2020-05-14 東京大学
東京大学大学院農学生命科学研究科の増田貴子研究員(現、チェコ科学アカデミー研究員)、古谷研名誉教授(現、創価大学教授)、同大学大気海洋研究所高畑直人助教、塩崎拓平准教授、佐野有司教授、ワシントン大学海洋学科の井之村啓介研究員、Curtis Deutstch教授、チェコ科学アカデミーのOndrej Prasil教授による国際共同研究チームは、窒素固定生物の窒素代謝が細胞間で不均一であり、この不均一が細胞群集としてエネルギー需要量を軽減して分布範囲を拡大できることを明らかにしました。本成果はNature Researchが提供するオープンアクセス・ジャーナルCommunications Biology誌に掲載されました。
窒素は海洋の一次生産の律速要因であるため、生態系による炭酸固定機能を明らかにするためには窒素収支を明らかにすることが重要です。海洋の窒素固定生物は生物が利用可能な窒素を系外から供給するため海洋生態系およびそれを介した生物地球化学循環の起点となります。分類学的に多様な窒素固定生物は広域に分布しており、必要なエネルギーを賄うために異なる環境では異なる戦略を持つと考えられますが、生理学的戦略が生態学的ニッチにどのように影響を与えるのかについてはほとんど判っていません。
研究グループは2種の単細胞性窒素固定生物Crocosphaera watsonii PS0609、Cyanothece sp. ATCC51142を用いて培養実験およびモデル実験を行ない、これらのクローン株では炭素(C )、窒素(N)の代謝が細胞間で不均一であり、この不均一性が細胞群集としてエネルギー需要量を軽減してより光の少ないところまで分布範囲を拡大できることを示しました。
Crocosphaera watsoniiの窒素-炭素代謝の日周変化を示すNanoSIMS画像
LとDは光の有無の違いで数字は時間を表す。明るい細胞は窒素固定(N2 fixation)および光合成(C fixation)を行っている細胞で、暗期11時間(11D)には窒素固定を活発に行う細胞(白矢印)と活性のない細胞(青矢印)が存在した。明期3時間と12時間(3L, 12L)には暗期に窒素固定を行わなかった細胞(青矢印)でも活発な光合成が認められ、窒素固定を行わずに活動している細胞がいることを示している。さらに細胞の中で窒素が濃集する場所まで特定できる(ピンク矢印)。© 2020 増田 貴子
上記の生物を同位体ラベルした15N2ガスおよびH13CO3-イオンのもとで培養し、これらの栄養分が細胞内にどのように取り込まれるかを調べました。二次イオン質量分析計NanoSIMSを用いてどの細胞が13Cや15Nを取り込んだかを観察することで、すべての細胞が窒素固定を行なっているわけではないことがわかりました。さらにモデル計算により、窒素固定をしない細胞が存在することにより、全ての細胞が窒素固定する場合に比べて、コミュニティとして消費する有機体炭素の量を減らすことができることを示しました。つまり窒素固定した細胞が排出したNH4+イオンを別の細胞が利用することでエネルギー消費を減らすことができると考えられます(図)。さらに増殖速度が低いほど炭素の節約量が大きくなり、より光の少ない深いところまで生存することが可能になることがわかりました。
「この結果は、省エネで窒素を有効活用する優れた戦略を示していると考えられます」と増田研究員は話します。「このような代謝の不均一性が海洋で実際に起こっていれば窒素固定活性の見積もりが修正される必要があり、より正確な全球レベルの窒素循環研究の糸口となる可能性があります」と続けます。
論文情報
Takako Masuda, Keisuke Inomura, Naoto Takahata, Takuhei Shiozaki, Yuji Sano, Curtis Deutsch, Ondřej Prášil & Ken Furuya , “Heterogeneous nitrogen fixation rates confer energetic advantage and expanded ecological niche of unicellular diazotroph populations,” Communications Biology: 2020年4月14日, doi:10.1038/s42003-020-0894-4 .
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