家族性認知症iPS細胞を樹立し、分化させた神経細胞から異常を検出

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タウタンパク質の異常による疾患の治療薬開発に期待

2019-09-20 慶応義塾大学医学部,日本医療研究開発機構

慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄之教授、中村真理准訪問研究員、同総合医科学研究センターの塩澤誠司特任講師らを中心とする研究グループは、家族性の前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration、以下、FTLD)の患者よりiPS細胞(注1)を樹立し、神経細胞へと分化させることで、その病態メカニズムの一端を解明しました。

本研究では、家族性前頭側頭葉変性症の原因遺伝子の一つである微小管結合蛋白質タウ(以下、MAPT)遺伝子(注2)のR406Wという変異(以下、タウR406W変異)に注目しました。この変異を持つ場合にはアルツハイマー病(認知症)によく似た症状が現れます。

比較対象として、ゲノム編集技術(注3)によってタウR406W遺伝子変異を正常型に修正した細胞株及びタウR406W変異を両側の遺伝子にもつ細胞株を樹立しました。さらにそれぞれのiPS細胞から、脳オルガノイド(注4)と呼ばれる脳に類似した組織(神経細胞)を作製し、これらを比較することにより、タウR406W変異による神経細胞の異常を検証しました。

その結果、タウR406W変異を持つiPS細胞由来神経細胞では、タウタンパク質のリン酸化や局在に異常があり、神経軸索の変性などが認められました。さらに、これらの表現型は微小管安定化物質によって抑制されることが明らかになりました。タウタンパク質は、アルツハイマー病をはじめとするさまざまな神経変性疾患に関与することが知られており、今回発見したメカニズムは、これらの異常を抑えるのに有効な微小管安定化物質をはじめとした新しい治療薬の開発につながる新たな病態モデルになると期待されます。

本研究成果は2019年9月19日(米国東部時間)に、国際幹細胞学会(ISSCR)の公式ジャーナルである『Stem Cell Reports』のオンライン版に掲載されました。

1.研究の背景と概要

FTLDは、老年期に脳の前頭葉や側頭葉の神経細胞死によって起こる認知症の一つです。アルツハイマー病では記憶の障害が主であるのに対して、FTLDでは人格の変化や行動異常などが引き起こされることを特徴としています。いずれの認知症でも、病理学的には異常なタウタンパク質の蓄積が認められており、病気の発症と関連があると考えられていますが、詳細なメカニズムは不明でした。

家族性のFTLDでは、このタウタンパク質をコードするMAPT遺伝子に遺伝子変異を有していることがあり、さまざまな変異が報告されていますが、その中でもタウR406Wというアミノ酸変異を持つ場合には、アルツハイマー病によく似た症状を示すことが知られています。

本研究では、このMAPT遺伝子の片側のみタウR406W変異を持つ患者由来のiPS細胞(ヘテロ変異型)を樹立しました。比較対象として、変異を持たない人のiPS細胞(健常人)、ゲノム編集技術を用いてヘテロ変異型患者由来の変異を修正したiPS細胞(変異修正型)、及びタウR406W変異を両側の遺伝子に持つiPS細胞(ホモ変異型)も樹立しました。

これらのiPS細胞から、脳オルガノイドと呼ばれる脳に類似した組織をそれぞれ作成し、その神経細胞を詳しく分析しました。

その結果、タウR406W変異の神経細胞では、①タウタンパク質が異常な低リン酸化状態になっていること、②タウR406W変異を持たない対照群に比べて断片化されたタウタンパク質が増えていること、③このタウタンパク質の断片化は、タンパク質切断酵素であるカルパインによる切断であることを明らかにしました。

また通常、タウタンパク質は神経細胞の軸索と呼ばれる部分に存在しますが、この変異を持つ患者のiPS細胞由来神経細胞では細胞体及び樹状突起に存在する比率が増加していました。さらに、タウR406W変異を持った神経細胞では軸索が細切れになっており(図1)、細胞内小器官の一つであるミトコンドリアの輸送に異常が生じていることを明らかにしました。このミトコンドリア輸送異常は微小管安定化物質を加えることで正常になったことから、微小管の不安定化によるものであると考えられました。

