世界初自閉スペクトラム症モデルマーモセットの開発に成功~治療薬開発のイノベーションに期待~

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2021-09-16 国立精神・神経医療研究センター,日本医療研究開発機構

今回、国立精神・神経医療研究センター・神経研究所微細構造研究部の一戸紀孝部長、渡邉惠研究員と中垣慶子研究員らの研究グループは、自閉スペクトラム症(自閉症)モデルマーモセットの開発に世界で初めて成功しました。これまでマウス・ラットの自閉症モデル動物に対しては治療効果のある薬物はありましたが、それらの薬物はヒトにおいて有効と認められませんでした。これは、マウス・ラットはヒトと進化的に遠いことが原因ではないかと考えられるようになり、ヒトに近い霊長類・コモンマーモセットの自閉症モデルの開発が世界中で行われていました。

抗てんかん薬であるバルプロ酸は妊娠中の母親に投与されると、子供の自閉症リスクを上げることが知られていました。これはバルプロ酸が形成時期の脳の正常な遺伝子発現を変化させる特徴を持っているためと考えられています。そこで、研究グループは妊娠中のマーモセットに同様な処置をすることにより、自閉症モデルマーモセットを作出することに成功しました。このモデルマーモセットは、自閉症の言語発達の障害を思わせる鳴き声の発達異常を示しました。重要なこととして、自閉症モデルマーモセットは、脳の遺伝子発現変動がヒトのそれと高い相関をもち、遺伝子改変などで作成されたマウス・ラットのモデルよりもヒト自閉症をよく再現していることがわかりました。霊長類の精神・神経疾患モデルは、マウス・ラットのそれよりもヒトの病態に近いと期待されていましたが、この自閉症モデルマーモセットはそれが客観的に示された世界で初めてのケースです。

さらに研究グループは、ヒトでは幼児期にあたる若い自閉症モデルマーモセットの詳細な解析から、ヒト自閉症の子どもの脳回路が不安定で、そのため学習した行動様式の定着が困難である可能性を示しました。

今回開発された自閉症モデルマーモセットは、ヒト自閉症症状・病態を高度に再現しています。この自閉症モデルマーモセットを用いた研究により、これまで待たれていた自閉症治療薬が開発されることが期待されます。本研究成果は、英国のオンライン科学誌“Nature Communications”に2021年9月15日(水)18時(英国時間2021年9月15日(水)10時)に掲載されました。

研究の背景

自閉症は他者との社会的関係を形成することやコミュニケーションの障害とくりかえし行動・固執性を主症状とする、人口の100人に1人以上で認められる主たる発達障害です。これまでのマウス・ラットの自閉症モデル動物の研究では、その動物モデルの症状を緩和する薬物は見つけられましたが、ヒトにおいて有効と認められる治療薬は開発できませんでした。これは、マウス・ラットはヒトと進化的に遠く、彼らが形成する社会がヒトと異なっていることが原因ではないか、と考えられるようになってきました。そこで、ヒトに進化的に近く社会行動がヒトに似た霊長類・コモンマーモセット(※1)を用いた、新しい自閉症モデル動物の開発が世界中で追求されてきました。しかし、マーモセットは妊娠期間、性成熟期間がマウス・ラットに比べてはるかに長く、自閉症モデルの開発には時間がかかり困難でした。

研究の内容

抗てんかん薬であるバルプロ酸は妊娠中の母親に投与されると、子供の自閉症リスクを上げることが知られています。これはバルプロ酸が形成時期の脳の正常な遺伝子発現を変化させる特徴を持っているためと考えられています。今回、研究グループはバルプロ酸を妊娠中のマーモセットに投与することにより、自閉症モデルマーモセットを世界で初めて開発しました。この自閉症モデルマーモセットは成長後に、行動、遺伝子発現、シナプス(※2)の異常において以下のようにヒトの自閉症を的確に再現していることがわかりました。

1.自閉症モデルマーモセットは、自閉症の言語発達の障害を思わせる鳴き声の発達異常を示しました。また、ヒト自閉症と同様に複雑な社会へ適応するための能力(第3者互恵性判断、不公平忌避※3)に障害を示しました。このような高次社会性能力の障害を、マウス・ラットの自閉症モデルではテストできていませんでした。

