中国のヤマカガシは頸腺毒の成分をホタルから摂取していたことを発見

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ヒキガエルからホタルへとかけ離れた種間で毒源が移行した

2020-03-03   京都大学

森哲 理学研究科准教授、森直樹 農学研究科教授らの研究グループは、毒ヘビの一種であるイツウロコヤマカガシが頸腺毒の成分をホタルから摂取していたことを発見しました。

毒ヘビのヤマカガシは、首の背面の皮下に猛毒を含む「頸腺」という器官を持ち、捕食者から身を守っています。この毒液の主成分は強心性ステロイドのブファジエノライド(bufadienolide)であり、ヤマカガシが捕食したヒキガエル由来の成分であることが知られています。この様な頸腺を持つヘビは世界中にヤマカガシ属17種で知られ、中国南西部にはその一種で、ミミズを捕食するイツウロコヤマカガシが生息しています。ミトコンドリアと核DNAによる分析から、ヤマカガシ属が進化する過程で、主食がカエルからミミズに変化したと推測されています。

本研究グループは、このイツウロコヤマカガシの頸腺を分析し、毒液の成分がホタルに由来するブファジエノライドの一種であることを同定しました。さらに、イツウロコヤマカガシが実際にホタルを捕食することを確認しました。これは、ヤマカガシ属内でイツウロコヤマカガシへ進化する過程で、カエル食からミミズ食へ食性が変化し、それに伴いブファジエノライド源としてヒキガエルではなくホタルを利用するようになったことを示します。このように系統的・生態的にかけ離れた餌へ毒源が移行する例は他になく、本研究成果は、ヘビの生態および動物の食性変化の研究に新たな視点を提供する画期的なものです。

本研究成果は、2020年2月25日に、国際学術誌「PNAS」のオンライン版に掲載されました。

中国のヤマカガシは頸腺毒の成分をホタルから摂取していたことを発見

図:本研究の概要図

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1073/pnas.1919065117

【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/245877

Tatsuya Yoshida, Rinako Ujiie, View ORCID ProfileAlan H. Savitzky, Teppei Jono, Takato Inoue, Naoko Yoshinaga, Shunsuke Aburaya, Wataru Aoki, Hirohiko Takeuchi, Li Ding, Qin Chen, Chengquan Cao, Tein-Shun Tsai, Anslem de Silva, Dharshani Mahaulpatha, Tao Thien Nguyen, Yezhong Tang, Naoki Mori, and Akira Mori (2020). Dramatic dietary shift maintains sequestered toxins in chemically defended snakes. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America.

朝日新聞(2月26日夕刊 7面)に掲載されました。

詳しい研究内容について

中国のヤマカガシは頸腺毒の成分をホタルから摂取していたことを発見
-ヒキガエルからホタルへとかけ離れた種間で毒源が移行した-

概要
毒ヘビのヤマカガシは、首の背面の皮下に猛毒を含む 頸腺」という器官を持ち、捕食者から身を守っています。この毒液の主成分は強心性ステロイドのブファジエノライド bufadienolide)であり、ヤマカガシが捕食したヒキガエル由来の成分であることが知られています。この様な頸腺を持つヘビは世界中にヤマカガシ属 17 種で知られ、中国南西部にはその一種で、ミミズを捕食するイツウロコヤマカガシが生息しています。ミトコンドリアと核 DNA による分析から、ヤマカガシ属が進化する過程で、主食がカエルからミミズに変化したと推測されています。
京都大学大学院理学研究科 森哲 准教授、同農学研究科 森直樹 教授らの研究グループは、このイツウロコヤマカガシの頸腺を分析し、毒液の成分がホタルに由来するブファジエノライドの一種であることを同定しました。さらに、イツウロコヤマカガシが実際にホタルを捕食することを確認しました。これは、ヤマカガシ属内でイツウロコヤマカガシへ進化する過程で、カエル食からミミズ食へ食性が変化し、それに伴いブファジエノライド源としてヒキガエルではなくホタルを利用するようになったことを示します。このように系統的 生態的にかけ離れた餌へ毒源が移行する例は他になく、本研究成果は、ヘビの生態および動物の食性変化の研究に新たな視点を提供する画期的なものです。
本研究成果は、2020 年 2 月 25 日に国際学術誌 PNAS 米国科学アカデミー紀要)」にオンライン掲載されます。

