企業主導開発が困難な超希少がんの臨床試験計画や新薬開発手法の確立を目指す新規ADCを用いた子宮がん肉腫対象医師主導治験開始
2017-12-4 国立研究開発法人国立がん研究センター
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜 斉、東京都中央区)中央病院は、代表的な希少がんの中でもさらに発症頻度の極めて少ない子宮がん肉腫を対象に、新規の抗体薬物複合体(Antibody-drug conjugate: ADC)DS-8201の医師主導治験(試験略称: NCCH1615、STATICE、UMIN試験ID: UMIN000029506)を開始しました。本試験は当センターを含む全国7施設(国立がん研究センター中央病院、埼玉医科大学国際医療センター、静岡県立がんセンター、愛知県がんセンター中央病院、兵庫県立がんセンター、四国がんセンター、九州がんセンター)で実施いたします。
希少がんは患者数が少なく、背景情報が乏しいことや投資に見合った収益を承認後に得にくいこと等の理由から、製薬企業による新規治療薬の開発がなかなか進まない状況にあります。この課題解決に向けて、国立がん研究センターでは希少がんを対象とした多くの医師主導治験を積極的に実施しています。
希少がんの1つである子宮がん肉腫は、HER2タンパクが過剰発現していることが報告されており、国立がん研究センター中央病院で治療を実施した患者の腫瘍組織を用いてHER2タンパクの発現状況を調査したところ、HER2:3+と判定された患者が8.3%、HER2:2+と判定された患者が36%、HER2:1+と判定された患者が33%、HER2:陰性と判定された患者が23%であり、約半数の患者にHER2タンパクが過剰発現(HER2:2+以上)していることが確認されました(ESMO 2016)。この結果をもとに、HER2タンパクを発現している子宮がん肉腫を対象として、開発中の新規治療薬であるDS-8201の有効性および安全性を評価する医師主導治験を計画しました。子宮がん肉腫に発現するHER2タンパクを標的とした分子標的薬としては世界初の医師主導治験となります。
本試験は、日本医療研究開発機構(AMED)臨床研究・治験推進研究事業「がん領域Clinical Innovation Network事業による超希少がんの臨床開発と基盤整備を行う総合研究(主任研究者:乳腺・腫瘍内科 米盛 勧)」の支援を受けて実施するもので、DS-8201については第一三共株式会社から治験薬として無償提供されます。
今回の医師主導治験の意義
子宮がん肉腫はがん腫成分と肉腫成分から構成される悪性度の高い腫瘍で、疾患概念が長期間確立されてこなかったこともあり、臨床試験の対象からはしばしば除外されます。切除不能の子宮がん肉腫に対する薬物療法は子宮体がんに準じて選択されることが多いものの、その選択肢は極めて限定的です。
子宮がん肉腫は、希少がんではあるものの、年間約450例の発生数が認められることから、新規治療法の開発を望むアンメットメディカルニーズが少なからず存在していると考えます。本試験を通じて、製薬企業、AMED、アカデミアの産官学連携を推進し、希少がんの新規治療開発体制を整備することで、わが国の希少がん領域における臨床開発の活性化に貢献できるものと考えます。
子宮がん肉腫について
がんは粘膜や皮膚などの上皮性細胞から発生する悪性腫瘍であるのに対し、肉腫は筋肉や骨などの非上皮性細胞から発生する悪性腫瘍と定義されます。子宮がん肉腫は、「子宮体がん治療ガイドライン2013年版」では子宮体部悪性腫瘍の8%を占める子宮肉腫の一組織型とされ、子宮肉腫の約45%を占めるとされています。しかしながら、最近は子宮がん肉腫について、肉腫よりもがんの一組織型と考えることが主流となりつつあり、その疾患概念は未だ確立されていません。
2012年の米国の治療(NCCN)ガイドラインでは、高悪性度の子宮体がんに準じた治療方針が採択され、国内でも「子宮体がん治療ガイドライン2013年版」から高悪性度の子宮体がんに準ずることが記載されました。しかし、NCCNガイドラインにおいて最も推奨される化学療法は、子宮体がんに対して推奨される化学療法とは異なっており、子宮がん肉腫の取り扱いや治療法についても未確定な状況が続いています。
