黒ウコンのポリメトキシフラボノイドが「長寿遺伝子」産物SIRT1を活性化する

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2021-02-19 東京大学

発表のポイント

  • 黒ウコン由来のポリメトキシフラボノイド(略称KPMF-8・注1)がレスベラトロール(注2)よりも効果的に「長寿遺伝子」産物SIRT1(注3)を活性化することを実証しました。
  • KPMF-8のSIRT1酵素活性促進効果は、レスベラトロールよりも顕著でした。細胞外に与えたKPMF-8が細胞内のSIRT1を活性化できることも示されました。
  • 食品成分によるSIRT1活性化により、健康寿命の伸長に貢献できる可能性があります。

発表概要

「長寿遺伝子」産物サーチュイン1(SIRT1)は、がんや老化関連疾患の予防に関与する重要な酵素です。SIRT1はレスベラトロール等のポリフェノールによって活性化されることが知られています。東京大学大学院農学生命科学研究科の永田教授らは、黒ウコンKaempferia parviflora 由来のポリメトキシフラボノイドであるケルセチン 3,5,7,3′,4′-ペンタメチルエーテル(略称KPMF-8)(注4・図1)が SIRT1 に結合することで、酵素(SIRT1)と基質(Ac-p53ペプチド)との親和性が8.2倍に増強すること、一方、レスベラトロールがSIRT1に結合しても1.4倍しか増強されないことを明らかにしました(図2)。さらにヒト培養細胞(MCF-7)を用いて、培地に添加したKPMF-8が細胞内のSIRT1活性を亢進させることも示しました(図4)。本研究の成果は、カロリー制限以外にも食品成分の摂取によりSIRT1を活性化できることを示唆しており、健康寿命の伸長に貢献できる可能性があります。

発表内容

黒ウコンのポリメトキシフラボノイドが「長寿遺伝子」産物SIRT1を活性化する

図1 ケルセチン 3,5,7,3′,4′-ペンタメチルエーテル(略称KPMF-8)と レスベラトロールの分子構造
ケルセチン 3,5,7,3′,4′-ペンタメチルエーテル(略称KPMF-8)は黒ウコンに含まれる数種のポリメトキシフラボノイドのうち、SIRT1活性化能が高い分子種。ケルセチンの5つの水酸基(OH)がメトキシ基(OCH3)になったもの。数字はメトキシ基の位置を示す。

図2 等温滴定熱測定によるKPMF-8やレスベラトロールの効果の検証
酵素(SIRT1)と基質(Ac-p53 peptide)の親和性は解離定数(KD)55.0 μMであったが、0.2 mMのKPMF-8またはレスベラトロールが存在すると、それぞれ6.67 μMと38.8μMに低下した。KDび低下は親和性の増大に相当し、それぞれ8.2倍と1.4倍に親和性が増大した。

図3 KPMF-8とレスベラトロールのSIRT1への結合モデル
KPMF-8もレスベラトロールもN末端ドメイン(NTD)を欠くSIRT1には結合しなかったため、これらの活性化剤はSIRT1のNTDに結合すると考えられた。核磁気共鳴法により、両分子のNTD結合部位を絞り、結合モデルを構築した。両分子は、SIRT1のNTDのほぼ同じ部位に結合すると示唆された。

図4 細胞外に与えたKPMF-8とレスベラトロールによる細胞内SIRT1の活性化
(左)MCF-7細胞の培地に終濃度20 μMのKPMF-8またはレスベラトロールが存在すると、細胞内のヒストン脱アセチル化酵素の活性が、それぞれ1.7倍と1.2倍に上昇することが示された。(右)SIRT1遺伝子の発現を抑制した(knockdown)MCF-7細胞では、細胞内のヒストン脱アセチル化酵素の活性上昇が見られなかった。これらの結果から、細胞外に与えたKPMF-8もレスベラトロールも、細胞内のSIRT1を活性化できることが示された。


SIRT1遺伝子産物は細胞内の核と細胞質に局在するNAD+依存性脱アセチル化酵素(注5)です。ヒストン・転写因子・酵素を脱アセチル化して、活性制御することで、老化遅延・寿命延長に関連する生体機能調節を行っています。
SIRT1の酵素活性を高める化合物としてブドウ果皮や赤ワインに含まれるレスベラトロールが報告され、「フランスでは、動物性脂肪を多く摂取しているはずなのに、心筋梗塞になる人が少ない」というフレンチパラドックスの謎を解く物質であると提唱されました(図1)。また、日本でも黒ウコンKaempferia parviflora 由来のポリメトキシフラボノイド(略称KPMF-8)がレスベラトロールの5倍以上の活性を示すとの報告(Nakata et al., Nat. Prod. Commun. 9, 1291-1294 (2014))がなされました(図1)。
しかし、SIRT1の酵素活性を測る際に、蛍光基がついた人工的な基質を用いていたため、レスベラトロールやKPMF-8によるSIRT1活性化効果については疑義も呈されていました。
東京大学大学院農学生命科学研究科の永田教授らは、この問題を解決するために、蛍光基がついていない天然のアミノ酸配列をもつ基質ペプチド(Ac-p53)とSIRT1との親和性を等温滴定熱測定法(注6)により測定しました。その結果、KPMF-8は SIRT1と直接結合し、酵素SIRT1と基質ペプチドAc-p53との親和性を8.2倍に、レスベラトロールの場合は1.4倍に、増強させることが示されました(図2)。また、KPMF-8やレスベラトロールがSIRT1タンパク質のN末端ドメイン内のほぼ同じ部位に結合することも示唆されました(図3)。KPMF-8やレスベラトロールと基質ペプチドとの間には親和性はないことから、SIRT1にKPMF-8が結合したSIRT1-KPMF-8複合体がSIRT1のみよりも高い基質親和性を有し、反応効率を高めると考えられます。この試験管内での解析に加え、細胞を用いた解析も行いました。ヒト由来の培養細胞株MCF-7を用いて、細胞外に加えたKPMF-8やレスベラトロールが細胞内のSIRT1を活性化できるかどうかを調べました。その結果、培地に終濃度20μMのKPMF-8を加えたところ、細胞内の脱アセチル化酵素活性が1.7倍に、レスベラトロールの場合は1.2倍に、上昇しました。一方で、SIRT1遺伝子の発現を抑えた細胞では、脱アセチル化酵素活性の上昇は見られなかったため、KPMF-8やレスベラトロールにより上昇した細胞内脱アセチル化酵素活性はSIRT1の活性化によると結論付けました(図4)。ゆえに、KPMF-8は細胞膜を透過して、細胞内のSIRT1に直接作用し、活性化できると考えられます。
「長寿遺伝子」SIRT1は、摂取カロリーの制限により細胞内NAD+濃度上昇を介して活性化されることが知られています。一方、本研究により、黒ウコン由来のポリメトキシフラボノイドKPMF-8がカロリー制限とは異なる作用機序でSIRT1活性化に効果的であることが示されました。KPMF-8はレスベラトロールよりもSIRT1活性化効果が高い食品由来成分であると言えます。本研究の成果は、食品に含まれる植物由来のポリフェノール類がヒトの細胞内酵素の活性調節に寄与しうることを示唆するものであり、今後の研究の進展により、食による健康寿命の伸長に貢献できる可能性があります。

発表雑誌
雑誌名
Communications Biology
論文タイトル
Quercetin 3,5,7,3’,4’-pentamethyl ether from Kaempferia parviflora directly and effectively activates human SIRT1
著者
Mimin Zhang, Peng Lu, Tohru Terada, Miaomiao Sui, Haruka Furuta, Kilico Iida, Yukie Katayama, Yi Lu, Ken Okamoto, Michio Suzuki, Tomiko Asakura, Kentaro Shimizu, Fumihiko Hakuno, Shin-Ichiro Takahashi, Norimoto Shimada, Jinwei Yang, Tsutomu Ishikawa, Jin Tatsuzaki, Koji Nagata*
DOI番号
10.1038/s42003-021-01705-1
論文URL
https://www.nature.com/articles/s42003-021-01705-1
問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 食品生物構造学研究室
教授 永田 宏次(ながた こうじ)

用語解説

注1 ポリメトキシフラボノイド
メトキシ基(OCH3)を複数含むフラボノイド。黒ウコンに加え、柑橘果皮にも含まれる。

注2 レスベラトロール
ブドウ果皮や赤ワインに含まれるポリフェノール。SIRT1遺伝子産物の活性化剤として報告された。赤ワインに含まれることから、フレンチパラドックスの謎を解く物質であると提唱されている。

注3 「長寿遺伝子」産物サーチュイン1(SIRT1)
SIRT1遺伝子は、酵母・線虫・ショウジョウバエで寿命延長効果が報告されており、長寿遺伝子とも呼ばれる。飢餓やカロリー制限、運動等により活性化される遺伝子で、細胞修復・エネルギー生産・プログラム細胞死などに影響を与える。

注4 ケルセチン 3,5,7,3′,4′-ペンタメチルエーテル(略称KPMF-8)
黒ウコンに含まれる数種のポリメトキシフラボノイドのうち、SIRT1活性化能が高い分子種。ケルセチンの5つの水酸基(OH)がメトキシ基(OCH3)になったもの。数字はメトキシ基の位置を示す。図1の構造式の左から右に、順に7位, 5位, 3位, 3’ 位, 4’ 位。

注5 NAD+依存性脱アセチル化酵素
ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)を補酵素とし、側鎖がアセチル化されたリシン残基側鎖末端のアセチル基を加水分解により除去する酵素。4つのクラスに分類され、SIRT1はクラスIIIに属する。

注6 等温滴定熱測定
一定温度下で滴定に伴う熱量変化を検出する方法。分子同士が結合する時に発生または吸収する微小な熱量変化を計測し、得られる滴定曲線から、結合比、結合定数、結合のエンタルピー変化を求めることができ、結合のGibbs自由エネルギー変化、結合のエントロピー変化を算出できる。

発表者
張   迷敏 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任研究員:当時)
陸    鵬  (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 助教)
寺田   透 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 准教授)
隋   苗苗 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 博士課程)
古田  遥佳 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻 博士課程:当時)
飯田 季理子 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任研究員:当時)
片山  幸江 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任研究員:当時)
盧    翌 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任研究員:当時)
岡本   研 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任研究員)
鈴木  道生 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 准教授)
朝倉  富子 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 特任教授)
清水 謙多郎 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 教授)
伯野  史彦 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻 助教)
高橋 伸一郎 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用動物科学専攻 教授)
嶋田  典基 (株式会社常磐植物化学研究所R&BD本部研究開発部 課長)
楊   金緯 (株式会社常磐植物化学研究所R&BD本部研究開発部 部長)
石川   勉 (株式会社常磐植物化学研究所 監査役)
立﨑   仁 (株式会社常磐植物化学研究所 代表取締役社長)
永田  宏次 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 教授)
有機化学・薬学
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