2022-12-09 東京大学
発表のポイント
◆歯の表面に残されたミクロの傷(マイクロウェア)を三次元的に分析し、恐竜出現初期から絶滅前までの幅広い年代の肉食恐竜の食性を調べました。
◆肉食恐竜の食性には大きな時代変化はなく、中生代を通じ生態系の高次捕食者として共通の生態的地位を占めていたと考えられます。一方、成体と幼体の肉食恐竜に違いが見られ、成長にともない餌が変化した可能性が示唆されました。
◆今後、他の恐竜のグループに同手法を適用することで、約1億6000万年間に渡り陸上生態系の大型動物相を優占した恐竜の生態学的な特徴が明らかにできると期待されます。
発表概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科のダニエラ・ウィンクラ客員共同研究員(研究当時:日本学術振興会外国人特別研究員)と久保麦野講師、沖縄科学技術大学院大学の久保泰博士らの国際共同研究グループは、ティラノサウルスを含む肉食恐竜の歯の微細な摩耗痕の分析から、食性の特徴を明らかにしました。
解析に用いたのは後期三畳紀のヘレラサウルス、後期ジュラ紀のアロサウルスの幼体と成体、後期白亜紀のタルボサウルスの幼体と、複数種(アルバートサウルス、ビスタヒエヴェルソル、ティラノサウルス)を含む後期白亜紀のティラノサウルス類です。これらの歯のマイクロウェアを現生のワニ類と比較し、さらに異なる肉食恐竜間や、成体と幼体で違いがあるのかを調べました。
その結果、肉食恐竜のマイクロウェアは小型のワニよりも大型のワニに類似すること、ヘレラサウルス、アロサウルス、ティラノサウルス類の間に顕著な違いはないこと、幼体と成体の肉食恐竜のマイクロウェアには違いがあり幼体の方が硬いものを食べていたことがわかりました。
三次元マイクロウェア分析による恐竜の食性解明は本研究チームが世界に先駆けて取り組んでいるもので、本研究が2例目です。今後は、角竜類や鳥脚類といった草食恐竜のグループなどにも本手法を適用することで、食性とその時代変化が明らかにされると期待されます。
この成果は、中央ヨーロッパ時間で12月9日に「Palaeontology誌」にオンライン掲載されました。
発表内容
<研究の背景>
絶滅した動物が何を食べていたかの推定には、化石に残された証拠が用いられます。古生物学者は食べ物と歯が直接に触れあうことで歯の表面に形成される傷(マイクロウェア)に注目してきました。マイクロウェアは生前の餌の特性が反映されると考えられ、1980年代以降、電子顕微鏡で撮影したマイクロウェアの写真から、絶滅生物の食性が調べられてきました。近年、工学分野との融合により、共焦点顕微鏡(注1)を用いてマイクロウェアを三次元的に計量する「三次元マイクロウェア形状分析」が発展しており、古人類や絶滅哺乳類で盛んに適用されています。
一方で、哺乳類と異なり、爬虫類はあまり咀嚼をせず、その歯には食物との接触で形成される磨り減り面(咬耗面)がないため、餌の違いがマイクロウェアに反映されるのかは不明でした。しかし、2019年にウィンクラ博士によって現生のトカゲでも食性によってマイクロウェアが異なることが明らかにされました(注2)。さらに本研究グループと米国クレムソン大学が共同で行ったワニの給餌実験では、餌の硬さがマイクロウェアに影響する事が実証されました(注3)。このような研究の積み重ねにより、トカゲやワニと同様に咬耗面のない歯をもつ肉食恐竜でも、マイクロウェアの三次元解析を行う環境が整いました。
恐竜は中生代の約1億6000万年の間、陸上の大型動物相を優占し、肉食恐竜は生態系の頂点捕食者として君臨していました。恐竜は卵から産まれるため成長に伴うサイズ変化が大きく、特に肉食恐竜は現生のワニ類のように成長に伴って食性が変わるのではないかと考えられてきました。特にティラノサウルス類が栄えた白亜紀の終わりに近い北米やアジアの陸上動物相は、中型~大型の肉食動物がティラノサウルス類しかいないという極めて特異な生態系であり、成長過程のティラノサウルス類が生態系における中型の捕食者としての役割を果たしていたと考えられています。
そこで本研究グループは、三畳紀、ジュラ紀、白亜紀の代表的な肉食恐竜のマイクロウェアを比較することで、時代による肉食恐竜の生態的な違いがあったのか、そして幼体と成体を比較することで、成長段階による食性の変化があったのか、を調べました。
<研究の内容>
本研究では、後期三畳紀(約2億3000万年前)のヘレラサウルス、後期ジュラ紀(約1億5000万年前)のアロサウルスの幼体と成体、後期白亜紀(約7000万年前)のタルボサウルスの幼体と、後期白亜紀(約7000万年前)のティラノサウルス類(アルバートサウルス、ビスタヒエヴェルソル、ティラノサウルスを含む)、および6種類の現生ワニのマイクロウェアを解析しました。アメリカ、カナダ、ドイツ、アルゼンチン等の博物館で標本から歯型を採取し、ドイツ・ハンブルグ大学の共焦点顕微鏡(μSurf custom)で表面のミクロの傷を観察しました。100µm×100µmの視野領域で、歯の表面の起伏の三次元情報(x、y、z座標)を取得し、得られた三次元データから表面の粗さや複雑さの示標を求めました。
これらの示標を肉食恐竜の種間や幼体と成体で比較しました。まず現生の食性がわかっているワニとの比較を行いました。ワニを吻(注4)の細い魚食性の強い種、それ以外の小型個体(頭骨長20cm以下)と大型個体(頭骨長20cm以上)に分けると、魚食性のワニ、小型個体、大型個体の順で傷の複雑さと粗さの示標が大きくなっていました。肉食恐竜のマイクロウェアはワニの大型個体と最も類似していましたが、表面の傷の複雑さと深さは小さい傾向にありました。このことは大型ワニの方が肉食恐竜よりも餌が硬かった可能性を示唆しています。
