光を信号へと変換するタンパク質の新型ヘリオロドプシンを発見~生物の新たな光利用戦略が明らかに~

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2018-06-21 名古屋工業大学,東京大学,科学技術振興機構,イスラエル工科大学

ポイント
  • これまでに発見されているロドプシンは、タイプ1(微生物由来)とタイプ2(動物由来)のいずれかに分類され、地球上にはタイプ1とタイプ2しか存在しないと考えられていた。
  • 今回、イスラエルのガリラヤ湖に生息する微生物の網羅的遺伝子解析を行い、タイプ1、タイプ2とは異なる新しいロドプシンを発見し、ヘリオロドプシンと名付けた。
  • ヘリオロドプシンは広く微生物やウイルスに含まれていることが分かり、地球上の生物が行う新しい光利用戦略が存在することが明らかになった。今後、オプトジェネティクス(光遺伝学)にも新展開をもたらすことが期待される。

名古屋工業大学 オプトバイオテクノロジー研究センターの神取 秀樹 教授、井上 圭一 准教授(現 東京大学 物性研究所)、角田 聡 客員准教授、イスラエル工科大学のオデド・ベジャ 教授らの国際共同研究グループは、これまでに全く知られていなかった光応答性タンパク質・ロドプシンを発見し、ヘリオロドプシンと名付けました。
本研究は、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費補助金による支援を受けて行われました。
本研究は、英国の科学雑誌「Nature」オンライン速報版(英国時間)に掲載されます。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST「光の特性を活用した生命機能の時空間制御技術の開発と応用(研究総括:影山 龍一郎)」の研究課題「細胞内二次メッセンジャーの光操作開発と応用(研究代表者:神取 秀樹)」、さきがけ研究「光の極限制御・積極利用と新分野開拓(研究総括:植田 憲一)」の研究課題「新規光受容タンパク質が先導する新しいオプトジェネティクス(研究代表者:井上 圭一)」、さきがけ研究「生命機能メカニズム解明のための光操作技術(研究総括:七田 芳則)」の研究課題「新規酵素型ロドプシンを用いた視覚再生の挑戦(研究代表者:角田 聡)」による支援を受けて行われました。

ロドプシンはヒトの目の中で視覚を担う膜タンパク質の1つで、光を認識し、視神経へ信号を伝えるための初期反応を担っています。ロドプシンは、7回膜貫通ヘリックス構造注1)の中に光を吸収する分子としてレチナールを結合しています(図1中、動物由来のタイプ2)。レチナールの光誘起構造変化(光異性化反応注2))がタンパク質の構造を動かすことで、情報伝達分子である三量体Gタンパク質注3)を活性化します。
一方、細菌などの微生物にもロドプシンは存在し、光を情報に変換するもののほか、光でイオンを輸送するものや光で酵素活性をもたらすものなど、さまざまな機能を持つロドプシンが存在します(図1左、微生物由来のタイプ1)。また、20世紀には微生物のロドプシンは特殊な環境に棲息する特殊な生物だけが持っていると考えられていましたが、今世紀に入ってゲノム解析の進化により海の表面に棲息する微生物の7割がロドプシンを持つことが分かってきました。さらに、微生物由来のロドプシンのうち、イオン輸送ロドプシンを動物の脳神経細胞に発現させ、神経興奮や抑制を光で制御することによって動物の行動を操作するオプトジェネティクス(光遺伝学)注4)という新技術が2005年に開発されました。オプトジェネティクスは脳の機能やさまざまな生物の働きを解明するためのツールとして大きな期待を集めています。
このように、応用面からも注目されるロドプシンは、微生物に由来するタイプ1ロドプシン、動物に由来するタイプ2ロドプシンと分類することができます。現在も次々に新しいロドプシンが報告されていますが、それらは必ずタイプ1かタイプ2に分類され、地球上のロドプシンはタイプ1とタイプ2しか存在しないと考えられていました。

今回、イスラエル最大の淡水湖であるガリラヤ湖(英語名 Lake Kinneret)に生息するさまざまな微生物の遺伝子を網羅的に解析しました(メタゲノム解析注5))。それらの中にロドプシンの遺伝子がある場合、その遺伝子を大腸菌で増やしてレチナール分子を加えると、着色するという特徴があります。イスラエルのグループはレチナールを加えることで紫色になったロドプシンと考えられる遺伝子を解析したところ、そのタンパク質のアミノ酸配列はそれまでに知られているタイプ1ともタイプ2とも大きく異なっていることが分かりました。
そこでイスラエルのグループはロドプシンの解析技術に優れた名工大グループに遺伝子を提供し、国際共同研究が始まりました。名工大グループは、さまざまな生物物理学的手法、物理化学的手法を駆使して、この新しいロドプシンの性質を徹底的に調べました。その結果、この新しいロドプシンは、アミノ酸配列が全く異なっているにも関わらず、タイプ1ロドプシンと同じ形のレチナール分子を結合すること、光を吸収すると異性化反応・プロトン移動反応といったよく似た反応過程を示すことが分かりました(図2)。一方、タイプ1ロドプシンに特徴的なイオンを輸送する性質はなく、光反応サイクルが遅いことからこのロドプシンは光情報伝達に関わるものと推測されました。実際、最後に生成する中間体では大きくタンパク質が変形しており、これが信号伝達をもたらすことが示唆されます(図2)。
興味深いことに、本研究により発見されたロドプシン遺伝子をデータベースと照合してみると、たちまち500種類を超える類似タンパク質が見つかりました。その生物種は古細菌、真正細菌、藻類などの真核生物から巨大ウイルスにまで見つかっています。国際共同研究グループは、第3のロドプシンとも言うべきこのタンパク質群にギリシャ語の「太陽」からヘリオロドプシンと名付けました。

