栄養の吸収・利用効率を改善する遺伝子の発見~低肥料栽培への利用が期待~

ad

2024-01-12 東京大学

発表のポイント
  • 肥料三要素である窒素の利用効率とリン酸の輸送体を制御し、収量の増加にも寄与するイネ転写因子OsbZIP1を同定しました。
  • 88n変異体の解析から、原因遺伝子であるOsbZIP1は窒素とリン酸の利用効率、吸収効率をそれぞれ負に制御することが明らかになりました。
  • OsbZIP1遺伝子を利用した化学肥料の使用量を削減しても良く育つ作物の開発が期待されます。

栄養の吸収・利用効率を改善する遺伝子の発見~低肥料栽培への利用が期待~
osbzip1変異体では穂のサイズが増大する

発表内容

東京大学大学院農学生命科学研究科の大森良弘准教授、東京大学特別研究員の田中伸裕(当時)、山崎清志特任講師、藤原徹教授らによる研究グループは、イネ転写因子OsbZIP1遺伝子がイネの栄養利用、吸収効率を制御することを明らかにしました。
本研究では変異体を材料に用いた表現型解析、遺伝子発現解析を行ったことで、OsbZIP1変異体である88nでは肥料三要素(注1)である窒素とリン酸の利用、吸収効率が向上し、優れた初期生育を示すことが明らかになりました。また88nは穂重が増加したことから、これらの結果はOsbZIP1遺伝子を利用した低肥料耐性品種の作出に貢献すると考えられます。
ハーバーボッシュ法を用いた窒素肥料の作出には多量の化石燃料が消費されます。またリン肥料の原料であるリン鉱石の埋蔵量には限りがあり、どちらもプラネタリーバウンダリー(注2)を大きく超えた地球環境問題となっています。加えて、地政学的なリスクから、肥料の原料の輸入が停滞し、肥料価格の高騰が起きています。これらの問題を解決した作物生産を行うためには、肥料要求量が低い品種の作出が望まれます。しかしこれまでに低肥料耐性を示す系統の探索が行われてきましたが、その報告は多くありませんでした。
上記の背景から、研究チームでは低肥料耐性品種の作出のための育種素材の探索を行いました。具体的には低栄養条件で商業品種「ひとめぼれ」の変異体集団から、初期生育が優れた系統として88nを同定し、ポジショナルクローニング(注3)によって、その原因遺伝子がOsbZIP1であることを明らかにしました。さらに88n変異体の低栄養応答を調べるため、東京大学が保有する誘導結合プラズマ分析装置(ICP-MS;注4)を用いた植物体の元素蓄積や、遺伝子発現解析、88nの穂の評価を行いました。
本研究で発見したOsbZIP1遺伝子を改変することで以下の3つの効果が得られました。

  1. 野生型と比較して88n(osbzip1変異体)は根の角度が浅く、特に低窒素、低リン条件で根が長い表現型を示しました(図1)。一般的に根が長い方が土壌の肥料にアクセスしやすく、根が浅い方が地表面に高蓄積されるリンの吸収効率が上昇します。これらの結果からOsbZIP1遺伝子を改変することで、土壌の栄養素の吸収効率が高まることが期待されました。
  2. 元素分析の結果、88nは地上部のリン濃度が増加し、窒素濃度が減少しました。一方でバイオマスは野生型と同程度だったことから、88nはリン吸収効率と窒素利用効率が共に約15%上昇していることが分かりました(図2)。また、88nでは複数のリン輸送体の発現が上昇し、窒素輸送体の発現が低下していました。これらの結果から、OsbZIP1遺伝子を改変することでリン、窒素輸送体の発現を変化させ、吸収、利用効率の改善を実現しました。
  3. 穂に関する要素を調べた結果、88nでは一穂あたりの種子数が増加し、単位面積あたりの穂重が増加しました(図3)。 以上の結果からOsbZIP1遺伝子を改変することにより、栄養の吸収、利用効率が上昇し、穂重の増加が実現できました。


図1:osbzip1変異体の根の表現型
(a)低リン条件で栽培した野生型(WT)、osbzip1変異体(88n)、OsbZIP1ゲノム編集系統(CRISPR)、88nにOsbZIP1遺伝子を導入した相補系統(Comple_1,_2)
(b)低リン、低窒素条件における根の長さ。OsbZIP1の機能がない系統は根の伸長が促進された。Tukey法で検定、異なるアルファベットは有意差があることを示す。
(c)野生型と88nの根の角度。88nでは根が開き、地表面に近い根が増えている。特にリン肥料の吸収には地表面の根が有効だとされている。t-testで検定*は有意差あり。


図2:植物体のリン、窒素濃度
(a)野生型(WT)、osbzip1変異体(88n)、OsbZIP1ゲノム編集系統(CRISPR)、88nにOsbZIP1遺伝子を導入した相補系統(Comple_1,_2)のリン濃度。
(b)窒素濃度。OsbZIP1の機能がない系統はリン濃度が高く、窒素濃度が低い。Tukey法で検定、異なるアルファベットは有意差があることを示す。


図3:osbzip1 変異体(88n)の収量構成要素
88nは単位面積あたりの穂数が減少していた。植物体ごとに観察すると、一穂のサイズが大きく、一穂粒数が増加していた。一方で稔実率や千粒重は変化がなかった。これらの形質から全体では単位面積あたりの収量が増加していた。

発表者

東京大学大学院農学生命科学研究科
大森 良弘 准教授
田中 伸裕 研究当時:東京大学特別研究員(日本学術振興会特別研究員)
現:農研機構 主任研究員
吉田 紗貴 研究当時:大学院生
イスラム ムハンマド サイフル (Md. Saiful Islam)
研究当時:日本学術振興会外国人特別研究員
山崎 清志 特任講師
藤原 徹 教授

発表雑誌
雑誌
The Plant Journal
題名
OsbZIP1 regulates phosphorus uptake and nitrogen utilization, contributing to improved yield
著者
Nobuhiro Tanaka, Saki Yoshida, Md. Saiful Islam, Kiyoshi Yamazaki, Toru Fujiwara, and Yoshihiro Ohmori*
DOI
10.1111/tpj.16598
研究助成

本研究は、ムーンショット型研究開発事業「サイバーフィジカルシステムを利用した作物強靭化による食料リスクゼロの実現」(JPJ009237)、農林水産省次世代ゲノム基盤プロジェクト「イネの低コスト化・省力化・環境負荷低減に資する有用遺伝子の同定とDNAマーカーの開発」(LCT0001)、日本学術振興会特別研究員奨励費「栄養条件による開花制御の分子機構の解明」(15J09200)の支援により実施されました。

用語解説

注1 肥料三要素
植物の生育に必須な元素は17種類あると言われています。その中でも要求量が高く、肥料三要素と呼ばれているのが窒素、リン酸、カリウムです。

注2 プラネタリーバウンダリー
その境界内であれば、人類は将来世代に向けて発展と繁栄を続けられるが、境界(閾値)を越えると、急激な、あるいは取り返しのつかない環境変化が生じる可能性がある境界。

注3 ポジショナルクローニング
遺伝子地図をもとにDNAマーカーで候補染色体領域を絞り込み目的遺伝子を特定する手法。

注4 誘導結合プラズマ分析装置
プラズマによってイオン化された試料中の元素を質量分析する装置。

問い合わせ先

(研究内容については発表者にお問合せください)
東京大学大学院農学生命科学研究科
准教授 大森 良弘(おおもり よしひろ)

東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部 総務課総務チーム 総務・広報情報担当(広報情報担当)

生物化学工学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました