高度遠隔医療ネットワークの実用化研究プロジェクト~8K腹腔鏡手術システムによる映像を伝送し遠隔で手術指導を行う臨床試験を世界に先駆けて開始~

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2024-05-07 国立がん研究センター,NHK財団

発表のポイント

  • 8Kスーパーハイビジョン映像システムで撮影した手術映像をリアルタイムに伝送し、遠隔から手術支援(指導)するシステムについて臨床試験を行います。
  • 2021年に行った動物での実証実験の結果、本物に迫る立体感を保持した8Kの映像により遠隔地でも手術状況を詳細に把握でき、遠隔支援(指導)を加えることで、外科医(術者)の内視鏡技術が向上し、手術時間が短縮することを確認しています。
  • 2022年度からは、有線およびローカル5G回線を利用した超高速通信による安定な伝送について検討を進めてきました。
  • 本試験の結果を踏まえ、医療機器としての承認に向けた計画を策定し、本システムの社会実装によりわが国のみならず世界的にも課題である外科医や高度医療技術の偏在並びに不足の解消に寄与することを目指します。

概要

国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜 斉)中央病院(病院長:瀬戸泰之、所在地:東京都中央区)と一般財団法人NHK財団(理事長:田中宏曉、所在地:東京都世田谷区)は、日本発の8Kスーパーハイビジョン技術(以下、8K技術)を用いた腹腔鏡手術システムで手術映像をリアルタイムに送受信し、遠隔で手術支援(指導)を行うことが臨床で有用かを確認するため、大腸がん患者さんを対象とした臨床試験を世界に先駆けて開始しました。本試験において本システムでの手術支援の安全性、有用性と、通常外科医3名で行う腹腔鏡手術を1名減らしても質の高い腹腔鏡下直腸切除術が実施できるかどうかを評価します。

高度遠隔医療ネットワークの実用化研究プロジェクト~8K腹腔鏡手術システムによる映像を伝送し遠隔で手術指導を行う臨床試験を世界に先駆けて開始~

本システムは、8K技術ならではの超高精細映像による「本物に迫る立体感」を保持した手術現場の映像を、伝送画質と遅延を最適化した状態で伝えることで、遠隔地においても手術状況を詳細に把握することが可能です。また、8Kカメラに取り付けられた腹腔鏡を、腹腔を俯瞰する位置に半固定して得られる8K映像と、その一部を電子ズームで拡大表示した映像を手術室と遠隔地(支援側)双方の8Kモニタに並べて表示し、リアルタイムにアノテーションと音声で技術指導を行います。本システムは2016年より開発を開始し、2021年には動物を用いた実証実験において、外科医の内視鏡技術の向上と、手術時間の短縮を確認しました。本試験では大腸がん患者さんでの安全性と有用性を評価し、その結果を踏まえ、医療機器としての承認に向けた計画の策定および遠隔手術支援の普及を進めてまいります。

本プロジェクトについて

本プロジェクトは、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「8K等高精細映像データ利活用研究事業」の支援により2016年に始動し、8K技術を用いた新しい腹腔鏡手術システムの開発とそれを応用した遠隔手術支援システムに関する研究を進め、2021年に遠隔手術支援(手術指導)の実証実験を動物で行い実用化に向けた有用性を確認しました。

現在は、日本医療研究開発機構「高度遠隔医療ネットワーク実用化研究事業」(課題番号「24hsa422001h0003」)の支援下で、日本外科学会、日本内視鏡外科学会、日本ロボット外科学会、その他関連学会と連携して行う「手術支援ロボットを用いた遠隔手術の実現に向けた実証研究」の一課題である「8K映像伝達による次世代型遠隔手術の概念実証」において実施しています(図1)。

8K映像は、従来のハイビジョンの16倍にあたる3,300万画素の超高精細映像で、その密度は人間の網膜に迫ると言われる日本発の最先端の放送技術です。この8K映像を遠隔手術支援型の内視鏡手術機器に応用するのは初の試みで、本臨床試験で有用性が示された場合には、質の高い遠隔手術支援が実現し、わが国の課題である外科医や高度医療技術の偏在並びに不足の解消に寄与することが期待されます(図2、図3、図4)。

