膵臓外分泌組織でPTF1Aが働かないと小胞体ストレスを介して細胞死に至る

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2018/10/25   京都大学iPS細胞研究所

ポイント

  1. マウス成体膵臓の外分泌細胞注1)で転写因子であるPTF1Aをなくすと膵臓が小さくなることを示した。
  2. PTF1Aを失った細胞では小胞体ストレス応答注2)が起こるが、過大なストレスからの回復ができずにアポトーシス注3)による細胞死が起こることが分かった。

1. 要旨

崎久保守人 研究生および川口義弥教授(CiRA 未来生命科学開拓部門)らの研究グループは薬剤誘導性・膵外分泌細胞特異的PTF1Aノックアウトマウス注4)を用いた解析で、PTF1Aを失った細胞は小胞体ストレス応答を通じてアポトーシスを起こす事を見つけました。この研究成果は2018年10月25日に英国科学誌「Scientific Reports」でオンライン公開されました。

2. 研究の背景

膵臓はアミラーゼなどの消化酵素を作る外分泌組織と、インスリンのようなホルモンを作り、血糖調節を行う内分泌組織注5)が混在する臓器です。川口教授らの研究グループはこれまでに、胎生期臓器形成でPTF1Aは膵臓への運命を決定し、膵臓形成に必須の遺伝子であること (Nat genet 2002, Kawaguchi et al.)、PTF1Aの少ないマウスは膵臓が小さく糖尿病になる事 (Diabetes 2008, Fukuda et al.)などを示してきましたが、成体マウスでのPTF1Aの機能は外分泌細胞で消化酵素を作ること以外は良くわかっていませんでした。
一方、膵臓に限らず、細胞はストレスを受けるとストレスから回復する仕組みを持つことが知られています。例えば、小胞体は細胞小器官の一つで、タンパク質合成の場となり、作られたタンパク質を正常に折りたたんで次の目的地に運ぶ働きをしていますが、同時にタンパク質の品質管理も行なっています。細胞ストレスの結果生じた異常なタンパク質を処理するための作業も重要で、この反応を小胞体ストレス応答と呼びます。小胞体ストレス応答でなんとか細胞は異常タンパク質を除去しようとするのですが、過大なストレスがかかって処理しきれない場合には細胞死(アポトーシス)を起こし、最終的には排除されてしまいます。また、膵臓癌は発癌に関与する遺伝子変異の集積だけでなく、細胞ストレスが加わることで進行が進むことが示唆されています。つまり、ストレスから回復できない異常細胞を無くしてしまう仕組みは、生体にとって極めて重要なシステムなのです。

3. 研究結果

研究グループは、薬剤を投与する事で膵臓の外分泌細胞のPTF1Aをなくしてしまうマウス(PTF1A cKOマウス)を作成しました。その結果、薬剤投与後わずか10日目に膵臓の大きさが通常の3分の2に小さくなることを見出しました(下図)。

膵臓外分泌組織でPTF1Aが働かないと小胞体ストレスを介して細胞死に至る

control

PTF1A cKO

<薬剤投与後10日目の膵臓の様子>

白い部分が膵臓。Ptf1a遺伝子を失った膵臓(PTF1A cKO:右)は
通常マウスの膵臓(control:左)に比べて明らかに小さい

そこでPTF1A cKOマウスの膵臓組織を調べたところ、薬剤投与3日目の段階からPTF1Aを失った細胞の多くがアポトーシスで死んでしまっていることがわかりました。アポトーシスの原因を探るため、電子顕微鏡で観察したところ、細胞内の小胞体が明らかに拡張していることがわかり、小胞体ストレスが起こっていると考えられました。
小胞体ストレスが起きると細胞は主に3つの経路を働かせて反応します。この経路の内、PERK-eIF2α-ATF4とATF6の2つの経路が活性化している事がわかりました。一方、IRE1の経路は抑制されていました。この3つの経路はいずれも活性化する事で小胞体ストレスを軽減するように作用することが知られていますが、前2者については、ストレス応答で回復しなかった場合にCHOPと呼ばれるアポトーシスを誘導する因子を作る事が分かっています。本研究では薬剤投与3日目の段階でCHOPの発現が認められました。
以上の結果から、PTF1Aは成体膵臓の外分泌細胞の維持に重要であり、PTF1Aを失うと過大な小胞体ストレスを起こし、小胞体ストレス応答では回復できずにアポトーシスを引き起こす結果、膵臓が小さくなると考えられました。

