DNA関連遺伝子のウイルス起源に新たな証拠
2019-02-08 京都大学
緒方博之 化学研究所教授、吉川元貴 理学研究科博士課程学生、武村政春 東京理科大学教授、村田和義 生理学研究所准教授、望月智弘 東京工業大学研究員らの研究グループは、アメーバに感染する新規巨大ウイルスを発見しました。
メドゥーサウイルスと名づけられたこの巨大ウイルスは、全セットのヒストン遺伝子をゲノム内に保持しており、特異な粒子形態とゲノム組成から新たな「科」に属することが明らかになりました。ヒストンは真核生物がDNAを折り畳んで核内に収納するために必須な5種類のタンパク質です。その一部を持つウイルスはこれまでにも知られていましたが、ヒストン遺伝子全セットを保持するウイルスはメドゥーサウイルスが初めてです。
真核生物のDNA関連遺伝子がウイルスに由来するという仮説が提唱されていますが、本研究成果はそうした仮説を支持する結果と考えられます。今後、ウイルスヒストンの役割などメドゥーサウイルスの感染過程を分子レベルで解明することにより、巨大ウイルスと真核生物の太古以来の共進化誌が紐解かれるのではないかと期待されます。
本研究成果は、2019年2月6日に、国際学術誌「Journal of Virology」のオンライン版に掲載されました。
図:(左)メドゥーサウイルスの粒子構造。(右)ヒストン遺伝子やDNA複製酵素の系統樹の模式図。
詳しい研究内容について
―DNA 関連遺伝子のウイルス起源に新たな証拠―概要
京都大学化学研究所 緒方博之 教授、京都大学大学院理学研究科 吉川元貴 博士課程学生、東京理科大学 武 村政春 教授、生理学研究所 村田和義 准教授、東京工業大学 地球生命研究所(ELSI) 望月智弘 研究員らの共 同研究チームが、アメーバに感染する新規巨大ウイルスを発見しました。メドゥーサウイルスと名づけられた この巨大ウイルスは、全セットのヒストン遺伝子をゲノム内に保持しており、特異な粒子形態とゲノム組成か ら新たな「科」に属することが明らかになりました。ヒストンは真核生物が DNA を折り畳んで核内に収納す るために必須な 5 種類のタンパク質で、その一部を持つウイルスはこれまでに知られていました。しかし、ヒ ストン遺伝子全セットを保持するウイルスはメドゥーサウイルスが初めてです。真核生物の DNA 関連遺伝子 がウイルスに由来するという仮説が提唱されていますが、本研究成果はそうした仮説を支持する結果と考えら れます。今後、ウイルスヒストンの役割などメドゥーサウイルスの感染過程を分子レベルで解明することによ り、巨大ウイルスと真核生物の太古以来の共進化誌が紐解かれるのではないかと期待されます。本研究成果は、2019 年 2 月 6 日に米国の国際学術誌「Journal of Virology」にオンライン掲載されました。
図:左はメドゥーサウイルスの粒子構造。右はヒストン遺伝子や DNA 複製酵素の系統樹の模式図。真核生物の 系統樹の根本からウイルスの遺伝子の系統が派生している。DNA 複製酵素(真核生物の DNA ポリメラーゼδ) 遺伝子やヒストン遺伝子は、遺伝子水平移動によってウイルスから真核生物にもたらされたのかもしれない。1.背景
今世紀初頭、生物学の常識を覆すウイルスが発見されました。ミミウイルスと呼ばれるそのウイルスは、単 細胞真核生物 (原生生物)であるアメーバを宿主として増殖します。粒子サイズとゲノム長で数多くの単細胞 生物を凌ぐ大きさと複雑さを誇るミミウイルスの発見は、「ウイルスは小さくて単純なものだ」という生物学 者の固定観念を覆し、大きなインパクトを与えました。ミミウイルスの発見を端緒に、世界中の研究者が巨大 ウイルスハンティングを開始し、パンドラウイルス、ピソウイルス、マルセイユウイルスなど様々な巨大ウイ ルスの発見が相次ぎ、日本では東京理科大学武村政春教授らのグループにより、トーキョーウイルス (マルセ イユウイルスの仲間)やミミウイルス・シラコマエ(ミミウイルスの仲間)などの発見がなされました。
