ヒトT細胞白血病ウイルスの持続感染を司る分子生物学的基盤を解明

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2022-05-06 熊本大学,日本医療研究開発機構

ポイント
  • ヒトT細胞白血病ウイルス1型(HTLV-1)は、細胞に感染するとウイルスゲノムDNAが宿主細胞ゲノムDNAに組み込まれるため、感染者からウイルスを排除することが極めて難しく、慢性持続感染を引き起こします。本研究ではその慢性持続感染成立に重要なウイルス内の新たな領域(エンハンサー領域※1)を発見しました。
  • 感染者の体内で起きている現象を調べるために、実際の感染者検体を用いて最先端のシングルセル解析技術を駆使して研究を進めた結果、今回の新しい発見につながりました。
  • これらの発見は、HTLV-1感染の持続性や病原性を理解する上で重要な知見であり、HTLV-1慢性持続感染を阻止する新たな治療標的の創出へと繋がる研究成果です。
概要説明

熊本大学ヒトレトロウイルス学共同研究センター※2熊本キャンパスの佐藤賢文教授、松尾美沙希特任助教らの研究グループは、これまでの研究でDNAプローブ※3と次世代シークエンサーを用いた高感度ウイルス配列解析手法を開発しており(参考論文1)、本研究ではこの手法を用いて、これまでに未特定であったHTLV-1の慢性持続感染に関与するウイルスゲノム領域(エンハンサー領域)を発見しました。さらにウイルスが宿主細胞因子であるSRF(Serum Response Factor)とELK-1(ETS domain-containing protein Elk-1)を利用して、エンハンサー機能を獲得していること、ウイルスエンハンサーがウイルス遺伝子だけでなく、ウイルス組み込み部位周辺の宿主細胞遺伝子発現にも影響を与えることがわかりました。本研究結果は令和4年5月3日に英科学誌「Nature Communications」に掲載されました。

本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の、「医療分野国際科学技術共同研究開発推進事業 戦略的国際共同研究プログラム(SICORP)日・英国共同研究」「新興・再興感染症研究基盤創生事業 多分野融合研究領域」、日本学術振興会科学研究費助成事業、熊本大学みらい研究推進事業、卓越大学院生事業からの支援を受けて、関西医科大学、今村総合病院、佐賀大学医学部との共同研究として行われました。

説明

HTLV-1はヒトに病原性を示すレトロウイルス※4であり、ヒトの免疫システムで中心的働きをするCD4+T細胞を主な感染標的細胞とします。このウイルスは宿主細胞内に侵入したのち、細胞のDNAゲノムにウイルスDNAを挿入しプロウイルス※5として維持されます。そのため、ひとたび感染が成立すると慢性持続感染状態となりますが、感染者の大部分は関連疾患を発症することなく、その生涯を無症候性感染者として過ごします。その一方で2-5%の感染者は約60年という非常に長い潜伏期間を経て、成人T細胞白血病(ATL)※6を発症します(図1)。ATLは極めて予後不良な白血病であることが知られています。


図1 HTLV-1の感染からATL発症までの推移

ATL細胞の宿主ゲノムDNAにはプロウイルスDNAが存在します。HTLV-1に感染していなければCD4+T細胞のがんは極めてまれなため、プロウイルスの存在が細胞がん化を誘導すると考えられています。したがって、組み込まれたプロウイルスについて多くの研究が進められてきましたが、ウイルス発見から40年以上、今回特定されたウイルスエンハンサーの存在は知られていませんでした。

本グループは、九州の医療機関と連携し、実際の感染者検体を用いて、高感度ウイルス配列解析手法を用いたMNase-seq※7を実施することで、HTLV-1プロウイルス内の転写制御領域について網羅的に調べました。その結果、ウイルスゲノム内にこれまで未特定であった転写制御領域(エンハンサー領域)を新たに特定しました(図2)。加えてウイルスがどのような仕組みでエンハンサー活性を獲得するかについて調べた結果、SRFとELK-1という2つの宿主細胞因子の関与が明らかとなりました(図3)。


