トランスゴルジ網における積荷選別様式を可視化~細胞内物質輸送のハブは明確に区画化されている~

ad

2021-03-26 理化学研究所,お茶の水女子大学

理化学研究所(理研)光量子工学研究センター生細胞超解像イメージング研究チームの清水優太朗大学院生リサーチ・アソシエイト、中野明彦チームリーダー、環境資源科学研究センター技術基盤部門質量分析・顕微鏡解析ユニットの豊岡公徳上級技師、お茶の水女子大学の植村知博准教授らの共同研究グループは、植物細胞内で、異なる目的地へのタンパク質輸送を担う2種類の区画が単一の「トランスゴルジ網 (TGN)[1]」に独立して存在することを発見しました。

本研究成果は、これまでに提唱されてきた「TGNが複数のタンパク質輸送経路の選別の場として機能している」という仮説を実証したものであり、今後の細胞内タンパク質輸送研究の基盤となる成果です。

小胞体[2]で新しく合成された「積荷タンパク質[3]」は、ゴルジ体[4]に運ばれて修飾を受けた後、TGNへと受け渡されます。TGNはさまざまな積荷タンパク質を仕分けて、それぞれが働くべき細胞膜[5]/細胞外や液胞[6]などの目的地へ送り出すこと(選別)で、細胞内タンパク質輸送経路の”ハブ”として重要な役割を担っています。しかし、TGNがどのようにして異なる目的地へ輸送される積荷タンパク質を同時に選別しているかは分かっていませんでした。

今回、共同研究グループは、独自に開発した「高感度共焦点顕微鏡システムSCLIM[7]」を用いて、植物細胞のTGNに存在する「細胞膜あるいは液胞膜に輸送される積荷タンパク質」と「積荷の選別を担う被覆タンパク質[8]」の詳細な局在と動態を観察しました。その結果、細胞膜あるいは液胞膜へ輸送される積荷タンパク質の選別に特化した区画が単一のTGN上に分離して存在することを実証しました。

本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(3月26日付)に掲載されます。

トランスゴルジ網における積荷選別様式を可視化~細胞内物質輸送のハブは明確に区画化されている~

細胞膜への輸送を担う区画(AP-1で可視化、マゼンタ)と液胞への輸送を担う区画(AP-4で可視化、黄色)が、単一TGN上(水色)に独立して存在する

背景

私たちヒトを含めた動物、植物、菌類、原生生物などは、真核生物に分類されます。真核生物の細胞内には、小胞体、ゴルジ体、液胞/リソソーム[9]などの一重の膜で囲まれたさまざまな細胞小器官が存在しています。各細胞小器官に固有のタンパク質が局在することで、細胞小器官は独自の役割を果たすことができ、これが正常な生命活動の維持に貢献しています。このようなタンパク質は、細胞小器官の間で、膜でできた小胞や小管の積荷として正しい場所に運ばれ、その局在が維持されています。

「トランスゴルジ網(trans-Golgi network;TGN)」は、小胞体で新しく合成され、ゴルジ体で修飾されたさまざまな「積荷タンパク質」を受け取り、それらを仕分けて最終目的地に向けて送り出す役割(選別)を担っています。古典的な細胞生物学的手法、生化学的手法、遺伝学的手法を用いたさまざまな研究により、細胞膜/細胞外や液胞などの最終目的地に運ばれる積荷タンパク質がTGNにおいて選別されていることが明らかになり、TGNは複数の輸送経路を制御する”ハブ”として働くと考えられています。しかし、異なる目的地へ輸送される積荷タンパク質が、TGNにおいてどのように同時に選別されているのか、その実態は分かっていませんでした。

研究手法と成果

積荷タンパク質が小胞体で合成され、ゴルジ体で修飾された後に、TGNで選別されるという仕組みは真核生物に共通しています。しかし、ゴルジ体やTGNの在り方は、生物種によって大きく異なります。例えば、植物の細胞内には、教科書に模式的に図示されるような美しい層板構造からなるゴルジ体とそれに付随するTGN(ミニスタックと呼ぶ)が、細胞内に複数散らばって存在しています。一方で、ヒトなどの哺乳動物の細胞内では、このようなミニスタックが横方向につながり合って、ゴルジリボンと呼ばれる巨大かつ複雑な膜構造体を形成しています。

