2021-07-14 量子科学技術研究開発機構,東京都都立大学,科学技術振興機構(JST)
ポイント
- イオンビーム加工技術を駆使し、細胞が接着面を引っ張るごく小さな力で容易に変形する「フレキシブル細胞培養薄膜」を開発
- 細胞を薄膜表層に接着させ、細胞の移動によって表層を引っ張り基板から剥離させて、ヒダや突起のような3次元(3D)構造を持った「3D細胞シート」を作らせることに成功
- 胃や腸のように凹凸がある臓器表面にフィットする移植治療用細胞シートへの応用に期待
図 わずか3日で形成した、肉眼でも見えるような巨大なヒダ。
(a)全長約7mm の全体像写真、(b)(a)の一部を蛍光顕微鏡で観察した画像、(c)(b)の点線部における断面画像
私たちの体の中で見られるヒダや突起などの立体的な構造(3D構造)は、臓器や器官がそれぞれの機能を果たすために最も適したものです。こうした3D構造を細胞がどのように形作るのか、体の中から取り出した細胞を培養して調べたいのですが、従来から用いられている硬いプラスチック皿上で培養しても、細胞は平面状に広がるだけで、3D構造を作らせることはできません。
細胞は、ごく小さな力ですが、活動するときに接着面を引っ張ることが分かっています。私たちはこのけん引力に注目し、柔らかな布をつまむと皺ができるのと同じことを細胞にやらせてみようと思いつきました。そこで、細胞が活動するときのごく小さな力で変形させられるフレキシブルな細胞培養用の薄膜を開発し、その上で培養することで、細胞に薄膜をつかませて、ヒダや突起を形成させることを目指しました。
このアイデアを実現したのが、イオンビームを活用した加工技術です。イオンビームが引き起こす化学反応の種類と場所を精密に制御することで、生体適合性と生分解性を兼ね備えたポリ乳酸に、細胞培養中にごく小さな力が加わるだけで表面が薄膜として剥離する仕掛けを作り出しました。この仕掛けは、細胞がしっかりとけん引力を発揮できるように接着性を高めた表層と、培養中に培養液に溶解する下層、表層と下層の土台となる基板からできています。この表層を細胞のごく小さな力で変形できる厚みに調整すると、1つ1つの細胞が表層を引っ張り、周囲に皺を寄せながら移動する様子が見られました。さらに、細胞の活動で薄膜が剥離しやすくなるよう、表層にパターニング(切り取り線を作る)を施したところ、細胞集団はパターンの端、つまり切り取り線から薄膜を剥がし始め、立体的に変形していくことが分かりました。この現象を利用して、パターンの形や大きさを調整した結果、わずか2~3日で、肉眼でも見えるような巨大なヒダや突起を持つ3D細胞シートを作らせることに成功しました。
1つの細胞が出せる力はごく小さいものですが、柔らかな体の中では、細胞は互いに協力し合って周囲の環境を整え、自ら立体的な構造を作り上げている可能性があります。
細胞のごく小さな力を活かして3D細胞シートを作り出すことができるフレキシブル細胞培養薄膜は、細胞の本来の姿や機能を解き明かす重要なツールになると考えられます。そして、いまだ謎が多い生体の複雑な形成の謎に迫るだけでなく、胃や腸など凹凸のある臓器表面にもフィットする移植治療用細胞シートへの応用など、新たな治療技術の開発に貢献できると期待しています。
本研究は、2021年7月14日(日本時間)に、新発想の材料工学と実用的なアプリケーションを報告する学術誌「Materials & Design」に掲載されます。
- 本文 PDF(587KB)
- “3D cell sheets formed via cell-driven buckling-delamination of patterned thin films”
<研究に関すること>
大山 智子(オオヤマ トモコ)
量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学部門 高崎量子応用研究所 先端機能材料研究部 主幹研究員
三好 洋美(ミヨシ ヒロミ)
東京都立大学 システムデザイン学部 機械システム工学科 准教授
前田 さち子(マエダ サチコ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
量子科学技術研究開発機構 経営企画部 広報課
東京都立大学 管理部 企画広報課 広報係
科学技術振興機構 広報課