5つの治療標的遺伝子を迅速に診断可能
2021-08-17 国立がん研究センター
発表のポイント
- 肺がん遺伝子スクリーニングネットワーク「LC-SCRUM-Asia」では、Amoy Diagnostics社が開発した新規遺伝子診断薬「AmoyDx肺癌マルチ遺伝子PCRパネル」の臨床性能評価を行いました。
- LC-SCRUM-Asiaの研究結果に基づき、2021年6月25日に肺がん治療における4つの標的遺伝子(EGFR、ALK、ROS1、BRAF)の診断薬として、更に2021年8月12日にはMET遺伝子の診断薬として、「AmoyDx肺癌マルチ遺伝子PCRパネル」の国内製造販売が承認されました。
- 今回の承認によって、肺癌診療ガイドラインで推奨されている5つの標的遺伝子を迅速に診断して、適切な初回治療薬を選択することが可能となります。
概要
国立研究開発法人国立がん研究センター(理事長:中釜 斉、東京都中央区)東病院(病院長:大津 敦、千葉県柏市、以下東病院)は、肺がん遺伝子スクリーニングネットワーク「LC-SCRUM-Asia」(研究代表者:東病院 呼吸器内科長 後藤 功一)に蓄積された検体と遺伝子解析データを活用し、Amoy Diagnostics社(代表取締役社長兼CEO:Limou Zheng、中国)が開発した新たな遺伝子診断薬「AmoyDx肺癌マルチ遺伝子PCRパネル」の良好な診断性能を確認しました。本研究結果に基づき、製造販売元となる株式会社理研ジェネシス(代表取締役社長:岩壁 賢治、東京都品川区、以下理研ジェネシス)から本診断薬の承認申請が行われ、2021年6月25日に肺がん治療における4つの標的遺伝子(EGFR、ALK、ROS1、BRAF)の診断薬として、更に2021年8月12日にはMET遺伝子の診断薬として、国内製造販売承認を取得しました。
本製品は、進行肺がんから採取した微量な検体を用いて、複数の遺伝子を同時にかつ迅速に検査することができるマルチ遺伝子診断薬です。今回の承認によって、日本国内の進行肺がん患者さんへ有効な治療薬をより早く、より確実に届けることが可能になり、肺がんにおける最適医療(プレシジョン・メディシン)の発展に大きく貢献することが期待されています。
研究の背景
日本における死因の第1位はがんであり、その中で肺がんはがん死亡原因として最多です。肺がんに罹患した患者さんのうち、約3分の2の患者さんが手術不能の進行がんとして発見され、抗がん剤治療や放射線治療などを受けています。近年の遺伝子解析技術の進歩により、肺がん発症の原因となる様々な遺伝子異常が相次いで発見され、これらの遺伝子異常を有する肺がんには、遺伝子異常を標的とした抗がん剤(分子標的薬)が極めて有効であることがわかってきました。現在、EGFR、ALK、ROS1、BRAF、METといった遺伝子に異常のある肺がんには、それぞれに対する分子標的薬を初回治療として用いることが肺癌診療ガイドラインでも強く推奨されており、進行肺がんの治療開始前には、遺伝子検査によってこれらの遺伝子異常を診断することが必須となっています。
これまでの遺伝子診断法は、個々の遺伝子をひとつずつ検査する“1遺伝子1検査”の方法が用いられてきました。しかしこの方法で複数の遺伝子を診断するには、多くの時間と検体量が必要であるため、全ての遺伝子異常の結果を確認する前に、分子標的薬以外の通常の抗がん剤で治療を開始しなければならない状況が多くみられました。近年、次世代シーケンサー(NGS)*1を用いた遺伝子診断法が国内で承認され、複数の遺伝子を同時に診断できるようになりました。しかし、NGSを用いた遺伝子診断は、診断結果を得るまでに約2~3週間かかること、検体の量不足や質不良のため遺伝子解析が成功しない場合もありました。このため、微量の検体でも、複数の遺伝子を迅速にかつ確実に診断できる検査方法が求められていました。
研究概要
LC-SCRUM-Asiaでは、2013年からの8年間で1万3千例を超える肺がん患者さんの遺伝子解析を行い、様々な新規分子標的薬や遺伝子診断薬の開発、臨床応用に貢献してきました。2019年6月からは、東病院 呼吸器内科医長の松本慎吾が中心となり、PCR法*2を用いた新たなマルチ遺伝子診断薬「AmoyDx肺癌マルチ遺伝子PCRパネル」を、LC-SCRUM-Asiaにおける肺がんの遺伝子解析へ導入しました。
