無機-有機 三次元ナノ構造体の新設計法を開発

ad

化学品合成やセンサー、電池材料への応用が可能に

2019-04-24 東京大学,科学技術振興機構

ポイント
  • モリブデン酸化物クラスターは重要な触媒材料でありながら、その安定性に課題がありました。
  • モリブデン酸化物クラスターが材料設計に利用できるようになり、世界で初めてモリブデン酸化物クラスターと有機分子を用いた「三次元ナノ構造体」の設計法を開発しました。
  • 「三次元ナノ構造体」を利用した化学反応の能動的制御により、高付加価値な化学品の効率的合成やセンサー、電池材料などへの応用が可能になります。

東京大学 大学院工学系研究科の鈴木 康介 講師、山口 和也 教授らの研究グループは、モリブデン酸化物クラスター注1)と有機分子を用いた「三次元ナノ構造体注2)」の新設計法を発見しました。これにより、金属酸化物クラスターが持つ構造の多様性や特異な機能を生かした、単原子の金属イオンでは実現できない新たな幾何学構造の設計や、ナノ空隙内における触媒反応、新規物性への応用が可能になります。また本成果により、重要な触媒材料でありながら安定性に課題があったモリブデン酸化物クラスターを、多種多様な用途の材料設計に自在に利用できるようになりました。今後、この新規三次元ナノ構造体を利用した化学反応の能動的制御により、高付加価値な化学品の効率的合成や、センサー、電池材料などへの応用が可能になります。

本研究成果は2019年4月24日(日本時間)に、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載されます。

本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究事業 さきがけ「電子やイオン等の能動的制御と反応」研究領域(研究総括:関根 泰)における研究課題「金属酸化物クラスターによる多電子・プロトン移動触媒の創製」(研究者:鈴木 康介)、文部科学省 科学研究費助成事業 新学術領域研究「ソフトクリスタル:高秩序で柔軟な応答系の学理と光機能」(領域代表:加藤 昌子)の支援を受けて行われました。

<研究背景>

化学工業プロセスにおいて、目的製品を選択的・効率的に合成するためには、反応に合わせた触媒設計が必要であり、そのための触媒調製技術を確立することは重要な課題の1つです。モリブデン酸化物クラスターは、水素イオンや電子の受け渡しにおける独特な性質を生かして、工業合成化学における重要な触媒材料の1つになっています。特に、安定構造から一部のモリブデン原子が欠損した欠損型モリブデン酸化物クラスター注3)は、モリブデン原子が欠損した部位に他の金属を導入することで、さらに高効率・高選択的な物質変換が可能な触媒や、センサー、電池材料などの機能性材料を開発できると期待されています。しかし、モリブデン酸化物クラスターの安定性が低く、狙い通りの金属配列の実現や、有機分子との複合化によるナノ材料の設計は困難であり、有効な解決策が求められていました。

<研究内容>

本研究では、世界で初めてモリブデン酸化物クラスターと有機分子を用いた「三次元ナノ構造体」の新設計法を見いだしました。欠損型モリブデン酸化物クラスターは、溶液中で速やかに構造が変化し、取り扱いが難しいことが課題でしたが、ピリジン注4)を用いた構造制御により安定性が飛躍的に向上しました。単結晶X線構造解析注5)により、ピリジンの窒素原子がモリブデン酸化物クラスターの反応性が高い部位に結合して保護基として機能し、不要な構造変化を抑制できることが分かりました。

溶液中では、このモリブデン酸化物クラスターとピリジンの結合・脱離を容易に制御することができました。この手法を応用し、複数のピリジン構造を持つ有機分子に交換することで、複数のモリブデン酸化物クラスターと有機分子が無機-有機 三次元ナノ構造体に組み上がることを見いだしました。これらの三次元ナノ構造体は、溶液中、大気中においてその構造が安定に保たれます。特に、4つのモリブデン酸化物クラスターと2つのポルフィリン注6)が組み合わされた構造体は、2つのポルフィリンの間にさまざまな有機分子を1分子だけ取り込むことができるナノ空隙があることが分かりました。これまで、金属イオンと有機分子から成る三次元ナノ構造体が合成され、反応、分離、センサー材料として注目されてきましたが、今回の研究では、複数金属から成る酸化物クラスターを構成要素として利用することに初めて成功しました。多様な構造や構成元素の金属酸化物クラスターを利用できることや、単一の金属イオンでは実現できない金属酸化物クラスター特有の機能を生かして、新たな幾何学構造を設計することや新規物性が現れることが期待されます。また、安定化されたモリブデン酸化物クラスターに金属イオンを導入することで、さまざまな構造・組成・物性を有する新規材料を設計できるようになります。

<今後の予定>

金属酸化物クラスターと有機分子の双方の機能を生かして、三次元ナノ構造内部の空隙を用いた特異な触媒反応やセンシングなどへの応用が期待されます。また、これまで課題であったモリブデン酸化物クラスターを利用した材料設計が可能になり、この新規三次元ナノ構造体を利用した化学反応の能動的制御により、高付加価値な化学品の効率的合成や、センサー、電池材料などへの応用が可能になります。

<参考図>

無機-有機 三次元ナノ構造体の新設計法を開発
図 本研究の概念図

上:モリブデン酸化物クラスター(緑色半球部分)にピリジン(橙色六角形部分)が結合し、保護基として働く様子を模式的に示す。三次元ナノ構造体の新設計法に利用できるだけでなく、高機能触媒、センサー、電池材料などへの応用が期待される。

下:モリブデン酸化物クラスターと有機分子から三次元ナノ構造体が生成する様子を模式的に示す。

<用語解説>
注1)モリブデン酸化物クラスター
負電荷を帯びた分子状のモリブデン酸化物のこと。
注2)三次元ナノ構造体
数ナノメートル(ナノメートルは10億分の1メートル)の大きさの立体的な構造体のこと。
注3)欠損型モリブデン酸化物クラスター
構造の一部が欠損したモリブデン酸化物クラスターのこと。その欠損部位を利用して金属イオンや有機分子と複合体を形成できるが、欠損型構造の安定性が低いことが課題であった。
注4)ピリジン
ベンゼンの炭素1つを窒素に変えた環式化合物のこと。金属イオンと相互作用して錯体と呼ばれる複合体を形成することができる。
注5)単結晶X線構造解析
合成した化合物の単結晶にX線を照射して回折点を収集、解析することで、分子構造を決定する方法のこと。
注6)ポルフィリン
窒素原子を1個含む五員環の環式化合物(ピロール)が、さらに4個環状に結合した構造のこと。ヘモグロビン(血色素)、チトクロム(呼吸色素)、クロロフィル(葉緑素)など生体内で重要な働きをする化合物である。
<論文情報>
タイトル:“Self-Assembly of Anionic Polyoxometalate-Organic Architectures Based on Lacunary Phosphomolybdates and Pyridyl Ligands”
DOI:10.1021/jacs.9b02541
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

鈴木 康介(スズキ コウスケ)
東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 講師

<JST事業に関すること>

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ

<報道担当>

東京大学 大学院工学系研究科 広報室

科学技術振興機構 広報課

 

有機化学・薬学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました