B型肝炎ウイルス複製の鋳型となるDNAの形成に関わる酵素を発見

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2018-06-22 金沢大学,日本医療研究開発機構,国立感染症研究所,長崎大学

金沢大学医薬保健研究域医学系分子遺伝学の喜多村晃一講師、国立感染症研究所の脇田隆字所長、村松正道部長(2017年9月30日まで金沢大学医薬保健研究域医学系分子遺伝学教授)、渡士幸一主任研究官、長崎大学大学院頭頸部放射線学分野の中村卓教授らの共同研究グループは、ヒトの細胞が持つ酵素FEN1(フラップエンドヌクレアーゼ1)(※1)がB型肝炎ウイルス(※2)の複製に必須であるウイルスDNA(cccDNA(※3))の形成に関わることを世界で初めて明らかにしました。

B型肝炎ウイルスのcccDNAは持続感染者(※4)からの排除が困難とされているだけでなく、その形成・維持の仕組みはほとんど分かっていませんでした。ヒトの肝細胞でcccDNA形成に関与している酵素を発見した本研究は、将来の抗ウイルス薬開発につながる新たな知見として期待されます。

本研究成果は、2018年6月21日午後2時(米国東部標準時間)に米国科学雑誌「PLOS Pathogens」に掲載される予定です。

研究の背景

B型肝炎ウイルスの持続感染者は日本国内で110~140万人と推定されています。また、B型肝炎ウイルスの持続感染は、肝硬変、肝がんへと進行していくことが懸念されます。このウイルスは細胞へ感染後、cccDNAと呼ばれる環状二本鎖DNA(※5)を作ります。感染細胞ではこのcccDNAからウイルスが産生されますが、ワクチンや既存の抗ウイルス薬ではcccDNAの除去は難しく、有効な治療法は現在のところありません。また、その形成過程の分子メカニズムもほとんど分かっていませんでした。

そこで、本研究グループは、cccDNAの前駆体DNA(※6)に特徴的な“フラップ構造”(※7)が存在することに着目し、この構造を切断するタンパク質FEN1がcccDNA形成に関わっているのではないかと考え、培養肝細胞によるB型肝炎ウイルス複製モデル実験や、試験管内でcccDNA形成を再現する新たな研究手法の開発によりFEN1の作用について検討を行いました。

研究成果の概要

B型肝炎ウイルスを複製する培養肝細胞について、ゲノム編集等によってFEN1タンパク質の量を減少させる、あるいはFEN1阻害剤を用いて機能を抑制しました。その結果、いずれの手法においてもFEN1の機能低下に伴いB型肝炎ウイルスcccDNA量の減少が認められました。これは細胞内のFEN1タンパク質がcccDNA形成に寄与していることを示しています。また、FEN1の量を少なくした細胞に、FEN1の酵素活性(フラップ構造を除去する能力)を欠失させた変異型を導入した結果、cccDNA量は回復しなかったことから、FEN1の酵素活性がcccDNA形成に関わることが示唆されました。さらに、より生体の肝細胞に近い性状を持つヒト肝臓培養細胞へB型肝炎ウイルスを感染させ、FEN1阻害剤を添加したところ、ウイルス産生量の低下が確認されました。これはFEN1の酵素活性を阻害したことにより、B型肝炎ウイルス感染後にウイルスを複製するcccDNA量が減少したためと考えられます。

次に、cccDNAの前駆体DNAを細胞から抽出し、試験管内においてFEN1に加えて、DNAを伸長させるポリメラーゼ、DNA末端をつなげるリガーゼの3つの酵素と反応させたところ、cccDNAが形成され、このcccDNAを細胞内に再び導入するとB型肝炎ウイルスが産生されました。したがって、この反応により、試験管内でも実際のcccDNAと同等のものが作られたと考えられ、前駆体DNAのフラップ構造をFEN1が取り除いているという分子メカニズムが示唆されました。

B型肝炎ウイルス複製の鋳型となるDNAの形成に関わる酵素を発見
図1 B型肝炎ウイルス複製の模式図とFEN1の関与

感染し細胞内に侵入したウイルスのDNAは核内に移行し、前駆体DNA(rcDNA)からcccDNAが作られる。その過程のフラップ構造除去にFEN1が関与していることが本研究で示された。

図2 試験管内によるcccDNA形成
図2 試験管内によるcccDNA形成
精製した前駆体DNAとFEN1を含む3つの酵素とを反応させたところcccDNAが形成された。

