2021-05-20 東京大学
小金渕 佳江(生物科学専攻 助教)
太田 博樹(生物科学専攻 教授)
発表のポイント
- 東アジアで有病率が高い疾患である、もやもや病のリスク遺伝子RNF213の配列を日本人患者で集団遺伝学的に解析し、本疾患に見られる多様な病態はRNF213の変異だけでなく環境要因の影響を受けている可能性があること、疾患リスク変異は先史時代に東アジア大陸部で出現したことを示した。
- もやもや病患者24名のRNF213遺伝子全体の配列解析により、東アジアにおけるRNF213の集団遺伝学的特徴を初めて明らかにした。
- 本研究成果は、もやもや病の病態の多様性を理解することに貢献する。
発表概要
もやもや病は東アジアの人類集団で有病率が高い脳血管障害である。この疾患にはRNF213遺伝子にあるリスク変異R4810Kが存在し、このリスク変異は東アジアでのみ観察される。日本では約9割の患者がこのリスク変異を持つという共通性がある一方で、その症状は多様である。
東京大学大学院理学系研究科の太田博樹教授と小金渕佳江助教を中心とする共同チーム(北里大学、琉球大学、佐賀大学、統計数理研究所)は、もやもや病患者のRNF213遺伝子の配列をもとに集団遺伝学解析を行った。
その結果、リスク変異を持つRNF213遺伝子が互いにほぼ同じ配列で、このリスク変異が比較的最近、東アジアで誕生し、リスク変異は先史時代に東アジアの大陸部で誕生し、おそらく縄文時代晩期頃(約3千年前)に起こった渡来(大陸から列島への移住)に伴って列島内に広がったと示唆された。
もやもや病の症状の多様性が高いにもかかわらず、患者のRNF213配列が均質であったことは、症状の多様性が環境要因の影響によることを示唆する。またこのリスク変異の分布は人類の移住史と関連する。このような集団遺伝学的分析は、もやもや病の病態の理解に貢献する。
発表内容
研究の背景・先行研究における問題点
もやもや病は脳血管障害の1つである。この疾患では、内頚動脈という脳内の太い血管の終末部分が細くなるため血液不足が起こりやすくなる。それを補うために新たに血管網が形成される。この血管が霧のように見えるため、日本人医師により「もやもや病」と命名された。もやもや病患者の有病率は、世界中の他の地域に比べて東アジア人で多いことが報告されている。日本では厚生労働省の特定疾患に認定されており、患者数は約1万5千人である。もやもや病の病型は多岐に渡り、脳虚血のほか、脳梗塞や脳出血がみられることから、命にかかわる疾患と言える。また同じ家系内で発症した例が全体の約10%の割合でみられる。そのため、もやもや病の発症には遺伝要因が関係すると考えられており、疾患に関連するゲノム領域が複数報告されてきた。
そして2011年に2つの日本の研究チームが、リスク変異をもつ遺伝子RNF213を独立に報告した(Kamada et al. 2011; Liu et al. 2011)。RNF213遺伝子はこれまでに、血管形成に関連することや脂肪代謝の制御因子であることが明らかになっている。もやもや病のリスク変異は、RNF213タンパク質の4810番目のアミノ酸をアルギニンからリシンに変える一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism; SNP)(注1)であり、R4810Kと表記される。このリスク変異R4810Kはほぼ東アジアにしか存在しないことが知られている。非もやもや病患者でこの変異を持つ人は、東アジアの各地域で約1%と低頻度である一方で、患者のリスク変異頻度は日本が約50%と一番高く、韓国が約40%、中国が約10%と続く。またR4810Kを持つ人のもやもや病発症リスクは、特に日本で高いことが報告されている。
以上をまとめると、もやもや病の症状は多岐にわたる一方で、一つの遺伝子のリスク変異が強い影響を及ぼしているという状況が見て取れる。そのため多様な症状は環境要因によるのか、それともR4810Kとは違う別の変異が影響を及ぼしている可能性が議論されていた。そこで本研究では、もやもや病患者および非もやもや病患者のRNF213遺伝子配列の特徴を解明するとともに、リスク変異の出現時期と東アジアにおける拡散過程を検討した。
研究内容
非もやもや病患者におけるRNF213遺伝子の配列の特徴を明らかにするために、公共データベースに登録されている4つの集団から計414名(アフリカ人108名、ヨーロッパ人99名、中国人103名、日本人104名)のゲノム配列を用いて、ハプロタイプ(注2)を推定した。検出されたハプロタイプの種類数は非アフリカ人よりもアフリカ人で多く、これはアフリカでのRNF213遺伝子の多様性が高いことを意味する。この結果は現生人類(ホモ・サピエンス)がアフリカで誕生し、アフリカから世界各地へと拡散した人類史で説明できる。また公共データベースに含まれる日本人ゲノムには、リスク変異を含む遺伝子配列がごく少数存在することが明らかになった。