参考

図1 本事業の全体像
図1

図2 8K遠隔手術支援ソリューションシステム
8Kスーパーハイビジョン技術を用いた腹腔鏡手術システムによる遠隔手術支援システムのイメージ
図2

図3 本プロジェクトによる課題解決イメージ
医師が不足している地域の病院と首都圏など医師が充足している地域の病院とをつなぎ、外科医の偏在を補います。
図3

図4 本プロジェクトによる課題解決イメージ
既存技術の課題と本プロジェクトによる新技術での課題解決
図4

臨床試験の実施概要・目標

本プロジェクトでは、AMEDの支援により実施した先行研究「8Kスーパーハイビジョン技術を用いた新しい遠隔手術支援型内視鏡(硬性鏡)手術システムの開発と高精細映像データの利活用に関する研究開発」(2019年度から2021年度実施)で開発した試作器の実用化・普及を目指し、超高精細ながら大容量の8K映像を、ローカル5G等の無線も含むネットワークで低遅延・高画質で送受信し、遠隔から手術指導を行うことで、遠隔地において少ない外科医でも質の高い手術の実施が可能か臨床試験で検討を行います。

臨床試験では、開発した8K遠隔手術指導型内視鏡手術システムを用いた遠隔手術指導のもとでの手術の安全性、有用性を検証します。また、外科医数2名での手術完遂度などを評価し、腹腔鏡手術で通常外科医3名で行うところ、外科医を1名減らしても質の高い腹腔鏡下直腸切除術が実施できるかどうかを確認します。これらの結果を踏まえて、近い将来の医療機器としての承認に向けた具体的計画の策定に取り組んでいきます。

研究課題名

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「手術支援ロボットを用いた遠隔手術の実現に向けた実証研究」

< https://www.amed.go.jp/koubo/12/01/1201C_00040.html >(外部サイトにリンクします)

代表者

一般社団法人日本外科学会 森 正樹

共同研究者

国立がん研究センター中央病院、NHK財団

目標
  1. 8K 内視鏡システムにより得られた高精細な手術映像やアノテーション等のデータ等を、手術を実施する医師と遠隔地にて指導する医師との間でスムーズに送受信し、得られた情報から術中の重要点の提示等を可能とする遠隔手術支援システムの開発・改良を実施
  2. 遠隔地に8K映像を伝送する回線として有線・無線の各種回線の利用可能性を検証し、医療データの伝送に必要な高いセキュリティと8K映像の安定伝送を検証(3例は有線回線のみを利用、2例は手術施設、指導施設ともローカル5Gを利用予定)
  3. 遠隔手術支援システムの医療上の有用性等について検証し、医療機器としての実用化・普及に向けた具体的計画を策定

図5 臨床試験で用いるシステム構成
図5

これまでの成果

前回プロジェクトでは、先行研究(2016~2018年度)の課題であった視野展開の困難さの克服(主としてカメラの軽量化)に取り組むとともに、8K映像を遠隔指導に必要十分な低遅延伝送できるシステムを構築し、実証実験で医学的有用性を確認しました。

実証実験では、一般財団法人NHK財団と池上通信機株式会社が共同開発した小型8K内視鏡カメラを用いた腹腔鏡手術システムを使い、手術室を想定した実験サイト(千葉県)で実施される動物の直腸切除術の生映像を光ファイバ、5G等のブロードバンドを使って遠隔地(京都府の京阪奈オープンイノベーションセンター)に低遅延でライブ配信するとともに、外科医3名での手術に対し遠隔支援がある場合とない場合での内視鏡手術技術の改善度を評価しました。

その結果

  • 8K内視鏡映像に遠隔支援を加えることで、外科医の内視鏡技術が向上し、手術時間が短縮することを確認しました。
  • 8K内視鏡遠隔手術支援システムの映像伝送では、映像伝送レート80Mbps、遅延時間約600ミリ秒で伝送できることを確認し、医療従事者による別の評価実験で得られた同システムに必要な映像伝送レート80Mbps以上、許容映像遅延時間3秒以下という基準を満足することが確認されました。
内視鏡カメラの開発履歴

2015年には放送用小型8Kカメラと4K内視鏡を用いて、ブタの腹腔内映像の撮影に成功しました(図6左)。

2016~2014年度には同じ撮像素子を用いて第1世代の腹腔鏡用8Kカメラを開発し、臨床試験により8K腹腔鏡手術システムの有効性を確認しました(図6中央)。一方でカメラおよびカメラを支えるアームの重量と大きさが原因で術野展開が困難な場面が一部にあるという課題が残りました。

