がん細胞の認識に関わる分子の異常による免疫回避を明らかに
2021-10-19 国立がん研究センター,東京大学,国立国際医療研究センター,日本医療研究開発機構
発表のポイント
- 免疫チェックポイント阻害剤(注1)が有効とされるマイクロサテライト不安定性大腸がん(注2)において、免疫細胞が、がん細胞を認識して攻撃する際の目印とされるHLA遺伝子が機能しなくなっていることを、長いDNA配列を解読することのできるロングリードシークエンサー(注3)を用いて明らかにしました。
- 数理モデルを用いて、細胞のがん化過程で遺伝子変異が蓄積することによりがんに対する免疫の効果が弱まることを示しました。
- 本研究の成果により、免疫療法の有効性予測に基づく効果的な治療戦略の開発につながることが期待されます。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜斉、東京都中央区) 研究所 細胞情報学分野 河津正人ユニット長(現 千葉県がんセンター研究所部長)、間野博行分野長、腫瘍免疫分野 西川博嘉分野長らの研究グループは、東京大学医学部附属病院大腸・肛門外科 石原総一郎教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科 波江野洋特任准教授、国立国際医療研究センター ゲノム医科学プロジェクト 徳永勝士戸山プロジェクト長らと共同で、細胞が免疫の監視から逃れ、がん化する仕組みを解明し、免疫療法の治療効果予測に有用なバイオマーカーを同定するため、マイクロサテライト不安定性大腸がん等について、長いDNA配列を解読するロングリードシークエンサーを用いて免疫状態を詳しく調べました。
マイクロサテライト不安定性大腸がんは、一定程度で免疫チェックポイント阻害剤の有効性が確認されていますが、必ずしも全ての患者さんに効果が認められるわけではなく、有効性を予測する方法の確立が求められてきました。本研究においてがん細胞と免疫細胞が混在する腫瘍組織の全体像を解明し、免疫チェックポイント阻害薬の有効性の予測につながる成果が得られました。
本研究の結果、免疫細胞が、がん細胞を攻撃する際の目印とされるHLAクラスI(注4)遺伝子に多くの後天的変異が生じて機能を失っていることが明らかとなりました。さらに、数理モデルを用いた解析を行い、HLAクラスI以外の多くの遺伝子変異の蓄積によっても、がん細胞に対する免疫反応の効果が弱まることを示しました。本研究での免疫応答の解明により、今後の免疫療法の有効性予測や、効果的な治療戦略の開発の推進が期待されます。
本研究成果は、米科学誌「Gastroenterology」にオンライン掲載されます。
背景
免疫チェックポイント阻害剤などの免疫療法がさまざまながんに対して有効であることが知られ期待が高まっていますが、十分な治療効果が得られないケースも多くみられます。また免疫療法は一般にコストが高く、医療費の負担も心配されています。そのため、治療効果の正確な予測方法や、新たな治療法開発が求められています。
免疫細胞ががん細胞を攻撃する際の目印とされるHLAクラスI遺伝子の変異は古くから知られていました。しかし、HLAクラスI遺伝子にはさまざまなタイプがあり各個人で異なること、また各個人で最大6種類のタイプを持っていることなどから、次世代シークエンサー(注5)での解析は困難でした。そこで研究チームは長いDNAの配列を解読できるロングリードシークエンサーを用いて、がん細胞におけるHLAクラスI遺伝子の変異を明らかにすることで、細胞が免疫の監視から逃れてがん化する仕組みの解明と、免疫療法の治療効果予測に有用なバイオマーカー同定を試みました。
研究方法・成果
マイクロサテライト不安定性大腸がん112例について、ロングリードシークエンサーを用いたHLAクラスI遺伝子の完全長配列解析を行い、免疫組織化学染色(注6)による腫瘍組織中のCD8陽性Tリンパ球測定結果や、Tリンパ球のレパトア解析(注7)、次世代シークエンサーによる全エクソン解析および遺伝子発現解析、網羅的メチル化解析の結果などと合わせて、がん細胞と免疫細胞が混在する腫瘍組織の全体像の解明を試みました。
その結果、マイクロサテライト不安定性大腸がんではHLAクラスI遺伝子に機能不全をもたらす後天的変異が非常に高頻度に生じていることを明らかにしました(図1)。また、各個人が持もつ6種類のHLAクラスI遺伝子のどのHLAタイプに変異が生じているのか分析し、HLAタイプ毎の変異頻度とそれによる免疫状態の変化を世界で初めて明らかにしました。詳細な解析により、変異が生じたHLAの数やタイプに応じて、腫瘍組織中のリンパ球の数や免疫状態が異なることがわかりました(図1)。さらに、HLAクラスI遺伝子そのものの変異とは別に、HLAクラスIの発現量の低下につながるような遺伝子変異を複数同定しました。
図1 マイクロサテライト不安定性大腸がんの免疫・ゲノム解析
HLAの機能喪失の程度を定量化し、リンパ球浸潤の程度も加味して免疫状態を4つに分類した。分類1はリンパ球浸潤が多いもの、分類2はB2M遺伝子変異によりHLAの機能が喪失したもの、分類3はHLAクラス1遺伝子変異によりHLAの機能が喪失したもの、分類4はそれ以外とした。分類4ではHLAクラスI遺伝子の機能喪失変異はないものの、HLAクラスI遺伝子の発現が低下していた。
さらに、がん細胞が遺伝子変異によって免疫細胞の攻撃から逃れて進展していく様子を表した新規数理モデルを構築し、解析を行いました(図2)。がん細胞に蓄積する遺伝子変異には、免疫細胞を活性化させ、がん細胞への攻撃を強くする効果と免疫細胞の攻撃から逃れる効果の両面があることが知られており、その複合的な効果を推測することは困難でしたが、数理モデルを用いることで、初めは免疫活性化の効果によってがん細胞の増殖が鈍り、その後免疫逃避の効果によって増殖速度が上昇するということがわかりました。また、免疫・ゲノム解析(図1)によって4つに分類された群のなかで、リンパ球浸潤が多い群と少ない群で、がんが見つかるまでの増殖の仕方が異なることを見出しました(図2右)。これらの結果をまとめて、大腸がんが免疫の攻撃から逃れる様式が複数あり、それぞれで増殖曲線が異なることを示すことができました。
図2 がん進展の新規数理モデルと免疫状態によって異なる増殖曲線
展望
本研究の成果をさらに進展させることにより、免疫療法が効きにくい患者の予測や、効果的な治療戦略の開発の推進が期待されます。本研究によりHLAクラスI変異以外にも腫瘍の免疫状態の変化をもたらす遺伝子の異常が複数同定されました。それらの遺伝子異常により実際に治療効果予測が可能なのか、今後も検証を進める予定です。また、子宮体がん等でも同様の解析を進め、がん種による免疫療法の感受性の違いや効果的な治療戦略の検証を進める予定です。
発表論文
雑誌名
Gastroenterology
タイトル
HLA Class I analysis provides insight into immune evasion in colorectal cancer with high microsatellite instability
著者
Masahito Kawazu, Toshihide Ueno, Koichi Saeki, Nicolas Sax, Yosuke Togashi, Takayuki Kaneseki, Keigo Chida, Fumishi Kishigami, Kazuhito Sato, Shinya Kojima, Masafumi Otsuka, Akihito Kawazoe, Hitomi Nishinakamura, Yuka Maeda, Yoko Yamamoto, Kazuo Yamashita, Satoshi Inoue, Tokiyoshi Tanegashima, Daisuke Matsubara, Kenta Tane, Yosuke Tanaka, Hisae Iinuma, Yojiro Hashiguchi, Shoichi Hazama, Seik-Soon Khor, Katsushi Tokunaga, Masahiro Tsuboi, Toshiro Niki, Masatoshi Eto, Kohei Shitara, Toshihiko Torigoe, Soichiro Ishihara, Hiroyuki Aburatani, Hiroshi Haeno, Hiroyoshi Nishikawa, and Hiroyuki Mano
共同研究者
東京大学 医学部附属病院大腸・肛門外科、大学院新領域創成科学研究科、先端科学技術研究センター
札幌医科大学 医学部病理学第一講座
国立国際医療研究センター ゲノム医科学プロジェクト
帝京大学 医学部附属病院 下部消化管外科
山口大学 先端がん治療開発学
国立がん研究センター東病院 消化管内科、呼吸器外科
自治医科大学 病理学講座
九州大学 大学院 医学研究院 泌尿器科学分野
KOTAIバイオテクノロジーズ株式会社
研究費
日本医療研究開発機構 次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE) 領域E ヒト上皮性腫瘍の発生・進展機構の解明と新規治療標的の同定(研究代表者:油谷浩幸)
日本学術振興会 科学研究費補助金 科学研究費助成事業 基盤B 「マイクロサテライト高度不安定性がんの免疫回避メカニズム解明」(研究代表者:河津正人)
用語解説
注1 免疫チェックポイント阻害剤
活性が抑えられた状態のリンパ球を再活性化することで、がん細胞に対する免疫を再活性化する薬剤であり、近年その効果が注目されている。
注2 マイクロサテライト不安定性大腸がん
全大腸がんの10–20%を占めるタイプ。DNAの複製の際のエラーを修復するためのタンパク質に異常が生じることで、ゲノム上に多くの変異が蓄積する。
注3 ロングリードシークエンサー
10万塩基長を超えるような非常に長いDNA配列の解読も可能とする最新技術。
注4 HLAクラスI
ヒトの大部分の細胞の表面に発現している分子で、免疫細胞が正常細胞とウイルスに感染した細胞やがん細胞などの異常細胞を見分けるための目印となる。
注5 次世代シークエンサー
DNAの配列を一度に大量に解析可能な技術または装置。現在、がん研究などにおいてしばしば活用されているが、一度に解読できる長さは200塩基長ほどである。
注6 免疫組織化学染色
組織切片上のタンパク質の発現を、抗体を用いて検出する解析手法。組織切片中の腫瘍細胞や免疫細胞の数や位置関係を可視化することができる。
注7 レパトア解析
腫瘍に対する免疫を担うリンパ球の多様性の解析方法。リンパ球毎に異物を認識するための受容体の配列が異なるため、その配列を調べることでリンパ球の多様性を評価する。
問い合わせ先
研究に関する問い合わせ
国立研究開発法人国立がん研究センター
研究所 細胞情報学分野
河津正人
機関窓口
国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室
東京大学大学院新領域創成科学研究科広報室
東京大学医学部附属病院
パブリック・リレーションセンター
国立研究開発法人国立国際医療研究センター
企画戦略局 広報企画室
担当:西澤樹生(にしざわ たつき)
AMED事業に関すること
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
創薬事業部 医薬品研究開発課 次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE)