7種のアミノ酸が脳を守り、認知症の進行を抑えることを発見!

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脳の炎症性変化を防ぎ、神経細胞死による脳萎縮を抑制

2021-10-23 量子科学技術研究開発機構

発表のポイント

  • 特定のアミノ酸1)の摂取が認知症の病態を抑止することを世界で初めて明らかにした。
  • 7種類のアミノ酸「Amino LP7」を摂取した認知症モデルマウス2)では、異常なタンパク質の蓄積に打ち勝って、神経細胞死による脳の萎縮が顕著に抑制された。
  • 網羅的な脳内遺伝子発現の解析3)などにより、Amino LP7が脳内炎症を減らして神経細胞死を防ぎ、神経細胞同士をつなぐシナプス4)を保護して脳の機能を保つことを明らかにした。
  • Amino LP7は炎症を引き起こす物質キヌレニン5)が脳内に入るのを抑え、炎症性細胞が神経細胞を攻撃するのを防ぐことを見出した。

国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫、以下「量研」)量子生命・医学部門量子医科学研究所脳機能イメージング研究部の樋口真人 部長、高堂裕平 主幹研究員らは、味の素株式会社との共同研究においてタンパク質の構成要素であるアミノ酸のうち、7種必須アミノ酸の摂取が脳機能維持・改善をする仕組みを明らかにしました。

認知機能低下の原因は脳内で20年―30年かけて起きているということが報告されています。記憶力に加え注意力や実行力など複数の高次脳機能も認知機能に含まれています。日常生活ではよくある、物事を同時に行うという能力も認知機能の一部です。認知機能低下の症状が出る場合は、神経細胞死がすでに起こっている状態であるため、いかに早期から対応できるかということが重要になります。

脳は神経細胞同士が連絡するシナプスという部分で神経伝達物質6)をキャッチボールのようにやり取りすることで機能を発揮しています。必須アミノ酸は、脳の神経伝達物質の「素」となっており、脳機能維持・改善に働く可能性がありますが、体内では合成されないため、意識的に摂取することが必要となります。本研究に先行して味の素株式会社と共同で行った高齢マウスでの検討7)の結果、9種類ある必須アミノ酸の中で脳への移行性が高く、脳の神経伝達物質の「素」になる重要なアミノ酸として、7種の必須アミノ酸〔ロイシン、フェニルアラニン、リジン、イソロイシン、ヒスチジン、バリン、トリプトファン〕を特定の割合で組み合わせて投与すると、加齢に伴う認知機能の低下が抑えられることが明らかとなりました。

そこでこの7種のアミノ酸からなる特定の組み合わせを味の素株式会社が「Amino LP7」と名付け、量研は今回の研究で認知症病態のモデルマウスにおいて、Amino LP7が脳に及ぼす効果を調べました。このモデルマウスでは異常なタウタンパク質8)が脳の中に蓄積し、脳内で炎症が起こって神経細胞死による脳の萎縮が起こりますが、Amino LP7の投与により脳内ではタウタンパク質の蓄積に打ち勝って、脳の萎縮を防ぐことができました。顕微鏡による脳の解析や、脳内の遺伝子発現の網羅的解析により、Amino LP7が脳の炎症性変化を減少させ、シナプスの障害も防ぐことを見出しました。脳内の炎症を引き起こす細胞は神経細胞を攻撃してシナプスを減らし、最終的に死に至らしめることが知られており、Amino LP7はこれらの変化を抑えると考えられます。さらにAmino LP7は脳内炎症9)を加速するキヌレニンという「炎症性アミノ酸」の脳への流入をブロックすることで、脳内の炎症性変化を減少させることが判明しました。

本研究は栄養と脳機能・脳病態の密接な関係を実証し、特定のアミノ酸の組み合わせが認知症病態から脳を守り、認知症を予防し進行を遅らせる効果を発揮しうることを世界で初めて明らかにしました。Amino LP7は先行研究において、認知障害がない高齢者の認知機能を高めることが示されていますが、本研究の成果に基づいて量研は味の素株式会社との共同でAmino LP7の認知症に対する有効性を検証する臨床研究を開始しました。

