2021-02-01 理化学研究所,福岡大学,九州大学
理化学研究所(理研)生命医科学研究センター骨関節疾患研究チームの末次弘征大学院生リサーチ・アソシエイト(九州大学大学院医学系学府医学専攻博士課程)、池川志郎チームリーダー、ゲノム解析応用研究チームの寺尾知可史チームリーダー、福岡大学医学部整形外科学教室の山本卓明教授らの共同研究グループを中心とする特発性大腿骨頭壊死症調査研究班[1]は、日本・中国・韓国からなる20万人以上のアジア人集団の遺伝情報を用いて大規模なゲノムワイド関連解析(GWAS)[2]を行い、全身性エリテマトーデス(SLE)の発症に関わる疾患感受性領域(遺伝子座)[3]を新たに46カ所同定しました。
本研究成果は、SLEの詳細な診断基準の確立や患者それぞれに対応した治療法の開発につながると期待できます。
SLEは、何らかの免疫機構の異常により自己抗体[4]が産生され、皮膚・脳神経系・腎臓・新血管系をはじめとする全身の臓器が障害される病気で、その発症には遺伝的要素が関与していることが知られています。
今回、共同研究グループは中国・韓国の研究グループと協力し、アジア人集団(SLE患者1万3377人、対照群19万4993人)におけるSLEの大規模GWASのメタ解析[5]を行いました。これは、SLEに関する研究コホート(集団)としては世界最大です。その結果、SLE発症に関わる新しい遺伝子座を46カ所同定しました。そのうち2カ所はアジア人特有の遺伝子座であり、アジア人とヨーロッパ人ではSLEの病態の一部が異なっていることが示されました。
本研究は、科学雑誌『Annals of the Rheumatic Diseases』(2020年12月3日付)に掲載されました。
背景
全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus;SLE)は、何らかの原因により自己抗体が産生され、皮膚・関節・脳・腎臓・肺・血管をはじめとする全身の臓器が障害され、多彩な臨床症状を呈する病気です。2014年度の厚生労働省における特定疾患医療費受療患者数は約6万人ですが、実際の患者数はさらに多いと推測されています注1)。ステロイド薬の登場により、20年生存率は50~70%とされていますが、20~40代の若年者に好発することを考慮するとまだ十分とはいえません。また、ステロイドをはじめとした投薬により、糖尿病、感染症、浮腫や白内障などの合併症も生じるため、病態の解明および患者それぞれに対応した治療薬の開発が喫緊の課題となっています。
これまでにSLEを対象としたゲノム研究が複数行われており、SLEに関連する疾患感受性領域(遺伝子座)は111カ所同定されていました。しかし、SLEはアジア人の若年者に好発するにもかかわらず、ゲノム研究の多くはヨーロッパ人を対象としたものでした。アジア人とヨーロッパ人には遺伝的背景に違いがあることが示唆されており、これまでアジア人特有の遺伝子座の同定は不十分でした。
注1)難病情報センター 全身性エリテマトーデス(SLE)(指定難病49)
研究手法と成果
共同研究グループはまず、新たに収集したSLE患者 1,177人に対し、バイオバンクジャパン[6]の14万0256人を対照群として、大規模なゲノムワイド関連解析(GWAS)を行いました。このGWASの結果に、過去に報告されていた国内の二つのSLE GWASの結果を統合し、メタ解析を行いました(SLE患者2,535人、対照群14万5777人)。そして、このメタ解析の結果に、中国・韓国のSLE研究グループが行ったSLE GWASの結果を統合し、アジア人集団における大規模なSLE GWASメタ解析を行いました(SLE患者1万3377人、対照群19万4993人)。その結果、SLE発症に関わる遺伝子座を113カ所同定し、そのうち46カ所は新しい遺伝子座でした(図1)。さらに、それらの遺伝子座内の遺伝子バリアント[7]についてアジア人とヨーロッパ人のアレル頻度[8]を比較することで、アジア人特有のSLE関連遺伝子座を2カ所(LEF、GTF2H1)同定しました。
図1 全身性エリテマトーデスにおけるゲノムワイド関連解析(GWAS)の結果
