モノクローナル抗体のつくる責任、つかう責任を定量化

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抗体医薬品の製造に伴う環境影響と、治療による健康効果を評価

2021-10-15 東京大学,次世代バイオ医薬品製造技術研究組合,日本医療研究開発機構

発表者

天沢 逸里(東京大学 大学院工学系研究科 化学システム工学専攻 助教)
黒田 裕章(東京大学 大学院工学系研究科 化学システム工学専攻 修士課程2年生)
岡村 梢(東京大学 大学院工学系研究科 化学システム工学専攻 博士課程1年生)
Badr Sara(東京大学 大学院工学系研究科 化学システム工学専攻 特任助教)
杉山 弘和(東京大学 大学院工学系研究科 化学システム工学専攻 教授)

発表のポイント
  • モノクローナル抗体(注1)製造における培養工程からの環境影響を、ライフサイクルアセスメント(LCA)(注2)を用いて評価し、抗体治療による健康効果と比較しました。
  • 統一指標DALY(注3)で比較したところ、あるモノクローナル抗体の健康効果は、培養工程からの環境影響に伴う健康被害の約107倍になることが分かりました。少ない環境影響で多大な健康効果をもたらすことを示した結果です。
  • さらに、4つの製造方式について運転費と環境影響を詳しく分析し、方式間のトレードオフを明らかにしました。サステイナブルな抗体医薬品製造に向けて、細胞特性の向上と、適切なプロセス選択の重要性が、定量的に示されました。
発表概要

東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻天沢逸里助教、Badr Sara特任助教、杉山弘和教授らの研究グループは、モノクローナル抗体について、培養工程からの環境影響と、治療による健康効果を定量的に評価しました。評価指標としては、人間健康への影響を示す障害調整生命年(Disability-Adjusted Life Year; DALY)を用いました。環境面については、ライフサイクルアセスメント(LCA)を用いて、培養工程における原材料製造から廃棄までの環境影響を算出し、それらが人間健康に与える影響をDALYで評価しました。健康効果については、治療による延命効果をDALYで算出しました。その結果、あるモノクローナル抗体の健康効果は、環境影響に伴う健康被害の約107倍であることが分かりました。環境影響と健康効果を一つの枠組みで議論した本研究は、国連Sustainable Development Goals(SDGs)目標12「つくる責任つかう責任」を、モノクローナル抗体を対象に定量化したものとして位置づけられます。

本研究成果は、2021年10月15日午前9時(日本時間)に米国科学誌「ACS Sustainable Chemistry and Engineering」のオンライン版で公開されました。

発表内容
研究背景

バイオ医薬品は、近年市場が急速に拡大しており、新型コロナウイルスの治療薬としても注目されています。バイオ医薬品のうちタンパク質製剤は糖尿病や貧血などの治療として、モノクローナル抗体製剤はガンや慢性リウマチなどと言った重篤な疾患の治療に用いられるため、人類に多大な健康効果をもたらします。一方、一般的に物質の製造では資源やエネルギーが消費されるため、温暖化などを通じて人間健康に影響を及ぼす、という側面もあります。そこで本研究では、バイオ医薬品の一つであるモノクローナル抗体(monoclonal antibody; mAb)の培養プロセスを例に、製造に伴う環境影響と、治療がもたらす健康効果を比較しました。また、製造方式として4つのシナリオを立て、それぞれの環境影響と運転コスト、トレードオフ等を詳しく分析しました。評価結果間の関係を費用対効果の視点から議論し、図1のような比較評価の新しい考え方を提案しました。


図1 本研究で提案した、モノクローナル抗体の環境影響と健康効果の比較評価に関する新概念(発表論文から抜粋)

研究内容と成果

本研究グループは、これまでにChinese Hamster Ovary(CHO)細胞を用いたmAb製造について、数理モデルとシミュレーションを用いたプロセス設計を研究してきました[1]。mAb製造は大きく分けて培養と精製の2工程があり、本研究では、そのうち培養工程を対象としました。

培養方式は、培地を供給し続けるFed-Batch方式が一般的ですが、培地供給とmAbの抜き取りを連続的に行うPerfusion方式が盛んに研究されています。装置にも、ステンレス製定置装置を用いる従来型のマルチユース技術(MUT)のほか、培養ごとに樹脂製装置を使い捨てるシングルユース技術(SUT)が実用化されています。そこで、評価対象として、MUTを用いたFed-Batch培養(FB/MUT)とPerfusion培養(P/MUT)、SUTを用いたFed-Batch培養(FB/SUT)とPerfusion培養(P/SUT)の4つのシナリオを設定しました。なお、計算に際しては、次世代バイオ医薬品製造技術研究組合から実験データ・情報の提供を受けました。

