2018/12/03 福井大学,科学技術振興機構
ポイント
- ADHD(注意欠如・多動症)児の脳構造の解析において人工知能(機械学習)を導入し、ADHD児には特定の脳部位に特徴があることを高い精度(約80%)で明らかにした。
- これらの脳部位のうち「眼窩前頭皮質」では、ADHDの要因の1つ、実行機能に影響しているCOMT遺伝子の多型と脳構造との関連も確認できた。
- 本成果を基に、国際的なデータベースで検証した結果、米国・中国のADHD児でも73%の精度で確認され、将来、国際的な診断指標として応用できる可能性が示唆された。
本研究の一部は、科学技術振興機構(JST) RISTEX「養育者支援によって子どもの虐待を低減するシステムの構築」プロジェクト、科学研究費補助金若手研究、基盤研究(B)、挑戦的萌芽研究、武田科学振興財団からの支援を受けて行われました。
<研究の背景と経緯>
ADHDは神経発達症(発達障がい)の1つで、不注意(気が散りやすい、忘れ物が多い、不注意な間違いが多い)や多動性-衝動性(落ち着きがない、我慢するのが苦手)が特徴です。国内での有病率は3~7%程度(30人クラスに1~2人)とされています。発症の要因としては、遺伝的な要因と脳発達要因が知られていますが、その仕組みと関係性についてはまだ明確な答えはないのが実情です。
近年、世界中で種々の神経発達症に対し人工知能(AI)技術を用いた新たな診断法、治療法の開発を目指す研究プロジェクトが始まっています。
これまで、研究代表者の友田教授らのグループはADHD発症を巡る遺伝的要因と脳発達要因をMRI(磁気共鳴画像法)による脳構造・ネットワークの把握によって解明してきました(Neuroimage Clinical 2015, Scientific Reports 2017)。
本研究では、精度の高い人工知能技法の1つである機械学習を利用することで、MRIによる脳画像データによる診断やADHD児の遺伝的要因との関連を解明することが可能だと考えました。
<研究の内容>
福井大学 子どものこころの発達研究センターの友田 明美 教授とジョン ミンヨン 特命教授らは、米国の精神疾患の診断・統計マニュアル第5版(DSM-5注1))に基づいて診断された7~15歳のADHDの児童39人と、年齢、IQ(知能指数)がマッチした定型発達児34人(いずれも男児)を対象にMRIで脳を撮像し、全148の脳領域ごとに脳皮質の厚みと面積のデータを取って、「サポート・ベクター・マシン」という機械学習の技法で解析しました。
その結果、148領域のうち眼窩前頭皮質外側など16領域の皮質の厚み、11領域の皮質の面積にADHDの特徴が現れることが判明しました(参考図)。各領域の厚み、面積の値の個々にADHDかどうかの境界値が明確にあるわけではないものの、この成果により16領域、11領域の値の全体像から74~79%の精度で識別できることを確認しました。
さらに、本成果とADHD発症に関連があることが分かっているCOMT遺伝子注2)の多型について検討したところ、眼窩前頭皮質外側など2領域で多型のうち、あるタイプではこの領域の皮質の厚み、面積と、ADHDの症状の1つである「作業記憶の苦手さ」とに有意な関係があることが分かりました。
これらの成果が国際的にも応用できる可能性を検討するため、国際大規模データベースからADHD児83人と、年齢、IQがマッチした定型発達児115人の脳画像データを参照し、同じ解析を実施したところ、73%の精度で両者が識別されることが確認できました。この結果から、将来、国際的な診断指標として応用できる可能性が示唆されました。
本研究成果は、2018年12月3日(英国時間)に英国科学雑誌「Cerebral Cortex」に掲載されます。
<今後の展開>
本研究の検査手法は、測定時間が5分以内と短く、検査中に特定の課題遂行が不要で、被験者への負担が少ないという特徴があります。今回の研究では、女児より有病率が高いことから男児を対象としましたが、今後は女児、幼児から成人までの幅広い年齢層、知的障害を有する方など対象を拡大していきます。ADHDは現在、専門的な医師による面接や症状のチェックリストで診断が行われていますが、この研究では「MRIの撮影をすることで脳科学的にADHDの診断ができる」ところまでの応用性を検討することを目標としています。
<用語解説>
- 注1)DSM-5
- 精神疾患の診断の国際標準の1つとして世界的に普及しているマニュアル。米国精神医学会が精神疾患の分類のための共通用語と標準的な基準を提示するため編集・出版している。第5版は2013年に発表された最新版。
- 注2)COMT(catechol-O-methyltransferase)遺伝子
- COMTはドパミン、ノルエピネフリンなど「カテコラミン」と呼ばれる脳内の神経伝達物質を分解する酵素の1つで、友田教授らはこれまでにこの遺伝子の多型が、右小脳の一部と左背外側前頭前野の機能的結合の弱さと関連しており、ADHD症状の1つである実行機能の低下に影響している可能性を明らかにした。
<参考図>
<論文情報>
タイトル:“The effects of COMT polymorphism on cortical thickness and surface area abnormalities in children with ADHD”
(人工知能(機械学習)によるADHDの遺伝要因と脳構造との関連を解明)
著者名:Minyoung Jung, Yoshifumi Mizuno, Takashi X. Fujisawa, Shinichiro Takiguchi, Jian Kong, Hirotaka Kosaka, Akemi Tomoda.
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
友田 明美(トモダ アケミ)
福井大学 子どものこころの発達研究センター 発達支援研究部門 教授
ジョン ミンヨン
福井大学 子どものこころの発達研究センター 発達支援研究部門 特命助教
<JST事業に関すること>
加藤 豪(カトウ ゴウ)
科学技術振興機構 社会技術研究開発センター 企画運営室
<報道担当>
高田 史朗(タカタ シロウ)、山岸 理恵(ヤマギシ リエ)
福井大学 総合戦略部門 広報室
科学技術振興機構 広報課