細胞増殖時に創られる全てのタンパク質を同定~単純な構造を持つ真核生物を用いたトランスラトーム解析~

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2025-01-10 東京大学

発表のポイント

  • 遺伝子数が少ない真核細胞藻類に対してリボソームプロファイリング解析を行うことによって、分裂増殖時に特異的に翻訳される全てのタンパク質を同定することに成功しました。
  • これらのタンパク質をコードする遺伝子は、ヒトを含むさまざまな真核生物にも保存された機能不明な遺伝子が多数含まれていました。実際に細胞を使った解析により、これらが細胞やオルガネラの分裂増殖に機能する新奇タンパク質であることも確認されました。
  • これらの機能不明な分裂増殖因子の機能を明らかにすることによって、“増える”という生物の基本原理が解明されることが期待されるため、本研究成果は基礎生物学だけでなく医学や農学などさまざまな方面の研究の発展に貢献すると予想されます。

細胞増殖時に創られる全てのタンパク質を同定~単純な構造を持つ真核生物を用いたトランスラトーム解析~
新たな細胞を創るときに翻訳される全種類のタンパク質を同定

発表概要

東京大学大学院理学系研究科の茂木祐子特任研究員(研究当時)、近藤唯貴大学院生、東山哲也教授、吉田大和准教授、東京大学医科学研究所RNA制御学分野の稲田利文教授と松尾芳隆准教授らによる研究グループは、リボソーム(注1)によるmRNAの翻訳状態を可視化する「リボソーム・プロファイリング(注2)」技術を用いて、単細胞真核生物(注3)におけるタンパク質翻訳の全体像を明らかにしました。この解析により、非分裂期細胞と分裂期細胞でのリボソームフットプリント(注4)(リボソームが保護するmRNAの断片)の比較が可能となり、細胞分裂時に特異的に翻訳される遺伝子群を高い精度で同定することに成功しました。 さらに、同定された遺伝子には、ヒトを含むさまざまな真核生物で保存されている機能不明な遺伝子も多数含まれていることがわかりました。今後、これらの遺伝子の分子機能を明らかにすることにより、真核生物の細胞分裂に共通する仕組みを解明するための重要な手がかりとなることが期待されます。

発表内容

研究の背景
ミトコンドリアと葉緑体は、かつて自由生活をしていたバクテリアが真核生物の祖先細胞に細胞内共生したことによって誕生したと考えられています。これらの細胞内共生オルガネラは莫大な生体エネルギーを創り出すことができるため、真核生物における進化の原動力となってきました。一方、こうしたオルガネラを擁する複雑な細胞を維持するためには、高度な細胞制御システムが必要となります。例えば、細胞増殖の際には細胞核ゲノムDNAの複製と分配だけでなく、これらの細胞内共生オルガネラのゲノムDNAも複製し、娘細胞へ確実に分配する必要があります。こうした複雑な機構を実現するため、真核生物は細胞増殖の際にさまざまな分子装置や、それらを制御するタンパク質分子を合成します。しかし、細胞増殖に関わる遺伝子は数百から数千種類におよび、これらの遺伝子から発現するタンパク質は数百万分子にもなるため、単純な構造からなる真核生物であっても、細胞増殖機構に関わる全ての因子を把握することは極めて困難でした。

本研究では、非常にシンプルな細胞構造とゲノム構造からなる単細胞紅藻シアニディオシゾン(シゾン)(注5)を用い、さらにタンパク質翻訳中のmRNAだけを対象としたゲノムワイド・トランスラトーム解析(注6)によって、真核生物の細胞増殖に関わる全てのタンパク質分子の同定を目指した研究を行いました。

研究内容と成果
細胞が分裂するときに発現するすべてのタンパク質分子を同定するため、まずシゾン細胞を12時間ごとの明暗周期下で培養することによって、細胞周期を同調化しました。こうして同調化した細胞群から、非分裂期および分裂期の細胞を準備しました。次にこれらの細胞からタンパク質翻訳装置であるリボソームが結合した状態のmRNAのみを回収し、複数段階の分子生物学的な操作を行うことにより、リボソームによって遺伝暗号を読み取られている最中のmRNA領域の断片(リボソーム・フットプリント)を集めることに成功しました(図1)。こうして集めたmRNA断片配列を解析することにより、細胞の分裂期および非分裂期において、各遺伝子から転写されたmRNAから、実際には幾つのタンパク質分子が生産されているのかが明らかとなりました。解析の結果、まず明らかになったことは細胞内に数万分子存在するリボソームの使い方の大胆な変更です。細胞分裂する際には、DNAやオルガネラなどさまざまなものを倍加させ、分配するための分子装置が必要になります。これらを構成するタンパク質分子を生産するためには多くのリボソーム分子が必要となりますが、細胞内にあるリボソーム分子の数を急に増やすことはできません。このため、既存のリボソームの多くをこれら分裂増殖に必要なタンパク質の生産に回し、ほかのタンパク質合成量を減らしていることがわかりました。


