同一経路で働く抗真菌剤の異なる作用~抗真菌剤の新しい用途開発に期待~

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2024-08-06 東京大学

発表のポイント

◆テルビナフィン(TBF)、フルコナゾール(FCZ)、アモロルフィン(AMF)は真菌(カビや酵母など)のエルゴステロール合成を阻害する抗真菌剤ですが、これら3つの阻害剤が出芽酵母の形態に異なる影響を与えることを見出しました。
◆共通して変化する形態パラメータに注目することで、エルゴステロール合成量の低下がもたらす、隠れていた本質的な類似性が見つかりました。また、正準相関分析を用いて遺伝子機能に関連する形態パラメータに注目した場合でも、共通の表現型が見つかりました。
◆3つの阻害剤間の相乗効果の違いや、病原性真菌に対する違いも観察されたことから、本研究成果は抗真菌剤の新しい用途の開発につながることが期待されます。

同一経路で働く抗真菌剤の異なる作用~抗真菌剤の新しい用途開発に期待~
エルゴステロール合成を阻害する3つの薬剤

発表概要

東京大学大学院新領域創成科学研究科の大矢禎一教授らによる研究グループは、真菌のエルゴステロール(注1)合成経路に働く抗真菌剤(注2)が異なる作用を持つことを明らかにしました。

テルビナフィン(TBF)、フルコナゾール(FCZ)、アモロルフィン(AMF)は、エルゴステロール合成経路の異なる段階の標的酵素に作用し、真菌のエルゴステロール量を低下させます。これにより、異なる中間産物が蓄積されます。これら3つの抗真菌剤の酵母の形態に与える影響が異なることが初めてわかりました。共通して変化する形態パラメータの数は全体の約6%に過ぎませんでした。共通して変化するパラメータに注目することで、エルゴステロールレベルの低下による隠れた表現型類似性が浮き彫りになり、見かけの形態的類似性が向上することがわかりました。また、正準相関分析(CCA: Canonical Correlation Analysis、注3)を用いて遺伝子機能に関連する生物学的に意味のある形態パラメータを選択した場合でも、形態的類似性が向上することがわかりました。形態変化に加えて、3つの阻害剤間の相乗効果(注4)の違いや、病原性真菌に対する殺真菌活性(注5)の違いがあることを明らかにしました。
今回の研究は、抗真菌剤の新しい用途の開発につながり、抗真菌剤の開発研究の発展に寄与することが期待されます。

発表内容

エルゴステロール合成経路は出芽酵母で広く研究されており、出芽酵母の成長と生存に不可欠です。3つのエルゴステロール合成阻害剤(TBF、FCZ、AMF)は、この経路の異なる段階を阻害することが知られており、TBF、FCZ、AMFはそれぞれスクアレン、ラノステロール、フェコステロールという中間産物を蓄積することが知られていました(図1)。

図1出芽酵母におけるエルゴステロール合成経路.png
図1:出芽酵母におけるエルゴステロール合成経路
エルゴステロール合成阻害剤(TBF、FCZ、AMF)の標的タンパク質を示した。タンパク質構造はAlphaFoldタンパク質構造データベース(https://alphafold.ebi.ac.uk/)から取得した。


これまでの先行研究では、同じような機能を持つ遺伝子の欠失は類似した形態的表現型をもたらすと考えられてきました。この度、本研究チームは出芽酵母専用の画像解析システムCalMorph(注6)を使って出芽酵母で定量的な形態解析を行うことで、世界で初めてこれら3つの薬剤で処理した時の形態的表現型が全く異なっていることを観測しました(図2A)。

図2薬物が細胞形態に与える影響.png
図2:薬物が細胞形態に与える影響
(A)エルゴステロール合成阻害剤(TBF、FCZ、AMF)が細胞形態に与える影響の例。三重染色された細胞を示した(赤:アクチン、緑:細胞壁、青:核)。スケールバーは5.0 µmを示す。
(B)エルゴステロール合成の撹乱による形態欠損のベン図(FDR=0.05)と、全てのエルゴステロール合成阻害剤処理によって引き起こされる形態欠損の概略を示した。