2.自閉症モデルマーモセットは、脳の遺伝子発現変動がヒトのそれと高い相関を持ちました(図1)。また、脳には神経細胞とその働きを助ける3つのグリア細胞(オリゴデンドロサイト・アストロサイト・ミクログリア)の4種類の細胞タイプがあります。自閉症モデルマーモセットは、この4種類の細胞タイプすべてに関連する遺伝子群でヒトの自閉症の遺伝子発現変動を再現していました。これと対照的に、遺伝子改変などで作成されたマウス・ラットの自閉症モデルは多くても2種類の細胞タイプに関連する遺伝子群でしかヒト自閉症の遺伝子発現変動を再現していませんでした(図2)。これまでマーモセットを含む霊長類の精神・神経疾患モデルがマウス・ラットのモデルよりも、ヒトの病態に近いと期待されていましたが、この自閉症モデルマーモセットはそれが客観的に示された世界で初めてのケースです。

世界初自閉スペクトラム症モデルマーモセットの開発に成功~治療薬開発のイノベーションに期待~
図1.自閉症モデルマーモセットの遺伝子発現変動はヒト自閉症とよく相関します。
A.一個の点は一個の遺伝子を表し、横軸は自閉症モデルマーモセットの縦軸はヒト自閉症の遺伝子発現変動の大きさを表します。自閉症モデルマーモセットの遺伝子発現変動はヒト自閉症とよく相関することが見て取れます。
B.Aの図の横軸をバルプロ酸を妊娠中のラットに投与して作成された自閉症モデルラットの遺伝子発現変動にしたものです。この自閉症モデルラットの遺伝子発現変動はヒト自閉症との相関が極めて弱いことが見て取れます。


図2.脳を構成する4種の編胞タイブ関運遺伝子群すぺてにおいて自閉症モデルマーモセットの遺伝子発現変動はヒト自閉症とよく相関します。しかしマウス・ラットの自閉症モデルは、最大でも2種類の細胞タイブ関運遺伝子群でしか相関しません。
全遺伝子を25の遺伝子群にわける方法が提案されています(Parikshak et al., 2016, Nature)。
表の1列目、2列目、3列目、4列目はそれぞれ神経細胞関運遺伝子群、オリゴデンドロサイト関連遺伝子群、アストロサイト関運遺伝子群、ミクログリア関運遺伝子群を表します。自閉症モデルマーモセットは4種類すべての細胞タイプ関連遺伝子群で、ヒト自閉症遺伝子変動と相関があります(1行目)。しかし、バルプロ酸母体投与自閉症モデルラット(2行目)、遺伝子改変マウスA(Fmrlミュータント自閉症モデルマウス:3行目)、遺伝子改変マウスB(MeCP2ミュータント自閉症モデルマウス:4行目)、遺伝子改変マウスC(Ptenミュータント自閉症モデルマウス:5行目)はそれぞれ2種類、1種類、0種類、2種類の細胞タイプ遺伝子群でしかヒト自閉症と相関がありません。

3.自閉症モデルマーモセットはシナプスの過剰形成というヒトの自閉症の示す特徴を持っていました。以上のことにより、自閉症モデルマーモセットは、マウス・ラットの自閉症モデルと比較してより広くヒト自閉症の病態を再現するモデル動物であると考えられます。

研究グループは、出生直後とヒトでは幼児期にあたる若い時期の自閉症モデルマーモセットの遺伝子発現とシナプスの異常を詳細に解析しました。驚いたことにそれらの異常は成長後と大きく異なっていることがわかりました。とりわけ研究グループは、幼児期の自閉症モデルマーモセットの研究から、ヒト自閉症の子どもの脳回路が不安定(※4)で、そのため学習した行動様式の定着が困難である可能性を示しました。近年早期治療の有効性が強調されていましたが、その時期の自閉症の脳の状態は分かっていませんでした。そのため、今回得られた知見は極めて貴重です。

今後の展開と治療応用への期待

今回開発された自閉症モデルマーモセットは、ヒト自閉症症状・病態を高度に再現しています。この自閉症モデルマーモセットを用いた研究により、これまで待たれていた自閉症治療薬が開発されることが期待されます。今回得られた遺伝子発現のデータは世界に公開され、新しい自閉症治療薬開発のイノベーションにつながることが期待されます。

用語説明
(※1)コモンマーモセット
南米原産の小型のサル(200-300g)で、両親が協力して子育てをする社会性に優れた霊長類です。また、アイコンタクトや、多様な鳴き声を用いてコミュニケーションをするというヒトと類似した社会行動特性を持ちます。また脳の形態・機能がヒトと似ていて発達した大脳皮質を持ちます。
(※2)シナプス
神経細胞同士をつなぎ、情報の伝達をする1µmの小さな構造です。自閉症の個人はシナプスの数が多いという報告があります。
(※3)複雑な社会へ適応するための能力
自閉症モデルマーモセットは下記のような高次な社会性課題に障害を示しました。

