~新しい分子機能を解明、肝疾患の予防や治療にも期待~
2017-12-21 科学技術振興機構(JST),京都大学,国立国際医療研究センター ,市立大津市民病院
ポイント
- 肝細胞は分裂と増殖するときに、染色体が通常の2セットより多くなる現象(多倍体化)があることが知られていたが、その分子機構は未解明であった。
- 哺乳類の時計遺伝子Periodが、肝細胞の分裂と増殖の正常な進行に必要であり、 欠損すると細胞が巨大化するという分子機構を明らかにした。
- 老化や肥満に伴う肝障害の診断治療につながることが期待される。
JST 戦略的創造研究推進事業の一環として、京都大学の趙 需文 研究員、土居 雅夫 准教授、フスタ・ジャン・ミッシェル 講師、岡村 均 教授らは、体内時間を生み出す時計遺伝子Period注1)が、肝細胞の分裂と増殖に必要であり、この遺伝子がないと増殖シグナルErk1/2注2)が低下し細胞質分裂が失敗。核が大きな巨大細胞となることを初めて明らかにしました。
食事、睡眠などのリズミカルな定常的日常行動は、健康的で安全な生活を営む上での基盤となっています。しかし、21世紀に入って長時間労働やシフトワークの従事者が急増し、古来より人類が守ってきた生体(概日)リズムシステム注3)が生活習慣の変化により乱れ、疾病の誘因ともなることが懸念されています。
岡村教授らはこれまでの研究で哺乳類の時計遺伝子の同定や、身体の全ての細胞がリズムを刻んでいることを発見し、なぜ体の細胞がリズムを刻んでいるのかその解明に取り組んできました。今回、肝細胞にある時計遺伝子Periodが、細胞の分裂と増殖を正常に行うのに必要な因子であり、肝細胞の多倍体化注4)に関与していることを解明しました。肝細胞のターンオーバーに伴う多倍体化は、老化や肝炎、肝硬変などで加速することは、100年も前から知られていた有名な現象ですが、その分子機構は不明でした。今回の研究で、多倍体化に時計遺伝子が必要であることが明らかになり、細胞を大きくしたり、小さくしたりする因子も解明されました。今後は肝疾患の治療などに役立つことが期待されます。
本研究は、国立国際医療研究センター 分子代謝制御研究部の松本 道宏 部長、大津市民病院病理部の浜田 新七 部長の協力を得て行いました。
本研究成果は、2017年12月21日(英国時間)に国際科学誌「Nature Communications」に掲載されます。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
研究領域 | 「生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出」 |
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研究総括 | 山本 雅 (沖縄科学技術大学院大学 細胞シグナルユニット 教授) |
研究課題名 | 「クロノメタボリズム:時間相の生物学」 |
研究代表者 | 岡村 均(京都大学 薬学研究科システムバイオロジー分野 教授) |
研究期間 | 平成26年10月~平成32年3月 |
生物には、1日という外的時間に対応して内的リズムを刻む機構があり、これを生体リズムと言います。ショウジョウバエで、時をつかさどる遺伝子(時計遺伝子)Periodを発見した研究者3名は、2017年のノーベル賞を受賞しました。1997年には、哺乳類でもPeriodが存在することが分かり、時計遺伝子が生物にとって普遍的な必須の機構であることが明らかとなりました。そして、ヒト遺伝子の解析を行うと、Period遺伝子の変異がリズム周期の短縮を引き起こすことが示され、時計遺伝子が睡眠覚醒リズムに極めて重要な働きをすることが分かってきました。
全身におけるPeriodの発現分布を調べると、体内時計の中枢である脳の視交叉上核やストレスに反応するホルモンであるコルチゾールを分泌する副腎皮質でリズミカルに発現しているだけでなく、当初昼夜リズムとは関係のないと思われていた皮膚や消化管などでも著明なリズムを発現することが分かりました。このリズムは何のために必要なのか、多くの研究の結果、時計遺伝子は糖や脂肪などの基本代謝を動的に管理することで生命機構に根源的な時間秩序を与えていることが明らかとなってきました。しかし、これまで具体的に時計遺伝子が全身の代謝の中心的な臓器である肝臓においてどのような役割を果たしているのか多くが未解明のままでした。
岡村教授らの研究グループは、生体における代謝(メタボリズム)の中枢臓器である肝臓の多くの酵素が24時間周期のリズムを発現することに注目し、睡眠覚醒以外の時計遺伝子の機能を解明してきました。
哺乳類の時計遺伝子Periodは、Per1、Per2、Per3の3種類があります。今回の研究では、まずこの3つの時計遺伝子が欠損したマウスを作成しました。一般に体細胞の核相は2n(父母から1ゲノムづつ受け継ぐ)ですが、正常の肝臓の肝細胞では一部の細胞が多倍体(4n)です。マウス全身の臓器の組織を解析したところ、肝臓の構成単位である肝小葉の中心静脈付近にある肝細胞の多倍体化(4n、8n、16n、32n)が著しく進んでいることが分かりました(図1)。また、肝細胞の増殖をつかさどるインスリンを介する細胞内シグナル伝達系を調べたところ、分裂促進因子活性化たんぱく質キナーゼErk1/2の活性が顕著に減少していました。Erk1/2は細胞増殖に深く関わる重要な酵素で、細胞が娘細胞と別れる時の分岐点である中央体に発現しますが(図2)、通常のマウスではErk1/2を不活性化するMkp1が時計遺伝子により抑制されています。しかし今回の実験マウスでは時計遺伝子がないためMkp1が抑制されず、Erk1/2の活性低下が生じます。そして、これが原因となって娘細胞が親細胞と別れられず、再融合し、その結果として多倍体化した核の大きな巨大細胞となることを明らかにしました。
