効率よい抗体反応の形成に必要なTリンパ球因子の発見

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効果的なワクチン開発にも関わる知見

2021-10-15 京都大学

概要

抗体反応は感染症から体を守る機構の一つです。抗体反応の誘導にはヘルパーT細胞(T follicular helper(TFH)細胞)注1というTリンパ球の一種が重要で、効率よい抗体反応の誘導には持続的なTFH細胞応答が必要です。TFH細胞の分化経路は少しずつ分かってきていますが、TFH応答がどのように持続するか、さらにどのように長期生存型のTFHメモリー細胞に分化するか、その機構はほとんど明らかにされていません。

京都大学高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(WPI-ASHBi)の上野英樹 主任研究者/教授(兼:同大学院医学研究科 教授、研究当時は米国 ニューヨーク マウントサイナイ医科大 教授)らのグループは、ヒト検体およびマウスモデルを用いた研究で、転写因子Tox2がTFH細胞の持続、メモリーTFH細胞注2への分化に重要であることを突き止めました。Tox2の持続的TFH免疫応答への関与の解明は、今後のより効率の良いワクチンの開発に役立つと期待されます。

本研究成果は、2021年10月8日に国際学術誌『Science Advances』にオンライン掲載されます。

1.背景

私たちの体は感染から免疫機構により守られています。免疫機構は大きくは自然免疫系と獲得免疫系に分かれ、獲得免疫系が二度目の感染から「免れる」機構、いわゆる免疫記憶の中心です。抗体反応は細胞性反応と並んで獲得免疫応答を形成し、例えば、新型コロナワクチンによる新型コロナウイルス感染症の予防・軽症化に抗体反応が中心的な役割を果たしています。抗体反応の誘導には濾胞性ヘルパーT細胞(T follicular helper(TFH)細胞)というTリンパ球の一種が必要です。TFH細胞応答は単に分化だけでなく持続が重要で、持続的なTFH細胞応答が高親和性抗体の産生、さらに長期生存型抗体産生細胞の生成など、長期にわたる抗体依存性防御機構の構築に必要です。TFH細胞の分化経路は最近の研究で少しずつ分かってきていますが、TFH応答がどのように持続するか、さらにこれらの細胞がどのように長期生存型のTFHメモリー細胞に分化するか、その機構は明らかではありませんでした。

2.研究手法・成果

代表研究者 上野の研究室では、TFH細胞がヒトとマウスで分化経路、分画の機能など様々な点で異なることを報告してきました(Immunity 2008、2009、2011、2015; Nat Immunol 2014; Cell Rep 2016など)。本研究ではヒト検体とマウスモデルの両者を用いて、転写因子Tox2のTFH細胞の持続、メモリーTFH細胞への分化への影響を検討しました。

ヒト血液、扁桃を用いた解析で、転写因子Tox2が扁桃内の最も成熟したTFH細胞にのみ高発現されることが分かりました (図1)。さらにTox2の発現はTFH細胞に特徴的な分子の発現と強く正に相関しました。また、Tox2の強制発現は、扁桃成熟TFH細胞がT細胞レセプター刺激によりTH1細胞へと分化していくのを防ぎTFH細胞の表現型を維持すること、さらにTox2がTFH細胞分化に必須な転写因子Bcl6と協同的に作用することを見出しました。これらの知見は、ヒトTFH細胞においてTox2が非TFH細胞へと分化していくのを抑制する、すなわちTFH細胞の持続に重要であることを示しています。

図1:Tox2は成熟TFH細胞に高発現される

図1:Tox2は成熟TFH細胞に高発現される
ヒト扁桃を用いてCD3(T細胞に発現。緑色で表現)とTox2(赤色で表現)の発現を調べたところ、GC(胚中心)内に存在するTFH細胞のみがTox2を高発現していることが判明した。


Tox2の生体内での役割を調べるために、Tox2欠損マウスを作成し、SRBC(羊赤血球)免疫モデル、およびインフルエンザウイルス感染モデルを用いて、TFH細胞応答を解析しました。SRBC免疫モデルにおいて、初回免疫ではTox2欠損マウスと正常マウスでTFH細胞生成に差が見られませんでしたが、二度目の免疫ではTox2欠損マウスでTFH細胞生成が減弱していました(図2)。この結果は、メモリーTFH細胞生成の減弱を示唆しています。さらに、インフルエンザ感染モデルでも、脾臓内でのTFH細胞の持続の減弱、再感染時のTFH細胞の生成の減弱が見られました。最後に骨髄キメラモデルを用いて、TFH細胞応答の減弱はT細胞依存性であることを確認しました。