図1:細胞周期を同調化させたシゾン細胞を用いたリボソーム・プロファイリング
本研究で行ったリボソーム・プロファイリング解析の概略図。リボソームを伴ったRNAを非分裂期細胞と分裂期細胞から回収した。細胞質に由来するRNAを含むリボソームだけでなくミトコンドリアと葉緑体からも回収した。分子生物学的手法によって構築したDNAライブラリーをディープシークエンスによって各塩基配列を解析した。


リボソーム・プロファイリングによって得られたデータから、細胞分裂増殖時に合成されるすべてのタンパク質が明らかとなりました。また、非分裂期の細胞から得られたデータと比較することにより、分裂期に特異的に合成されるタンパク質群を同定することに成功しました(図2)。特にこれらのタンパク質をコードする遺伝子の中には、真核生物に広く保存されたものが多く、真核生物に普遍的な細胞増殖機構の制御遺伝子であると考えられます。そこで、これらの推定分裂増殖制御遺伝子から、2つの遺伝子について実際の細胞内における遺伝子発現と局在様式の検証を行いました。


図2:細胞分裂に伴うゲノムワイドなタンパク質翻訳の変動
非分裂期細胞と分裂期細胞におけるリボソームフットプリントにコードされた遺伝子の変化を示す。(A)全遺伝子。(B)オルガネラ分裂や細胞核分裂に関与する遺伝子とリボソーム構成タンパク質をコードする遺伝子群。(C)機能不明遺伝子。他の生物に保存性がある遺伝子をマゼンタ、保存性がない遺伝子を青で示す。


蛍光タンパク質タグを融合した形質転換株を構築し細胞内局在を確認した結果、一つ目の遺伝子産物のタンパク質は分裂期特異的なミトコンドリア核様体を構成するコンポーネントであることが明らかとなったので、この遺伝子をMitochondrial Division-phase-specific Nucleoid protein(MDN)と命名しました(図3)。またもう一つの遺伝子産物も分裂期特異的に発現し、ミトコンドリア分裂リングを構成する新たな構成タンパク質であることが明らかとなったので、この遺伝子をMitochondrial Division Ring 2(MDR2)と命名しました(図4)。こうしたin vivo解析により、本研究で同定された推定分裂増殖制御遺伝子群は確かに細胞およびオルガネラの分裂増殖に関わる遺伝子であることが確かめられました。


図3:分裂期特異的なミトコンドリア核様体タンパク質MDN
(A)蛍光タンパク質Venus融合MDNの細胞内局在。スケールバーは2 μm。(B)単離ミトコンドリア核様体の蛍光顕微鏡像。スケールバーは1 μm。(CとD)単一の単離ミトコンドリア核様体のVenusおよびDAPIの蛍光輝度を示すヒストグラム(C)と散布図(D)。


図4:ミトコンドリア分裂タンパク質MDR2
(A)Venus融合MDR2のミトコンドリア分裂過程における細胞内局在。既知のミトコンドリア分裂タンパク質であるMda1とDnm1も同様に示す。(B)ミトコンドリア分裂阻害剤によって分裂が停止した細胞におけるMDR2、Mda1、Dnm1の局在。スケールバーは全て2 μm。

今後の展望
本研究は、リボソームによって翻訳中のmRNAのみを分析することにより、細胞分裂増殖時に特異的に翻訳される未知の遺伝子群の同定に成功しました。これらの遺伝子群のさらなる解析により、真核生物に普遍的な細胞とオルガネラ増殖メカニズムの理解に貢献することが期待されます。細胞が増えるという生物の基本原理の理解は、単純な真核生物のみならず、ヒトや植物を含めた全ての生物の基本的な性質です。このため本研究成果は、基礎生物学だけでなく医学や農学などさまざまな方面の研究の発展に貢献すると予想されます。

〇関連情報

「ゲノム編集と4種オルガネラの蛍光可視化を同時に実現」(2021/11/11)

「ミトコンドリアへ運ぶタンパク質を見極める」(2024/7/24)
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/10424/

東京大学医科学研究所

論文情報
雑誌名
Proceedings of the Japan Academy Series B論文タイトル
Genome-wide changes of protein translation levels for cell and organelle proliferation in a simple unicellular alga

著者
Yuko Mogi#, Yoshitaka Matsuo#, Yuiki Kondo, Tetsuya Higashiyama, Toshifumi Inada and Yamato Yoshida*
(#共同筆頭著者、*責任著者)

DOI番号
10.2183/pjab.101.002

研究助成

本研究は、JSTさきがけ「オルガネラ分裂リングの分子動作機序の解明」(課題番号:JPMJPR20EE,研究代表者:吉田大和)、「リボソームの交通渋滞を解消するしくみと生理的意義の解明」(課題番号:JPMJPR21EE,研究代表者:松尾芳隆)、Human Frontier Science Program Career Development Award「Decoding the molecular mechanisms and kinetics of the plastid- and mitochondrial-division machinery」(課題番号:CDA00049/2018-C,研究代表者:吉田大和)、科学研究費助成事業「リアルタイム蛍光観察を基盤としたオルガネラ分裂リングの収縮機構の解析」(課題番号:22H02653,研究代表者:吉田大和)、公益財団法人発酵研究所大型研究助成「ゲノムワイド・セントラルドグマ解析を基盤としたオルガネラ・細胞分裂増殖機構の新パラダイム構築と分子機序の解明」(課題番号:L-2020-2-008,研究代表者:吉田大和)の一環として行われました。