4. 今後について

研究グループでは、PTF1Aを失った細胞の極少数は、なんとかストレス状態から回復し、生き残っていることも見出しています。但し、このような少数の細胞は外分泌細胞としての性質を失い、膵管細胞に似た細胞に変化していることが分かりました。これは、異形成(metaplasia)と言われる現象で、膵癌の前駆状態と似通った性質です。つまり、なんとか生き残ったとしても、中途半端に性質が変わった異常な細胞は発癌の観点からは大きなリスクになり得ます。
ストレスを受けた細胞がアポトーシスで死ぬのか?metaplasiaで生き残るのか?両者の線引きを決めるメカニズムの詳細解明が、癌を考える上で重要なキーポイントになるかもしれません。

5. 論文名と著者

  1. 論文名
    Ptf1a inactivation in adult pancreatic acinar cells causes apoptosis through activation of the endoplasmic reticulum stress pathway
  2. ジャーナル名
    Scientific Reports
  3. 著者
    Morito Sakikubo1,2, Kenichiro Furuyama1,2, Masashi Horiguchi1,2, Shinichi Hosokawa1,2, Yoshiki Aoyama1,2, Kunihiko Tsuboi1,2, Toshihiko Goto1,2, Koji Hirata1,2, Toshihiko Masui1,2, Yuval Dor3, Tomoyuki Fujiyama4,5, Mikio Hoshino4, Shinji Uemoto1 and Yoshiya Kawaguchi2 *
  4. 著者の所属機関
    1. 京都大学大学院医学研究科
    2. 京都大学iPS細胞研究所
    3. The Institute for Medical Research Israel-Canada, Hebrew University-Hadassah Medical School
    4. 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所
    5. 筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構

6. 本研究への支援

本研究は、下記機関より資金的支援を受けて実施されました。

  1. 日本学術振興会 最先端・次世代研究開発支援プログラム

7. 用語説明

注1) 外分泌細胞/外分泌組織
体の外に分泌物を出す細胞や組織のこと。腸管の内側も体の外にあたり、消化酵素を作る細胞も外分泌細胞となる。例えば膵臓の外分泌細胞ではデンプンを分解する消化酵素であるアミラーゼを作って十二指腸に分泌する。
注2) 小胞体ストレス応答
細胞内でタンパク質の工場として機能しているのが小胞体。1本のアミノ酸鎖として合成されたタンパク質は小胞体の中で立体構造をつくる(フォールディングする)が、うまくフォールディングしたものが小胞体外へと輸送され、機能するようになる。フォールディングができていないタンパク質は正しくフォールディングされるまで小胞体内に留められるか、あるいは失敗作として分解されてしまう。何らかの原因で小胞体内に留められるタンパク質が過剰になった状態を小胞体ストレスと言い、この状態を回避するために小胞体内のタンパク質量を減らす様々な応答(小胞体ストレス応答)がおきる。過度なストレスがかかったときには、最終的にはアポトーシスを起こし、細胞そのものを除去する。
注3) アポトーシス
細胞死の1つで、細胞内の何らかの異常に反応して起こるプログラムされた細胞死。発生の過程で不要となった細胞の除去などにも利用されている。
注4) ノックアウトマウス
人為的に目的とする遺伝子の機能を破壊したマウス。遺伝子の生体内の機能を研究するモデル動物、ES細胞を利用して作製される。
注5) 内分泌細胞/内分泌組織
体の中にある細胞に生理的作用させるような物質を作る細胞や組織のこと。例えば膵臓の内分泌細胞では血液中の糖の濃度に応じてインスリンというホルモンを放出し、他の組織に血液中の糖分を減らすような働きを促す。

医療・健康細胞遺伝子工学生物化学工学
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