分子標的治療によってがん組織で変化するリン酸化シグナルを患者毎に捉えることに成功

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次世代「がん精密医療」への応用に期待

2022-03-28 医薬基盤・健康・栄養研究所,国立がん研究センター,日本医療研究開発機構

本研究成果のポイント
  • 独自に開発した微量組織サンプルの網羅的リン酸化部位測定技術を用いて、分子標的薬治療前、治療中の患者組織のリン酸化部位の比較解析を行いました。
  • 患者毎に治療に対するリン酸化応答が異なることを明らかにしました。
  • 治療が効かない患者でのみ活性化しているリン酸化シグナルを見出し、その患者に有望な治療標的候補を特定することに成功しました。
概要

個人の体質や、がんの特徴に合わせて治療する「がん精密医療」が、日本でも本格的に開始され、がん治療の変革が期待されています。

国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所プロテオームリサーチプロジェクト・創薬標的プロテオミクスプロジェクトの足立淳プロジェクトリーダーは、国立研究開発法人国立がん研究センター中央病院消化管内科朴成和前科長(現東京大学医科学研究所附属病院腫瘍・総合内科教授)、平野秀和医員らとの共同研究により、分子標的治療薬1トラスツズマブ2の投与前後に内視鏡を用いて採取した胃がん患者の生検検体3から、1万4千個を超えるリン酸化部位を網羅的に測定し、患者毎に治療に対するリン酸化応答が異なることを明らかにしました。

本研究は、がんの増殖や薬剤感受性を決定するのに重要なリン酸化シグナル4を測定する技術を臨床応用するものであり、新たながん精密医療5の開発に応用可能であると考えられます。本研究成果は、2022年3月25日10時00分(ロンドン時間)にScientific Reports誌に掲載されました。

今後、本研究で開発した技術を用いて、治療中に治療の効き目を迅速に判断し、適切な治療を患者毎に選択できる「がん精密医療」の実現に取り組んでいきます。

分子標的治療によってがん組織で変化するリン酸化シグナルを患者毎に捉えることに成功

背景

がんのゲノム情報を調べて新たな治療につなげる「がん精密医療」が、日本でも本格的に開始されました。その中でも胃がんや大腸がんなどの消化器がんは、具体的な治療に結びつく遺伝子変異が見つかることが稀であるため、より多くのがん患者に対応することができる次世代型「がん精密医療」の実現が求められています。

抗がん剤として用いる分子標的治療薬の多くはタンパク質に直接作用するため、がん細胞内のタンパク質全体(プロテオーム)の情報は、治療法の選択に有用であると期待されています。特にタンパク質のリン酸化修飾を介したリン酸化シグナルはがん細胞のさまざまな機能を制御し、リン酸化シグナルを標的にした抗がん剤が多数開発されていることから、「がん精密医療」への応用が期待されています。これまで測定するために多量の検体を必要としたために、世界的にも手術検体を使った解析が行われてきました。しかし、手術検体6を用いてリン酸化シグナルを解析する場合、手術操作による阻血7などの影響のため、体内の状況を反映したデータを取得することが困難でした。そこで本研究チームは内視鏡用の生検鉗子8を用いて採取された生検検体を採取後20秒以内に液体窒素で凍結させることで、リン酸化状態の変化を極力抑えたサンプルの採取法を構築し、1万個以上のリン酸化部位を同定するリン酸化プロテオーム解析9技術を開発してきました(2020年1月7日掲載AMEDプレスリリース「体内でのがんリン酸化シグナルを高精度に定量する技術を開発―次世代がん精密医療への応用に期待―」)。

研究手法・成果

4名のHER2陽性胃がん患者から治療前、治療中にがん部・非がん部の生検検体を採取し、合計で14622個のリン酸化部位を同定しました。治療前と比較して治療中は、HER2下流のリン酸化シグナルが抑制されている傾向が確認されました。また、患者毎に比較すると、治療が奏効しなかった患者でのみ活性化しているキナーゼを見出し、新たな治療標的候補を得ることができました。このようにリン酸化情報から取得したキナーゼ活性プロファイルは患者毎の特異性が高いため、「がん精密医療」の更なる推進に向け、その重要性が明らかとなりました。

波及効果、今後の予定

本技術は、その他の種類のがんにも適用することが可能であり、生検検体は経時的に採取することができるため、治療前の治療法選択だけではなく、治療中のリン酸化状態の変化を調べることで、患者毎に治療の効果判定を迅速に行うことや適切な併用薬の選択が可能になることが期待されます。このような次世代型「がん精密医療」が実現すれば、個々の患者に適した薬剤の提供、医療費の抑制、治療の成功率の向上につながる可能性が高まるものと考えられます。

研究費

日本医療研究開発機構(AMED)
革新的がん医療実用化研究事業
研究開発課題名:リン酸化プロテオゲノミクスを基盤としたオンデマンドパスウェイミクス解析による胃癌最適医療の構築
研究開発代表者:足立 淳

用語解説
1分子標的治療薬
体内の特定の標的分子を狙い撃ちし、その機能を抑えることによって、病気を治療する目的で開発された薬剤。
2トラスツズマブ
癌遺伝子HER2/neuの遺伝子産物であるHER2タンパクに特異的に結合する抗体。癌の増殖などに関わる特定の分子を狙い撃ちする分子標的治療薬の一つである。HER2過剰発現が確認された乳癌、切除不能な進行・再発の胃癌、唾液腺癌に用いられている。
3生検検体
病気の診断を行うために、特殊な針や内視鏡を用いて臓器組織の一部を採取したもの。
4リン酸化シグナル
細胞内外の刺激に対して細胞膜上・細胞質中のタンパク質が、キナーゼ(リン酸化酵素)によるリン酸化反応を介して、情報伝達を行うこと。がん細胞の増殖、転移、細胞死などに重要な役割を果たしている。
5がん精密医療
がん患者が個々に有する遺伝子・タンパク質・代謝物等の特徴から個人レベルで最適な治療方法を分析・選択し、それを施すこと。
6手術検体
手術で切除された組織や臓器から採取した検体。
7阻血
手術を行うときに、出血を抑えるために血流を一時的に止めること。
8生検鉗子
がん組織の一部を掴んで採取するための、はさみに似た形の医療器具。
9リン酸化プロテオーム解析
タンパク質のリン酸化修飾に特化して測定する解析手法。リン酸化修飾ペプチドの濃縮技術、質量分析計およびデータ処理技術の発展により、近年急速に解析深度が向上している。
論文情報
原題
Temporal dynamics from phosphoproteomics using endoscopic biopsy specimens provides new therapeutic targets in stage IV gastric cancer
邦題
内視鏡生検検体を用いたリン酸化プロテオミクスによる経時動態解析から、ステージIV胃がんにおける新たな治療標的を発見
著者名
平野秀和、阿部雄一、野島陽水、青木雅彦、庄司広和、磯山純子、本田一文、朴成和、水口賢治、朝長毅、足立淳
掲載誌
Scientific Reports
DOI
10.1038/s41598-022-08430-7
お問い合わせ先

研究に関すること
医薬基盤・健康・栄養研究所
プロテオームリサーチプロジェクト・創薬標的プロテオミクスプロジェクト
足立 淳

中央病院 消化管内科
平野 秀和

報道に関すること
医薬基盤・健康・栄養研究所
戦略企画部

国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室

AMED事業に関する問い合わせ先
日本医療研究開発機構(AMED)
疾患基礎研究事業部 疾患基礎研究課 革新的がん医療実用化研究事業 事務局

有機化学・薬学
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