用語解説

注1  リボソーム
リボソームは、すべての生物の細胞内に存在する微小な構造で、生命活動に必要なタンパク質を合成する役割を担っています。細胞内の「タンパク質工場」とも呼ばれるリボソームは、DNAに記録された遺伝情報をもとに、アミノ酸をつなぎ合わせてタンパク質を作り出します。このプロセスは「翻訳」と呼ばれ、生物の成長や修復、代謝などに欠かせない基盤的な機能を果たしています。リボソームは細胞質に浮遊している場合と、細胞内の膜構造(粗面小胞体など)に付着している場合があり、真核生物や原核生物を問わず広く存在しています。その重要性から、リボソームの構造や機能に関する研究は、病気の治療法開発や新しい医薬品の創出においても注目されています。

注2  リボソーム・プロファイリング
リボソーム・プロファイリングは、細胞内でどの遺伝子が実際にタンパク質へと翻訳されているのかを明らかにする最先端の技術です。この手法では、リボソームが結合しているメッセンジャーRNA(mRNA)を解析することで、タンパク質の合成がどの程度行われているか、またどのようなタイミングで作られているかを精密に測定することができます。この技術は、生命活動の根幹である「翻訳」の詳細な状況を調べるために開発されました。従来の遺伝子解析が主にDNAやRNAの量的な情報に注目していたのに対し、リボソーム・プロファイリングはタンパク質生成という機能的な段階を直接的に捉えることが可能です。
この方法は、基礎生物学における研究だけでなく、病気のメカニズム解明や薬剤効果の評価、さらに細胞の状態変化を解析するために幅広く活用されています。たとえば、がん細胞で異常に活性化している翻訳プロセスの特定や、神経疾患でのタンパク質合成の不具合を解明する研究などにも応用されています。

注3  単細胞真核生物
単細胞真核生物は、その名の通り、1つの細胞だけで構成される真核生物です。真核生物は、細胞内に「細胞核」と呼ばれる構造を持ち、この核にゲノムDNAが格納されています。また、細胞内には「オルガネラ」と呼ばれる膜で囲まれた小器官があり、それぞれ特定の機能を担っています。特にミトコンドリアと葉緑体は、かつて自由生活をしていたバクテリアが真核生物の祖先となる細胞に共生関係として取り込まれ、進化の過程で形成されたと考えられています。この進化的過程の解明は生物学における重要な課題の1つです。
単細胞真核生物は、一見すると単純な生物のように思われがちですが、実際には1つの細胞で生きるために必要なすべての機能を備えた複雑な細胞でもあります。

注4  リボソームフットプリント
リボソームフットプリントは、細胞内でリボソームが結合しているmRNAの特定の領域を指します。リボソームがmRNAを読み取りながらタンパク質を合成する際に、リボソームが覆う範囲が一時的に保護され、他の酵素から分解されにくくなります。この特徴を利用して、リボソームが覆っていた部分を“足跡(フットプリント)”部分のRNA断片を回収し、配列を分析することによって、どのmRNAが翻訳されているか、またどの部分がリボソームに結合しているかを正確に分析することができます。

注5  シゾン
温泉のような酸性の高温環境に生息する単細胞紅藻Cyanidioschyzon merolaeの略称。シゾンは単純な細胞構造に加えてゲノム構造もシンプルであり、細胞核ゲノムにコードされている遺伝子は僅かに4755遺伝子しかありません。現在では“シゾン・カッター法”などのゲノム編集をはじめとするさまざまな遺伝子改変技術も確立しており、真核生物の基本原理を解析するモデル生物となっています。

注6  ゲノムワイド・トランスラトーム解析
ゲノムワイド・トランスラトーム解析は、生物の全ゲノムにわたる遺伝子発現を翻訳(タンパク質合成)の観点から網羅的に解析する手法です。この解析では、細胞や組織内のリボソームに結合しているmRNAを特定し、その配列を解析することで、どの遺伝子がどの程度タンパク質として実際に合成されているかを明らかにします。リボソームプロファイリング技術により、mRNAがどの程度翻訳されているか、さらには翻訳開始点や翻訳停止点など、翻訳が起こる位置まで詳細に調べることができます。また、この手法により、遺伝子の翻訳効率(mRNAがどの程度タンパク質に変換されているか)の解析も可能です。
従来のトランスクリプトーム解析(RNA-Seq)はmRNAの総量を測定するものの、それが実際に翻訳されているかはわかりません。一方、トランスラトーム解析は翻訳されているmRNAに焦点を当てるため、タンパク質合成に直結した詳細な情報を提供します。

生物化学工学
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