今後の展開

B型肝炎ウイルスは4つしか遺伝子を持たず、その複製には宿主細胞のタンパク質が利用されていることは以前から推定されていましたが、本研究によって細胞のDNA修復因子であるFEN1タンパク質がその一つであることが初めて明らかにされました。この成果により、FEN1と前駆体DNA(rcDNA)に対するFEN1の作用機序に注目することでcccDNA形成を抑える新規の抗ウイルス薬開発につながることが期待されます。さらに本研究で開発した細胞外でcccDNA形成を再現する実験方法はこれまでに例がなく、この手法は今後さらなるcccDNA形成分子メカニズムの解明に役立つものと考えられます。

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)肝炎等克服実用化研究事業のB型肝炎創薬実用化等研究事業である「B型肝炎ウイルス感染を制御する宿主因子の探索と解析」(研究開発分担者 喜多村晃一)、平成26年度厚生労働科学研究委託費の肝炎等克服実用化研究事業である「B型肝炎ウイルスcccDNAを標的とした宿主因子の解析」(研究代表者 喜多村晃一)ほかの支援を受けて実施されました。

掲載論文
雑誌名:
PLOS Pathogens
論文名:
Flap endonuclease 1 is involved in cccDNA formation in the hepatitis B virus
(フラップエンドヌクレアーゼ1はB型肝炎ウイルスのcccDNA形成に関与する)
著者名:
Kouichi Kitamura, Lusheng Que, Miyuki Shimadu, Miki Koura, Yuuki Ishihara, Kousho Wakae, Takashi Nakamura, Koichi Watashi, Takaji Wakita, and Masamichi Muramatsu
(喜多村 晃一、闕路 晟、島津 美幸、小浦 美樹、石原 由基、若江 亨祥、中村 卓、渡士 幸一、脇田 隆字、村松 正道)
掲載日時:
2018年6月21日午後2時(米国東部標準時間)
URL:
http://journals.plos.org/plospathogens/article?id=10.1371/journal.ppat.1007124
用語解説
※1 FEN1
DNAフラップ構造を切断する酵素(エンドヌクレアーゼ)。通常、細胞内ではDNA複製やDNA修復時に機能しているが、B型肝炎ウイルスはこの仕組みを利用していることが本研究により示された。
※2 B型肝炎ウイルス
主に血液や体液を介して感染するDNAウイルス。C型肝炎ウイルスとともに肝臓がんの主要な原因とされる。世界保健機関(WHO)の推計では、B型肝炎ウイルス感染者は世界中で20億人、そのうちB型肝炎ウイルス持続感染者は2.57億人、さらに年間50~70万人がB型肝炎ウイルス関連疾患で死亡していると報告されている。
※3 cccDNA
感染後の細胞核内で前駆体DNA(rcDNA)より形成されるB型肝炎ウイルスに特徴的なゲノムDNA。ウイルスゲノムRNAや種々のウイルスタンパク質を作るmRNA産生の鋳型となる。cccDNAが長期に存在する持続感染が成立してしまうと、ワクチンや既存の抗ウイルス薬では除去が困難である。
※4 持続感染
B型肝炎ウイルスの感染は一過性感染と持続感染に分けられ、6ヶ月以上感染が続く場合を持続感染と呼ぶ。免疫機能が十分に発達していない乳幼児期に感染するとウイルスを排除できず、持続感染になる場合がある。
※5 環状二本鎖DNA
ヒトを始めとする真核生物の核内DNAは直鎖状の二本鎖DNAとして存在するが、原核生物のDNAやミトコンドリアDNAなどは環状である。特に、切れ目のない閉環状DNAは非常に安定で壊れにくいとされる。
※6 前駆体DNA
B型肝炎ウイルスでは、ウイルス粒子内のDNAは開環状である(図1のrcDNA)。これが核内に移行すると、細胞のタンパク質を利用してcccDNAができると考えられている。
※7 フラップ構造
通常の二本鎖DNAから枝分かれし三本目のDNA鎖が突き出したように存在するDNAの構造。通常、DNA複製時や、DNA修復時に形成される。
お問い合わせ先
研究内容に関すること

金沢大学医薬保健研究域医学系分子遺伝学
講師 喜多村 晃一(きたむら こういち)

国立感染症研究所 ウイルス二部
部長 村松 正道(むらまつ まさみち)

広報担当

金沢大学総務部広報室広報係
嘉信 由紀(かしん ゆき)

金沢大学医薬保健系事務部総務課総務係
上山 聡子(うえやま さとこ)

AMEDの事業に関すること

国立研究開発法人日本医療研究開発機構 戦略推進部 感染症研究課
(肝炎等克服実用化研究事業 担当)

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