今回の研究結果により、神経細胞のタウタンパク質の異常やミトコンドリアの輸送異常が、タウR406W変異を持つFTLDの病態の一端になっていると考えられました。

【図1】

赤い染色部分が軸索

2.研究の成果と意義・今後の展開

本研究によって、タウタンパク質をコードするMAPT遺伝子のタウR406W変異を持つ神経細胞に生じる異常を明らかにしました(図2)。タウタンパク質の異常は、アルツハイマー病をはじめとした多くの神経変性疾患に関わることが知られています。本研究の成果によって、タウタンパク質が原因となる病気の治療薬や病気の進行を抑える薬の開発に役立つことが期待されます。

【図2】

3.特記事項

本研究はJSPS科研費JP26117007、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム(疾患特異的iPS細胞の利活用促進・難病研究加速プログラム)「神経疾患特異的iPS細胞を活用した病態解明と新規治療法の創出を目指した研究」の支援によって行われました。

4.論文
タイトル:
Pathological progression induced by the frontotemporal dementia-associated R406W tau mutation in patient-derived iPSCs
タイトル和訳:
タウR406W変異を有する患者由来iPS細胞における病態進行
著者名:
中村真理、塩澤誠司、坪井大輔、天野睦紀、渡部博貴、前田純宏、木村妙子、吉松祥、木佐文彦、Karch CM、宮坂知宏、高島明彦、佐原成彦、久永眞市、池内健、貝淵弘三、岡野栄之
用語解説
(注1)人工多能性幹細胞(iPS細胞)(Induced pluripotent stem cell:iPS cell):
一度分化した皮膚や血液などの体細胞は他の細胞に変化することはほとんどありませんが、人為的な操作を加えることで体を構成するあらゆる細胞のもとになる細胞に変換することができます。この細胞がiPS細胞です。この技術を応用すれば、例えば血液の細胞からiPS細胞を作り、それを通常は生体から得ることが難しい神経細胞などに分化させることができるため、病気の研究などに有用です。最近ではiPS細胞を使って損傷した組織などの細胞を補填する細胞治療の臨床研究も始まっています。
(注2)微小管結合蛋白質タウ(MAPT)遺伝子:
タウタンパク質は細胞骨格の一つである微小管に結合し、その構造を安定化していると考えられています。アルツハイマー病やFTLDでは、このタウタンパク質が異常に蓄積・凝集している像が見られることから、これらの病気との関連が指摘されています。また、このタウタンパク質をコードするMAPT遺伝子に変異があると、脳の神経細胞死を引き起こし、遺伝性のFTLDを発症します。MAPT遺伝子の変異にはさまざまな種類があり、変異の種類によって症状が異なります。R406W変異では、アルツハイマー病によく似た症状を呈します。
(注3)ゲノム編集(Genome editing):
生物の設計図となるゲノムを書き換える技術です。標的とするゲノムの部位に対して、DNAの切断酵素を作用させて傷を作り、修復される際のエラーを利用するなどし、あらかじめ設計したDNAと入れ替えることで、自由に配列を書き換えることができます。DNAの切断酵素にはTALENやCRISPR-Cas9などがあります。
(注4)脳オルガノイド(Brain organoid):
オルガノイドは幹細胞の自己組織化能力(自律的に形態を作る能力)を利用して、生体内の臓器や組織の3次元的な構造を試験管内で再現したものです。これまでの2次元的な培養細胞よりも再現度が高く、生体に近いモデルとして注目されています。脳オルガノイドは、iPS細胞を分化させる際に神経細胞のみができるようにさまざまな薬剤でシグナルを調整することでできる、生体の脳のような層構造を持った細胞の塊です。
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本発表資料のお問い合わせ先

慶應義塾大学医学部生理学教室

教授 岡野 栄之(おかの ひでゆき)

本リリースの発信元

慶應義塾大学

信濃町キャンパス総務課:鈴木・山崎

AMED事業に関する問い合わせ

国立研究開発法人日本医療研究開発機構

戦略推進部再生医療研究課

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