1.背景
有鱗目ナミヘビ科ヤマカガシ属に属するヤマカガシは、アオダイショウやシマヘビとともに日本でよく見られるヘビです。主にトノサマガエルやアマガエルといった両生類やドジョウを含む淡水魚を捕食し、時々ヒキガエルも捕食します。このヤマカガシの主な天敵はイヌワシやサシバなどの猛禽類ですが、野外で哺乳類に捕食された報告はほとんどありません。それは、ヤマカガシが頸腺と呼ばれる毒器官で守られているからと考えられます。頸腺は首の背面の皮下にあり、皮膚が破れると、毒液が飛び散る仕掛けであり、飛び散った毒液が目に入ると人間でも一時的な失明状態になるほど強い毒性を示します。この毒液中に含まれる強心性ステロイドのブファジエノライド bufadienolide)が活性本体であり、餌として食べたヒキガエル由来の成分であることを、京都大学大学院理学研究科 森哲 准教授らが報告しています PNAS、2007)。
ヤマカガシと同じ様な頸腺を持つヘビは世界中でヤマカガシ属 17 種が知られており、インド スリランカなどの南アジアから、中国や日本、東南アジアにかけてのアジア地域にのみ分布します。そのうちの一種イツウロコヤマカガシは中国南西部に分布するヘビで、カエルなどの両生類ではなく、ミミズを主食としています。
ミトコンドリアおよび核 DNA による系統樹から、ヤマカガシ類のヘビでは、主食がカエルからミミズへ変遷したと推測されています。

2.研究手法 成果
本研究グループは今回、このイツウロコヤマカガシの頸腺 頸背腺)を分析し、毒成分を同定しました。まずイツウロコヤマカガシの主食であるミミズを分析したところ、ブファジエノライドは検出されず、カエル食のヤマカガシと同様に何らかの生物をブファジエノライド源として利用していることが予想されました。そこでまず、イツウロコヤマカガシの頸腺毒の成分を LC-MS 液体クロマトグラフ質量分析計)によって分析したところ、ヤマカガシのものよりも分子量の大きいブファジエノライドの一種であることが分かりました。さらに NMR 核磁気共鳴装置)によってその分子構造を解析したところ、ヒキガエルではなく、北米に生息するマドボタル亜科のホタルに由来する成分と一致しました。
そこで、本研究グループは、アジアに生息するマドボタル亜科のホタル 5 種を分析しました。中国 台湾 日本において Diaphanes 属 2 種、Pyrocoelia 属 3 種のホタルを採集し、それぞれの幼虫を破砕して抽出物を LC-MS および NMR で分析しました。その結果、すべての抽出物からブファジエノライドが検出され、イツウロコヤマカガシから検出されたブファジエノライドと構造が類似することが明らかになりました。
この発見の後、飼育下においてイツウロコヤマカガシがマドボタル亜科の 1 種で日本に生息する Pyrocoelia 属の幼虫を捕食することを確認しました。さらに、野外で採集した個体の胃内容物を調べると、同じくマドボタル亜科のホタルで中国に生息する Diaphanes 属の幼虫が確認できました。
以上のことから、ヤマカガシ属ヘビ類内におけるイツウロコヤマカガシへの進化の過程で、何らかの理由によってカエル食からミミズ食への食性変化が起こり、それに伴い、それまでブファジエノライド源として利用していたヒキガエルから新たにマドボタル亜科のホタルを毒源として利用するようになったという予想もしなかった事実が発見されました。

3.波及効果、今後の予定
餌の毒を再利用する動物は他にも知られていました。しかし、今回明らかになったヤマカガシ属のように、ヒキガエル 脊椎動物)からホタル 無脊椎動物)という系統的にも生態的にも大きくかけ離れた餌への毒源の移行が近縁種間で起こった例は、他の動物では知られていません。本研究をきっかけとして、ヘビの生態研究および動物の食性進化の研究に新たな視点を提供できたと考えています。

4.研究プロジェクトについて 
助成金
●日本学術振興会 (JSPS) と中国国家自然科学基金委員 (NSFC) 間での日中共同研究プロジェクト
●JSPS 科学研究費助成事業
●NSFC 基金
NSFC 若手国際科学者への中国科学アカデミーフェローシップ 四川省科学技術財団 ユタ州立大学
共同研究者所属機関
京都大学、琉球大学、日本大学、成都生物研究所 中国)、楽山師範大学 中国)、ユタ州立大学 アメリカ)、ピントン国立科技大学 台湾)、ベトナム国立自然博物館、スリ ジャヤワルデネプラ大学 スリランカ)

<研究者のコメント>
本研究を通して、一つの専門分野にとどまらず、異分野交流によって視野を広げて研究を展開する大切さを再認識しました。理学研究科チームによる動物行動学と、農学研究科チームによる有機化学分析の両方が組み合わさったからこそ、 劇的な食変化による防御毒成分の維持」というヘビの大変興味深い生態を解明できたのだと思います。本研究が多くの方々に驚きと興味を与え、基礎研究のすばらしさを知っていただけたら幸いです。

<論文タイトルと著者>
タイトル:Dramatic Dietary Shift Maintains Sequestered Toxins in Chemically Defended Snakes 餌毒により化学防御をするヘビは劇的な食性変化にかかわらず同様の毒を取り込む)
著 者:吉田達哉ら
掲 載 誌:PNAS DOI:www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1919065117

<参考図表>

図.ヤマカガシ属の系統樹と、捕食する餌の種類、および毒成分の対照表

 

細胞遺伝子工学生物化学工学生物環境工学
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