次に肉食恐竜間で比較を行ったところ、ヘレラサウルス、アロサウルス、ティラノサウルス類のマイクロウェアの間には顕著な違いはありませんでした。ティラノサウルス類は他の近縁な肉食恐竜よりも骨を砕いて食べていたと言われていますが、少なくとも今回の解析に用いた標本からは、この仮説を支持する結果は得られませんでした。
一方で、幼体と成体の肉食恐竜には違いがあり、幼体でマイクロウェアがより粗く、硬いものを食べていた可能性が高いことがわかりました。幼体は小さな獲物を丸ごと嚙み砕いて食べていた、あるいは成体の食べ残しの肉を骨から剥ぎ取っていたなどの理由で、深い傷が形成されたのかもしれません。
図1 ユタ自然史博物館で成体のティラノサウルス類から歯型を採取している様子
印象材が完全に固まった後に歯型を化石から剥がし、持ち帰って表面を共焦点レーザー顕微鏡でスキャンし、マイクロウェアの三次元形状を測定した。
Credit: 2022 D. E. Winkler
CC: CC BY
図2 成体のティラノサウルス類の三次元マイクロウェア分析
歯の先端の表面の100µm×100µmの三次元表面モデルからは細かな線状の傷が見られる。このような三次元表面から深さや形状の複雑さ等の表面粗さパラメータを算出する。
Credit 2022 Winkler et al.
CC: CC BY
<考察と今後の展望>
本研究は、肉食恐竜の食性について化石に残された直接的な証拠から推定した初めての研究です。ティラノサウルスが他の肉食恐竜よりも積極的に骨を砕いて食べていたという既存の仮説を支持する結果は得られませんでした。ティラノサウルスは当時の生態系において唯一の大型の捕食者でした。他の種との食い分け(注5)をする必要がないので、個体間の食性の違いが大きかった可能性があり、また大型個体はあえて骨を食べる必要性はなかったのかもしれません。今後、より多くのサンプルを解析する事で、詳細な違いが明らかになる可能性があります。
一方で、肉食恐竜の食性が成長段階に応じて変わるという仮説については、支持する結果が得られました。今回の研究で解析ができた幼体の数は極めて少ないため、今後はより多くの様々な成長段階の化石を使って研究する必要があります。
今回の解析では、肉食恐竜よりも現生ワニの方がより硬い餌を食べていた、あるいは肉食恐竜では成体よりも幼体の方がより硬い餌を食べていた、というような直感に反する結果が得られました。これらの結果の妥当な解釈も、肉食恐竜やワニの三次元マイクロウェア解析のデータを積み重ねることで見えてくると考えています。
<研究サポート>
本研究は、科研費「特別研究員奨励費(課題番号:20F20325)」の助成を受けて実施されました。
発表雑誌
雑誌名:「Palaeontology」(オンライン版:12月9日)
論文タイトル:First application of dental microwear texture analysis to infer theropod feeding ecology.
著者:D.E. Winkler*, T. Kubo, M.O. Kubo, T.M. Kaiser, T. Tütken
DOI番号:10.1111/pala.12632
アブストラクトURL:https://onlinelibrary.wiley.com/journal/14754983
発表者
ウィンクラ ダニエラ(研究当時:日本学術振興会外国人特別研究員/現所属:東京大学大学院新領域創成科学研究科 客員共同研究員)
久保 泰(研究当時:東京大学総合研究博物館 特任研究員/現所属:沖縄科学技術大学院大学 スタッフ・サイエンティスト)
久保 麦野(東京大学大学院新領域創成科学研究科自然環境学専攻 講師)
用語解説
(注1)共焦点顕微鏡
工業分野で表面粗さを測定するために利用される顕微鏡。表面粗さとは、材料表面の微細な凹凸(ツルツル、ザラザラといった表面の特性)のことで、これを数値に表すことで工業製品の品質管理に役立てられてきた。表面粗さを測定できる機械には、探針で表面の凸凹を評価する接触式と、非接触式の粗さ測定器がある。後者の非接触式の測定器はレーザー光や可視光を用いて、光源から物体表面までの距離を測量しており、高い分解能とサンプルへのダメージがないことから、近年普及しつつある。歯の表面に形成されるマイクロウェアが、工業製品の表面粗さと同じ原理で定量的に評価できることが2000年代初頭に古人類学・古生物学で示され、「三次元マイクロウェア形状分析」が発展した。
(注2)Winkler DE, Schulz-Kornas E, Kaiser TM, Tutken T (2019) Dental microwear texture reflects dietary tendencies in extant Lepidosauria despite their limited use of oral food processing. Proceedings of the Royal Society B, 286:20190544. doi.org/10.1098/rspb.2019.0544
(注3)2022年10月28日東京大学プレスリリース「歯の表面に残されたミクロの傷から餌の性質が明らかに ―ワニの給餌実験で探る傷と餌の関係―」
https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/9830.html
(注4)吻
動物の眼窩より前方の突出した口部をさす用語。ワニでは水棲適応が進むと吻部が細長くなる進化が繰り返し起きたことが知られている。
(注5)食い分け
互いに似た食性を持つ動物が同じ地域に生息しているときに、主に食べる餌を違えることで食物をめぐる競合を避けること。
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