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト「神経変性疾患のタンパク凝集・伝播病態と回路障害の分子イメージング研究」、ムーンショット型研究開発事業「病気につながる血管周囲の微小炎症を標的とする量子技術、ニューロモデュレーション医療による未病時治療法の開発」などの支援を受けて実施されたもので、当該分野においてインパクトの大きい論文が数多く発表されている米国の科学誌「Science Advances」のオンライン版に2021年10月23日(土)午前3時(日本時間)に掲載されました。

研究開発の背景と目的

超高齢社会が進む日本では高齢化率が年々上昇し、2025年には3人に1人が65歳以上になると推計されています。高齢化の進行に伴い生活者の抱える健康課題も変化し、将来の認知機能・記憶力の低下に不安を抱えている生活者が多く存在しています。同時に、認知機能低下に伴う社会的コストの増加も想定され、この負担を減らしていくことも社会として求められています。

認知機能低下の原因は脳内で20~30年かけて起きているということが報告されています。認知機能が低下するリスクの1つに日常生活の乱れも関与していることが報告されており、早期から日々の食事、運動、睡眠の生活習慣を整えることが重要と考えられます。

60歳以上の方を対象とし、食品摂取の多様性と、認知機能低下のリスクの関連について検討した研究では、食品摂取の多様性が低い(いろいろな食品を食べていない)グループに比べ、高い(いろいろな食品を食べている)グループでは、認知機能低下が起こりにくいことが分かってきています。このことからも、偏った食事ではなく、いろいろな食品を摂取することが認知機能の維持の観点から重要といえます。栄養素によっては外部からの摂取が必須であるものがあるためです。

本研究では、三大栄養素の1つであるタンパク質の摂取に着目し食事の栄養素レベルと認知機能の関係について検証しました。タンパク質摂取と認知機能の関連に関する研究結果はこれまで複数報告され、日々のタンパク質の摂取は認知機能の維持の観点からも重要なことが示唆されています。

脳は神経細胞が密につまり、神経細胞どうしが連絡を取り合うことで機能を発揮します。そして、脳が機能を発揮するには、神経細胞が連絡を取り合うための神経伝達物質が必要です。神経伝達物質は必須アミノ酸を基質として体内でつくられ、その必須アミノ酸は体内では合成されないため外部から摂取することが必要であると知られています。しかし、タンパク質の摂取不足や必須アミノ酸の摂取が脳機能にどのように作用するかは明らかになっていませんでした。

そこで本研究では、神経伝達物質の素となる必須アミノ酸がいかに脳機能を維持することに役立つかを解明するために、認知症モデルマウスを用いて検討を行いました。

研究の手法と成果

◇7種必須アミノ酸について

認知機能に関するアミノ酸の重要性について、味の素株式会社と共同で実施の先行研究で、アミノ酸から構成されているタンパク質が少ないエサを高齢マウスに与えたところ、脳内の神経伝達物質の量が低下し記憶・学習能力の低下が見られました。一方で神経伝達物質の素となる必須アミノ酸7種の摂取により、神経伝達物質の量は回復し記憶・学習能力は、タンパク質が多い食事と同等レベルを維持することができるということがわかりました。この先行研究で用いた必須アミノ酸の組成は、脳内への入りやすさを加味して味の素株式会社が考案した独自の必須アミノ酸配合であり、本研究ではAmino LP7と呼んでいます。

本研究では、Amino LP7の摂取が認知機能を維持改善できる仕組みの更なる検討として、脳萎縮を起こすタイプの認知症モデルマウスを用いて検証を行いました。認知症モデルマウスにAmino LP7を朝と夕の1日2回、約3か月間与えて脳の大きさを磁気共鳴画像(MRI)10)を用いて測定しました。その結果、認知機能の低下に関与していると思われる、神経細胞死により引き起こされる脳の萎縮が、認知症モデルマウスで抑制されたことがわかりました。高齢者では加齢による衰えから食欲が低下することでタンパク質の摂取不足も起こりがちであることから、認知症モデルマウスに低タンパク食を与えて脳の状態を調べました。その結果、この脳の萎縮は、低タンパク食を摂取することで加速されることも明らかとなりました。一方、低タンパク食を摂取している中でもAmino LP7を摂取することで、脳萎縮が抑制されることを明らかにしました(図1左)。

さらに詳細なメカニズムを明らかにするためにシナプスレベルでの検討を行いました。認知症モデルマウスではシナプスを構成するスパイン11)の数が減少していますが、Amino LP7を摂取することで健常マウスと同等レベルのスパイン数を維持することができました(図1右)。

