シナプスで放出されるBMP4の新しい役割を解明
2018-01-24 東京大学,科学技術振興機構(JST)
- 神経発生の過程で重要な役割を持つBMP4(骨形成因子4)が海馬や大脳皮質のシナプス除去を直接制御することを見いだしました。
- シナプスの形成を促進する分子はすでに多く知られていますが、シナプス除去を直接制御する分子は知られていませんでした。
- 脳の発達過程での適切なシナプス除去は精神疾患や発達障害の病態とも関連しており、これらの疾患の予防・診断に将来的には貢献すると考えられます。
東京大学 医学系研究科の岡部教授らの研究グループは、これまで注目されてこなかった、シナプスの破壊に直接的に関わる分子に着目し、初期神経発生の過程で重要な役割を持つ分子であるBMP4(骨形成因子4)注1)が記憶や高次認知機能に重要な海馬や大脳皮質のシナプスを除去することを示しました。BMP4は軸索末端に存在するシナプス前部注2)から放出されますが、その受け手は通常の神経伝達物質の場合のように樹状突起ではなく、同じ軸索末端側でした。更に放出されたBMP4は細胞表面に留まってシナプスの近くに長く存在し、局所的に働くことがわかりました。このようなBMP4の性質は通常の神経伝達物質のふるまいとは大きく異なり、新しい神経回路の制御機構であると考えられます。今回新しく発見されたシナプスを積極的に壊すメカニズムは、精神疾患・発達障害の患者に認められる脳神経回路の障害の理解、さらにはこれら疾患の診断・治療にも結び付くことが期待されます。
本研究成果は、2018年1月23日(米国東部時間)に科学誌「Cell Reports」のオンライン版で公開されます。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST)「生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出(研究総括:山本 雅)」の一環として、および文部科学省科学研究費補助金の助成を受けて行われました。
<発表の背景>
脳神経回路が形成・成熟して脳の機能が発揮される過程では、神経細胞がつながるための構造であるシナプスは、ただ一方的に作られるだけではなく、不要なものを壊していく必要があります。シナプス形成と除去のバランスが制御されることで、脳の機能が獲得され、その後の学習・記憶などの機能が正常に営まれるようになります。シナプスを形成するために必要な分子とその作用機構については複数の候補が報告されていますが、シナプスを壊すことに直接的に関わる分子についてはほとんど研究が進められていませんでした。
<研究の内容>
これまで注目されてこなかった、シナプスの破壊に直接的に関わる分子に着目し、多くの分子候補の中から、BMP4が海馬や大脳皮質のシナプスを除去することを示しました。BMP4を過剰に発現させた神経細胞ではその軸索に形成されるシナプス前部の構造が減少し、逆にBMP4遺伝子を特定の細胞でノックアウトした場合にはその細胞の軸索上のシナプス前部は増加しました。蛍光イメージングの手法を用いた実験により、BMP4は軸索に沿って活発に輸送され、シナプス前部の近くに集積して、神経活動をきっかけとして軸索末端から放出されることがわかりました。興味深いことに、放出されたBMP4は、通常の神経伝達物質の場合のように樹状突起側に作用するのではなく、同じ軸索末端側の細胞膜上に存在するBMP受容体に働きかけることがわかりました。さらに放出されたBMP4はBMP受容体に結合した後、細胞表面に留まってシナプスの近くに長く存在し、そのシナプスだけを選択的に壊すことがわかりました。さらに個体レベルでBMP4遺伝子を特定の大脳皮質の神経細胞でのみノックアウトして、その軸索に形成されるシナプスの形成・消失を二光子励起顕微鏡注3)によって可視化したところ、生きた動物の脳の中でもBMP4を欠いた神経細胞はシナプス除去が抑制され、軸索上のシナプスの密度が上昇することがわかりました。一方で過剰に形成されてしまったシナプスはその後に構造が不安定になってしまうことから、BMP4は発達期につくられるシナプスの数を適正な範囲に調節して、結果として脳神経回路の安定性を作り出しているのだと考えられます。このようにBMP4は軸索内を運ばれ、神経活動依存的に放出され、細胞外で軸索側の受容体に捕らえられてシナプスの近くに留まり持続的に作用することで、シナプス前部の構造を除去し、軸索上でのシナプスの密度を適正な範囲に制御していると考えられます(図)。このような軸索からのBMP4の分泌とその後の振る舞いは、通常の神経伝達物質の作用メカニズムとは大きく異なり、新しい神経回路の制御機構であると言うことができます。
<今後の展開>
脳の発達過程で適切なシナプスの除去(刈り込み)が起こらない場合、脳の病気(精神疾患や自閉スペクトラム症などの発達障害)が発達に伴い引き起こされる可能性があると考えられています。今回新しく発見されたシナプスを積極的に壊すメカニズムは、精神疾患、発達障害の患者に認められる脳神経回路の障害を理解することに役立ち、長期的には疾患の診断・治療にも結び付くことが期待されます。
<参考図>
図
BMP4は軸索内から活動依存的に放出され、細胞外で軸索側の受容体にトラップされてシナプスの近くに留まり、シナプス前部の構造を除去する。
<用語解説>
- 注1)BMP4(骨形成因子4)
- 骨・軟骨の分化誘導因子として発見された分泌蛋白質群である骨形成因子の一種。これまでの研究でBMP4は発生初期に神経組織の分化に重要な役割を果たすことが知られていたが、発達過程の神経経路における役割はほとんど知られていなかった。
- 注2)シナプス前部
- シナプスは2つの神経細胞の接着部位であり、軸索の末端と樹状突起が接着する。軸索の端からは神経伝達物質が放出され、情報の送り手となるため、この構造をシナプス前部と呼ぶ。接着の相手側の樹状突起はシナプス後部と呼ばれる。
- 注3)二光子励起顕微鏡
- フェムト秒近赤外パルス光を用いて蛍光分子を励起し、そのシグナルから画像を取得する顕微鏡。組織深部での蛍光分子の励起が可能であり、生きた動物の脳内のイメージングを行うことができる。
<論文タイトル>
“Synapse elimination triggered by BMP4 exocytosis and presynaptic BMP receptor activation”
doi: 10.1016/j.celrep.2017.12.101
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
岡部 繁男(オカベ シゲオ)
東京大学 大学院医学系研究科 分子細胞生物学専攻 神経細胞生物学分野 教授
<JST事業に関すること>
川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ
<報道担当>
東京大学 医学部総務係
科学技術振興機構 広報課