大腸がん細胞の周囲で増える正常細胞の多様性を解明

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転移性大腸がんにおいてがん細胞の周囲環境を変える新規治療法の開発に期待

2020-11-19 名古屋大学,日本医療研究開発機構

名古屋大学大学院医学系研究科の小林大貴大学院生(名古屋大学・アデレード大学国際連携総合医学専攻/ジョイントディグリープログラム)、榎本篤教授、髙橋雅英名誉教授らの研究グループは、アデレード大学のSusan Woods博士、南オーストラリア健康医学研究所のDaniel Worthley博士、藤田医科大学の浅井直也教授らとの共同研究で、大腸がんの進行が、がん細胞の周りに増生する正常細胞(線維芽細胞)の多様性により制御されていることを明らかにしました。大腸がん細胞の周囲には、がんを促進するグレムリン1(Gremlin 1)陽性線維芽細胞(がんの味方)とがんを抑制するメフリン(Meflin)陽性線維芽細胞(がんの敵)の2つが存在し、それらのバランスが大腸がんの進行に影響を与えていることを見出しました。また、これらの細胞の性質を人為的に変化させることが転移性大腸がんの新しい治療法になり得る可能性を示しました。

この研究成果は、2020年11月14日付けの米国消化器病学会「Gastroenterology」のオンライン版で掲載されました。

なお、この研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)革新的先端研究開発支援事業ユニットタイプ『メカノバイオロジー機構の解明による革新的医療機器及び医療技術の創出』研究開発領域における研究開発課題「がん―間質におけるメカノバイオロジー機構の解明」(研究開発代表者:芳賀永)、同『生体組織の適応・修復機構の時空間的解析による生命現象の理解と医療技術シーズの創出』研究開発領域における研究開発課題「腎臓病において組織障害と修復を制御する微小環境の解明と医学応用」(研究開発代表者:柳田素子)、および次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE)における研究開発課題「がん関連線維芽細胞の多様性の機序解明とその改変にもとづく腫瘍免疫制制御法の開発」(研究開発代表者:榎本篤)の支援のもと行われたものです。

ポイント
  • がん細胞の周りには、線維芽細胞(せんいがさいぼう)と呼ばれるがん細胞とは異なる正常細胞が増えることが知られています。
  • 今回、大腸がんの進行を促進する線維芽細胞と、抑制する線維芽細胞の2種類があることを発見し、これらの線維芽細胞のバランスが大腸がんの進行・悪性度と関連することを見出しました。
  • 線維芽細胞においてがん促進タンパク質の機能を弱める、あるいはがん抑制タンパク質を増やすことで、大腸がんの進行が抑えられる可能性が示唆されました。
  • 肝転移した大腸がんの周囲の細胞に人為的な改変を加えることが、がん肝転移の新しい治療戦略になる可能性を示しました。
背景

がんは、その周囲部にがん細胞以外の多くの細胞(間質細胞)が存在します。これらの間質細胞のうち「線維芽細胞」と呼ばれる細長い突起を持った細胞の増生が大腸がんの進展に著しい影響を与えていることが、今までの研究から示されています。がん組織の中に存在する線維芽細胞は、がん関連線維芽細胞(Cancer-associated fibroblasts;以下CAF)*1と呼ばれ、がんを促進する「がん促進性線維芽細胞」とがんを抑制する「がん抑制性線維芽細胞」の2種類があることが、近年の研究から示唆されています(図1)。しかしながら、どのような分子機構により、これらの機能的な違いが決定されるのかは明らかではありませんでした。このため特定のCAFを標的とする効果的な治療法の開発は困難を極めています。

大腸がん細胞の周囲で増える正常細胞の多様性を解明

図1:がんの進展とそれに伴う周りの環境の変化がんの進展に伴い、がん細胞とともに周囲の線維芽細胞も増殖する。がん関連線維芽細胞(CAF)には、「がんの味方」としてがんを促進する「がん促進性線維芽細胞」(赤色)と「がんの敵」としてがんを抑制する「がん抑制性線維芽細胞」(緑色)の少なくとも二種類が存在する。


大腸を含む多くの正常臓器において、間質細胞や上皮細胞が分泌する骨形成因子(BMP, bone morphogenetic protein)*2は、生理的状態の維持に重要であることが知られています。例えば、正常大腸においては、間質細胞が繊細に調節するBMPの濃度勾配(部位による濃度の違い)により、大腸上皮細胞の増殖・分化が正常に保たれています。一方、大腸がんにおいては、BMPがどのように間質細胞により調節され、それがどのように大腸がん進展に影響を与えるのかは明らかではありませんでした。

研究成果

本研究グループは、大腸がん組織中の異なるCAFに発現するメフリン(別名:ISLR)とグレムリン1という分子が、大腸がんのBMPのシグナルを調節することにより、それぞれがんを抑制および促進することを明らかにしました(図2)。