図2 高感度ウイルス配列解析手法によるウイルスエンハンサーの特定
図3 ウイルスエンハンサーとその分子メカニズム

また、ATL細胞ゲノムに組み込まれたHTLV-1プロウイルス周辺で、宿主細胞の遺伝子発現が活性化されることが知られており、このウイルスによる白血病発症の一因となることが報告されています(参考論文2)。本研究において、今回特定されたHTLV-1ウイルスエンハンサーはウイルス遺伝子の発現維持に貢献するだけでなく、組み込み部位周辺の細胞側遺伝子発現にも働きかけ、ATL細胞における宿主遺伝子転写異常の一因となることが示唆されました(図4)。


図4 HTLV-1ウイルスエンハンサーは恒常的なウイルス遺伝子発現に加え、組み込み部位周辺の宿主遺伝子発現にも影響

今回の研究成果は、次世代シークエンサーやシングルセル解析などの先端的研究手法で実際の患者検体を高精度に解析することで、従来の手法では見つけることができなかった、HTLV-1プロウイルス内新規エンハンサー領域の存在を明らかにしたものです。本研究成果はHTLV-1感染の持続性や病原性の仕組みの一端を明らかにし、難治性慢性ウイルス感染症であるHTLV-1感染症の問題克服へ向け、一歩前進する重要な知見と考えられます。

用語解説
※1 エンハンサー領域
遺伝子の転写量を増加させるために働きかけるゲノム内の転写制御領域。活性を示すメカニズムとして転写因子の結合などが知られる。
※2 ヒトレトロウイルス学共同研究センター
HTLV-1やヒト免疫不全ウイルスなどの難治性ヒトレトロウイルスの克服を共通目標に、熊本大学と鹿児島大学が大学の枠を越えて2019年4月に新設した研究センター。
※3 DNAプローブ
ビオチンが標識されたHTLV-1配列と相補的な配列を有する一本鎖DNA。標的のHTLV-1配列はビオチン標識DNAプローブと結合して二本鎖DNAを形成する。形成された二本鎖DNAはストレプトアビジンビーズで精製することができ、標的であるHTLV-1配列を特異的に濃縮することができる。
※4 レトロウイルス
逆転写酵素を有し、自らの核酸を逆転写して宿主ゲノムに組み込ませるRNAウイルス。ヒトに病原性を示すレトロウイルスとしてHTLV-1の他にHIV-1が知られている。
※5 プロウイルス
レトロウイルスの逆転写によって宿主ゲノムに組み込まれたウイルスゲノム。
※6 成人T細胞白血病(ATL)
HTLV-1感染に起因する予後不良な白血病。非常に長い期間の慢性持続感染を経て、一部の感染者が発症する。臨床病型として、くすぶり型・慢性型・リンパ腫型・急性型の4つがある。
※7 MNase-seq
MNaseはヒストンが結合していないDNAを優先的に切断するエンドヌクレアーゼであり、MNase-seqはそれを用いてオープンクロマチン領域を検出する方法である。一般的に転写制御領域はオープンクロマチンであることが知られているため、MNase-seqを行うことで転写制御領域の探索スクリーニングを行うことが可能である。
論文情報
論文名
Identification and characterization of a novel enhancer in the HTLV-1 proviral genome
著者
Misaki Matsuo, Takaharu Ueno#, Kazuaki Monde#, Kenji Sugata#, Benjy Jek Yang Tan, Akhinur Rahman, Paola Miyazato, Kyosuke Uchiyama, Saiful Islam, Hiroo Katsuya, Shinsuke Nakajima, Masahito Tokunaga, Kisato Nosaka, Hiroyuki Hata, Atae Utsunomiya, Jun-ichi Fujisawa, Yorifumi Satou*
掲載誌
Nature communications
DOI
10.1038/s41467-022-30029-9
URL
https://www.nature.com/articles/s41467-022-30029-9
参考論文
  1. Miyazato, P. et al. Application of targeted enrichment to next-generation sequencing of retroviruses integrated into the host human genome. Sci Rep 6, 28324, doi:10.1038/srep28324 (2016).
  2. Melamed, A. et al. The human leukemia virus HTLV-1 alters the structure and transcription of host chromatin in cis. Elife 7, doi:10.7554/eLife.36245 (2018).
お問い合わせ先

研究に関すること
ヒトレトロウイルス学共同研究センター
熊本大学キャンパス
ゲノミクス・トランスクリプトミクス分野
教授 佐藤 賢文(さとう よりふみ)

報道に関すること
熊本大学総務部総務課広報戦略室

AMED事業に関すること
日本医療研究開発機構
国際戦略推進部 国際戦略推進課 国際連携推進室

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