  1. 第3者互恵性判断能力文献1)
    「相手に対して役に立って上げると、そのお返しをしてもらえる」という相互の関係を互恵性と言います。こちらが相手に役に立っても、お返しをしてくれない相手との関係を持つことは不利益です。そこで他者同志の行っている交渉を外から観察して、お返しをしてくれないような相手を事前に見分けておく能力が必要になります。この能力を試すために、マーモセットの目の前で二人の実験者は次のような小芝居をします。実験者の一人がエサをもう一人の実験者に渡しますが、渡してもらった実験者はお返しをしません。その後二人の実験者は、マーモセットに対して両側からエサを差し出します。普通、マーモセットはお返しをしなかった方の実験者から受け取ることを避けますが、自閉症モデルマーモセットは、どちらの実験者からも同じ頻度で受け取ります。
  2. 不公平忌避文献2)
    不公平な状態を好まないという特性です。不公平忌避は協力社会を作る動物種にしかないといわれ、マーモセットはこの特性をもちます。普通、マーモセットは別なマーモセットが自分と同じ課題をしても、自分よりもよいエサをもらっていることに気づくと、その課題をやめてしまいます。この行動を行うには、まず不公平を認知する能力が必要になります。自閉症モデルマーモセットは、不公平な状況でも課題を続けます。自閉症の子供が不公平な申し出を受け入れてしまうことが、いじめの一因になっているともいわれています。
(※4)脳回路が不安定
哺乳類はいろいろな経験に基づいて、次の行動や認識のために有用な脳回路を形成します。この形成された脳回路が不安定で維持されないと、その場に応じた適切な行動をとることが困難になります。
文献情報
文献1)
Yasue M, Nakagami A, Banno T, Nakagaki K, Ichinohe N, Kawai N. Indifference of marmosets with prenatal valproate exposure to third-party non-reciprocal interactions with otherwise avoided non-reciprocal individuals. Behav Brain Res., 2015, 292:323-326.
文献2)
Yasue M, Nakagami A, Nakagaki K, Ichinohe N, Kawai N. Inequity aversion is observed in common marmosets but not in marmoset models of autism induced by prenatal exposure to valproic acid. Behav Brain Res., 2018, 343: 36-40.
論文情報
タイトル
Functional and molecular characterization of a non-human primate model of autism spectrum disorder show similarity with the human disease
著者名
Satoshi Watanabe, Tohru Kurotani, Tomofumi Oga, Jun Noguchi, Risa Isoda,Akiko Nakagami, Kazuhisa Sakai, Keiko Nakagaki, Kayo Sumida,Kohei Hoshino, Koichi Saito, Izuru Miyawaki, Masayuki Sekiguchi,Keiji Wada, Takafumi Minamimoto, Noritaka Ichinohe
雑誌
Nature Communications
DOI
https://doi.org/10.1038/s41467-021-25487-6
研究グループ
  • 国立精神・神経医療研究センター
    神経研究所微細構造研究部  一戸紀孝、渡邉惠、黒谷亨、小賀智文、野口潤、磯田李紗、中神明子、境和久、中垣慶子
    神経研究所第4部 和田圭司、関口正幸
  • 量子科学技術研究開発機構 量子生命・医学部門 量子医科学研究所 南本敬史
  • 住友化学株式会社 斎藤幸一、住田佳代
  • 大日本住友製薬株式会社 宮脇出、星野耕平
研究支援

本研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって行われました。

国立精神・神経医療研究センター精神・神経疾患研究開発費「発達障害の治療法の確立をめざすトランスレーショナルリサーチ」(2-7):日本医療研究開発機構(AMED)「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明(革新脳)」の「脳科学研究に最適な実験動物としてのコモンマーモセット:繁殖・飼育・供給方法に関する研究」(JP21dm0207066):科研費 基盤研究(C)「自閉症モデル動物を用いたシナプス機能の修復の研究」:ノバルティス研究助成「自閉スペクトラム症モデルマーモセットにおけるシナプス可塑性の研究」

お問い合わせ先

研究に関するお問い合わせ
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 微細構造研究部
部長 一戸紀孝

報道に関するお問い合わせ
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター 総務課 広報係

事業に関するお問い合わせ先
国立研究開発法人日本医療研究開発機構 疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課

医療・健康
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