図2:大腸がんにおけるCAFの多様性に関する仮説を示す。CAFには、BMPシグナルを増強するメフリン陽性がん抑制性CAFとBMPシグナルを抑制するグレムリン1陽性がん促進性CAFの両者が存在し、それらが大腸がんの進行を制御している。間質のBMPシグナルを人為的に増強することにより、大腸がん進行を抑制できる可能性がある。


まず、本研究グループは、網羅的な遺伝子解析データを用いて、大腸がんのCAFに特異的で、BMPに関連した遺伝子として、メフリンとグレムリン1を同定しました。本研究グループの研究により、メフリンは、膵がんにおける「がん抑制性CAF」のマーカーであり、BMPシグナルを増強する役割があることが明らかになっています。また、アデレード大学/南オーストラリア健康医学研究所のDaniel Worthley博士らは、BMPシグナルを抑制する分子であるグレムリン1の消化管における機能の研究を専門としています。そこで、名古屋大学・アデレード大学ジョイントディグリープログラムにより小林大貴大学院生がアデレード大学に派遣され、メフリン陽性およびグレムリン1陽性CAFが大腸がん進行に与える影響の研究が行われました。

興味深いことに、病理組織検体を用いた遺伝子発現解析により、メフリンを多く発現する大腸がん患者は良好な予後を示し、グレムリン1を多く発現する大腸がん患者は悪い予後を示すことが明らかになりました。また、CAFの分化に重要な役割を果たすTGF-βシグナル*3活性の違いが、大腸がん周囲でのメフリン陽性CAFとグレムリン1陽性CAFの分化を決定していることを明らかにしました。また、グレムリン1の機能を抑制、あるいは、メフリンを増やすことで、BMPシグナルが増強され、大腸がんの増殖が抑えられることがわかりました。これらの結果から、今まで明らかでなかった「がん促進性CAF」および「がん抑制性CAF」は、それぞれグレムリン1およびメフリンにより規定され、CAFの機能的な多様性の本態はBMP発現量の違いによるものである可能性が示唆されました。

手術や薬剤が進歩した現在でも、がんの肝臓転移は、がんによる死亡の大きな原因の1つです。本研究グループは、特殊なウイルスベクター*4を使って正常マウスの肝臓細胞にメフリンを分泌させることにより、大腸がん肝転移の進行が抑えられることを発見しました。今までのところ、血液が止まりにくくなる遺伝性疾患である血友病*5においては、特殊なウイルスベクターを用いて正常肝臓細胞に不足している遺伝子を届けることで、患者さんの症状が改善することが、臨床試験で示されています。本研究チームが知る限り、本研究は肝臓細胞に特異性の高いウイルスベクターを用いてがんの肝転移進行が抑制できる可能性があることを示した最初の研究成果であり、今後は肝転移をおこしやすい他の消化器系がんでも検証していく必要があります。

今後の展開

約50年前に最初に同定されたBMPは、現在では消化管上皮の生理的状態の維持やがん細胞自体の増殖の調節に関わっていることは知られていますが、がん間質のBMPシグナルがどのように調節されているかは明らかではありませんでした。本研究は、大腸がんにおける間質のBMPシグナル調節には、CAFが分泌するメフリンとグレムリン1が貢献していることを明らかにしました。

今まで理解が不十分であったCAFの機能的な多様性は、メフリンとグレムリン1の発現のバランスと、それによるBMPシグナルの制御で説明できる可能性があり、本研究は、今後のCAFの多様性の研究の発展に大きく寄与するものと推察されます。また、がんに対する新規治療法の開発において、間質細胞を介した「がん抑制性BMPシグナル」の増強は、今後の重要な治療標的となると考えられます。