横軸は染色体の位置、縦軸は10を底としたP値の対数である。各点はSNPを示しており、Y軸の値が高いほどSLEに対する相関が強いことを意味する。有意水準を示す赤の破線(P=5.0×10-8)を超える強い相関を示すゲノム領域が、青で示す既報の67領域と赤で示す新規の46領域の合計113領域同定された。
また、同定された113カ所の遺伝子座からHLA領域[9]を除き、各遺伝子座の代表的な一塩基多型(SNP)[10]についてコンディショナル解析[11]を行ったところ、169個の独立したSNPがSLEの発症に関連していることが明らかになりました。そこで、各遺伝子座における真の原因SNPを推定するためにファインマッピング[12]を行いました。すると、過去に報告されていた四つの遺伝子座(ATXN2、BACH2、DRAM1/WASHC3、NCF2)と六つの新規遺伝子座(ACAP1、ELF3、GTF2H1、LRRK1、LOC102724596/PHB、STIM1)においては、80%以上の確率でSLE発症の原因となっているSNPがそれぞれ同定されました。
次に、SLEと共通する遺伝的背景を持つ疾患や形質を明らかにするために、ビッグ・データを用いた遺伝統計学的解析を行いました。その結果、過去の報告と同様に、SLEの発症は関節リウマチ[13]やバセドウ病[14]の発症と正の相関関係を認めました。また、今回新たにアルブミン/グロブリン比と負の相関を、非アルブミンタンパク質と正の相関を認めました。この結果から、SLE患者で産生される自己抗体が直接腎臓にダメージを与えるという因果関係のみならず、SLEの発症とループス腎炎[15]が共通の遺伝的背景、すなわち共通した機序でSLEとループス腎炎を発症する可能性があることが示されました。
今後の期待
本研究では、SLEの発症に関連する遺伝子座を46カ所同定しました。これは、SLEがさまざまな遺伝子が関わる多因子遺伝病であることを改めて示すものであり、まだ見つかっていない関連遺伝子が数多く存在することを示唆しています。今後、これらの遺伝子座から原因遺伝子を同定することで、SLEのさまざまな病態が明らかになり、詳細な診断基準の確立や各患者に対応した治療薬の開発につながることが期待できます。
また、アジア人特有のSLE関連遺伝子座を2カ所同定しました。これは、アジア人とヨーロッパ人では一部、SLEの病態が異なることを示しており、SLEの病態を解明するには、ヨーロッパ人のみならず、アジア人を対象とした研究も重要であることが明らかになりました。
補足説明
1.特発性大腿骨頭壊死症調査研究班
福岡大学医学部整形外科学教室の山本卓明教授らを中心とする大腿骨頭壊死症の専門医で構成された特発性大腿骨頭壊死症の研究グループ(Japanese Research Committee on Idiopathic Osteonecrosis of the Femoral Head)。主なメンバーは以下の通り。所属は研究協力当時、敬称略。
九州大学整形外科(中島康晴、岩本幸英、本村悟朗、池村聡、山口亮介、烏山和之、園田和彦、久保祐介、宇都宮健、畑中敬之、馬場省次、河野紘一郎、末次弘征、山本典子)、福岡大学整形外科(山本卓明、坂本哲哉)、古賀病院21(坂本悠磨)、大阪大学整形外科(菅野伸彦、西井孝、坂井孝司、高尾正樹、安藤渉)、市立札幌病院(向井正也、片岡浩、近藤真)、北海道大学整形外科(岩崎倫政、高橋大介、入江徹、浅野毅)、北海道大学第2内科(渥美達也、狩野皓平)、九州医療センター(宮村知也)、千葉大学整形外科(岸田俊二、中村順一、萩原茂生)、新潟大学腎・膠原病内科(成田一衛、黒田毅)、九州大学第一内科(赤司浩一、塚本浩、新納宏昭、有信洋二郎、赤星光輝、三苫弘喜、綾野雅宏)、慶應大学整形外科(戸山芳昭、宮本健史、船山敦、藤江厚廣)、慶應義塾大学リウマチ内科(竹内勤、花岡洋成、山岡邦宏)、東京女子医科大学付属膠原病リウマチ痛風センター(桃原茂樹、山中寿、川口鎮司、猪狩勝則、細澤徹自)、埼玉医科大学総合医療センターリウマチ・膠原病内科(天野宏一)、佐賀大学医学部膠原病・リウマチ内科(多田芳史)、順天堂大学膠原病・リウマチ内科(山路健、関谷文男、松下雅和)、北海道内科リウマチ科病院(清水昌人、谷村一秀、松橋めぐみ)、昭和大学藤が丘病院整形外科(渥美敬、玉置聡、中西亮介)、名古屋大学整形外科(長谷川幸治、関泰輔)、産業医科大学第1内科(田中良哉、齋藤和義、中野和久)、京都府立医科大学整形外科(久保俊一、上島圭一郎)、帯広厚生病院(久田諒)、筑波大学整形外科(吉岡友和)、木戸病院(山﨑美穂子)、金沢大学整形外科(加畑多文、楫野良知)、斗南病院(天崎吉晴、楫野知道)、大阪市立大学整形外科(中村博亮、溝川滋一、大田陽一)、久留米大学医療センター整形外科・関節外科センター(大川孝浩、久米慎一郎)、三重大学整形外科(?