2020-04-24 京都大学
木村亮 医学研究科助教、萩原正敏 同教授らの研究グループは、エピゲノムの異常がウィリアムズ症候群の病態に関わることを発見しました。
ウィリアムズ症候群は、約1万人に1人にみられる稀な病気で、7番染色体の片方の一部分がなくなり、妖精のような顔つき、陽気で高い社交性、心血管の異常や知的発達の遅れなど様々な症状がみられます。しかし、そのような症状の程度は一様ではなく、原因はわかっていませんでした。本研究グループは、DNAの塩基配列に加えられた修飾(エピゲノム)のうち、メチル化状態に着目し、患者と健常者の検体を使って網羅的に調べました。その結果、 DNAメチル化の程度が両群で大きく異なる遺伝子を多数見出すことができました。とくに神経発生や発達に関わる遺伝子のメチル化の程度が、疾患群では高くなっており、その働きが抑えられていることが示唆されました。
本研究成果は、ウィリアムズ症候群にみられる多彩な症状の原因を説明する重要な手がかりを与える知見であり、今後さらなる病態の解明につながることが期待されます。
本研究成果は、2020年4月18日に、国際学術誌「Neuropsychopharmacology」のオンライン版に掲載されました。
図:本研究の概要図
詳しい研究内容について
―多彩な症状の原因を説明する⼿がかりに―概要
⽊村亮 医学研究科 助教、萩原正敏 同教授らの研究グループは、エピゲノムの異常がウィリアムズ症候群の病態に関わることを発⾒しました。
ウィリアムズ症候群は、約 1 万⼈に 1 ⼈にみられる稀な病気で、7 番染⾊体の⽚⽅の⼀部分がなくなり、妖精のような顔つき、陽気で⾼い社交性、⼼⾎管の異常や知的発達の遅れなど様々な症状がみられます。しかし、そのような症状の程度は⼀様ではなく、原因はわかっていませんでした。本研究グループは、DNA の塩基配列に加えられた修飾(エピゲノム)のうち、メチル化状態に着⽬し、患者と健常者の検体を使って網羅的に調べました。その結果、 DNA メチル化の程度が両群で⼤きく異なる遺伝⼦を多数⾒出すことができました。とくに神経発⽣や発達に関わる遺伝⼦のメチル化の程度が、疾患群では⾼くなっており、その働きが抑えられていることが⽰唆されました。本研究成果は、ウィリアムズ症候群にみられる多彩な症状の原因を説明する重要な⼿がかりを与える知⾒であり、今後さらなる病態の解明につながることが期待されます。
本研究成果は、2020 年 4 ⽉ 18 ⽇に、国際学術誌「Neuropsychopharmacology」のオンライン版に掲載されました。
1.背景
ウィリアムズ症候群は、約 1 万⼈に 1 ⼈にみられる⾮常に稀な病気で、7 番染⾊体の⽚⽅にある⼀部分(7q11.23 領域)が失われることで⽣じます。特徴的な妖精のような顔つき、陽気で多弁な⾼い社交性、⼼⾎管の異常、⾼⾎圧や糖尿病、成⻑と発達の遅れなど様々な症状がみられます。しかし、そのような症状がすべての患者さんにみられるわけではなく、症状の程度にも個⼈差があることが知られていましたが、原因はわかっていませんでした。これまでは、失われた染⾊体領域内にある約 28 個の遺伝⼦に着⽬した研究が、多くの研究者によって進められてきましたが、症状との関係は⼗分明らかになっていませんでした。
私たちのグループでは以前から、患者家族会などの協⼒を得て、ウィリアムズ症候群をはじめとした神経発達障害の研究に取り組んできました。これまでに私たちは、ウィリアムズ症候群では失われた染⾊体領域以外に位置する複数の遺伝⼦の発現異常を⾒出し、報告を⾏っています(Kimura et al. J Child Psychol Psychiatry. 2019; Kimura et al. Psychoneuroendocrinology. 2020)。しかし、なぜウィリアムズ症候群では多くの遺伝⼦に発現異常が⽣じるのかはよくわかっていませんでした。
そこで私たちは、遺伝⼦発現の制御に関わる、DNA の塩基配列に加えられた修飾(エピゲノム)がウィリアムズ症候群に関わっているのではないかと考えました。エピゲノムの中でも、DNA メチル化は、統合失調症や⾃閉スペクトラム症など神経発達障の病態に関わっていることが知られています。本研究では、この DNA メチル化状態に着⽬し、ウィリアムズ症候群との関係を調べました。
2.研究⼿法・成果
本研究は、まず患者さんと健康な⽅を集め、問診や評価指標を使って、様々な症状の程度を確認するところからスタートしました。次に、被検者から⾎液を頂き、DNA を取り出した後、マイクロアレイ(注 1)という⼿法を使って、網羅的に DNA のメチル化状態を調べました。その結果、380 ヶ所で両群に有意な差を認めました。さらに共メチル化ネットワーク解析(注2)という⼿法⽤いて、メチル化状態に応じたグループ分けを⾏い、それぞれのグループがどのような機能と関連するか調べました。その結果、ウィリアムズ症候群と最も関連が強いグループ(M8)は、DNA メチル化が亢進した遺伝⼦で構成されており、神経発⽣や発達に関わっていることがわかりました。そこで、M8 グループのネットワークの中⼼を担う遺伝⼦の⼀つである、 ANKRD30B 遺伝⼦に私たちは着⽬しました。