今回、共同研究グループは、顕微鏡下で単一のTGNを容易に識別できるモデル植物シロイヌナズナの根の表皮細胞を対象に、独自に開発した「高感度共焦点顕微鏡システムSCLIM」を用いて、「TGNから異なる目的地へ輸送される積荷タンパク質(VAMP721、VAMP727)」や「TGNにおいて積荷の選別を担う被覆タンパク質(AP-1、AP-4、クラスリン)」の詳細な局在とその動態を直接観察することで、TGNにおける積荷タンパク質の選別様式を明らかにすることを目指しました。

初めに、細胞膜へ輸送される積荷タンパク質VAMP721と液胞膜へ輸送されるVAMP727を異なる色の蛍光タンパク質(GFP、TagRFP、iRFP)で標識し、どのようにTGNに局在するのか観察したところ、これらの積荷タンパク質は単一のTGN上で分離して局在していました(図1)。この結果により、細胞膜への輸送(分泌輸送とも呼ぶ)と液胞への輸送が、単一のTGN上で区画化されて制御されている可能性が示されました。

異なる目的地へ輸送される積荷タンパク質のTGN上での局在の図

図1 異なる目的地へ輸送される積荷タンパク質のTGN上での局在

TGNを指し示すSYP61、液胞膜へ輸送される積荷VAMP727、細胞膜へ輸送される積荷VAMP721を、それぞれ異なる色の蛍光タンパク質(GFP、TagRFP、iRFP)を用いて可視化した。液胞膜へ輸送される積荷VAMP727(マゼンタ)と細胞膜へ輸送される積荷VAMP721(水色)は、単一のTGN(黄色)上で分離して局在した。スケールバーは1マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)。


そこで、上記積荷タンパク質の局在観察に加えて、TGN上でそれぞれ異なる積荷タンパク質の選別を担うと考えられている被覆タンパク質AP-1とAP-4の局在も観察しました。すると、細胞膜へ輸送されるVAMP721とAP-1、液胞膜へ輸送されるVAMP727とAP-4が、それぞれTGN上で一緒に局在することが分かりました(図2)。また、選別を実行するAP-1とAP-4は、単一TGN上で異なる場所に局在することが明らかになりました(図3)。

TGNにおける積荷タンパク質と被覆タンパク質の局在関係の図

図2 TGNにおける積荷タンパク質と被覆タンパク質の局在関係

細胞膜へ輸送される積荷タンパク質VAMP721(水色)と被覆タンパク質AP-1(マゼンタ)が共局在する一方で(左図)、液胞膜へ輸送される積荷タンパク質VAMP727(マゼンタ)と被覆タンパク質AP-4(黄色)が異なる場所で共局在していた(右図)。また、VAMP721とAP-4、VAMP727とAP-1はそれぞれ共局在していなかった(左から2番目と3番目の図)。スケールバーは1μm。

TGNにおける被覆タンパク質の混じり合わない局在関係の図

図3 TGNにおける被覆タンパク質の混じり合わない局在関係

異なる積荷タンパク質の選別を担う被覆タンパク質AP-1(マゼンタ)とAP-4(黄色)は、単一TGN(水色)上の異なるゾーンに局在した。スケールバーは1μm。


また、TGNにおける代表的な輸送小胞[8](クラスリン被覆小胞)を形作るタンパク質クラスリンの局在を観察したところ、クラスリンはAP-1と共局在する一方で、AP-4とは共局在しませんでした(図4)。このことから、AP-1による選別を受けた積荷タンパク質は、クラスリン被覆小胞という種類の輸送小胞に積み込まれることが分かりました。

被覆タンパク質 APとクラスリンの局在関係の図

図4 被覆タンパク質 APとクラスリンの局在関係

クラスリン (マゼンタ) はAP-1(緑)と共局在する一方で(左図)、AP-4(緑)とは共局在しなかった(右図)。スケールバーは2μm。


これらの結果は、VAMP721、AP-1、そしてクラスリンからなる細胞膜への輸送を担う区画と、VAMP727とAP-4からなる液胞への輸送を担う区画が単一のTGN上に空間的に分離して存在することを示しています。共同研究グループは前者を「分泌輸送ゾーン」、後者を「液胞輸送ゾーン」と命名しました(図5)。一つのゾーンは500~1000ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)ほどの大きさであり、細胞膜上などにおいて容易に観察できる単一の小胞(50~100nmほど)などより大きいことから、これらのゾーンは複数の輸送小胞により成り立っていると推察されます。

