腎臓の機能の推定と腎臓病の診断に有用な D-アミノ酸を発見

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2019-03-26 医薬基盤・健康・栄養研究所

➢ 本研究成果のポイント
✓ 日本人の約 1 千万人、世界の 8.5 億人が罹患している慢性腎臓病の早期診断に D-アミノ酸※ 1 の一つである D-セリンが有用であることを発見しました。
✓ 血中 D-セリンによって腎機能を推定できることが判明しました。
✓ 血液と尿の D-セリンを同時に測定すると、慢性腎臓病の診断に有効でした。
✓ 腎臓病の早期診断によって医療の最適化が行われ、人工透析導入の抑制などに期待されます。

➢ 概要
医薬基盤・健康・栄養研究所 木村友則 KAGAMI プロジェクト プロジェクトリーダー、兼、難治性疾患研究開発・支援センター センター長は、大阪大学腎臓内科 猪阪善隆教授、部坂篤医師、株式会社資生堂らとの共同研究により、これまで効果的な診断方法が十分でなかった慢性腎臓病の早期診断に、体中に微量しか存在しない D-アミノ酸である D-セリンが有効であることを発見しました。
本研究で特定した D-セリンを測定することで、腎臓病を早期に診断することで医療を最適化でき、人工透析導入患者数の抑制や、腎臓病の精密医療(プレシジョンメディスン) ※2、新規治療法開発、病気のメカニズム解明などに期待がされます。また、腎臓病を併発しやすい糖尿病や高血圧を始めとした生活習慣病、心不全や心筋梗塞などの循環器疾患などの予後の改善も期待されます。
本研究成果は、英国時間 3 月 25 日に英国科学雑誌「Scientific Reports(サイエンティフィックリポーツ)」オンライン版で公開されました。

 研究の背景

慢性腎臓病は世界的な問題であり、日本においては人口の 1 割、世界では 8.5 億人が慢性腎臓病であると推定されています。腎臓病が進行すると心不全、心筋梗塞を代表とする循環器疾患など致死的疾患の合併症のリスクが上昇し、合併症の治療も必要となります。また、最終的に血液、腹膜透析療法や腎臓移植が必要になりますが、日本の現状として毎年 3 万人以上の慢性腎臓病患者に透析療法が導入され、30 万人を超える透析患者がいます(図1)。

図1.増加を続ける人工透析患者数は社会、医療、 経済上の大きな問題となっている。

透析療法は患者の生活の質を大きく落とすものであり、また医療費を切迫する問題でもあります。そのため、慢性腎臓病を早期に発見し、適切に治療することが極めて重要な課題でありますが、現在のところ、慢性腎臓病の早期診断には十分に良い方法はありません。腎臓の機能としては糸球体ろ過量※3 が通常は使用されていますが、これを正確に測定するには多くの労力が必要なため、敬遠され実際の臨床ではほとんど測定されていません。その代替として、血中のクレアチニン値などが腎機能推定に利用されていますが、クレアチニンは筋肉量などの影響を受けるため不正確になりますし、また、クレアチニンを用いた糸球体ろ過量の推定自体も正確性に問題が残っていました。
一方で、アミノ酸には L 体と D 体のキラルアミノ酸(鏡像異性体※4 のアミノ酸、図2)が存在します。体内にはL体しか存在しないと長い間考えられていましたが、我々は体内にごく少量の D-アミノ酸が存在し、腎臓病の予後と関連することを発見してきました。しかし、より早期に腎臓病を見つけることが依然として課題として残っていました。そこで、D-アミノ酸と腎臓病の深い関係に着目し、D-アミノ酸によって腎臓病をより早期に発見できないか検討しました。


図 2.キラルアミノ酸。アミノ酸には鏡像異 性体(L 体と D 体)が存在するが、性質は 異なる。生体には L-アミノ酸しかないと長 らく考えられていた。

 研究の成果

研究グループは、慢性腎臓病患者と健康な人の血中と尿中の D-アミノ酸を、世界で最も正確に、かつ感度よく、D-アミノ酸を測定できるシステムである 2 次元 HPLC システム※5 を利用して検討しました。その結果、D-セリンが腎臓の機能(糸球体ろ過量)自体と強く相関し、これが従来の腎臓病のマーカーと同等以上であることが判明しました(図3A)。一方、尿の D-セリンは糸球体ろ過量以外の腎機能を反映していましたが、血液と尿のD-セリンを組み合わせることで腎臓病の診断率が良くなりました(図3B)。