TBF、FCZ、AMFで処理した際に共通して変化する形態パラメータの数はわずか12で(図2B)、全体の約6%に過ぎませんでした。形態的類似性を評価したところ、FCZ とTBFの相関係数は0.48、TBFとAMFでは0.61と低くなっていました。エルゴステロール阻害剤は異なる中間体を蓄積するために、形態的類似性が低くなったと考えられます。エルゴステロール合成経路の欠損の共通特徴を抽出するために、ロジスティック回帰分析を用いて19の共通の主成分を抽出しました。これを使って計算したところ、TBFとAMFの相関係数は0.833に増加し、共通の機能障害に焦点を当てることで見かけの形態的類似性が高くなることが確認されました。正準相関分析を使って予測モデルを構築し、合理的に遺伝子機能に関係する形態的特徴に注目した場合でも、見かけの形態的類似性は高くなりました。また形態以外でも異なる表現型が観察されました。相乗効果を調べたところ、FCZとTBFの組み合わせでは強い相乗効果が見られましたが、AMFとの組み合わせでは弱い相乗効果しか観察されませんでした。さらに、病原性真菌Candida albicansに対する殺真菌活性を調べたところ、AMFには殺真菌活性がありましたが、FCZとTBFには静真菌活性(注7)しかありませんでした。これらの実験結果は、エルゴステロール合成阻害剤が臨床上異なる用途で使用されることと関係しているかもしれません。TBFやAMFなどのアリルアミンとモルホリンは主に皮膚、爪、水虫、白癬などの真菌感染を対象とし、FCZなどのアゾールは髄膜炎、口腔感染症、カンジダ症の治療に広く使用されてきました。
今回の研究は、抗真菌剤の新しい用途の開発につながり、今後の抗真菌剤の開発研究の発展に寄与することが期待されます。

<研究助成>
本研究は、文部科学省科学研究費・基盤研究B「抗真菌剤の開発のための形態プロファイリングシステム」(課題番号:23K23483)、東京大学GAPファンドなどの支援により実施されました。

発表者・研究者等情報

東京大学大学院新領域創成科学研究科
Farzan Ghanegolmohammadi(ファルザン ガーネゴルモハマンディ)客員共同研究員(研究当時)
兼:Department of Biological Engineering, Massachusetts Institute of Technology, Postdoctoral Associate(研究当時)
Wei Liu 劉 薇(ビ リュウ)       博士課程
Tingtao Xu 徐 聴涛(チンタオ ジョ) 修士課程(研究当時)
Yuze Li 李 雨澤(ウセイ リ)     修士課程(研究当時)
大貫 慎輔  特任助教(研究当時)
小嶋 徹也  准教授
一刀 かおり 特任講師
大矢 禎一  教授 兼:東京大学微生物科学イノベーション連携研究機構

論文情報

雑誌名:Scientific Reports
題 名:Rational Selection of Morphological Phenotypic Traits to Extract Essential Similarities in Chemical Perturbation in the Ergosterol Pathway「エルゴステロール合成経路における化学的撹乱の本質的類似性を抽出するための形態的表現型の合理的選択」
著者名:Farzan Ghanegolmohammadi, Wei Liu, Tingtao Xu,Yuze Li, Shinsuke Ohnuki, Tetsuya Kojima, Kaori Itto-Nakama, and Yoshikazu Ohya*
DOI:10.1038/s41598-024-67634-1
URL:https://www.doi.org/10.1038/s41598-024-67634-1

用語解説

(注1)エルゴステロール
真菌の細胞膜に存在する重要なステロールで、真菌の細胞膜の構造と機能の維持に役立ちます。エルゴステロールは、動物細胞膜におけるコレステロールと同様の役割を果たし、膜の流動性と透過性を調節します。エルゴステロールの合成経路は多段階で行われ、その過程でさまざまな中間体が生成されます。この経路の各段階は特定の酵素によって触媒され、これらの酵素は抗真菌剤の標的となります。

(注2)抗真菌剤
真菌(カビや酵母など)による感染症を治療または予防するために使用される薬剤の総称です。抗真菌剤は、真菌の細胞構造や代謝を妨げることで、真菌の成長や繁殖を抑える働きをします。主に、ポリエン系、アゾール系、アリルアミン系、エキノカンジン系に分類されます。抗真菌剤は、カンジダ症、アスペルギルス症、白癬など、皮膚、粘膜、爪、内臓など様々な部位で発生する真菌感染症の治療に用いられます。抗真菌剤の選択は、感染の種類、真菌の種類、患者の健康状態などに応じて決定されます。

(注3)正準相関分析(CCA: Canonical Correlation Analysis)
2つの多変量データセット間の関係を分析する統計手法です。この方法を使うことで、両方のデータセットから最も強い相関を持つ変数の組み合わせ(正準変数)を見つけることができます。正準相関分析は、複数の測定項目間の関連性を理解し、重要な変数を特定するために利用されます。

(注4)相乗効果
2つ以上の薬剤が組み合わさることで、それぞれ単独での効果を上回る薬効を生み出す現象を指します。

(注5)殺真菌活性
薬剤や物質が真菌(カビや酵母など)を死滅させる能力を指します。この活性が高いほど、真菌を効果的に殺すことができます。殺真菌活性は、抗真菌剤の効果を評価する重要な指標の一つです。

(注6)CalMorph
出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)の形態解析を自動化するために開発された画像解析システムです。CalMorphを活用することによって、酵母細胞の形態的特徴を定量的に評価し、遺伝子機能や薬物の影響を解析することが可能になります。

(注7)静真菌活性
薬剤や物質が真菌の成長や増殖を抑制する能力を指します。真菌を殺すのではなく、増殖を防ぐことで感染を制御します。静真菌活性は、感染の進行を抑えるために重要な役割を果たします。

お問い合わせ

新領域創成科学研究科 広報室

有機化学・薬学
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