本研究グループは、2003年に、時計遺伝子が細胞分裂開始の準備が整うまで発現するWee1というたんぱく質の発現を制御することを発見しています。今回の研究では、細胞分裂の最後の段階である細胞質分裂をも時計遺伝子が制御していることが分かりました。これにより、細胞の分裂は、開始から終了まで体内時計の強い影響下にあることが示唆されました(図3)。
時計遺伝子が細胞質の分裂に必要な増殖シグナルを制御し細胞の形や大きさを決めるというのは、今まで全く予測されていませんでした。今回、時計遺伝子の新しい機能がまた1つ明らかとなり、長らく不明であった肝細胞の多倍体化の分子機構が解明されました。今後、Erk1/2の活性化剤や阻害剤が、細胞の多倍体化や大きさを変えることを利用して、細胞の大きさの決定機構が解明されることが期待されます。
また、老化に伴い多倍体化した細胞が増えることが知られていますが、多倍体細胞は肝炎や肝硬変でも増大すると報告されています。現在、日本では食生活の欧米化と運動不足に伴い、肥満者が増加し、メタボリックシンドロームの肝臓における表現型とされる非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)や非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)が増加しています。肝細胞の多倍体化機構が明らかになることで、今後はこのような生活習慣に起因する肝疾患の予防や治療につながると期待されます。
図1 Per-nullマウスでの肝細胞の多倍体化(Polyploidy)の様子
マウスもヒトと同様、正常(野生型)の肝臓には、丸い細胞核を持った肝細胞が柵状に並んでいる。ところが、時計遺伝子Periodを欠損したマウス(Per-nullマウス)では、肝細胞の細胞核が巨大化し(矢印)細胞も大きくなる。
図2 正常マウスの肝細胞の初代培養における活性化Erk(pErk1/2)の発現
活性化pErk1/2(赤)が細胞分裂の最終期の細胞質分裂で中央体に発現。最終的な膜の分離反応を誘導し、細胞分裂を完了させる。青は核、緑色は微小管。遺伝子欠損マウスでは赤色の活性化Erkは消失し、細胞質分裂は失敗する。
図3 時計遺伝子による時刻の発振と細胞周期の関係
時計遺伝子Per1、Per2、Per3は、転写促進因子CLOCKとBMAL1がプロモーター部のE-boxに結合することで転写が開始され、産生された時計遺伝子自身は抑制複合体の一部となって、自らの転写を抑制する。このフィードバックループが、約24時間周期の生体リズムを作り出す。
体細胞分裂周期は4つの時期にわけられ、S期(合成期)でDNA量を倍加させ、M期(分裂期)で細胞分裂を行う。M期とS期の間はG1期、S期とM期の間はG2期と呼ぶ。M期は、核が分裂した後、細胞質の分裂が起こり、2つの娘細胞が形成される。体内時計の刻む時間シグナルは、M期の開始ではWee1-pCdk2により、M期の終了の細胞質分裂にはMkp1-pErk1/2により、伝えられる。
- 注1) 時計遺伝子Period
- 24時間周期で発現を繰り返し、概日リズムをつくる遺伝子。1984年に単離された最初の時計遺伝子。
- 注2) 増殖シグナルErk1/2
- 分裂促進因子活性化たんぱく質キナーゼ(Mitogen-activated Protein Kinase、MAPK)の一種。細胞が刺激(酸化ストレス、サイトカインなど)を受けて活性化された際に細胞の増殖など重要な機能を担う。
- 注3) 生体(概日)リズムシステム
- 生物が生まれつき持つ、心拍、睡眠覚醒、月経、冬眠など長短さまざまな周期的な現象を広く生体リズム、もしくは生物リズムと呼ぶ。中でも、最も自律性と周期性の明確な約24時間周期で繰り返すリズムが概日リズム。
- 注4) 多倍体
- 正常の体細胞は染色体セットを2つ持ち2倍体という。精子や卵子は1セットであり単数体と呼ぶ。肝細胞や心筋細胞は4倍体であり、整数倍で増えるものもある。これらの総称が多倍体。
タイトル | “Circadian clock regulates hepatic polyploidy by modulating Mkp1-Erk1/2 signalling pathway” (生物時計は、Mkp1-Erk1/2増殖シグナルを介して、肝臓の多倍体化を制御する) |
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doi | 10.1038/s41467-017-02207-7 |
<研究に関すること>
岡村 均(オカムラ ヒトシ)
京都大学 大学院薬学研究科 教授
川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
<報道担当>
科学技術振興機構 広報課