遺伝⼦発現に最も影響を与えるプロモータ領域について、パイロシークエンス(注3)という⼿法を⽤いて ANKRD30B 遺伝⼦を調べたところ、ウィリアムズ症候群では有意にメチル化が亢進していることがわかりました。この結果は、ウィリアムズ症候群では ANKRD30B 遺伝⼦の発現が抑制されていることを⽰唆しています。そこで、この遺伝⼦の脳での発現を調べたところ、予想通りANKRD30B 遺伝⼦はウィリアムズ症候群で遺伝⼦発現が減少していることがわかりました。これらの結果は、ANKRD30B 遺伝⼦がウィリアムズ症候群でみられる社会・認知⾏動異常に関わっている可能性を⽰唆しています。最後に遺伝⼦発現との統合解析を実施し、エピゲノム制御因⼦や転写因⼦について検討を⾏いました。
本研究により、DNA メチル化異常がウィリアムズ症候群の病態に関わっていることが明らかになりました。これは、ウィリアムズ症候群にみられる多彩な症状の原因を説明する重要な⼿がかりを与える知⾒であり、今後さらなる病態の⾶躍的な解明につながることが期待されます。
3.波及効果、今後の予定
今回の研究成果は、ウィリアムズ症候群では失われた染⾊体領域内にある約 28 個の遺伝⼦だけでなく、それ以外に位置する遺伝⼦の発現や DNA メチル化異常についても、併発する症状に関わっていることを⽰唆しています。ウィリアムズ症候群と同じような、染⾊体の⽚⽅にある⼀部分がわずかに失われる病気は、他にも 22q11.2 症候群や 16p11.2 症候群などが知られています。今回私たちが⽤いた⼿法を使うことで、このような病気に対しても新しい知⾒が得られる可能性があります。
⼀⽅、今回の研究は患者さんの⾎液を⽤いた研究が主体となっています。ウィリアムズ症候群のさらなる病態解明、とくに社会・認知⾏動異常について、海外共同研究者と連携し、iPS 細胞や脳組織を使った研究を進めていきたいと考えています。
4.研究プロジェクトについて
本研究は、下記の補助⾦による⽀援を受けて実施されました。
● ⽂部省科学研究費補助⾦・基盤研究(S)(15H05721:萩原正敏)、基盤研究(C)(19K08251:⽊村亮)
● ⽇本医療研究開発機構・戦略的創造研究推進事業 (CREST)(JP16gm0510008:萩原正敏)
● ⽇本医療研究開発機構(JP18kk0305003h0003:萩原正敏)
また、本研究は、京都⼤学⼈間環境学研究科 船曳康⼦ 教授、同医学研究科 村井俊哉 教授、オランダ・マーストリヒト⼤学 Bart P.F. Rutten 教授、東⼤寺福祉療育病院 富和清隆 院⻑、兵庫県⽴尼崎総合医療センター 平家俊男 院⻑らをはじめ、多くの⽅々との共同研究で⾏われました。
<⽤語解説>
注 1)マイクロアレイ:
全ゲノム規模で遺伝⼦の変化を検出する⼿法。本研究では、DNA のメチル化の状態を1塩基の解像度で定量することができるマイクロアレイを使⽤した。
注 2)共メチル化ネットワーク解析:
WGCNA(weighted gene co-expression network analysis, 加重遺伝⼦共発現ネットワーク解析)という⼿法を DNA メチル化に適応したもの。メチル化遺伝⼦間の関連性を算出し、関連性が類似する遺伝⼦群を抽出した後、疾患との相関の⾼いグループを同定することができる。
注 3)パイロシークエンス:
DNA 合成時に放出されるピロリン酸の量を測定することで配列決定を⾏なう⼿法で、メチル化の程度を⾼い精度で検出・定量ができる。
<研究者のコメント>
ウィリアムズ症候群は、稀な病気ということもあり、多くの⽅には馴染みがないかと思います。私たちは、患者家族会や共同研究者と協⼒して研究発表を続けることで、この病気に関⼼を持っていただける⽅を世界中に増やしたいと考えています。私たちを含め、研究に参画してくださる⽅が増えることで、病気の解明や治療法の開発が進むことが期待でき、その結果、患者さんの負担が軽減できる⽇が近づくと考えています。
<論⽂タイトルと著者>
タイトル:Integrated DNA methylation analysis reveals a potential role for ANKRD30B in Williams syndrome (統合 DNA メチル化解析によりウィリアムズ症候群における ANKRD30B の潜在的な役割が明らかになる)
著 者: Ryo Kimura, Roy Lardenoije, Kiyotaka Tomiwa, Yasuko Funabiki, Masatoshi Nakata, Shiho Suzuki, Tomonari Awaya, Takeo Kato, Shin Okazaki, Toshiya Murai, Toshio Heike, Bart P.F.
Rutten, and Masatoshi Hagiwara
掲 載 誌:Neuropsychopharmacology DOI:https://doi.org/10.1038/s41386-020-0675-2
<参考図表>
研究の主な概要を下記に⽰しました。