2018-05-23 金沢大学,日本医療研究開発機構
金沢大学医薬保健研究域医学系脳老化・神経病態学(神経内科学)の山田正仁教授、篠原もえ子特任准教授らの研究チームは、認知症の強力な遺伝的危険因子であるアポリポタンパクE(アポE)E4を有する高齢女性において、血中ビタミンC濃度高値は将来の認知機能低下リスクの減少と関連することを世界で初めて明らかにしました。
将来アルツハイマー病による認知症の発症リスクの高いアポE E4保有女性において、ビタミンCを豊富に含む食品を摂取することが認知機能低下のリスクを下げる可能性があることを明らかにした本研究成果は、アルツハイマー病の予防法開発につながるものです。
本研究成果は、認知症専門誌「Journal of Alzheimer’s Disease」に掲載されます。(オンライン版公開日:日本時間 2018年5月23日午前1時)
研究の背景
認知症の人の数の急増は大きな社会問題となっています。認知症の原因疾患として過半数を占めるアルツハイマー病の発症には,生活習慣(食事や運動など)、それに関連する生活習慣病(糖尿病や高血圧など)などの環境因子と遺伝的因子の両者が関与すると考えられています。
アポリポタンパクE (アポE)はリポタンパク質(※1)と結合して脂質の代謝に関与するタンパク質です。アポEには遺伝子によって決まる3つのタイプ(E2, E3, E4)があり,E4を有していることはアルツハイマー病の危険因子であることが確立しています。日本人においては、アポE E4の保有(E3/E4)は非保有者(E3/E3)に比べてアルツハイマー病発症のリスクが約3.9倍になることが報告されています(図1)。また、アポE E4保有は特に女性において強力なアルツハイマー病発症の危険因子であることが知られています(図2)。
アポE E4保有者において、認知機能低下リスクを低減する方法は、今なお確立していません。
研究の目的
本研究の目的は、アポE E4保有者の認知機能低下・アルツハイマー病発症を防ぐ生活習慣関連因子を見いだすことです。今回、私たちの認知症地域コホート研究(※2)において、アポE E4を保有していても認知機能低下が見られない高齢者の栄養・食品摂取習慣に着目して、前向き縦断研究(※3)を行いました。
研究の内容
金沢大学附属病院神経内科では2006年より七尾市中島町において認知症の疫学研究(中島町研究)を継続しています。2007~2008年の中島町研究の調査(ベースライン調査)に参加した認知機能正常の地域在住高齢者(65歳以上)について、平均7.8年後に追跡調査を行い認知機能を評価しました(図3)。ベースライン調査時に抗酸化ビタミン(ビタミンC,E)の血中濃度とアポE表現型の測定を行い、ビタミンC,E血中濃度とアポE E4保有と将来の認知機能との関連を解析しました。ビタミンC、Eの血中濃度は、男女別に、低い群、中間の群、高い群の3群に分けて解析しました。
その結果、アポE E4保有女性では、血中ビタミンC濃度が最も高い群は、最も低い群と比べて、将来の認知機能低下(認知症または軽度認知障害の発症)のリスクが0.10倍(オッズ比)に減少していました(図4)。アポE E4非保有女性および男性ではビタミンC血中濃度と将来の認知症/認知機能低下リスクとの関連は有意ではありませんでした。アポE E4保有男性は人数が少なく解析ができませんでした。
また、アポE E4非保有男性では、血中ビタミンE濃度が最も低い群に比べて、ビタミンE濃度が最も高い群は将来の認知機能低下のリスクが0.19倍(オッズ比)、中間の群は0.23倍(オッズ比)に減少していました(図5)。アポE E4保有/非保有女性ではビタミンE血中濃度と将来の認知症/認知機能低下リスクとの関連は有意ではありませんでした。アポE E4保有男性は人数が少なく解析ができませんでした。
なお,本研究の参加者はほとんどビタミンC, Eサプリメントを使用していませんでした(それぞれ0.2%,1.7%)。
本研究成果の意義
本研究は、将来認知機能が低下するリスクが高いアポE E4保有女性において、ビタミンCを豊富に含む食品を摂取することが認知機能低下リスクを下げる可能性があることを見いだした初めての研究です。
アルツハイマー病の強力な遺伝的危険因子であるアポE E4保有者において、認知機能低下リスクを軽減する方法は現在確立していません。本研究でアポE E4保有女性においてビタミンCが認知機能低下リスクを軽減することが示唆されたことは社会的にも大きなインパクトがあります。また、ビタミンEに関しては先行研究と類似した結果であり、アポE E4非保有男性におけるビタミンE摂取の認知機能低下抑制効果が裏付けられました。
今後、アポE E4保有者におけるアルツハイマー病発症過程をビタミンCが抑制する作用機序の解明、さらに、アポE E4遺伝子保有者を対象に含むビタミンCによるアルツハイマー病に対する予防介入研究等を行い、認知症先制医療の確立に貢献していきます。
本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の認知症研究開発事業である「食品関連の危険因子・防御因子が作用する認知症の分子標的の解明と予防・治療法の開発」(研究開発代表者 山田正仁 金沢大学教授、研究開発分担者 篠原もえ子 金沢大学特任准教授)、「健康長寿社会の実現を目指した大規模認知症コホート研究」(研究開発代表者 二宮利治 九州大学教授、研究開発分担者 山田正仁 金沢大学教授)、文部科学省・知的クラスター創成事業ほかの支援を受けて行ったものです。
用語解説
- ※1 リポタンパク質
- 脂質とタンパク質の複合体。血中のリポタンパク質は脂質の運搬を担い、LDL(低密度リポタンパク質、いわゆる悪玉コレステロール)、HDL(高密度リポタンパク質、いわゆる善玉コレステロール)などがあります。
- ※2 コホート研究
- ある共通の特性(例えば、〇〇町に居住、19XX年生まれなど)を持つ集団を追跡し、その集団からどのような疾病が起こるかを追跡し、要因と疾病との関係を明らかにしようとする研究。本研究の場合は、同じ地域に在住する高齢者を対象とする「地域コホート研究」です。
- ※3 前向き縦断研究
- 研究開始の時点から、将来、新たに生じる事柄について調査を行い、2回以上繰り返し対象者を調査する研究です。現在から未来に向かってデータを収集するため、ある時点で対象を1回だけ調査する「横断研究」(原因と結果の因果関係が明確でない)や「後ろ向き縦断研究」(過去の情報収集について不正確になりやすい)と比べて、より正確にさまざまな要因について検討することができます。
補足
アポE遺伝子検査について
アルツハイマー病には現在、根本的な予防・治療法が存在しないため、研究目的以外での、アポE E4の検査は差し控えるべきであると勧告されています(本邦の認知症疾患治療ガイドライン、米国神経学会ガイドライン、欧州神経学会連合ガイドラインおよび米国精神医学会ガイドラインより)。本研究におけるアポE E4の検査は、研究を目的としたものであることから、各ガイドラインを遵守しています。
本件に関するお問い合わせ先
研究内容に関するお問い合わせ先
金沢大学医薬保健研究域医学系脳老化・神経病態学(神経内科学)
教授 山田 正仁(やまだ まさひと)
取材に関するお問い合わせ先
金沢大学総務部広報室広報係
嘉信 由紀(かしん ゆき)
金沢大学医薬保健系事務部総務課総務係
上山 聡子(うえやま さとこ)
AMEDの事業に関するお問い合わせ先
国立研究開発法人日本医療研究開発機構
戦略推進部脳と心の研究課