RNAウイルスの増殖を抑え込む、2段階目の防御戦略を発見~DNAウイルスへの反応経路を利用~

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2021-10-15 東京大学

〇発表者:
佐藤 宏樹(東京大学 生産技術研究所 特任准教授)
星 美穂(東京大学 医科学研究所 技術専門職員)
池田 房子(東京大学 生産技術研究所 民間等共同研究員)
藤幸 知子(東京大学 生産技術研究所 特任准教授)
米田 美佐子(東京大学 生産技術研究所 特任教授)
甲斐 知惠子(東京大学 生産技術研究所 特任教授)

〇発表のポイント:
◆細胞は、DNAウイルスとRNAウイルスそれぞれに対して別々のセンサーと反応経路を介して、自然免疫を誘導すると考えられてきた。
◆マイナス一本鎖RNAウイルスである麻疹ウイルスが感染した細胞内では、RNAウイルスに対するセンサーに加えてDNAウイルスに対するセンサーも活性化し、重層的に自然免疫が誘導されることを、今回初めて発見した。
◆致死性ウイルスが多いマイナス一本鎖RNAウイルスに対する防御機序全容の解明に向けて新たな視点を与え、発症機序の解明や新たな治療法の開発にも繋がると期待される。

〇発表概要:
哺乳類の細胞は、ウイルスなどの外敵が侵入してきた際に、素早く感知して抵抗性反応を開始するセンサー分子を複数備えている。ウイルスはDNAウイルスとRNAウイルスに分類されるが、それぞれを感知する別々のセンサーが同定されており、それぞれに連鎖して起こる別系統の反応経路を通じて自然免疫(注1)が誘導されると考えられてきた。
東京大学 生産技術研究所の甲斐 知惠子 特任教授、佐藤 宏樹 特任准教授らの研究グループは、現在でも開発途上国の乳幼児死亡の主要因であるはしかを起こす麻疹ウイルスについて長年研究を続けてきた。このたび、佐藤特任准教授らは、マイナス一本鎖RNAウイルス(モノネガウイルス)目に属する麻疹ウイルスが感染した細胞内で、RNAセンサーだけではなく、これまで関与しないと考えられていたDNAセンサーの活性化も起きていることを見出した。さらに、DNAセンサー分子の機能を失わせたノックアウトマウスを用いて、この経路も実際に生体内で麻疹ウイルスの増殖を抑制する働きを担っていることを証明した。この発見は、宿主とウイルスの攻防の全容解明の研究に新たな視点を与えるもので、今後、発症機序の解明や新たな治療法の開発、そしてエボラウイルス、狂犬病ウイルス、ニパウイルスなど類似の致死性の高いRNAウイルスの研究にも波及すると期待される。

〇発表内容:
麻疹ウイルスは、その感染力が極めて強く病原性も高いことから、世界保健機関による国際的な根絶対象となっている。先進諸国ではワクチンによってほぼ排除されているが、開発途上国ではいまだに乳幼児死亡の主な原因であり、 2019年の発症者数は約87万人、死亡者数は20万人以上に及んでいる。このような重要疾患でありながら、その多様な合併症の発症メカニズムなどは十分に解明されていない。
ウイルスが細胞に感染すると、宿主側とウイルスとの攻防が始まる。哺乳類の細胞は、ウイルスや細菌などの外敵の侵入に対して、それぞれを感知するセンサー分子を持っており、感知後それぞれの反応経路を伝わって自然免疫を速やかに誘導し、I型インターフェロン(注2)などの防御反応分子を産生させる。この仕組みが宿主の防御反応の第一線である。特にウイルスに対してはDNAウイルスとRNAウイルスのそれぞれを検知するDNAセンサーとRNAセンサーがあり、厳密に役割が分けられている。
甲斐特任教授のグループはモノネガウイルスである麻疹ウイルスと宿主との攻防の全容を明らかにするため、感染後に働き始める遺伝子群の動向を解析し、麻疹ウイルスの増殖が続くと、細胞の機能の維持に必要なハウスキーピング遺伝子群(注3)の働きが一気に低下することをこれまでに報告してきた。これは細胞が自身の活動を低下させることで、細胞内でのウイルス増殖を抑える戦略と考えられた。佐藤特任准教授らは、今回その働きが低下する遺伝子群に細胞小器官のミトコンドリアに関連するものが多く含まれていること、さらに感染後のミトコンドリアが融合して(ハイパーフュージョン)、著しく長い形態に変化していることを発見した。ミトコンドリアは、細胞内でエネルギーを産み出す器官で、内部にミトコンドリアDNA(mtDNA)と呼ばれる独自の小さな環状のDNAを持っている。このmtDNAの一部が、麻疹ウイルスの感染後にミトコンドリアハイパーフュージョンが生じた際にミトコンドリアの外に放出され、これが細胞内のDNAセンサーによって感知されて、下流の反応経路によりI型インターフェロン産生を誘導することを突き止めた。さらに、DNAセンサー遺伝子の機能を失わせたノックアウトマウスでは麻疹ウイルスの病原性が上昇すること、つまり実際の体内でもDNAセンサー経路が麻疹ウイルスの増殖を抑える働きを担っていることも証明した。この結果から、佐藤特任准教授らは、麻疹ウイルス感染細胞では、抗ウイルス応答が2段階に誘導されることを提唱した。すなわち、感染の初期段階では、麻疹ウイルスRNAは通常のRNAセンサーによって迅速に検出され、抗ウイルス応答が誘導される。しかしその後もウイルス増殖が持続すると、細胞は自身の活動を低下させてウイルスの複製を抑制するとともに、ミトコンドリアのハイパーフュージョンによるmtDNAの放出を起こして、DNAセンサーの活性化による第二弾の抗ウイルス応答を誘導する(図1)。本研究成果は、モノネガウイルス感染によって起こる自然免疫誘導が、RNAセンサーによる経路だけでなくDNAセンサー経路によっても起こること、しかもミトコンドリアの持つmtDNAを利用していることを示した初めての知見である。
今回の研究は、細胞はさまざまな細胞小器官を利用してウイルス増殖を抑制する重層的な防御戦略を備えていることを示している。麻疹ウイルスが分類されているモノネガウイルスには、エボラウイルス、狂犬病ウイルス、ニパウイルスなどの重要な致死性ウイルスが数多く含まれるが、感染した体内での増殖様式や発症メカニズムなどには未だ未解明のことが多い。モノネガウイルス群のウイルスは、互いに構造や増殖様式など共通の性質が多く、ウイルス学的性状が良く似ていることから、それぞれのウイルスの研究は他のウイルス研究にも有用な知見となる。今回の発見はさまざまなウイルスと宿主細胞との攻防研究に新たな視点を与えるもので、発症メカニズムの解明研究やそれら知見をもとにした治療法開発の研究などにも波及すると期待される。

〇発表雑誌:
雑誌名:「PLOS Pathogens」(10月14日)
論文タイトル:Downregulation of mitochondrial biogenesis by virus infection triggers antiviral responses by cyclic GMP-AMP synthase
著者:Hiroki Sato*, Miho Hoshi, Fusako Ikeda, Tomoko Fujiyuki, Misako Yoneda and Chieko Kai*
DOI番号:10.1371/journal.ppat.1009841

〇問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
特任准教授 佐藤 宏樹(さとう ひろき)
Tel:03-5452-6586  Fax:03-5452-6600
E-mail:satohi(末尾に”@iis.u-tokyo.ac.jp”をつけてください)
URL:http://www.kailab.iis.u-tokyo.ac.jp/

〇用語解説:
(注1)自然免疫
病原体の感染を認識し迅速に免疫・炎症応答を誘導する、生体防御の最前線のシステム。抗ウイルス応答もその1つ。

(注2)I型インターフェロン
微生物に感染した細胞が、感染を感知して初めに産生する物質。細胞外に放出されたI型インターフェロンは、自身や周りの細胞の表面にあるインターフェロン受容体に結合する。その刺激を受けた細胞は、微生物に対抗するための数百の遺伝子を活性化し、感染抵抗性を備える。

(注3)ハウスキーピング遺伝子
多くの組織や細胞中に共通して常に働いている遺伝子のこと。細胞の維持や増殖に不可欠な遺伝子で、3,000以上あると言われている。

添付資料:
図1甲斐研.png
図1 麻疹ウイルス感染後の抗ウイルス応答は2段階で起こる
感染の初期段階では、麻疹ウイルスRNAは通常のRNAセンサーによって迅速に検出され、抗ウイルス応答が誘導される。しかしその後もウイルス増殖が持続すると、ハウスキーピング遺伝子群の働きが低下し、細胞自身の活動を低下させてウイルスの複製を抑制するとともに、ミトコンドリアのハイパーフュージョンによるmtDNAの放出を起こして、DNAセンサーの活性化による第二弾の抗ウイルス応答を誘導する。IFN-β:複数あるI型インターフェロンの中心的因子。

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