Amino LP7摂取による大脳皮質の萎縮の抑制およびシナプス(スパイン)消失の抑制

図1  Amino LP7摂取による大脳皮質の萎縮の抑制およびシナプス(スパイン)消失の抑制

認知症モデルマウスにおいて、Amino LP7が大脳皮質の萎縮抑制効果を示した(図左)。低タンパク食は認知症モデルマウスにおける萎縮を加速させたが、Amino LP7の摂取により低タンパク食を摂取している認知症モデルマウスにおいても萎縮抑制効果を示した(図左)。さらに、Amino LP7の摂取は認知症モデルマウスにおけるスパイン(棘)消失の抑制効果も示した(図右)。Amino LP7は本研究で用いている7種必須アミノ酸配合。​


続いて、Amino LP7が大脳に遺伝子レベルでどのように作用しているかを明らかにするために、網羅的遺伝子解析を行いました。その結果、認知症モデルマウスでは健常マウスに比べて脳内の炎症が活発化し、神経細胞の活性やシナプスを形成するスパインに関する遺伝子の発現が低下していることがわかりました。Amino LP7を摂取すると、脳内炎症に関する遺伝子発現が抑制され、神経細胞の活性やスパインに関する遺伝子の発現が増加することがわかりました(図2)。本実験により、Amino LP7の摂取による脳機能の改善に脳内の炎症の改善が関与していることが示唆されました。

大脳皮質における網羅的遺伝子解析結果

図2 大脳皮質における網羅的遺伝子解析結果

認知症モデルにおける網羅的な遺伝子解析結果を示した。Amino LP7の摂取により炎症に関する遺伝子の発現が抑制され、神経細胞の活性やシナプスを構成するスパインに関する遺伝子発現の数が増加した。また、低タンパク食では神経細胞の活性が低下していた。左側の群を基準として右側の群の増減を表示、増減が混在しているものは赤と青の二色の円で表示。​


Amino LP7が脳内の炎症を改善する仕組みを明らかにするために、必須アミノ酸と同じトランスポーター12)から脳内に入るキヌレニンという分子に着目しました。キヌレニンは炎症に関連する物質であることが知られているためです。認知症モデルマウスでは脳内のキヌレニン濃度が上昇していましたが、Amino LP7を摂取すると脳内キヌレニン濃度の上昇を抑制できることがわかりました。これは、Amino LP7がキヌレニンと同じ脳への入り口となるトランスポーターから脳内に移行するため、キヌレニンの脳内への移行を抑制したことが考えられました。つまり、Amino LP7がキヌレニンの脳内への流入を防ぎ、脳萎縮の前段階である脳内の炎症を抑制することが示されました(図3)。

Amino LP7がキヌレニン脳内濃度の上昇を抑制

図3  Amino LP7がキヌレニン脳内濃度の上昇を抑制

左図:Amino LP7がキヌレニンの脳内移行と競合する可能性を示した図
右図:通常モデル、認知症モデルマウス、認知症モデルマウスにAmino LP7を摂取したときの脳内キヌレニン濃度のグラフ


以上、本研究では、Amino LP7が脳の中で神経伝達物質の素として神経細胞の働きを高める可能性、そして炎症を引き起こすキヌレニンが脳内に入ることを阻止し、脳内炎症の抑制をすることで脳機能を維持する可能性が示されました(図4)。

Amino LP7が脳機能維持に寄与するメカニズムのまとめ

図4  Amino LP7が脳機能維持に寄与するメカニズムのまとめ

​左図:低タンパク食による影響、右図:Amino LP7の摂取時に脳機能維持が起こる仕組み。

今後の展開

本研究でAmino LP7が認知症モデルマウスの脳萎縮を抑制し、シナプスの維持に寄与することが明らかとなりました。Amino LP7が脳萎縮やシナプスを守る仕組みには脳の炎症が関与していることを明らかにしました。今後は臨床研究においてヒト脳機能を維持する仕組みに脳内炎症が関与していることを臨床研究でのイメージング研究において明らかにしていき、認知症の発症予防法を見つけていきたいと考えています。

このプレスリリースは『Science Advances』のオンライン版に掲載される「Sato H*, Takado Y*, Toyoda S. et al. Neurodegenerative processes accelerated by protein malnutrition and decelerated by essential amino acids in a tauopathy mouse model」*共同筆頭著者