こうした巨大ウイルスは調べれば調べるほど、その生き生きとした多様で複雑な 「生き様」が伺え、その結 果、「ウイルスは生命なのか?」といった根本的疑問が沸き上がると同時に[1]、ウイルスは細胞から進化した のではないか[2]、ウイルスが DNA を発明したのではないか[3]、細胞核はウイルス由来ではないか[4]という 挑戦的かつ挑発的な仮説が提唱されました。
今回、共同研究チームは、北海道にある温泉地域の湯溜まりとその水底の泥土サンプルから、アメーバを宿 主として新しい巨大ウイルスを分離し、その感染過程、粒子構造、ゲノム組成の詳細を調査しました。その結 果、この巨大ウイルスが、これまでに知られていた巨大ウイルスと多くの点で異なることが明らかになりまし た。2.研究手法・成果
新規巨大ウイルスはアメーバを宿主として 増殖しますが、感染過程で一部のアメーバ細 胞が厚い膜を被り休眠状態に入る(シスト化 する)ことが明らかになりました。これが、 見たものを石に変える能力を持つギリシア神 話の怪物「メドゥーサ」をイメージさせるこ とから、この新規巨大ウイルスをメドゥーサ ウイルスと名づけました。
メドゥーサウイルスは、粒子径が 260 ナノ メートル、ゲノム長が 38 万塩基対とこれまで に記録されている巨大ウイルスの中では小型 の巨大ウイルスでした。しかし、クライオ電 顕単粒子解析により、先端が球状のスパイク でウイルス粒子表面が覆われているなど、独 特の粒子形態が浮き彫りになりました。ゲノ ムの遺伝子組成にも特徴があり、ゲノム内の 461 個のタンパク質遺伝子のうちなんと 61% (279 個)が、データベースに類似した 遺伝子がない新規遺伝子であることが判明 しました。また、感染過程の観察から、ウイ ルスゲノムの複製がアメーバの細胞核内で完了していることも伺え、これまでに報告されてきた巨大ウイルス とは様相を異にしていました。こうした結果と遺伝子解析 (分子系統解析)の結果を総合し、共同研究チーム は、メドゥーサウイルスが新しい「科(family)」つまり「メドゥーサウイルス科」に属するウイルスだと結論 しました。「科」はウイルスの分類体系において事実上最上位 の分類群です。
メドゥーサウイルス粒子のクライオ電子顕微鏡による単粒子解析。
(a)クライオ電子顕微鏡で見たメドゥーサウイルス粒子。(b)3D 構築 した粒子の断面図。赤矢印は核を覆う脂質二重膜がカプシドと結合 している部分を表す。(c)図 b の黄色い四角部分の拡大図。(d)単粒 子解析による 3D 構築した粒子像。白矢印は粒子の大きさ (T=277) を算出するための k 値、h 値。(e)図 d の黒い四角部分を切り出した 拡大図。
メドゥーサウイルスのゲノムで最も際立った特徴は、ヒスト ン遺伝子を全セット(ヒストン H1, H2A, H2B, H3, H4 の 5 種 類)保持していたことです。これまでにマルセイユウイルスや パンドラウイルスがヒストン遺伝子の一部を保持しているこ とは知られていましたが、ヒストン遺伝子全セットを保持する ウイルスはメドゥーサウイルスが初めてです。ウイルス粒子か らもウイルス由来のヒストンタンパク質が検出されました。分 子系統解析の結果はさらに興味深いものでした。これらのヒス トン遺伝子はその進化の枝が、真核生物の系統樹の根っこの部 分から派生しており、その起源が真核生物の共通祖先よりも古 いことが明らかになりました。つまり、ウイルスのヒストン遺 伝子は、真核生物の特定の系統から獲得されたものではないの です。このことは、真核生物の先祖がヒストン遺伝子を古代の ウイルスから獲得した可能性を示唆しています。同様の進化 シナリオがメドゥーサウイルスの DNA 複製酵素遺伝子の解 析からも浮き彫りになりました。
さらに、アメーバとメドゥーサウイルスのゲノム比較から、 進化の過程で数多くの遺伝子の受け渡し (遺伝子水平移動)が両者の間で起こっていたことも明らかになりま した。遺伝子の受け渡しの方向は、アメーバからウイルス、ウイルスからアメーバへの両方向の事例がありま した。アメーバがウイルスから受け取った遺伝子の中にはウイルスの殻を作るためカプシドタンパク質遺伝子 もありました。メドゥーサウイルスは、宿主と遺伝子をやり取りするのが得意なのかもしれません。
