実行機能を高める脳回路を発見~ 海馬新生ニューロンと認知的柔軟性~

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2024-01-15 東京大学,沖縄科学技術大学院大学,理化学研究所

発表のポイント

◆海馬新生ニューロンのはたらきを抑えたマウスでは、実行機能のひとつである「衝動的な行動を抑制し環境変化に柔軟に対する逆転学習能力」が低下していることが分かりました。

◆独自に開発した14テスラ-逆転学習fMRI装置を用いて、海馬新生ニューロンのはたらきを抑えたマウスでは、逆転学習中の海馬局所回路の安定性が低下していることを見出しました。

◆本研究成果は、環境に適応して柔軟な行動をとっていくための神経基盤である認知的柔軟性をもたらす神経回路メカニズムの解明につながると期待されます。

概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の久恒 辰博准教授、李 昊炜学術専門職員/大学院生、田村 理佐子大学院生、櫻井 圭介特任助教ら、量子科学技術研究開発機構の住吉 晃主任研究員、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の山本 雅教授、疋島 啓吾MRIスペシャリスト(研究当時)、理化学研究所 脳神経科学研究センターのトーマス・マックヒューチームリーダー、田中 和正基礎科学特別研究員(研究当時、現OIST准教授)らによる研究グループは、脳のはたらきのひとつ「実行機能(注1)」の発現において、前頭前野(注2)だけでなく、海馬(注3)における新生ニューロン(注4)が寄与していることを明らかにしました。海馬新生ニューロンを含む局所回路(注5)は、海馬回路の長軸方向(背側と腹側間)の安定性を高める機能があり、過去の経験に影響を受けた衝動的な行動を抑制し、新しい環境に適した行動を形成する認知的柔軟性の発現に貢献していることを発見しました。

本研究成果は、環境変化に臨機応変に対応し、新しい環境に対して柔軟な行動をとる認知柔軟性をもたらす神経回路メカニズムの解明につながると期待されます。実行機能が低下する脳に関係するアルツハイマー病などの病気においても、海馬新生ニューロン回路を強化することで、新しい治療法の開発につながる可能性があります。

発表内容

実行機能とは、子どもの発達の中で次第に獲得されていく大切な脳のはたらきのひとつです。これまで、実行機能の神経基盤はヒトの知性にも関わる前頭前野にあると考えられてきました。目標を設定して環境の変化を見極めるとともに自分自身もうまく制御して計画を実行していく、数ある認知機能の中でも司令塔ともいえる機能です。実行機能の中でも反応の抑制、作業記憶、認知的柔軟性の3つは、中核的な機能であると考えられており、ヒト以外の哺乳動物においても進化の過程でこの3つの実行機能が備わっています。

ヒトを含む哺乳動物の海馬では、成体になっても新しく神経細胞(ニューロン)が生まれることが知られています(図1)。

実行機能を高める脳回路を発見~ 海馬新生ニューロンと認知的柔軟性~
1:成体海馬における新生ニューロン(newborn neurons:NBN)の発達
ヒトを含めた哺乳動物の海馬(の歯状回顆粒細胞層)では、例外的に成体になってもニューロンが新たに発生をしている事が知られています。分化後3週間~6週間の新生ニューロン(未成熟ではあるが神経伝達機能を保有)では、独特の生理学特性を示し、学習や記憶過程で多様な機能を果たしています。成体海馬における新生ニューロンは、海馬回路に比類ない神経可塑性を付与するとともに、複雑な認知機能の発現に不可欠の役割を果たしていると推定されています。


海馬の新生ニューロンは、海馬回路に新たな流動性を付与するとともに、複雑な認知機能の発現に貢献していることが分かっていますが、実行機能の発現における新生ニューロンの具体的な寄与については、これまで不明のままでした。

本研究グループは、新生ニューロンの機能を、完全ではないものの有意に抑えることができる新しいモデルマウス(NBN-TeTX、注6)を開発し、Morris水迷路逆転学習課題(図2)や、条件刺激と報酬の関係を学ばせるオペラント装置を用いたGo/Nogo課題(図3)を実施しました。その結果、海馬新生ニューロンが実行機能の発現に寄与していることを明らかにしました。