さらに、生きた細胞内を高速で観察できるSCLIMの利点を生かして、これらのTGN局在タンパク質の動態を詳細に観察したところ、分泌輸送ゾーンに局在するタンパク質と液胞輸送ゾーンに局在するタンパク質は、空間的に分離して局在するだけでなく、独自の動態を示しました。また、分泌輸送ゾーンを介した輸送は、複数の小胞からなる膜構造体によって担われていることが分かりました(図5)。

以上の観察結果から、細胞膜と液胞という異なる目的地に輸送される積荷タンパク質は、単一のTGN上に明確に区画化されて存在する「ゾーン」を介して仕分けられていることが明らかになりました(図5)。

TGNに相互排他的に存在する「輸送ゾーン」の模式図の画像

図5 TGNに相互排他的に存在する「輸送ゾーン」の模式図

シロイヌナズナの単一TGN上には、VAMP727、AP-4からなる「液胞輸送ゾーン」とVAMP721、AP-1、クラスリンからなる「分泌輸送ゾーン」という異なる輸送経路を制御するゾーンが互いに混じり合うことなく、区画化されて共存する。緑の球(左側)は液胞への輸送を担う輸送小胞、紫の球(右側)は細胞膜への輸送を担う輸送小胞を示す。右の紫の矢印で示すように、分泌輸送ゾーンから生じて細胞膜への輸送を担う膜構造体は、複数の小胞を含んでいる。

今後の期待

TGNが複数の積荷タンパク質を選別する分岐点として働いているという仮説は、この細胞小器官が定義された1980年代から長らく提唱されてきましたが、その実態は分かっていませんでした。本研究は、単一のTGNが明瞭に区画化された領域を駆使して、異なる目的地への積荷を運び出していることを明確に示しました。今後の研究では、どのような因子により、このような区画化がなされているのかを明らかにしていく必要があります。

植物において、TGNを介したタンパク質輸送は病原菌やさまざまな環境ストレスに対する抵抗性に重要であることが知られています。TGNを介した積荷選別輸送機能を向上させることで、このような外的ストレスに強い植物の育種が可能になると考えられます。

また、積荷タンパク質の誤輸送は、さまざまな疾患の原因となることが知られています。今後のさらなる研究の発展により、TGNにおける積荷選別輸送の分子メカニズムの全貌が明らかになれば、その破綻が原因となって起こる疾患に対する治療戦略の構築に貢献できると考えられます。

補足説明

1.トランスゴルジ網(TGN)
小胞体で合成され、ゴルジ体を経由してきた積荷タンパク質を受け取り、目的地に向けて送り出す役割を担う細胞小器官。一般的には、ゴルジ体の出口に相当する位置(ゴルジ体トランス槽)に隣接して存在する。TGNはtrans-Golgi networkの略。

2.小胞体
シート状またはチューブ状の膜からなる細胞小器官の一つ。リボソームが付着している粗面小胞体では、真核生物の細胞内で作られるタンパク質の約1/3に相当する種類の積荷タンパク質の合成が行われる。

3.積荷タンパク質
小胞体で合成され、細胞内のさまざまな目的地へ輸送されるタンパク質の総称。

4.ゴルジ体
扁平な膜でできた袋(槽)からなる細胞小器官の一つ。小胞体で合成された積荷タンパク質を受け取り、その翻訳後修飾などを行う。ほとんどの生物種では、複数の槽が積み重なった層板構造をしている。積荷タンパク質を小胞体から受け取る側をシス槽、積荷タンパク質をTGNに受けわたす側をトランス槽と呼ぶ。

5.細胞膜
細胞の中と外を区切る膜。積荷タンパク質が最終的に運ばれる目的地の一つ。

6.液胞
植物や酵母の細胞に存在し、不要物の分解などを担う細胞小器官。動物細胞に存在するリソソームに対応する。積荷タンパク質が最終的に運ばれる目的地の一つ。

7.高感度共焦点顕微鏡システムSCLIM
研究チームが独自開発した蛍光顕微鏡システム。スピニングディスク方式共焦点スキャナー、拡大レンズ、高性能のダイクロイックミラー、フィルターシステムによる分光器、冷却イメージインテンシファイアー(電子増倍管)と複数のEMCCDカメラシステムから構成される。複数蛍光の同時取得と高S/N比の蛍光画像取得が可能。SCLIMは、Super-resolution Confocal Live Imaging Microscopyの略。

