減数分裂遺伝子の転写産物は体細胞分裂期には核内点状構造に隔離され、発現抑制される
2018-02-13 基礎生物学研究所
細胞は、環境の変化にあわせて適切に遺伝子の発現を切り換えることで、自身に備わる機能を発揮しています。精子や卵子といった生殖細胞を作る過程では、体細胞とは異なるセットの遺伝子が発現してきます。生殖細胞を作る上で欠かせない細胞分裂である減数分裂を制御する遺伝子群は、転写のオン、オフというレベルに加えて、転写産物の安定性などの調節を受けていることが知られていました。今回、基礎生物学研究所の七野悠一研究員、大坪瑶子研究員、山本正幸所長、山下朗特任准教授、新分野創成センターイメージングサイエンス研究分野木森義隆特任助教は、分裂酵母の減数分裂に関連する遺伝子群が、体細胞分裂期に転写され、分解を免れて安定に存在しても、転写産物が核内の点状構造に隔離されることでタンパク質へと翻訳されないことを明らかにしました(図1)。本成果は、2018年2月9日付けでeLife誌に掲載されました。
図1. RNA結合タンパク質Mmi1による減数分裂遺伝子の発現抑制
体細胞分裂期の分裂酵母細胞では、RNA結合タンパク質Mmi1が減数分裂遺伝子の転写産物を特異的に認識し、RNA分解複合体エクソソームによるRNA分解を誘導する。Mmi1は、標的転写産物をコードする遺伝子座でヘテロクロマチン形成を誘導することでも、減数分裂遺伝子の発現を抑制する。さらにMmi1は、標的転写産物の核外排出を阻害することで、減数分裂遺伝子の翻訳を抑制していることが明らかとなった。
【研究の背景】
生物を構成する基本単位である細胞は、状況に応じて発現する遺伝子を適切に切り換えることで、様々な活動を行います。精子や卵子といった生殖細胞は、体細胞とは異なる遺伝子が働くことで、減数分裂という特殊な細胞分裂が行われ、作り出されます。減数分裂期に働く遺伝子が、体細胞分裂期に働くものとは大きく異なることが、様々な生物種で知られています。しかし、減数分裂期に働く遺伝子が、必要なタイミング、すなわち減数分裂を行う時期のみに発現してくる仕組みについては不明な点が多く残されていました。本研究グループのモデル生物、分裂酵母Schizosaccharomyces pombeを用いたこれまでの研究から、減数分裂期に働く一群の遺伝子には特別な目印配列が存在していることが示されていました。体細胞分裂期には、その目印配列にRNA結合タンパク質Mmi1が結合することで、RNA分解複合体エクソソームが呼び込まれて、減数分裂転写産物の選択的な分解が誘導されます。Mmi1を中心とする減数分裂転写産物の分解システムは減数分裂期には、別のRNA結合タンパク質と非コードRNAの複合体によって抑制されます。その結果、減数分裂転写産物は分解されることなく安定に発現してきます。
Mmi1はさらに、標的となる転写産物をコードする減数分裂遺伝子座でヘテロクロマチン化を誘導することでも減数分裂遺伝子の発現を抑えています。Mmi1が機能を失うと、体細胞分裂期であるにもかかわらず減数分裂遺伝子の転写産物が安定化してしまい、分裂酵母は増殖することができなくなります。このことは、Mmi1による減数分裂遺伝子の発現抑制の重要性を示しています。興味深いことに、Mmi1と協調して働く因子であるRed1を細胞から取り除くと、やはり減数分裂遺伝子の転写産物が安定化しますが、Mmi1の機能を失わせた場合とは異なり、増殖には致命的な影響は生じません。この原因を明らかにするため解析を行い、Mmi1による減数分裂転写産物の核外排出阻害という新規発現制御が見出されました。
【研究の成果】