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2:Morris水迷路逆転学習における新生ニューロン機能阻害(NBN-TeTX)マウスの機能低下
逆転学習とは、環境変化やルール変更などのために、一旦覚えた行動様式を消し去って新しい行動様式を獲得するための学習のこと。実験では、水迷路の台の位置を途中で変更する水迷路逆転学習を用いて新生ニューロンの逆転学習における役割を調べる実験を行いました。台の位置を変更させた後の逆転学習時において、NBN-TeTXマウスは台への到達時間が対照群である普通のマウスと比べて有意に遅いことが分かりました(* p < 0.05)。

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3:実行機能の評価に汎用されているGo/Nogo課題における海馬新生ニューロンの寄与
Go/Nogo課題とは、行動の抑制を含めた実行機能全般を見ることができる認知機能課題のこと。
A:Go/Nogoタスクのルール設定
B:飲水行動を自動検知する学習装置の模式図
C:Goタスクの正答率の日時変化
D:Nogoタスクの正答率の日時変化
試験の全期間にわたり、Nogoタスク実施時において、NBN-TeTXマウスの顕著な学習遅延が認められました(* p < 0.05)。


次に、独自に開発した逆転学習fMRI装置(注7)を用いて、逆転学習中の海馬脳活動を記録しました(図4)。

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4:逆転学習fMRI装置と新生ニューロン回路の海馬回路安定化への寄与について
A:独自に開発した小動物用オペラント学習タスクベース核磁気共鳴装置と実験プロトコル。14テスラの高磁場核磁気共鳴装置(MRI)を使用して、MRI装置内でGo/Nogoタスクを実施しました。
B:逆転学習中の対照群(n=6)の平均海馬fMRI画像。
C:逆転学習中の新生ニューロン機能阻害マウス(n=6)の平均海馬fMRI画像。新生ニューロンの機能阻害は、逆転学習時の海馬活動の顕著な上昇を引き起こしました。
D:Nogoタスク中の海馬脳活動。海馬のBOLD信号値(注8)を計算した。特に、背側の海馬において、NBN機能の阻害により、海馬の活動性が異常に亢進していることが分かりました(*** p < 0.001)。


対照群である普通のマウスでは、逆転学習中の海馬活動は限られた領域においてのみ観察されていましたが、新生ニューロンの機能を阻害したマウスにおいては活動する領域が拡がるとともに脳活動(BOLD信号増加率)も異常に高まっていることが分かりました。この傾向は、背側の海馬において顕著でした。

さらに、静止期fMRI解析(注9)を行いました。海馬新生ニューロンのはたらきを抑えたマウスでは、海馬歯状回の長軸方向(背側と腹側間)の協調的な機能連結が低下していることを見出しました(図5)。過去に蓄えられた記憶情報からの干渉を受けてしまうために、作業記憶能力が減衰したと考えられました。

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5:新生ニューロン機能阻害による海馬長軸方向の協調性の乱れ
A:機能的結合分析に用いた海馬の領域区分
B:新生ニューロン機能阻害による歯状回の長軸方向(背側と腹側間)の機能的結合性の変化。高精度の静止期fMRI画像データの解析から、新生ニューロンのはたらきを抑えることで、海馬の背側と腹側間の機能的結合の状態が変化していました(* p <0.05)。


本研究結果は、海馬新生ニューロンによって駆動される海馬新生ニューロン回路が、海馬局所回路の回路バランスを保つことで広範囲な海馬回路活動をコントロールし、さらに大脳新皮質などとの神経回路連携をサポートすることによって、環境の変化を把握して慣れによる行動を抑制し、臨機応変に適応して柔軟な行動を発現することに貢献したことを示唆しています。本研究成果は、認知柔軟性をもたらす神経回路メカニズムの解明につながると期待されます。

<今後の展望>

認知的柔軟性の脳内メカニズムを知ることは、知性を持った人工知能(生成汎用AI)の開発においても欠かすことができません。有名なアインシュタインの言葉に、”The measure of intelligence is the ability to change.(知性の尺度は、変化する能力で測ることができる)”があります。また、実行機能は様々な脳の病気において低下してしまうことが知られています。アルツハイマー病などの認知症の症状進行の過程においても、認知的柔軟性が低下していく事が多数報告されています。海馬新生ニューロン回路を強化することは、これらの実行機能が低下する脳に関係する病気の新しい治療法の開発につながる可能性があります。