日本国内における子宮体がんの発生数、死亡数はそれぞれ約10,000例と約2,000例ですが、2014年の日本国内における子宮がん肉腫の発生数は475例であり、その死亡数については把握されていません。また発生数は約450例/年前後で推移しており、近年その数はほぼ横ばいと考えられています。
子宮がん肉腫が子宮体部悪性腫瘍の発生数において占める割合は5%未満で、その発生率は10万人年あたり0.5-1人程度となり、我が国における希少がんの定義を満たすがん腫と言うことができます。また、発生数が子宮体部悪性腫瘍全体の5%未満であるのに対して、死亡数は子宮体部悪性腫瘍全体の約15%を占め、非常に悪性度の高い腫瘍として捉えることができます。
子宮がん肉腫は閉経期以降の女性に多く発生することが特徴で、乳がんなどで用いられるタモキシフェンの長期投与や骨盤への放射線治療と関連して発生することも報告されています。
子宮がん肉腫の病期については、子宮内膜がん分類(FIGO2008,TNM分類(UICC第8版))が広く用いられますが、病期によらず、治癒切除が可能と考えられる場合には一般的に手術が実施されます。また治癒切除が困難な場合であっても、性器出血に対し、止血目的の子宮全摘出術が先行される例も多く、リンパ郭清術についてはI期~III期症例の生命予後を改善することが米国から報告されています。さらに、子宮がん肉腫は潜在的なリンパ節転移を約20%に認め、手術後に術後治療が必要になることも稀ではありません。術後治療に関して日本では薬物療法が主体であるのに対し、米国では放射線療法が半数を占めており、子宮がん肉腫に対する標準治療は世界的にも未だ確立されていません。
病期別の子宮がん肉腫の再発割合と予後の概略については、臨床試験等の結果から、全体の5年生存割合は約35%、III期およびIV期の5年生存割合は約10-25%と考えられ、非常に悪性度の高い疾患とされています。
HER2について
HER2とは、human epidermal growth factor receptor 2の略で、細胞表面に存在するタンパクです。HER2タンパクは正常細胞において細胞の増殖、分化などに関与していますが、何らかの理由で、HER2遺伝子の増幅や遺伝子変異が起こると、細胞の増殖・分化が制御できなくなり、細胞は悪性化し、がん細胞へ変化します。多くの種類のがんでHER2遺伝子の増幅が確認され、日本でもHER2タンパクを標的とした薬剤が既に承認されており、がん治療の有力な標的分子と考えられています。
本試験の詳細
- 試験名:切除不能かつ化学療法歴を有するHER2:1+以上の進行・再発子宮癌肉腫に対するDS-8201aの医師主導治験(NCCH1615、STATICE試験)
- UMIN試験ID:UMIN000029506
本試験の詳細は、こちらよりご確認ください。なお、本試験に関する問い合わせは、下記の「医師主導治験に関するお問い合わせ」までご連絡ください。
(外部サイトへリンクします)臨床試験登録#
DS-8201について
本試験で使用する薬剤DS-8201は、第一三共株式会社が創製したHER2に対する抗体薬物複合体です。抗体薬物複合体とは、抗体と薬物を適切なリンカーを介して結合させたもので、がん細胞に発現している標的分子(HER2)に結合する抗体を介して薬物をがん細胞に直接届けることで、薬物の全身曝露を抑えつつ、がん細胞への攻撃力を高めた薬剤です。
第一三共株式会社主導で実施された日米第I相臨床試験(標準的治療が不応又は不耐となったHER2陽性の再発・転移性乳がんや胃がん患者を対象にDS-8201の安全性、忍容性および予備的有効性を評価した試験)で良好な結果が得られたことから米国食品医薬品局(FDA)よりHER2陽性の再発・転移性乳がん治療を対象として「画期的治療薬(Breakthrough Therapy)」の指定を受けております。現在、第一三共株式会社では乳がん、胃がん等を対象とした臨床試験が進められております。
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