今回のヘリオロドプシンの発見により、地球上で生物が行っている光利用戦略が新たに存在することが明らかになりました。しかしながら、ヘリオロドプシンの機能が解明されたわけではありません。ヘリオロドプシンは反応性が遅いことから情報伝達に働いていると考えられていますが、ヒトの目のロドプシンが活性化する三量体Gタンパク質のようなパートナーとなるタンパク質探しは始まったばかりです。
またヘリオロドプシンを動物細胞でつくらせた場合、どのような振る舞いをするのか全く分かっていませんが、ヘリオロドプシンはオプトジェネティクスのツールとしても新しい展開をもたらす可能性があります。

光を信号へと変換するタンパク質の新型ヘリオロドプシンを発見~生物の新たな光利用戦略が明らかに~

図1 微生物由来のタイプ1ロドプシン(左)、動物が持つタイプ2ロドプシン(中)と今回、新発見のヘリオロドプシン(右)

タイプ1ロドプシン、タイプ2ロドプシンがN末端注6)側を細胞外側に向けているのに対して、ヘリオロドプシンはN末端側を細胞内に向けているという特徴がある。

図2 ヘリオロドプシンの光反応サイクル

ヘリオロドプシンが光を吸収するとレチナール分子の異性化反応、プロトン移動反応が起こる。アミノ酸配列が大きく異なっているにも関わらず、光反応がサイクルを示し、K、M、Oといった中間体が生成することはタイプ1ロドプシンとよく似ている。一方、詳細な生物物理学的解析によれば、タイプ1とは異なるヘリオロドプシンの特徴も明らかになっている。

注1)7回膜貫通ヘリックス構造
ロドプシンタンパク質は7本のらせん(ヘリックス)状の構造を持ち、さらにそれらが参考図のような束となって細胞の最も外側を取り囲む細胞膜に埋まった形で存在する。そしてこの構造のことを7回膜貫通ヘリックス構造と呼ぶ。
注2)光異性化反応
ロドプシンは分子の中央に可視光を吸収するためのレチナールを結合し、そのレチナールが光を吸収するとその骨格構造の折れ曲がり方が変化し、それによってタンパク質の生理機能の発現が駆動される。この光によるレチナールの骨格構造の変化を光異性化と呼ぶ。
注3)三量体Gタンパク質
細胞内情報伝達に関わるGTP結合タンパク質であり、ロドプシンのような7回膜貫通ヘリックス構造を持つ受容体タンパク質により活性化される。GTP結合タンパク質共役型受容体(GPCR)として総称される受容体は視覚などの感覚だけでなく、神経伝達物質やホルモンなどの情報伝達に関わり、創薬の重要なターゲットである。
注4)オプトジェネティクス(光遺伝学)
光学(optics)と遺伝学(genetics)を合わせた造語であり、創始者のDeisseroth博士により名付けられた。2005年に行われた最初の実験では、微生物由来のチャネルロドプシンを神経細胞に発現させ、光で神経を興奮させることにより動物の行動を制御した。脳機能解明のための新手法として期待されているが、現在では光で生物の活動を制御・操作する手法に対して広く使われる。
注5)メタゲノム解析
海洋や湖沼、土壌などにはさまざまな生物由来のDNA断片が混合物として存在しており、それらをメタゲノム(ある生物の遺伝子全体を意味する「ゲノム(genome)」に、さらに「超越」を意味するメタ(meta-)を融合した造語)と呼ぶ。そしてこれらのメタゲノムのDNA断片を遺伝子シーケンス技術を用いて解析することで、もととなった生物の細胞内で働くタンパク質のアミノ酸配列情報を網羅的に調べることができる。
注6)N末端・C末端
タンパク質はアミノ酸が一列に連なった鎖状の構造をしており、その末端は窒素と水素からなるアミノ基(-NH3)および炭素・酸素・水素からなるカルボキシル基(-COOH)と呼ばれる化学構造を持っている。ここからアミノ基側の末端をN末端、それに対するカルボキシル基側の末端をC末端と呼び、それを基準にすることでタンパク質の方向性を知ることができる。また細胞内ではタンパク質はN末端からC末端に向けて合成が行われる。

タイトル:“A distinct abundant group of microbial rhodopsins discovered using functional metagenomics”
著者名:Alina Pushkarev, Keiichi Inoue, Shirley Larom, José Flores-Uribe, Manish Singh, Masae Konno, Sahoko Tomida, Shota Ito, Ryoko Nakamura, Satoshi P. Tsunoda, Alon Philosof, Itai Sharon, Natalya Yutin, Eugene V. Koonin, Hideki Kandori, Oded Béjà
doi:10.1038/s41586-018-0225-9

<研究に関すること>

神取 秀樹(カンドリ ヒデキ)
名古屋工業大学 大学院工学研究科 生命・応用化学専攻 オプトバイオテクノロジー研究センター 教授
井上 圭一(イノウエ ケイイチ)
東京大学 物性研究所 准教授

川口 哲(カワグチ テツ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部

<報道担当>

名古屋工業大学 企画広報課 広報室
東京大学 物性研究所 広報室
科学技術振興機構 広報課

生物化学工学
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