発表者・研究者等情報

東京大学 大学院新領域創成科学研究科
久恒 辰博    准教授
李  昊炜    学術専門職員/博士課程
櫻井 圭介    特任助教
田村 理佐子   博士課程
金子 順         特任研究員(研究当時)
林  大貴    修士課程(研究当時)
浅井 裕貴    博士課程(研究当時)
古賀 淳也    修士課程(研究当時)
安藤 翔太    修士課程(研究当時)
横田 紗弓      修士課程(研究当時)

国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構
住吉 晃         主任研究員

沖縄科学技術大学院大学(OIST)
山本 雅          教授
疋島 啓吾       実験動物セクション MRIスペシャリスト(研究当時)

理化学研究所 脳神経科学研究センター
トーマス・マックヒュー(Thomas McHugh)        チームリーダー
田中 和正       基礎科学特別研究員(研究当時、現OIST准教授)

論文情報

雑誌名:Science Advances
題 名:Silencing dentate newborn neurons alters excitatory/inhibitory balance and impairs behavioral inhibition and flexibility
著者名:Haowei Li, Risako Tamura, Daiki Hayashi, Hirotaka Asai, Junya Koga, Shota Ando, Sayumi Yokota, Jun Kaneko, Keisuke Sakurai, Akira Sumiyoshi, Tadashi Yamamoto, Keigo Hikishima, Kazumasa Z. Tanaka, Thomas J. McHugh, Tatsuhiro Hisatsune*
DOI: 10.1126/sciadv.adk4741
URL: https://doi.org/10.1126/sciadv.adk4741

研究助成

本研究は、日本学術振興会 新学術領域研究(研究領域提案型)(25115004)「哺乳類の脳機能老化メカニズムの解明を通じた記憶ダイナミズムの理解(研究代表者:久恒 辰博)」、同新学術領域(公募研究)(22120505)「アダルトニューロジェネシスによるヘテロ脳回路の動的アセンブル(研究代表者:久恒 辰博)」、同基盤研究B(21H02152)「神経細胞の生存を支えるレトログレードシグナルの解明に関する細胞工学研究(研究代表者:久恒 辰博)」、JST 先端計測分析技術・機器開発事業 「超高磁場NMRを活かすマウス用MRIユニットの開発(研究サブリーダー:久恒 辰博)」、およびJST CREST「生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出」課題中「歯状回ニューロン新生を組み込んだ機械学習回路モデルの構築(分担研究者:久恒 辰博)」など多数の公的な支援を受けて行われました。

用語解説

(注1)実行機能:複雑な課題を遂行するための脳機能のひとつ。情報の更新を行うことで、行動を制御して環境変化に応じた柔軟な対応を可能にする脳の大切な機能。その神経基盤はヒトの知性にも関わる前頭前野にあると考えられてきた。実行機能の中でも反応の抑制、作業記憶、認知的柔軟性の3つが、中核機能であり、マウスにおいてもこの3機能は備わっている。

(注2)前頭前野:ヒトにおいてとくに発達をした脳の領域。脳の前部に位置する大脳新皮質のことを指す。

(注3)海馬:記憶を司る脳の領域。その形がタツノオトシゴ(海馬)に似ていることからこの名がある。

(注4)新生ニューロン:新しく生まれたニューロン(神経細胞)のことを指す。哺乳動物においては、成体になっても海馬の中の一部位である歯状回に新生ニューロンが存在している。

(注5)局所回路:数個のニューロンからなる神経回路。ここでは、新生ニューロンや近傍の抑制性ニューロンを含む歯状回部位のローカルな神経回路を指している。

(注6)モデルマウス(NBN-TeTX):薬剤の投与(タモキシフェン注射)によりシナプス機能を阻害する破傷風毒素の発現を誘導し、新生ニューロンに限って神経伝達物質の放出を阻害することで、新生ニューロンに対して特異的な機能阻害を実現した。

(注7)逆転学習fMRI装置:東京大学大学院新領域創成科学研究科に設置されている14テスラ-MRI装置に、特製のマウス用逆転学習器具を組み込むことで、独自に開発した装置。

(注8)BOLD信号値:MRI装置によって取得されるfMRI画像中の値。神経活動に関連して脳血流中の酸素分子の状態が変化することによって信号値が上昇する。

(注9)静止期fMRI解析:OISTに設置された11.7テスラ-MRI装置を用いて、(覚醒はしていない)麻酔下のマウスから静止状態の脳活動を6分間で200回収集し、画像解析に供した。

お問い合わせ

新領域創成科学研究科 広報室

医療・健康
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