図3.D-セリンによる腎臓病の評価。(A)Dセリンは腎機能とよく相関する。(B)血中、尿中の D-セリンの組み合わせは腎臓病の診断に有用である。対照群が取りうる範囲(点線の楕円)の外側に腎臓病患者が位置する。

本研究は、これまで十分に推定することができなかった糸球体ろ過量を推定するのに有用な方法を生み出しました。これは、腎臓病の早期診断に有用であり、また、診療において重要な情報をもたらします。さらには、これまで評価していた糸球体ろ過量という腎機能以外の情報を尿中 Dセリンは持っており、腎臓病を見つけるのに別の視点から役に立つことも示しています。
腎臓病の治療には早期発見が非常に重要であり、本研究成果は早期診断に非常に有用となります。また腎臓病は、糖尿病や高血圧をはじめとする生活習慣病、心不全や心筋梗塞などの循環器疾患などの患者に多く合併しますが、腎臓病を発症すると予後が悪くなります。これらの疾患領域においても D-セリンを用いると腎臓病合併を早期に診断することができ、予後を改善させる可能性が高いです。

 研究の意義(社会に与える影響)

慢性腎臓病と透析療法は世界的に社会、医療、経済上の大きな問題となっています。本技術を応用することにより慢性腎臓病を早期発見し、早期に治療することで進展を抑制できれば、透析患者数を減少させ、さらに早期治療に集中するという、医療の最適化を達成することが期待できます。さらには、D-セリンを用いて患者に合わせた精密医療(プレシジョンメディスン)を提供すること、新規治療薬の開発、腎臓病の新たなメカニズムに迫ることも可能です。

 特記事項

本研究成果は、英国時間 3 月 25 日(月)に、英国科学雑誌「Scientific Reports(サイエンティフィック リポーツ)」オンライン版に掲載されました。
論文タイトル: D-Serine reflects kidney function and diseases.
著者: Hesaka A, Sakai S, Hamase K, Ikeda T, Matsui R, Mita M, Horio M, Isaka Y, Kimura T.
掲載雑誌情報: Sci Reports 9: 5104, 2019.

 問い合わせ先

医薬基盤・健康・栄養研究所 KAGAMI プロジェクト
木村友則

 用語解説

※1 D-アミノ酸
アミノ酸はタンパク質の構成要素であり、ほとんどのアミノ酸にはキラル体(鏡像異性体)である Lアミノ酸、D-アミノ酸が存在する。しかし、自然界に存在するアミノ酸は、ほとんどが L-アミノ酸のみである。最近の技術の進歩により、自然界にも D-アミノ酸がごく微量存在し、様々な生理活性を持つことが分かってきた。今回注目している D-セリンと D-アスパラギンは各々、L-セリンと L-アスパラギンのキラル体である。

※2 精密医療(プレシジョンメディスン)
患者の個人差に合わせて最適な医療を提供すること。多くは遺伝子診断による情報に基づいて行われることを指していたが、体内の代謝物はその時々の体内の状態を反映していることから、正確な代謝物測定は、さらに高度な精密医療(プレシジョンメディスン) を提供する可能性がある。

※3 糸球体ろ過量(GFR, glomerular filtration ratio)
腎臓の中にある糸球体がどれくらいの老廃物をろ過することができるかを示す値。腎臓は糸球体で老廃物をろ過して尿に捨てることで体内環境を維持しているが、腎臓病では糸球体が機能しなくなり、体内に老廃物が残ってしまう。

※4 キラル体(鏡像異性体)
3 次元の物体などが、その鏡像と重ね合わすことが出来ない性質を持つ物質。つまり、鏡に映った際に、違うものとして見える物質のこと。例えば、L-アミノ酸は、鏡に映すと別の物質である D-アミノ酸として見えるが、L-アミノ酸、D-アミノ酸は、お互いがキラル体である。

※5 2 次元 HPLC システム
2つの種類の高速液体クロマトグラフィ-(high performance liquid chromatography, HPLC)をつなぎ合わせたシステム。一つの HPLC システムや質量分析器では十分に分けて検出することのできなかった生体のキラルアミノ酸を、絶対定量値で測定することができるシステムである。

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