用語説明
*1 がん関連線維芽細胞(CAF)
がん組織は、がん細胞(上皮細胞)とそれ以外の間質からなります。間質は、さらに細胞成分(線維芽細胞、免疫細胞、血管細胞など)と非細胞成分(細胞外基質)に分類されます。がん組織中にみられる線維芽細胞には多様な細胞が存在しますが、これらの線維芽細胞をすべてまとめて「がん関連線維芽細胞」と呼びます。
*2 骨形成因子(BMP)
もともと、間質細胞を骨に分化促進するタンパク質として同定されました。さまざまな細胞から分泌され、骨や関節の病気のほかにも、消化管の病気にも大きく関わっていることが知られています。
*3 TGF-βシグナル
がんや線維化疾患などの多くの病気において、線維芽細胞を、細胞外基質を多く分泌する特定の種類の線維芽細胞に分化促進させ、がんの進行や線維化に寄与することが知られています。
*4 ウイルスベクター
特定の遺伝子を標的の細胞に導入するために利用する各種ウイルスを示します。安全な使用のためウイルスの複製および増殖能に必須な遺伝子を欠損したウイルスを用います。現在、各種遺伝子治療を目的とした研究で多用されています。
*5 血友病
出血を止めるために必要なタンパクが不足しているために、血が止まりにくくなる先天的な病気。不足しているタンパクを注射で補充する治療が必要になります。
発表雑誌
掲載誌
Gastroenterology(2020年11月14日付けオンライン版)
論文名
The balance of stromal BMP signaling mediated by GREM1 and ISLR drives colorectal carcinogenesis
著者
Hiroki Kobayashi1, 2, 3, 4, Krystyna A. Gieniec1,2, Josephine A. Wright2, Tongtong Wang1,2, Naoya Asai5, Yasuyuki Mizutani3, 6, Tadashi Ida3, 6, Ryota Ando3, Nobumi Suzuki1,2,7, Tamsin RM. Lannagan1,2, Jia Q Ng1,2, Akitoshi Hara8, Yukihiro Shiraki3, Shinji Mii3,4, Mari Ichinose1,2, Laura Vrbanac1,2, Matthew J. Lawrence9, Tarik Sammour1,2,9, Kay Uehara10, Gareth Davies11, Leszek Lisowski12,13,14, Ian E. Alexander15,16, Yoku Hayakawa7, Lisa M. Butler1,2, Andrew C. W. Zannettino1,2, M. Omar Din17, Jeff Hasty18, Alastair D. Burt1,19, Simon J. Leedham20, Anil K. Rustgi21, Siddhartha Mukherjee22, Timothy C. Wang22, Atsushi Enomoto3*, Masahide Takahashi3,4,23*, Daniel L. Worthley2*, and Susan L. Woods1,2, 24*
所属
1Adelaide Medical School, University of Adelaide, Adelaide, SA, 5000, Australia.
2South Australian Health and Medical Research Institute, Adelaide, SA, 5000, Australia.
3Department of Pathology, 4Division of Molecular Pathology, Center for Neurological Disease and Cancer, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Aichi, 466-8550, Japan.
5Department of Molecular Pathology, Graduate School of Medicine, Fujita Health University, Toyoake, Aichi, 470-1192, Japan.
6Department of Gastroenterology and Hepatology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Aichi, 466-8550, Japan.
7Department of Gastroenterology, Graduate School of Medicine, The University of Tokyo, Tokyo, 113-0033, Japan.
8Department of Cardiology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Aichi, 466-8550, Japan.
9Colorectal Unit, Department of Surgery, Royal Adelaide Hospital, Adelaide, SA, 5000, Australia.
10Division of Surgical Oncology, Department of Surgery, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya, Aichi, 466-8550, Japan.
11UCB Pharma, Slough, Berkshire, UK.
12Translational Vectorology Research Unit, Children’s Medical Research Institute, Faculty of Medicine and Health, The University of Sydney, Sydney, NSW, Australia.
13Vector and Genome Engineering Facility, Children’s Medical Research Institute, Faculty of Medicine and Health, The University of Sydney, Westmead, NSW 2145, Australia.
14Military Institute of Hygiene and Epidemiology, The Biological Threats Identification and Countermeasure Centre, 24-100 Puławy, Poland.
15Gene Therapy Research Unit, Sydney Children’s Hospitals Network and Children’s Medical Research Institute, Faculty of Medicine and Health, The University of Sydney, Sydney, NSW, Australia.
16Discipline of Child and Adolescent Health, Faculty of Medicine and Health, The University of Sydney, NSW, Australia.
17GenCirq, Inc., San Diego, CA, USA.
18Department of Bioengineering, University of California, San Diego, La Jolla, CA USA.
19Precision and Molecular Pathology, Newcastle University, Newcastle upon Tyne NE2 4HH, UK.
20Intestinal Stem Cell Biology Lab, Wellcome Trust Centre Human Genetics, University
of Oxford, Oxford, UK.
21Herbert Irving Comprehensive Cancer Center, Division of Digestive and Liver Diseases, Department of Medicine, Columbia University, New York, NY, USA.
22Department of Medicine and Irving Cancer Research Center, Columbia University, New York, NY, USA.
23International Center for Cell and Gene Therapy, Fujita Health University, Toyoake, Aichi, 470-1192, Japan.
24Lead contact.
*Co-corresponding authors.
DOI
10.1053/j.gastro.2020.11.011
お問い合わせ先

名古屋大学医学部・医学系研究科 分子病理学
教授 榎本篤

広報担当

名古屋大学医学部・医学系研究科 総務課総務係

AMED事業に関すること

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
創薬事業部 医薬品研究開発課
次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE)

シーズ開発・研究基盤事業部 革新的先端研究開発課
革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST適応・修復領域、AMED-CRESTメカノバイオ領域)

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