家族性高コレステロール血症の新しい病態機序の解明 ~APOB 遺伝子の低頻度p.(Pro955Ser)バリアントの寄与~

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2022-10-18 国立循環器病研究センター

国立循環器病研究センター(大阪府吹田市、理事長:大津欣也、略称:国循)の病態ゲノム医学部 堀美香 客員研究員 (現名古屋大学 環境医学研究所)、高橋篤 部長、内分泌代謝ゲノム医療部 細田公則 部長、分子病態部 小倉正恒 客員研究員 (現東千葉メディカルセンター)、斯波真理子 客員研究員 (現大阪医科薬科大学) らのグループは、家族性高コレステロール血症 (FH Familial Hypercholeserolemia) の病態について、APOB 遺伝子のアレル頻度の低いp.(Pro955Ser)バリアント (注1) が寄与することを明らかにしました。この研究結果は、アメリカ内分泌学会機関誌「The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism」オンライン版に、2022年10月3日に掲載されました。

■背景

FH患者は生まれた時より、血中LDLコレステロール(いわゆる悪玉コレステロール。以下:LDL-C)値が高く、皮膚や腱に黄色腫が出現するという特徴があり、コレステロールの蓄積により動脈硬化が進行し若年齢で冠動脈疾患(狭心症、心筋梗塞)に罹患する確率が高くなります。FHヘテロ接合体 (注2)は国内では300人に1人の頻度で存在します。
FHヘテロ接合体は常染色体顕性(優性)遺伝性疾患であり、血中LDLを取り込む“LDL受容体遺伝子(以下LDLR)”やLDLRの分解に関わる “PCSK9”遺伝子、LDLR のリガンドである “APOB”遺伝子のレア(病的)バリアント(集団内の頻度が0.5%以下)が原因として知られています。本邦では、APOB 遺伝子を原因とする家系は我々が報告した1家系のみで非常に頻度が低く1LDLR、PCSK9 遺伝子の病的バリアントがFHの原因として報告されています。しかしながら、本邦の FH ヘテロ接合体の 40% では、これらの病的バリアントは認められず、原因遺伝子は不明でした。本研究では、原因不明のFHヘテロ接合体において FH の病態に寄与する新しい原因/関連遺伝子を明らかにすることを目的としました。

■研究手法と成果

国循で、LDLR、PCSK9 遺伝子解析が実施され、病的バリアントを認めなかったFH122家系についてエクソーム解析を行いました。解析から新しい原因遺伝子を見つけることはできませんでしたが、APOB 遺伝子に着目したところ、c.2863C>T:p.(Pro955Ser) バリアントは、アレル頻度は日本人の一般人口で3.4%でしたが、FH 患者では15% と有意に高いことに気が付きました (オッズ比(注3) 4.9 [95% CI 3.4-7.1]; p=6.9×10-13)。このバリアントの家系内の浸透率は低く、FH の原因とは言えませんでしたが、FH ヘテロ接合体の全体の9.8%を占めていました(図1)。このバリアントの機能を明らかにするために、APOB は LDLR のリガンドであることから、p.(Pro955Ser) バリアントをホモ型で有するFH 患者の LDL を分離し、培養肝細胞に添加し、 LDL の取り込みを確認したところ、健常人(コントロール)の44% と低下しており、既知の APOB 遺伝子の病的バリアントをヘテロ型で有する患者のLDL取り込み率と同程度でした (図2)。また、APOB 遺伝子p.(Pro955Ser) バリアントは東アジア人に特徴的であることがわかりました。FH はレアバリアントを原因とした単一遺伝子疾患であると考えられてきましたが、FH の10%がSNP (一塩基多型) の集積であるという報告もあります。本研究では、集団内の頻度が0.5~5%程度の低頻度のバリアントが環境要因や他の遺伝要因と重なることにより、FH の病態に寄与することが明らかになりました。

■今後の展望と課題

FH のみならず、他の遺伝性疾患についても、病態の重症化や多様性に低頻度バリアントが寄与する可能性が考えられます。FH についても、他の脂質代謝関連遺伝子の低頻度バリアントの病態への寄与について検討していく予定です。

■参考文献
  1. Hori M, Takahashi A, Son C, Ogura M, Harada-Shiba M. The first Japanese cases of familial hypercholesterolemia due to a known pathogenic APOB gene variant, c.10580 G>A: p.(Arg3527Gln). J Clin Lipidol. 2020;14(4):482-486.
■注釈

(注1)バリアント
標準塩基配列と比較したときの塩基配列の違い。これまで(病的)変異と呼ばれていたものは病的バリアントと称される。バリアントの中には病的意義があるもの/ないもの/不明など、幅広いものが含まれる。

(注2)家族性高コレステロール血症(FH)ヘテロ接合体
「ヘテロ接合体」という言葉には、「臨床診断で判断基準となる項目」と「遺伝子的な組み合わせの種類」の2つの意味があるが、今回は前者を指す。
<臨床診断基準>
①未治療時の血清LDL-C値が180 mg/dL以上
②腱黄色腫あるいは皮膚結節性黄色腫
③FHあるいは早発性冠動脈疾患の家族歴 (第一度近親者)
(男性55歳未満、女性65歳未満で発症した冠動脈疾患)
⇒上記のうち2項目以上に該当すること。

(注3)オッズ比
ある疾患への罹りやすさを2群で比較して示す統計学的な尺度。オッズ比が1とはある疾患への罹りやすさが両群で同じということであり、1より大きいとは疾患への罹りやすさがある群でより高いことを意味する。

■発表論文情報

著者:Mika Hori, Atsushi Takahashi, Kiminori Hosoda, Masatsune Ogura, Mariko Harada-Shiba
題名:A low-frequency APOB p.(Pro955Ser) variant contributes to the severity of / variability in familial hypercholesterolemia
掲載誌:The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism
DOI: 10.1210/clinem/dgac572

■謝辞

本研究は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。
厚生労働科学研究費補助金 「難治性疾患等克服研究事業:原発性高脂血症に関する調査研究 (H26-nanji-ippan-056, H30-nanji-ippan-003)」
文部科学省科学研究費 (JP17K08681)
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED) 循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業 「家族性高コレステロール血症の新規原因遺伝子解析研究―診断精度向上・冠動脈疾患リスク層別化を目的としてー」
国立研究開発法人国立循環器病研究センター循環器病研究開発費(28-2-2; 29-6-11; 30-2-5)
日本循環器学会
公益財団法人武田科学振興財団、公益財団法人かなえ医薬振興財団、ノバルティス研究助成、公益財団法人大幸財団、公益財団法人 篷庵社、公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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報道関係の方からのお問い合わせ
国立循環器病研究センター企画経営部広報企画室

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