本診断薬は、気管支鏡検査や針生検検査などで得られる肺がんの微量な検体を用いて、既存のNGSを用いた方法よりも迅速に、かつ複数の標的遺伝子を同時に診断することが可能です。LC-SCRUM-Asiaで本診断薬の診断精度や有用性を検討するとともに、株式会社Precision Medicine Asia(代表取締役:池田 龍哉、東京都港区)からの委託研究として、LC-SCRUM-Asiaに蓄積された検体と遺伝子解析データを活用して本診断薬の臨床性能評価を行いました。その結果、本診断薬は複数の肺がん標的遺伝子について極めて良好な診断性能を有し、臨床応用が可能であることが評されました。この臨床性能評価の結果に基づき、販売元の理研ジェネシスから本診断薬の承認申請が行われ、2021年6月25日にまず4つの遺伝子(EGFR、ALK、ROS1、BRAF)の診断薬として国内製造販売承認を取得しました。さらに8月12日には、MET遺伝子も含む計5遺伝子の診断薬として国内製造販売承認を取得しました(表1)。
表1:AmoyDx肺癌マルチ遺伝子PCRパネルで診断する遺伝子異常と対応する分子標的薬
遺伝子異常 | 分子標的薬 |
---|---|
EGFR遺伝子変異 | ゲフィチニブ、エルロチニブ塩酸塩、アファチニブマレイン酸塩、オシメルチニブメシル酸塩 |
ALK融合遺伝子 | クリゾチニブ、アレクチニブ塩酸塩、ブリグチニブ |
ROS1融合遺伝子 | クリゾチニブ |
BRAF遺伝子変異 | ダブラフェニブメシル酸塩とトラメチニブ とジメチルスルホキシド付加物の併用投与 |
MET エクソン14スキッヒ゜ンク゛ | テポチニブ塩酸塩水和物 |
LC-SCRUM-Asiaでこれまでに約3000例を対象に行った本診断薬による前向きの遺伝子解析では、検体を提出してから解析結果報告までの期間は中央値で3日であり、また解析成功割合は95%でした。従って、本診断薬を用いることで、進行肺がんの患者さんに有効な治療薬をより早く確実に届けることができることが期待されます(図1)。
図1:迅速なマルチ遺伝子診断に基づく治療薬選択
今後の展望
「AmoyDx肺癌マルチ遺伝子PCRパネル」は、今回の5つの標的遺伝子以外に、4つの標的遺伝子の解析もできるように設計されており、合計9つの遺伝子解析を短期間で行うことが出来ます。残りの4つの遺伝子は、既に承認されている治療薬の標的遺伝子や、臨床試験で有効性が報告されている有望な治療薬の標的遺伝子から構成されており、今後、残り4つの遺伝子の診断性能も評価し、コンパニオン診断として承認されることを目指しています。将来的に、9つ全ての遺伝子を同時に診断して治療に繋げることが可能となれば、遺伝子診断に基づく肺がんの個別化医療がますます発展していくと期待されます。
今後も、LC-SCRUM-Asiaは、日本及び東アジア各国の参加施設や肺がん患者さんの協力のもと、大規模な遺伝子解析データや臨床データの蓄積によって、新しい遺伝子診断薬や治療薬の開発を推進し、肺がんの最適医療(プレシジョン・メディシン)の確立に挑戦していきます。
LC-SCRUM-Asia(エルシー・スクラム・アジア)について
2013年より国立がん研究センターが全国の医療機関、製薬企業と協力して開始した遺伝子スクリーニング事業「LC-SCRUM-Japan」(代表:東病院呼吸器内科長 後藤功一)は、2019年より、その実施基盤を東アジアに拡大し、現在は「LC-SCRUM-Asia」として国際的な遺伝子スクリーニング事業を行っています。2021年6月までに1万3千人以上の肺がん患者さんに参加いただき、肺がんの新しい治療薬、診断薬の臨床応用を目指して、大規模な遺伝子解析を行ってきました。今後も、肺がんの最適医療の発展を目指して、アカデミアと産業界が一体となって、新規の治療薬や診断薬の開発を推進していきます。
用語解説
*1 次世代シーケエンサー(Next Generation Sequencer:NGS)
DNA(遺伝子)の塩基配列を、高速にかつ大量に読み取る解析装置。
*2 PCR法
PCRとは、polymerase chain reaction(ポリメラーゼ連鎖反応)の略語で、ポリメラーゼという酵素を使ってDNAを増幅する方法。がん細胞で起こっている遺伝子の変異や融合などを検出する方法としても用いられる。
お問い合わせ先
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国立研究開発法人国立がん研究センター東病院 LC-SCRUM-Asia 研究事務局
参加方法:http://www.scrum-japan.ncc.go.jp/patient_participate/lc_scrum/index.html
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国立研究開発法人国立がん研究センター 企画戦略局 広報企画室(柏キャンパス)