2018-04-27 国立大学法人 東京医科歯科大学.国立研究開発法人 日本医療研究開発機構,学校法人 明治大学
ポイント
- 頭蓋骨の発達に関連のある遺伝子は複数知られていますが、イントロン型マイクロRNA(注)であるmiR-140が頭蓋骨発達異常の原因であることが確認されました。
- これまで、miR-140の宿主遺伝子であるWWP2も、頭蓋骨の発達に関連があると報告されていましたが、ゲノム編集技術CRISPR/Cas9法によって、これまで困難であった、宿主遺伝子とイントロン型マイクロRNAの個別及び同時の遺伝子欠損の作成が可能となり、頭蓋骨の発達との関連性を明らかにすることができました。
- 遺伝子改変マウスの作成において、ゲノム編集技術を用いることでより精度の高い知見を得ることができる可能性があり、今後の遺伝子改変マウスを用いた多くの実験に影響を与えることが期待されます。
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科システム発生・再生医学分野の淺原弘嗣教授は、明治大学農学部乾雅史専任講師、米国スクリプス研究所茂久田翔研究員、国立成育医療研究センター研究所との共同研究で、宿主遺伝子WWP2の中に含まれるイントロン型マイクロRNAであるmiR-140が、頭蓋骨形成に重要な因子であることを、ゲノム編集技術CRISPR/Cas9法を用いて、確かめました。この研究は国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「炎症の慢性化機構の解明と制御に向けた基盤技術の創出」研究開発領域※における研究開発課題「RNA階層における炎症の時間軸制御機構の解明」(研究開発代表者:淺原 弘嗣)、「メカノバイオロジー機構の解明による革新的医療機器及び医療技術の創出」研究開発領域における研究開発課題「腱・靱帯をモデルとした細胞内・外メカノ・シグナルの解明とその応用によるバイオ靱帯の創出」(研究開発代表者:淺原 弘嗣)、ならびに米国国立衛生研究所(NIH,NIAMS)の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Nature Cell Biologyに、2018年4月25日付でオンライン版が発表されました。
※本研究開発領域は、平成27年4月の日本医療研究開発機構の発足に伴い、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)より移管されたものです。
研究の背景
遺伝子改変マウスの作成のために従来行われてきた方法の一つに、遺伝子の働きを抑える配列をゲノムに挿入する方法(ジーントラップ法)があります。この手法は配列が挿入された遺伝子の発現を欠損させることができますが、周囲の他の配列にも影響がおよぶ可能性があります(図1)。ジーントラップ法でWWP2というタンパク質をコードしている遺伝子を欠損させたマウスでは、頭蓋骨の発達に異常が認められることが2011年に報告されましたが(参考文献1)(図2)、これは2010年に淺原教授の研究グループで報告したWWP2遺伝子のイントロン(タンパク質コード領域の間の領域:図1参照)にコードされ軟骨特異的に発現しているイントロン型マイクロRNAの一つであるmiR-140を欠損させたマウスの表現型と一致していました(参考文献2)。我々の研究グループはこのRNAが骨格の発達に重要であることや、軟骨の機能維持に重要であることを発見し、報告しています(図3)(参考文献2)。これら二つの報告からはこの遺伝子座にコードされているWWP2タンパク質とmiR-140の両方が頭蓋骨の発生に関与する可能性と、頭蓋骨の発生に重要なのはmiR-140でありジーントラップ法による表現型は意図しないmiR-140の欠損によるものである可能性が考えられましたが、これを確かめることは従来の技術では困難であったため頭蓋骨形成にはどちらの遺伝子産物(タンパク質、又は、マイクロRNA)がより重要か、不明なままでした。
図1 ジーントラップ法とCRISPR/Cas9法の違い
ジーントラップ法は、遺伝子の働きを抑える配列をゲノムに挿入する。一方、CRISPR/Cas9法は、Cas9というたんぱく質に特異的にDNAを認識させることによって、遺伝子の切断・編集が行われる。
図2 ジーントラップ法で作成されたWWP2欠損マウス(WWP2GT/GT)の頭蓋骨のマイクロCT像 (下記論文情報より)
ジーントラップ法で作成されたWWP2欠損マウス(WWP2GT/GT)では、野生型(WT)と比較し、頭蓋骨短縮などの変化が認められる。
図3 miR-140欠損マウス(miR-140-/-)の頭蓋骨の骨格標本 (参考文献2より)
miR-140欠損マウス(miR-140-/-)では、野生型(Wild)と比較し、頭蓋骨短縮などの変化が認められる。
研究成果の概要