この結果を踏まえてカメラの小型化を進め、2020年に第2世代の腹腔鏡用8K解像度カメラを開発しました(図6右)。第2世代の8K解像度カメラはカメラヘッドの質量で210gとなり、市販のスコープホルダーが利用可能となりました。

図6 本プロジェクトで開発した内視鏡カメラの変遷
図6

腹腔鏡用8K解像度カメラの仕様

第1世代および第2世代の腹腔鏡用8Kカメラの仕様は表1の通りです。いずれも解像度は腹腔鏡を接続した状態で3600TV本であり、8Kの性能を確保できています。同時に第2世代カメラは第1世代に比べて、容積で01月07日以下、質量で01月03日以下と、大幅な小型・軽量化を実現しています。

第2世代のカメラでは、縦と横の画素数が等しく、すなわち撮像エリアが正方形という特徴を持っています。これは腹腔鏡の像が、顕微鏡と同様に円形であることから横長である必要がないためです。これを実現するため、専用の撮像部を開発しました(第1世代のカメラは通常の放送用カメラと同じく有効画素数比は16:9)。

このカメラシステムでは、この特徴を利用して8K映像を画面の左側に、8K映像の一部を2倍あるいは4倍に拡大した映像を画面の右側に表示するモードを備えています。拡大映像の位置と倍率はジョイスティックなどのユーザインタフェース(以下UI)を用いて移動することが可能です。従ってスコープホルダに内視鏡を固定したままでも、UIを操作することで患部の拡大表示や表示位置の変更が可能です。また手術中の執刀医がメスや鉗子から手を放すことなくカメラを操作できるよう、足操作型のジョイスティックも開発しました。

表1 第1世代および第2世代の腹腔鏡用8Kカメラの仕様
表1

8K遠隔手術指導での伝送パラメータ

システム構築にあたっては、手術室から指導医サイトまで8K映像を伝送する際に必要な伝送帯域(所要ビットレート)と、手術室の医師と指導医サイトにいる医師との間のコミュニケーションがスムーズに行えるための許容映像遅延時間を、医療従事者を評定者とする主観評価実験によって求めました。その結果、表2に示すように、H.265符号化システムを用いた場合の所要ビットレートは80Mbps以上、許容遅延時間は1.3秒以下という結果となりました。

今回の臨床試験では、8K映像伝送のビットレートは約100Mbps遅延時間は約350ミリ秒を実現しており、いずれもシステム要件を十分満足しています。

表2 評価実験で求めたシステム要件と臨床試験での使用条件
表2

*:H.265は映像を圧縮する符号化方式の一種。地上デジタル放送で用いられているMPEG2方式に比べて約4倍の圧縮能力があるといわれており、8K映像の圧縮まで対応している。衛星放送の4K8Kテレビ放送で用いられている。
**:許容遅延時間は「手術映像を見ながら手術室と指導室の間のコミュニケーションがスムーズに行えるか?」という主観評価に対する許容限(5段階評価の3)
***:UDP/RTP(User Datagram Protocol/Real-time Transport Protocol)はインターネット上のアプリケーション間の通信プロトコルの一種で、リアルタイムにデータストリームを配送する方式。映像や音声の伝送に用いられる。

今回の臨床試験で用いる有線系ネットワーク

今回の臨床試験は、図5に示されているように、東京・中央区築地のがん研究センター中央病院の手術室と指導医のいる医療施設を想定した大阪市住之江区のソフト産業プラザTEQSとを通信回線で結んで、手術室から伝送されてくる8K腹腔鏡映像を指導医が見ながら8Kモニタ上にペンで描画したり音声で指示することにより手術を指導するものです。

今回の臨床試験では表3に示す回線を用意していますが、8K映像の伝送にあたっては、所要帯域と伝送の安定性およびネットワークの安全性の観点から、専用高速回線を本線1とし、共用高速回線をVPNで専用化した回線を本線2として手術中の8K映像を平行して伝送しています。一方の回線に問題が発生した場合でも瞬時に他方に切り替えることができ、手術の安全性が確保されます。

表3 臨床試験で用いている回線および特徴
表3

*VPN:Virtual Private Network(ソフトウェアで専用線と同様のセキュリティを確保している回線)
**SD-WAN:Software Defined Wide Area Network
***:ファイル転送では100Mbps 超えることもある。映像伝送ではおよそ60~80Mbps

問い合わせ先

報道関係からのお問い合せ
国立研究開発法人国立がん研究センター
企画戦略局 広報企画室

一般財団法人NHK財団 技術事業本部

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