図2:Tox2欠損マウスでは二次性TFH細胞応答が減弱する

図2:Tox2欠損マウスでは二次性TFH細胞応答が減弱する
A. 正常マウスとTox2欠損マウスをSRBCを用いて0日目と33日目に二度免疫した。
B.脾臓内でのTFH細胞の分化。一次刺激後ではCXCR5陽性PD1陽性のTFH細胞の生成に正常マウスとTox2欠損マウスで差は見られなかったが、二次刺激後ではTox2欠損マウスにおいてTFH細胞の生成(メモリーTFH細胞の再活性化)が強く減弱していた。

すなわち、本研究は世界で初めてTox2がヒトでもマウスでもTFH細胞応答の持続、メモリーTFH細胞の生成に重要であることを明らかにしました。

3.波及効果、今後の予定

持続的TFH細胞応答の誘導、メモリーTFH細胞の誘導は、長期的な抗体依存性生体防御機構に必要です。本研究は、世界で初めて、TFH細胞のTox2発現がこの過程に必要であることを示しました。この発見は、長期的に抗体産生を誘導するワクチンの開発に重要な知見であると考えています。しかし、まだ多くの謎が残っています。

本研究ではヒトTFH細胞誘導経路の過程で他のTFH分子と同様にTox2が誘導されるかどうかも検討しました。ヒトナイーブT細胞をTFH細胞分化誘導条件で培養しTox2の発現を調べたところ、興味深いことにCXCR5, PD-1, ICOS, IL-21, Bcl6などのTFH細胞に特徴的な分子は誘導できてもTox2は誘導されないことが分かりました。これは、マウスにおいてTFH細胞分化誘導条件で培養すると即座にTox2が発現するのと異なり(Xuら、2019)、ヒトT細胞ではTox2発現の制御はTFH細胞分化経路とは直結せず、他の機構に依存することを示唆しています。

また最近の研究では、Tox2が類似因子であるToxと共に細胞を疲弊化させる因子であることが示されていますが、本研究はTFH細胞では逆にTox2が長期生存、機能維持に重要であることを示しています。これはTFH細胞におけるTox2機能の特異性を示唆しますが、その本態は明らかではありません。

今後は、ヒトT細胞でのTox2発現機構、ヒトTFH細胞におけるTox2機能機構の解明により、よりワクチン開発に有効な情報が得られると期待されます。

4.研究プロジェクトについて

本研究は、以下の研究資金を受けて行われました。

  • 米国
    NIH grants U19-AI057234, U19-AI082715, U19-AI089987, R21-AI53673
    Fund from Baylor Health Care System and Icahn School of Medicine at Mount Sinai
  • 日本
    AMED-CREST
    AMED
用語解説

注1 濾胞性ヘルパーT(TFH)細胞:CD4陽性Tリンパ球の分画の一つ。Bリンパ球から抗体産生細胞への分化を誘導したり、胚中心という場で高親和性のBリンパ球を選択する作用を持つ。長期生存型形質細胞、メモリーB細胞の分化に必須な細胞である。

注2 メモリーTFH細胞:TFH細胞の前駆細胞、および成熟TFH細胞の一部はメモリー細胞となり、長期に渡って生存する。メモリー化したTFH細胞は静止期の状態で存在するが、抗原刺激を受けると再活性化し二次リンパ組織内で活性型TFH細胞となりBリンパ球からの抗体産生を誘導する。

研究者のコメント

動物モデルではなく、ヒト細胞を用いた研究は臨床応用、ヒト病態理解に非常に重要と考えています。ヒトT細胞におけるTox2の発現機構の解明などは今後重要でしょう。例えば、新型コロナワクチン接種後の抗体が長期に続く方と短期に終わる方で、Tox2発現機構が異なるのかもしれません。

論文書誌情報

タイトル
Tox2 is required for the maintenance of GC Tfh cells and the generation of memory Tfh cells
(Tox2は胚中心TFH細胞の維持とメモリーTFH細胞の分化に必要である)

著者
Shu Horiuchi, Hanchih Wu, Wen-Chun Liu, Nathalie Schmitt, Jonathan Provot, Yang Liu, Salah-Eddine Bentebibel, Randy A. Albrecht, Michael Schotsaert, Christian V. Forst, Bin Zhang, Hideki Ueno

掲載誌
Science Advances

DOI
https://doi.org/10.1126/sciadv.abj1249

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