Mmi1の機能が高温で失われる温度感受性変異株(mmi1-ts株)とRed1の遺伝子を破壊した変異株(red1∆株)で、標的となる減数分裂遺伝子の発現を、転写産物レベル、タンパク質レベルで観察したところ、転写産物の発現はどちらの変異株でも認められますが、mmi1-ts株のみでタンパク質が発現していることが明らかとなりました。Mmi1が誘導するRNA分解の担い手であるエクソソームの変異株でも、red1∆株と同様に、減数分裂転写産物が蓄積するにもかかわらず、タンパク質の発現は認められませんでした。これらの結果から、Red1やエクソソームが働かず減数分裂転写産物の分解が誘導されない場合でも、Mmi1さえ存在すれば、転写産物の翻訳が行われず、減数分裂遺伝子の発現は抑制されることが分かりました。続いて、mmi1-ts株とred1∆株で減数分裂転写産物の細胞内局在を検討したところ、red1∆株では転写産物の核外排出が阻害されていることが分かりました(図2)。red1∆株では、減数分裂転写産物が核内でMmi1が形成する点状構造体に局在する様子が観察され、Mmi1が核内点状構造に標的転写産物を隔離することで、減数分裂遺伝子の翻訳を阻害していることが示されました。さらに、Mmi1の部分欠失変異を作製して、核内点状構造の形成、減数分裂転写産物とタンパク質の発現、転写産物の局在などを観察し、N末端側の60アミノ酸からなる領域が重要な働きをしていることが明らかとなりました。この領域を介してMmi1は自分自身と相互作用しており、Mmi1の自己相互作用の重要性が予想されます。
図2. Mmi1は減数分裂遺伝子の核外排出を阻害する
Mmi1の標的となる減数分裂遺伝子mei4の転写産物をFISH (蛍光in situハイブリダイゼーション)法で観察したところ、体細胞分裂期の野生型株では、mei4の発現が抑制されているため、ほとんどシグナルは検出されなかった。温度感受性mmi1変異株(mmi1-ts)でMmi1の活性を失わせると、mei4転写産物が安定化し、核から細胞質へ排出される様子が観察された。ところが、red1破壊株(red1∆)では、Mmi1によるRNA分解が起きないためmei4転写産物は安定化するが、その多くが核に蓄積することが分かった。mmi1 red1の二重変異株(red1∆ mmi1-ts)では、mei4転写産物は細胞質へ排出されていた。
以上の結果から、Mmi1がN末端領域で自己相互作用し、核内点状構造を形成して、標的となる減数分裂転写産物の分解の誘導と核外への排出の阻害を行うことによって、減数分裂遺伝子の発現を厳密に制御していることが明らかになりました。
【今後の展望】
研究グループの山下特任准教授は「本研究で、減数分裂遺伝子の発現が、転写と、転写後の安定性の制御に加えて、転写産物が核から細胞質へ排出される段階でも制御されていることが明らかになりました。減数分裂に関連した因子が体細胞で誤って発現してしまうことが疾患につながるという可能性も近年示唆されております。したがって、減数分裂遺伝子の発現は、今回用いた分裂酵母以外の生物種でも厳格な制御を受けている可能性が高いと考えられます。今後、分裂酵母での知見を深めるとともに、他の生物種で減数分裂遺伝子が同様の発現制御を受けているのか明らかにしていきたいです」と語っています。
【発表雑誌】
雑誌名 eLife 2018年2月9日付け掲載
論文タイトル: YTH-RNA-binding protein prevents deleterious expression of meiotic proteins by tethering their mRNAs to nuclear foci
著者:Yuichi Shichino, Yoko Otsubo, Yoshitaka Kimori, Masayuki Yamamoto, Akira Yamashita
DOI: 10.7554/eLife.32155
【研究グループ】
本研究は基礎生物学研究所 細胞応答研究室を中心として、新分野創成センターイメージングサイエンス研究分野の協力により実施されました。
【研究サポート】
本研究は、科学研究費基盤研究B(15H04333、山下朗)、内藤記念科学奨励金・研究助成(山下朗)、および住友財団基礎科学研究助成(山下朗)による支援を受けて行われました。
【本研究に関するお問い合わせ先】
基礎生物学研究所 細胞応答研究室
特任准教授 山下 朗
【報道担当】
基礎生物学研究所 広報室