(邦題:タウオパチーマウスモデルにおける神経変性はタンパクの摂取不足によって加速され必須アミノ酸によって抑制される)」に基づいて作成されています。

用語解説

1)特定のアミノ酸
ヒトを始めとした生物の構成成分であるタンパク質のもとになるのがアミノ酸であり、ここでの特定のアミノ酸とは、必須アミノ酸と呼ばれる特殊なアミノ酸種のうちのつを指す。必須アミノ酸は体内では合成できないアミノ酸で、(1)ロイシン、(2)フェニルアラニン、(3)リジン、(4)イソロイシン、(5)ヒスチジン、(6)バリン、(7)トリプトファン、(8)スレオニン、(9)メチオニンの種。本研究では、(1)~(7)の種の必須アミノ酸の独自配合であるを用いた

2)認知症モデルマウス
異常タウ蛋白が脳内に出現し、加齢とともに進行性の脳萎縮が起きるrTg4510マウス。
タウとは、神経系細胞の骨格を形成する微小管に結合するタンパク質。アルツハイマー型認知症をはじめとする様々な精神神経疾患において、タウが異常にリン酸化して細胞内に蓄積することが知られています。

3)網羅的な脳内遺伝子発現の解析
マイクロアレイという技術を用い多数の種類の遺伝子の発現を調べること。

4)シナプス
神経情報を出力する側と入力される側の間に発達した、情報伝達のための接触構造。

5)キヌレニン
トリプトファンからナイアシンを生合成するキヌレニン経路における主要な代謝中間体の一つ。アミノ酸の一つでもある。

6)神経伝達物質
ニューロンで生産され,シナプスで放出されて,標的細胞に興奮または抑制の応答反応を起させる低分子の化学物質。 アセチルコリン,アドレナリン,ドーパミン,セロトニンなどのアミン類が古くから知られている。

7)味の素株式会社と共同で行った高齢マウスでの先行研究
Frontiers in Nutrition 2020 Mar 11;7:23 に発表。

8)タウ蛋白質
神経系細胞の骨格を形成する微小管に結合するタンパク質。細胞内の骨格形成と物質輸送に関与しています。アルツハイマー型認知症をはじめとする様々な精神神経疾患において、タウが異常にリン酸化して細胞内に蓄積することが知られています。

9)脳内炎症
様々な要因による脳組織の傷害に伴い脳内の免疫系が活性化されることによって生じる脳内の状態。

10)磁気共鳴画像(MRI)
強力な磁場と非常に周波数の高い電磁波を用いて極めて詳細な画像を描き出す手法。

11)スパイン
シナプスを形成している構造の一部をスパイン(棘)とよぶ。

12)トランスポーター
輸送担体ともいう。膜を横切って片方の側からもう一方の側へ物質を輸送する構造物。

論文情報

タイトル:Neurodegenerative processes accelerated by protein malnutrition and decelerated by essential amino acids in a tauopathy mouse model

著者:Hideaki Sato1,2†, Yuhei Takado2†, Sakiko Toyoda1, Masako Tsukamoto-Yasui1, Keiichiro Minatohara2,3, Hiroyuki Takuwa2, Takuya Urushihata2, Manami Takahashi2, Masafumi Shimojo2, Maiko Ono2, Jun Maeda2, Asumi Orihara2, Naruhiko Sahara2, Ichio Aoki4, Sachise Karakawa1, Muneki Isokawa1, Noriko Kawasaki1, Mika Kawasaki1, Satoko Ueno1, Mayuka Kanda1, Mai Nishimura1, Katsuya Suzuki1, Akira Mitsui1, Kenji Nagao1, Akihiko Kitamura1,2*, Makoto Higuchi2*

所属:
1. Ajinomoto Co., Inc., Kawasaki, 210-8681, Japan

2. Department of Functional Brain Imaging, National Institute of Radiological Sciences, National Institutes for Quantum and Radiological Sciences and Technology, Chiba 263-8555, Japan

3. Department of Cellular Neurobiology, Graduate School of Medicine, The University of Tokyo, Tokyo 113-0033, Japan

4. Department of Molecular Imaging and Theranostics, National Institute of Radiological Sciences, National Institutes for Quantum and Radiological Sciences and Technology, Chiba 263-8555, Japan

† These authors contributed equally to this work.

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