環境影響評価には、ライフサイクルアセスメント(Life cycle assessment; LCA)を用いて、図2のように培養工程に必要な資材の製造から廃棄までを分析しました。評価指標としては、人間健康への影響を示す障害調整生命年(Disability-Adjusted Life Year; DALY)を用いました。DALYは、複数の環境影響を集約して人間健康指標とするため、mAbの治療効果との比較が可能になります。


図2 ライフサイクルアセスメントの評価範囲(発表論文から抜粋・翻訳)

分析結果から、培養工程からの環境影響(DALY換算)は、抗体治療による健康効果(Opdivo®換算)の1千万の1であり、mAbは少ない環境影響で多大な健康効果を生み出していることが示唆されました。各シナリオにおけるDALYの内訳では、培養工程の攪拌や空調に関わる電力が7割~9割を占めました。また、シナリオごとに年間運転コストを計算したところ、全シナリオで培地原料費が約9割を占めました。

さらに、運転費と環境影響(DALY換算)の分析から、プロセス間でのトレードオフが明らかになりました。図3に示すように、Perfusion方式では健康被害が最小になる一方で、運転費は最大となること、また、FB/MUTは健康被害が最大となる一方で、運転費は最小になることが、それぞれ分かりました。また感度解析の結果、最大倍加速度(µmax)や抗体生産速度(Qp)で表される細胞特性を向上することで、運転費と環境影響の両者を大きく改善できることが分かりました(図3(a),(b))。さらに、全ての電力源を天然ガス由来に変えると、1%程度の運転費増加で、環境影響としてのDALYは50%以上削減できることがわかりました(図3(c))。


図3 モノクローナル抗体製造の運転費及び環境影響(DALY換算)の評価結果。培養方式と装置技術として4つのシナリオを考慮した。感度解析として(a)抗体生産速度Qp、(b)最大倍加速度µmax、(c)電力源をそれぞれ変化させた。(発表論文から抜粋)

今後の展望

本研究により、mAbの持続可能な消費と生産に向け、市場拡大が進む中であっても、製造による環境影響と、治療効果という便益を定量評価していくことの重要性が示されました。今後、精製工程や製剤化も含むサプライチェーン全体への展開や、実際のプロセス設計への応用を進めていくことで、SDGs目標12の達成に貢献できると期待されます。

研究支援

本研究は、AMED次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業「バイオ医薬品の高度製造技術の開発/高度バイオ医薬品製造プロセスの設計フレームワーク」課題(代表 杉山弘和)、「バイオ医薬品の高度製造技術の開発/バイオ医薬品製造技術の実証研究」課題(代表 村上聖)、「国際基準に適合した次世代抗体医薬等の製造技術」課題(代表 大政健史)の研究として行われたものです。

発表雑誌
雑誌名
「ACS Sustainable Chemistry & Engineering」(オンライン版:2021年10月15日公開予定・オープンアクセス)
論文タイトル
Cost-benefit analysis of monoclonal antibody cultivation scenarios in terms of life cycle environmental impact and operating cost
著者
Eri Amasawa, Hiroaki Kuroda, Kozue Okamura, Sara Badr, Hirokazu Sugiyama*
* Corresponding author
参考文献
[1]
Badr, S.; Okamura, K.; Takahashi, N.; Ubbenjans, V.; Shirahata, H.; Sugiyama, H. Integrated design of biopharmaceutical manufacturing processes: operation modes and process configurations for monoclonal antibody production. Computers and Chemical Engineering, 2021, 107422.
用語説明
(注1)モノクローナル抗体(monoclonal antibody; mAb)
体内に侵入した細菌やウィルスなどの異物(抗原)から体を守るために「抗体」が作られる。さまざまな抗体のうち、単一の抗体を産生する細胞のクローンを増殖させ、一種類の抗原決定基(エピトープ)とだけ反応する抗体を、モノクローナル抗体と呼ぶ。モノクローナル抗体を有効成分とする抗体医薬品は、抗体抗原反応を利用してガンなどの重篤な疾病の治療に用いられる。(参考:国立がん研究センター 、デジタル大辞泉「モノクローナル抗体」)
(注2)ライフサイクルアセスメント(Life cycle assessment; LCA)
製品やサービスが一生において及ぼす影響を数値で評価する手法。LCAは国際標準化機構においてISO14040; 14044として規格化されており、環境影響評価の代表的なツールである。
(注3)DALY(Disability-adjusted life years)
病的状態、障害、早死により失われた年数を意味した疾病負荷を総合的に示す健康指標。日本語では障害調整生命年。1DALYは、1年間の健康生活が失われたことを意味し、地域別の健康状態を定量的に議論することに使われることが多い。公衆衛生、健康影響評価、そして環境影響評価指標として利用される。
お問い合わせ先

東京大学 大学院工学系研究科 化学システム工学専攻
教授 杉山弘和(すぎやま ひろかず)

次世代バイオ医薬品製造技術研究組合
専務理事 村上聖(むらかみ せい)

事業に関すること
日本医療研究開発機構 創薬事業部 医薬品研究開発課
次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業担当

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