藤啓広、長谷川正裕、内藤陽平)、金沢医科大学整形外科(兼氏歩、市堰徹)、広島大学整形外科(安永裕司、山崎琢磨)、関西労災病院整形外科(大園健二)
2.ゲノムワイド関連解析(GWAS)
疾患の感受性遺伝子を見つける方法の一つ。ヒトのゲノム全体を網羅する遺伝子多型を用いて、疾患を持つ群と疾患を持たない群とで遺伝子多型の頻度に差があるかどうかを統計学的に検定する方法。検定の結果得られたP値(偶然にそのようなことが起こる確率)が低いほど、相関が高いと判定できる。GWASは、Genome-Wide Association Studyの略。
3.疾患感受性領域(遺伝子座)
疾患の発症に関連している染色体上の領域のこと。
4.自己抗体
自己の細胞や臓器に対して産生される抗体。
5.メタ解析
独立して行われた複数の研究の統計解析結果を合算する統計学的手法。
6.バイオバンクジャパン
オーダーメイド医療実現化プロジェクトの基盤となるDNAサンプルや血清サンプルを47疾患(延べ約20万人)から収集し、臨床情報とともに保管している世界でも有数の資源バンク。
7.遺伝子バリアント
ヒトのDNA配列は30億の塩基対からなるが、その配列の個人間の違いを遺伝子バリアントと呼ぶ。
8.アレル頻度
個々のヒトゲノムを比較すると、染色体上の場所が同一であっても、遺伝子や個々の塩基配列が異なる場合がある。これらの遺伝子や塩基配列を、アレルという。例えば、ある染色体上の位置において、個人によりAA/AG/GGなどA(アデニン)やG(グアニン)の頻度をアレル頻度という。
9.HLA領域
免疫に関わる遺伝子であるHLA遺伝子が存在する遺伝子座。遺伝子配列の個人差が大きい。
10.一塩基多型(SNP)
ヒトゲノムは30億塩基対のDNAからなるが、個々人を比較するとそのうちの0.1%の塩基配列の違いがある。これを遺伝子多型という。遺伝子多型のうち一つの塩基が、ほかの塩基に変わるものを一塩基多型と呼ぶ。SNPは、Single Nucleotide Polymorphismの略。
11.コンディショナル解析
関連解析の手法の一つ。あるSNPの疾患への関連は、常に連鎖不平衡にある他のSNPの影響を受けている。疾患と関連しているSNPの影響を除外した上で、疾患に関連するSNPが他に無いかを検討する手法。
12.ファインマッピング
関連解析の手法の一つ。ある遺伝子座における、疾患に対する真の原因SNPの数を仮定した場合に、そのSNPが真に疾患の原因である確率を算出する手法。
13.関節リウマチ
自己免疫抗体により、関節痛及び変形を来たす疾患。血管や心臓、肺など、臓器にも障害を来たすことがある。
14.バセドウ病
甲状腺機能の亢進により、眼球突出・体重の減少・疲れやすくなるなど、種々の障害を引き起こす疾患。
15.ループス腎炎
SLEによって引き起こされる腎機能障害。
共同研究グループ
理化学研究所 生命医科学研究センター
骨関節疾患研究チーム
大学院生リサーチ・アソシエイト 末次 弘征(すえつぐ ひろゆき)
(九州大学大学院 医学系学府医学専攻 博士課程 整形外科学分野)
チームリーダー 池川 志郎(いけがわ しろう)
ゲノム解析応用研究チーム
チームリーダー 寺尾 知可史(てらお ちかし)
(静岡県立総合病院 臨床研究部 免疫研究部長、静岡県立大学 薬学部 ゲノム病態解析講座 特任教授)
福岡大学 医学部 整形外科学教室
教授 山本 卓明(やまもと たくあき)
九州大学 大学院医学研究院 整形外科学教室
教授 中島 康晴(なかしま やすはる)
准教授 本村 悟朗(もとむら ごろう)