北里大学病院に入院・通院していたもやもや病患者におけるRNF213遺伝子配列の特徴を明らかにするために、日本人患者24名のRNF213遺伝子の配列を用いて系統樹を作成した。比較対照として、先のハプロタイプ解析で用いた公共データベースの日本人104名の遺伝子配列も用いた。その結果、リスク変異を持つ配列のほとんどは、系統樹中の1つ場所にかたまって位置する(クラスターを形成する)ことがわかった(図1)。
図1:もやもや病リスク遺伝子RNF213の系統樹。黒色マーカーはもやもや病患者に由来するリスク変異を含むRNF213配列、灰色マーカーは非もやもや病患者である公共データベースの日本人に由来するリスク変異を含むRNF213配列を含む。(A)系統樹全体(B)リスク変異クラスターに注目した系統樹
このリスク変異配列のクラスターに注目すると、興味深いことにもやもや病患者由来の配列20本のうち8割が同一配列だった。つまり今回の解析で対象とした患者は異なる家系だったにも関わらず、リスク変異配列のうち大半が同一であった。これは、リスク変異R4810Kがヒトの歴史の中で比較的最近に東アジアで出現し、現在まで存在し続けていていることを示唆する。
リスク変異R4810Kの出現時期を、変異を含むRNF213遺伝子配列に基づいて推定したところ、リスク変異は今からおよそ14,500–5,100年前に出現したと推定された(図2)。この年代は、日本列島では縄文時代に相当する。約3,000年前には、東アジア大陸から日本列島への大規模なヒトの移住があったことが人類学や考古学研究から明らかになっている。すなわち、この移住に伴ってリスク変異が日本列島に拡散したことが示唆された。
図2:シミュレーションにより推定されたRNF213遺伝子配列の系図。黒点はDNA配列中に生じた変異を示す。
社会的意義・今後の予定
患者のRNF213遺伝子配列がほぼ同一であったことから、もやもや病の多様な病態は、この遺伝子の変異よりも環境要因の影響によるものであることを示唆する。環境要因の影響は以前より指摘されてきたが、リスク遺伝子を配列レベルで調査しその指摘を支持したのは本研究が初となる。また、もやもや病に合併することが報告されている感染症や炎症性疾患、自己免疫疾患、甲状腺機能異常、脂質代謝異常が、もやもや病発症や増悪の引き金、すなわち環境要因となることが考えられている。それらの関係性は今後の詳細な検討が必要である。また、もやもや病リスク変異の出現は、東アジア人全体の祖先集団から日本列島に移住した縄文人が分岐した後に、大陸部にとどまった集団で起こったと考えられる。その変異は、およそ3,000年前に始まった弥生時代以降の渡来人とともに日本列島へやってきた可能性がある。本成果は、疾患のリスク変異を集団遺伝学的に分析することで、もやもや病の病態の多様性の理解に貢献するものである。
なお本研究は、文部科学省及び日本学術振興会の研究助成補助金、24370099、17H03738、17H05132、19H04526、19H05350(研究代表者:太田博樹)、16H06408(研究代表者:石田肇)、24300109(研究代表者:間野修平)の支援を受けて行われた。
発表雑誌
- 雑誌名
Annals of Human Genetics論文タイトル
An analysis of the demographic history of the risk allele R4810K in RNF213 of moyamoya disease著者
Kae Koganebuchi, Kimitoshi Sato, Kiyotaka Fujii, Toshihiro Kumabe, Kuniaki Haneji, Takashi Toma, Hajime Ishida, Keiichiro Joh, Hidenobu Soejima, Shuhei Mano, Motoyuki Ogawa, Hiroki Oota*DOI番号
10.1111/ahg.12424論文URL
用語解説
(注1) 一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism; SNP)
ヒトゲノムの個人間の違いのうち、塩基配列中の特定の場所に一塩基の違いが集団内での頻度が1%以上であるもの。
(注2) ハプロタイプ
ヒトは父親及び母親からそれぞれ1セットのゲノムを受け継ぐ。そのうち、片方の親由来の遺伝子の並びのことを指す。