CRP遺伝子多型がPTSDの症状および認知機能に関わることを発見

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PTSDの病因解明や個別化治療法開発に役立つ可能性

2020-12-14 国立精神・神経医療研究センター,金沢大学

国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP) 精神保健研究所の金吉晴所長、行動医学研究部の堀弘明室長、大塚豪士リサーチフェローらの研究グループは、NCNP神経研究所疾病研究第三部の功刀浩前部長(現・帝京大学精神医学教室教授)ら、名古屋市立大学大学院医学研究科精神医学教室の井野敬子助教ら、若松町こころとひふのクリニックの加茂登志子PCIT研修センター長、金沢大学国際基幹教育院(臨床認知科学研究室)の松井三枝教授と共同で、心的外傷後ストレス障害(PTSD)1)の症状や認知機能2)にCRP遺伝子3)が関与することを明らかにしました。
PTSDは、トラウマ体験をきっかけとして発症し、トラウマ記憶のフラッシュバックや悪夢などの症状のために日常生活や社会生活上に大きな支障を来す精神疾患です。しかし、トラウマを体験したすべての人がPTSDを発症するわけではなく、治療への反応性にも個人差があります。そのためPTSDの病因・病態には遺伝的な要因が関与しているものと考えられていますが、どの遺伝子が関係しているのかについては共通の見解が得られていません。
本研究グループは、PTSDの女性患者さんにおいて、炎症に関与するCRP遺伝子の一塩基多型(SNP)4)がPTSDの症状と認知機能に関与することを明らかにしました。本研究結果は、PTSDの病因解明や個別化治療法開発に貢献するものと考えられます。
この研究成果は、2020年11月1日に国際精神医学誌「Journal of Affective Disorders」にオンライン掲載されました。

研究の背景

PTSD患者さんでは、トラウマ的な出来事に関連した苦痛な記憶を繰り返し想起するなどの症状に加え、記憶や学習、注意、実行機能などの認知機能の障害がしばしば認められることが示されています。また、PTSDは炎症系の亢進に関連することも明らかになっています。本研究に先立ち私たちは、PTSDの女性患者さんでは健常対照女性と比較して、炎症性物質である血液中interleukin-6 (IL-6)濃度が有意に(統計的に意味を持って)高いことを見出しました(参考図)。この結果から、少なくとも一部のPTSD患者さんにおいて炎症が亢進していることが示されました。

CRP遺伝子多型がPTSDの症状および認知機能に関わることを発見

参考図:PTSD患者と健常対照群のIL-6の比較

一方で、PTSD症状や認知機能障害の程度は患者さんによっても異なります。このような個人差の原因は明らかになっていないものの、その一部に遺伝要因が関与している可能性が考えられます。最近の米国での研究において、CRP遺伝子のSNPがPTSD症状に関連することが報告されました。
そこで本研究では、日本人PTSD患者さんにおいて、先行研究でCRP血中濃度に影響することが示されているCRP遺伝子のSNPがPTSD症状に関連するかを調べました。さらに、同じSNPと認知機能の関連について、世界で初めて検討しました。

研究の内容

本研究は、当センターが主幹研究機関となり、共同研究機関とともに実施しているPTSD研究プロジェクトにおいて収集中のデータの一部を用いて行われました。
本研究では、57名のPTSD女性患者さんおよび73名の健常対照女性を対象としました。PTSDの症状は PTSD診断尺度(posttraumatic diagnostic scale: PDS)によって評価し、認知機能は標準化された神経心理学的検査バッテリーであるRepeatable Battery for the Assessment of Neuropsychological Status (RBANS)によって測定しました。採血を行って血液中のDNAを抽出し、CRP遺伝子rs2794520多型をPCR法5)により決定しました。また、血液中の炎症マーカーである高感度CRP、高感度tumor necrosis factor-α (TNF-α)、IL-6の濃度を測定しました。
PTSD患者群において、rs2794520多型のCC/CT群はTT群と比較して、有意にPTSD症状が強く、認知機能が低いことが示されました(図1)。さらに、PTSD患者のCC/CT群はTT群と比較し、高感度CRP濃度および高感度TNF-α濃度が有意に高いことも見出されました。健常者ではそういった関連は認められませんでした。
これらの結果から、CRP遺伝子のrs2794520多型は、PTSDにおける症状および認知機能、炎症に関連することが示されました。

図1 PTSD患者におけるCRP遺伝子rs2794520多型のCC/CT群(n = 28)とTT群(n = 29)
での症状および認知機能の比較.
*p < 0.05 (合計得点) †p < 0.05 (下位尺度得点). 比較はt検定を用いて行った.

研究の意義・今後の展望

本研究の特色は、炎症系に影響するCRP遺伝子がPTSDの症状および認知機能に関連することを明らかにした点です。本研究結果は、PTSDの病因解明や個別化治療法開発に寄与する可能性があります。今後、炎症系に関与する他の遺伝子についての検討や男性例での検討が進むことが期待されます。

用語解説

1)PTSD: 心的外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder: PTSD)は、生命の危険を感じるような出来事を体験・目撃する、重症を負う、犯罪被害に遭う、などの強い恐怖を伴う体験がこころの傷(=トラウマ)となり、時間がたっても強いストレスや恐怖を感じる精神疾患。

2)認知機能:言葉などを記憶したり、物事に注意を向け、それに基づいて行動を組織したり、実際の作業を行ったりする脳の機能。

3) CRP遺伝子: C反応性蛋白(C-reactive protein: CRP)は、体内で炎症が起きている際に増加するタンパク質であり、血中CRP濃度は炎症の鋭敏な指標として医療現場で広く使用されている。CRP遺伝子は、CRPをコードする遺伝子。CRP遺伝子のrs2794520多型は、血中CRP濃度に影響することが示されている。

4) SNP: 一塩基多型(single nucleotide polymorphism: SNP)は、ゲノムの中で1つの塩基が別の塩基に置き換わっているというゲノムの個体差(個人差)をいう。この違いが、体質の違い、特定の病気へのかかりやすさ、薬の効きやすさなどの個人差の要因になる場合がある。

5) PCR: ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction: PCR)は、特定のDNA断片を選択的に増殖させることによって遺伝子検出を行う手法。

原著論文情報

・論文名:Association of CRP genetic variation with symptomatology, cognitive function, and circulating proinflammatory markers in civilian women with PTSD.
・著者:Takeshi Otsuka, Hiroaki Hori, Fuyuko Yoshida, Mariko Itoh, Mingming Lin, Madoka Niwa, Keiko Ino, Risa Imai, Sei Ogawa, Mie Matsui, Toshiko Kamo, Hiroshi Kunugi, Yoshiharu Kim:
・掲載誌:Journal of Affective Disorders
・DOI: 10.1016/j.jad.2020.10.045
・URL: https://doi.org/10.1016/j.jad.2020.10.045
参考文献1(原著)
Imai R, Hori H, Itoh M, Lin M, Niwa M, Ino K, Ogawa S, Ishida M, Sekiguchi A, Matsui M, Kunugi H, Akechi T, Kamo T, Kim Y: Inflammatory markers and their possible effects on cognitive function in women with posttraumatic stress disorder.Journal of Psychiatric Research 2018; 102: 192-200.

助成金

本研究成果は、以下の補助金・助成金によって得られました。
・文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(A)(19H01047)
・国立精神・神経医療研究センター精神・神経疾患研究開発費
・中冨健康科学振興財団研究助成金
・小柳財団研究助成金

お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】
堀 弘明 (ほり ひろあき)
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 行動医学研究部 室長

【報道に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 総務課広報係
金沢大学総務部広報室

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