原論文情報
Hiroyuki Suetsugu, Xianyong Yin, Kwangwoo Kim, So-Young Bang, Leilei Wen,Masaru Koido, Eunji Ha, Lu Liu, Yuma Sakamoto, Sungsin Jo, Rui-Xue Leng, Nao Otomo, Viktoryia Laurynenka, Young-Chang Kwon, Yujun Sheng, Nobuhiko Sugano, Mi Yeong Hwang, Weiran Li, Masaya Mukai, Kyungheon Yoon, Minglong Cai, Kazuyoshi Ishigaki, Won Tae Chung, He Huang, Daisuke Takahashi, Shin-Seok Lee, Mengwei Wang, Kohei Karino, Seung-Cheol Shim, Xiaodong Zheng, Tomoya Miyamura, Young Mo Kang, Dongqing Ye, Junichi Nakamura, Chang-Hee Suh, Yuanjia Tang, Goro Motomura, Yong-Beom Park, Huihua Ding, Takeshi Kuroda, Jung-Yoon Choe, Chengxu Li, Hiroaki Niiro, Youngho Park, Changbing Shen, Takeshi Miyamoto, Ga-Young Ahn, Wenmin Fei, Tsutomu Takeuchi, Jung-Min Shin, Keke Li, Yasushi Kawaguchi, Yeon-Kyung Lee, Yongfei Wang, Koichi Amano, Dae Jin Park, Wanling Yang, Yoshifumi Tada, Ken Yamaji, Masato Shimizu, Takashi Atsumi, Akari Suzuki, Takayuki Sumida, Yukinori Okada, Koichi Matsuda, Keitaro Matsuo, Yuta Kochi, Japanese Research Committee on Idiopathic Osteonecrosis of the Femoral Head, Leah C. Kottyan, Matthew T. Weirauch, Sreeja Parameswaran, Shruti Eswar, Hanan Salim, Xiaoting Chen, Kazuhiko Yamamoto, John B. Harley, Koichiro Ohmura, Tae-Hwan Kim, Sen Yang, Takuaki Yamamoto, Bong-Jo Kim, Nan Shen, Shiro Ikegawa, Hye-Soon Lee, Xuejun Zhang, Chikashi Terao, Yong Cui, Sang-Cheol Bae, “Meta-analysis of 208,370 East Asians identifies 113 susceptibility loci for systemic lupus erythematosus”, Annals of the Rheumatic Diseases, 10.1136/annrheumdis-2020-219209
発表者
理化学研究所
生命医科学研究センター 骨関節疾患研究チーム
大学院生リサーチ・アソシエイト 末次 弘征(すえつぐ ひろゆき)
(九州大学大学院医学系学府医学専攻 博士課程 整形外科学分野)
チームリーダー 池川 志郎(いけがわ しろう)
ゲノム解析応用研究チーム
チームリーダー 寺尾 知可史(てらお ちかし)
福岡大学 医学部 整形外科学教室
教授 山本 卓明(やまもと たくあき)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
九州大学 広報室