8.被覆タンパク質、輸送小胞
被覆タンパク質は、細胞膜や細胞小器官の表面に付着し、積荷タンパク質の輸送を仲介する輸送小胞の形成や、輸送小胞への積荷タンパク質の積み込みを担うタンパク質の総称。植物のTGNにおいては、積荷タンパク質を直接認識する役割を果たすアダプタータンパク質としてAP-1とAP-4が、クラスリン被覆小胞という種類の輸送小胞を形成するタンパク質としてクラスリンがよく知られている。

9.リソソーム
動物細胞に存在する細胞小器官の一つで、不要物の分解などを担う。植物や酵母の細胞に存在する液胞に対応する。積荷タンパク質が最終的に運ばれる目的地の一つ。

共同研究グループ

理化学研究所
光量子工学研究センター 生細胞超解像イメージング研究チーム
大学院生リサーチ・アソシエイト 清水 優太朗(しみず ゆうたろう)
(東京大学 大学院理学系研究科 大学院生)
客員研究員 伊藤 容子(いとう ようこ)
(ボルドー大学 ポスドク研究員)
専任研究員 黒川 量雄(くろかわ かずお)
チームリーダー 中野 明彦(なかの あきひこ)
(光量子工学研究センター 副センター長)
環境資源科学研究センター 技術基盤部門 質量分析・顕微鏡解析ユニット
テクニカルスタッフII 後藤 友美(ごとう ゆうみ)
技師 佐藤 繭子(さとう まゆこ)
上級技師 豊岡 公徳(とよおか きみのり)

お茶の水女子大学
みがかずば研究員 伊藤 瑛海(いとう えみ)
准教授 植村 知博(うえむら ともひろ)

甲南大学
特任研究助教(研究当時) 高木 純平(たかぎ じゅんぺい)
(現 北海道大学 大学院理学研究院 助教)

基礎生物学研究所 細胞動態研究部門
助教 海老根 一生(えびね かずお)
教授 上田 貴志(うえだ たかし)

東京大学 理学部 生物学科
学部生(研究当時) 小松 大和(こまつ やまと)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究S「ゴルジ体を中心とした選別輸送の超解像ライブイメージングによる完全解明(研究代表者:中野明彦)」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「細胞機能を司るオルガネラ・ゾーンの解読(領域代表者:清水重臣)」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「ER exit siteでのGPIアンカー蛋白質選別輸送ゾーンの解析(研究代表者:中野明彦)」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「植物TGNにおけるポストゴルジ輸送選別ゾーンの構築機構と動態(研究代表者:植村知博)」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「植物幹細胞の多能性を維持するメカニズムの解明(研究代表者:経塚淳子)」、同基盤研究C「高圧凍結技法と相関アレイトモグラフィーで植物細胞内膜系の3次元超微形態を捉える(研究代表者:豊岡公徳)」、旭硝子財団(若手継続グラント)「超解像ライブイメージングによる植物の病原菌感染応答の可視化システムの開発(研究代表者:植村知博)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

Yutaro Shimizu, Junpei Takagi, Emi Ito, Yoko Ito, Kazuo Ebine, Yamato Komatsu, Yumi Goto, Mayuko Sato, Kiminori Toyooka, Takashi Ueda, Kazuo Kurokawa, Tomohiro Uemura, and Akihiko Nakano., “Cargo sorting zones in the trans-Golgi network visualized by super-resolution confocal live imaging microscopy in plants”, Nature Communications, 10.1038/s41467-021-22267-0

発表者

理化学研究所
光量子工学研究センター 生細胞超解像イメージング研究チーム
大学院生リサーチ・アソシエイト 清水 優太朗(しみず ゆうたろう)
チームリーダー 中野 明彦(なかの あきひこ)
(光量子工学研究センター 副センター長)
環境資源科学研究センター 技術基盤部門 質量分析・顕微鏡解析ユニット
上級技師 豊岡 公徳(とよおか きみのり)

お茶の水女子大学
准教授 植村 知博(うえむら ともひろ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
お茶の水女子大学 企画戦略課 広報担当

生物化学工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました