物由来の非メチル化CpGモチーフはTLR9を強く活性化してインターフェロンなどの産生を促し、抗ウイルス反応などを引き起こします。このために、TLR9はウイルス感染やアレルギーに対する治療薬やワクチンのアジュバント注3)などのターゲットとして注目されています。本研究グループはこれまでにCpGモチーフが結合した状態のTLR9の構造解析に成功していました。しかし、CpGモチーフだけではTLR9を十分活性化することはできず、TLR9の活性化機構には依然として不明な点が多く残されていました。
<研究の内容>
本研究グループは、CpGモチーフに加えて、5'末端から2番目にシトシン塩基を持つDNA(5'XCXモチーフ)がTLR9に結合することを見いだしました。TLR9にまずCpGモチーフを持つDNAが結合し、さらに5'XCXモチーフを持つDNAが結合することで、TLR9が効率的に二量体化し活性化することを明らかにしました。
大型放射光施設SPring-8および高エネルギー加速器研究機構Photon Factoryの強力なX線を用いて、これらの2種類のモチーフを持つDNAが結合したTLR9のX線結晶構造解析注4)に成功しました。構造解析の結果、TLR9、CpGモチーフDNA、5'XCXモチーフDNAは2対2対2の比率で結合し、TLR9は活性化型の二量体構造を形成していました(図1)。さらに、5'XCXはCpGモチーフDNAとは異なる部位に結合して、その2番目のシトシン塩基部分がTLR9と多くの相互作用を形成することでTLR9の二量体を安定化させていました。
興味深いことに、5'XCXモチーフDNAの結合部位は、TLR7やTLR8においてヌクレオシドが結合する部位に相当していました(図2)。TLR7およびTLR8では、グアノシンやウリジンなどのヌクレオシドと一本鎖RNAがそれぞれ別の場所に結合することで活性化されることが分かっています。本研究により、これまでCpGモチーフDNAによって活性化すると考えられてきたTLR9が、実はCpGモチーフDNAと5'XCXモチーフDNAという2種類のDNAによって、TLR7やTLR8と同じように協調的に活性化されることが明らかになりました(図3)。
<今後の展開>
微生物由来のCpGモチーフを認識するTLR9は抗ウイルス薬やワクチンのアジュバントなどの創薬上重要なターゲットとされています。これまで、TLR9を活性化するさまざまなDNA配列が報告されていましたが、そのCpGモチーフの有無だけではその活性化を説明できませんでした。本研究により、TLR9が2種類のDNA配列モチーフによって活性化されることが明らかにされたことで、TLR9をターゲットとした治療薬の開発が進むものと期待されます。
<参考図>
図1 TLR9とCpGおよび5'XCXモチーフDNAとの複合体構造
- (中央図)二量体を構成している2つのTLR9分子の一方を無印のTLR9(緑色で示す)、他方を*付してTLR9*(青色で示す)と表記する。
- (左図)CpGモチーフ結合部位および(右図)5'XCXモチーフ結合部位の拡大図。
たんぱく質部分を半透明の表面図で示す。
図2 TLR9とTLR7/8の活性化型二量体構造の比較
- (左図)TLR9とCpGモチーフDNAおよび5'XCXモチーフDNAとの複合体構造。
- (中央図)TLR7と一本鎖RNA(UUU)およびグアノシンの複合体構造
(PDB ID:5GMF)。 - (右図)TLR8と一本鎖RNA(UG)およびウリジンの複合体構造
(PDB ID:4R07)。
図3 TLR9の活性化機構
CpGモチーフDNAおよび5'XCXモチーフDNAによるTLR9の活性化モデル。CpGモチーフDNAが結合したTLR9の二量体化および活性化能は弱いが、そこにさらに5'XCXモチーフDNAが結合することで二量体化および活性化が増強される。
<用語解説>
- 注1)CpGモチーフ
- DNA中に存在するシトシンとグアニンがホスホジエステル結合でつながったDNA配列。哺乳類ではメチル化されることが多いのに対して、細菌やウイルスではメチル化されていない(非メチル化)ことが知られている。非メチル化CpGモチーフはTLR9を強く活性化してさまざまな免疫応答を引き起こす。
- 注2)インターフェロン
- 細菌やウイルスなどの病原体の侵入に対して免疫系の細胞が分泌するたんぱく質で、ウイルスの増殖を抑制する作用や免疫系を活性化する作用を発揮する。
- 注3)アジュバント
- 抗原と混合して生体に投与することで、投与した抗原に対する免疫応答を増強する物質のことで抗原性補強剤とも呼ばれる。
- 注4)X線結晶構造解析
- 物質の構造を解析する手法の1つ。調べたい物質の結晶に対してX線を照射して、そこから散乱されたX線の強度を観測し解析することで最終的に結晶中の物質の構造を知ることができる。
<論文情報>
タイトル:“Toll-like receptor 9 contains two DNA binding sites that function cooperatively to promote receptor dimerization and activation”
doi:10.1016/j.immuni.2018.03.013
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
大戸 梅治(オオト ウメハル)
東京大学 大学院薬学系研究科 薬学専攻 准教授
清水 敏之(シミズ トシユキ)
東京大学 大学院薬学系研究科 薬学専攻 教授
<JST事業に関すること>
川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
<報道担当>
東京大学 大学院薬学系研究科 庶務チーム
科学技術振興機構 広報課