我々の研究グループは、近年開発されたゲノム編集技術であるCRISPR/Cas9法を用いて、短期間に効率的に遺伝子改変マウスを作成する技術を報告しています(参考文献3)。この方法を用いると、従来の方法よりも格段に効率が良いため、従来困難だったマイクロRNAと宿主遺伝子のような同じ遺伝子座に存在する二つの因子を区別して、あるいは同時に欠損させることができます(図1)。従来法では変異を導入する確率が低かったため二箇所同時の変異導入は困難でした。そのため多重変異マウスを解析するためには別々に作った変異マウスを掛け合わせて作成していましたが、解析したい変異が同じ染色体の近い部位にある場合にはこの方法では作成できません。本研究では、CRISPR/Cas9法の効率を生かしてWWP2とmiR-140をそれぞれ特異的に欠損したマウス、及び、その両方を欠損したマウスを作成することに成功しました(図4)。結果、miR-140が頭蓋骨の発達に重要な働きをもつことを確認することができました。一方で、宿主遺伝子がコードするWWP2タンパク質は、頭蓋骨の発達への寄与が少ないことも判明しました(下記論文情報より)。
これらの結果は、遺伝子改変マウスを用いた研究を行う上で、類似した現象が生じる可能性を示していますので、炎症の慢性化機構やメカノバイオロジー機構に関する研究を進めていく上で、今後も留意すべきと考えられます。
図4 CRISPR/Cas9法で作成されたマウス3種類(WWP2KO, miR-140KO, miR-140/WWP2 double KO)のマイクロCT像 (下記論文情報より)
WWP2欠損マウス(WWP2KO)では、野生型(WT)と比べて、頭蓋骨短縮は認められないが、miR-140欠損マウス(miR-140KO)及びmiR-140/WWP2両欠損マウスでは図3の場合と同程度の頭蓋骨短縮を認められる。
研究成果の意義
本研究において、ジーントラップ法では明確な結論を得ることができなかった、宿主遺伝子とイントロン型マイクロRNAのどちらがより重要であるかという問題について、CRISPR/Cas9法で直接的にその機能を比較することが可能であることを証明することができました。この結果は、今後の遺伝子改変マウスを用いた多くの実験に影響を与えることが期待されます。これまで、多くのジーントラップ法により作られた遺伝子改変マウスが研究に使用されてきましたが、その際に得られてきた結果は、標的となった遺伝子のみならずイントロン型マイクロRNAのような周囲の配列からの影響も考慮すべきであると考えられるからです。本研究の結果は、遺伝子改変マウスの作成において、ゲノム編集技術を用いることでより精度の高い知見を得ることができる可能性を示しています(図4)。同様に、炎症の慢性化機構やメカノバイオロジー機構に関する研究においても、イントロン型マイクロRNAの重要性がすでに報告されているため、遺伝子改変マウスの作成において、CRIPSPR/Cas9法の重要性は今後も高まることが期待されます。
用語の説明
- (注)
- マイクロRNAには、固有のプロモーターを有し遺伝子間に存在するインタ―ジェニック型マイクロRNAと、イントロンにコードされ、宿主遺伝子とともに転写されるイントロン型マイクロRNAが存在します。イントロンとは、タンパク質コード領域の間の領域を示しています。
参考文献
- Zou, W. et al. The E3 ubiquitin ligase Wwp2 regulates craniofacial development through mono-ubiquitylation of Goosecoid. Nat Cell Biol 13, 59–65 (2011).
- Miyaki, S. et al. MicroRNA-140 plays dual roles in both cartilage development and homeostasis. Genes Dev 24, 1173–1185 (2010).
- Inui M, et al. Rapid generation of mouse models with defined point mutations by the CRISPR/Cas9 system. Scientific Reports 4, 5396 (2014).
論文情報
- 掲載誌:Nature Cell Biology
- 論文タイトル:Dissecting the roles of miR-140 and its host gene.
問い合わせ先
研究に関すること
東京医科歯科大学大学院医 歯学総合研究科
システム発生・再生医学分野 浅原 弘嗣(アサハラ ヒロシ)
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AMEDに関すること
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
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