ヒストン遺伝子の系統樹。赤 メドゥーサウイル ス、青 その他のウイルス、黒 ヒトを含む真核 生物と古細菌。
3.波及効果、今後の予定
今後、研究チームは電子顕微鏡観察、トランスクリプトーム解析、プロテオーム解析、ウイルスタンパク質 の生化学的解析などを利用し、ウイルスヒストンの役割など、メドゥーサウイルスの感染過程を分子レベルで 解明することを目指しています。その結果、巨大ウイルスと真核生物の太古以来の共進化誌をさらに紐解くこ とができるのではないかと期待しています。
4.研究プロジェクトについて
本研究は科研費 (新学術領域提案型 「ネオウイルス学」、基盤研究 B)、生理研共同研究、京都大学化学研究 所共同利用・共同研究の支援を受けて行われました。
<研究者のコメント>
ウイルスは生命の進化や発展に重要な役割を果たしてきたと考えられています。今回、メドゥーサウイルスの 発見により、巨大ウイルスが太古の真核生物の進化に関わってきた痕跡を新たに見出すことができました。も ヒストン遺伝子の系統樹。赤 メドゥーサウイル ス、青 その他のウイルス、黒 ヒトを含む真核 生物と古細菌。 し仮に、ウイルスが真核生物誕生の歴史に影響を与えたのであれば、大変興味深いことです。今後さらに研究 を進めて、ウイルスと生命の起源について理解を深めていきたいと思います。(吉川元貴)
本研究は、ウイルスハンティング、分子生物学、構造生物学、バイオインフォマティクスの専門家が協力して 成し遂げた成果です。異分野の研究者が協力することにより、新 「科」に属するメドゥーサウイルスを一早く 特徴づけることができました。今後も、ウイルスの魅力的な世界を冒険していきたいと考えています (緒方博 之)。
<論文タイトルと著者>
タイトル: Medusavirus, a novel large DNA virus discovered from hot spring water(メドューサウイルス― 温水から発見された新規大型 DNA ウイルス)
著 者 :Genki Yoshikawa, Romain Blanc-Mathieu, Chihong Song, Yoko Kayama, Tomohiro Mochizuki, Kazuyoshi Murata, Hiroyuki Ogata, Masaharu Takemura
掲 載 誌: Journal of Virology DOI https://doi.org/10.1128/JVI.02130-18.
<引用文献>
[1] Claverie J.-M., Ogata H. Ten good reasons not to exclude giruses from the evolutionary picture. Nat. Rev. Microbiol., 7, 615 (2009). doi: 10.1038/nrmicro2108-c3.
[2] Claverie JM. Viruses take center stage in cellular evolution. Genome Biol. 7, 110 (2006). https://doi.org/10.1186/gb-2006-7-6-110
[3] Forterre P. Three RNA cells for ribosomal lineages and three DNA viruses to replicate their genomes: a hypothesis for the origin of cellular domain. Proc Natl Acad Sci U S A. 103, 3669-3674 (2006). ttps://doi.org/10.1073/pnas.0510333103
[4] Takemura M. Poxviruses and the origin of the eukaryotic nucleus. J Mol Evol. 52, 419-25 (2001). https://doi.org/10.1007/s002390010171