免疫のカギは意外なところに~常識をくつがえす新たな大腸がん抗原を発見~

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がん予防ワクチンに大きな期待

2021-10-04 札幌医科大学,日本医療研究開発機構

研究の概要

ヒトの免疫細胞ががん細胞を攻撃することが知られていますが、どのような分子(抗原*1)を狙っているのかよくわかっていませんでした。札幌医科大学医学部病理学第一講座(鳥越俊彦教授)の金関貴幸講師らの研究グループは、従来タンパクをつくらないとされてきた非翻訳RNA*2の一部が断片的に翻訳されてがん細胞表面に提示され、Tリンパ球と呼ばれる免疫細胞の標的となっていることを発見しました。この発見は新しいがん予防ワクチンの開発につながる研究成果として期待されます。

研究のポイント
  • 免疫細胞(細胞障害性Tリンパ球*3)ががん細胞を識別・攻撃するための標的分子(抗原)を探索
  • 一部の非翻訳RNAが断片的に翻訳されていることを解明
  • PVT1*4と呼ばれる長鎖非翻訳RNAの翻訳産物がCD8+T細胞の標的となっていることを発見
  • 健常人の血液からも、PVT1を標的とする細胞障害性T細胞を確認。


概要図

研究の背景と結果

ヒト免疫細胞(細胞障害性Tリンパ球)の攻撃によりがんが退縮することがわかっています。新しいがん治療薬である免疫チェックポイント阻害剤はこの仕組みを応用しています。しかし、リンパ球がどのような分子(抗原)を認識し、がん細胞を優先的に攻撃するのかよくわかっていません。金関講師らの研究グループはこれまでプロテオミクス技術を活用しこの問題に取り組んできました。ヒト細胞ではタンパクをつくらないとされる非翻訳RNAが数多く転写されています。今回、研究グループは長鎖非翻訳RNAに着目し、リンパ球標的となっている可能性を検証しました。ここではマススペクトル解析に次世代シーケンサー解析を組み合わせた、プロテオゲノミクスHLAリガンドーム解析*5と呼ばれる新しい技術を用いました(図1)。


図1.プロテオゲノミクスHLAリガンドーム解析の流れ

大腸がん組織で解析を重ねたところ、PVT1と呼ばれる長鎖非翻訳RNAから断片的に翻訳が生じており、がん細胞表面に提示されていることがわかりました。さらに、複数の患者大腸がん組織中からPVT1ペプチドを認識する細胞障害性Tリンパ球(CD8+ Tリンパ球)が検出され、このTリンパ球はがん細胞を正確に識別して攻撃していることが確認できました。

研究の意義、これからの可能性、今後への期待、今後の展開など

PVT1はがん遺伝子として働いていると考えられており、多くの大腸がん組織で発現しています。がん免疫療法の標的分子としての有用性が期待され、鳥越教授らの講座では製薬企業と共同して、大腸がんの治療に向けた人工抗体製剤や遺伝子改変リンパ球の開発を行っています。また新型コロナウイルスワクチンで用いられているmRNAワクチン技術を応用して、がん予防ワクチンの開発研究も実施中です。

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE)および日本学術振興会の科学研究費助成事業の支援をうけて実施されました。

用語解説
*1 抗原
ヒト有核細胞は細胞表面にHLAと呼ばれる分子を発現しています。HLAは細胞内で生じた様々なタンパク断片(ペプチド)と結合し、ペプチド-HLA複合体の状態で細胞表面に提示されています。HLAクラスIとクラスIIの2つのタイプが知られています。CD8+ T細胞はHLAクラスIと結合したペプチドをスクリーニングして攻撃標的を決定します。HLA-A24はクラスIの種類のひとつです。一般的に、リンパ球認識に必要な標的分子を抗原と呼びます。Tリンパ球の場合はペプチドとHLAの複合体が抗原に相当します。がん細胞を識別するために必要な抗原はがん抗原と呼ばれます。
*2 (長鎖)非翻訳RNA
ゲノムからRNAが転写され、RNAからタンパク質が翻訳されます。タンパクの短い断片はペプチドと呼ばれます。しかし、タンパク質をつくらない「非翻訳RNA」が数多く存在していることがわかってきました。これらの多くはその機能・役割がわかっていません。一定以上の長さのものを長鎖非翻訳RNA(long non-coding RNA, lncRNA)と呼びます。
*3 細胞障害性Tリンパ球
Tリンパ球には大きくCD8+とCD4+の2つのタイプがあります。このうち、CD8+ Tリンパ球はがん細胞やウイルス感染細胞を識別し、除去する役割を担っています。
*4 PVT1
長鎖非翻訳RNAのひとつです。ゲノム上はがん遺伝子Mycの下流に存在し、Mycと協調して腫瘍形成に働くことがわかってきました。
*5 プロテオゲノミクスHLAリガンドーム解析
従来型プロテオミクスはデータベース登録されている既知のタンパク配列のみを検索対象とします。一方、プロテオゲノミクスはサンプル遺伝子情報をベースに解析するため、データベースにない配列も対象にできます。HLAリガンドーム解析は、細胞のHLAに提示されたペプチドを一括抽出し、網羅的に配列解読する新しい技術です。
論文発表
公表雑誌
Cancer Immunology Research(2021年8月25日米国東部時間)
DOI
10.1158/2326-6066. CIR-20-0964 OnlineFirst
論文名
CD8+ T-cell immune surveillance against a tumor antigen encoded by the oncogenic long non-coding RNA, PVT1
著者
Yasuhiro Kikuchi1, Serina Tokita1,2, Tomomi Hirama1,2, Vitaly Kochin1,3, Munehide Nakatsugawa1,4, Tomoyo Shinkawa1, Yoshihiko Hirohashi1, Tomohide Tsukahara1, Fumitake Hata2, Ichiro Takemasa5, Noriyuki Sato1,2, Takayuki Kanaseki1*, Toshihiko Torigoe1

  1. Department of Pathology, Sapporo Medical University, Japan
  2. Sapporo Dohto Hospital, Japan
  3. Department of Immunology, Nagoya University, Japan
  4. Department of Pathology, Tokyo Medical University Hachioji Medical Center, Japan
  5. Department of Surgery, Surgical Oncology and Science, Sapporo Medical University, Japan

* Corresponding author

お問い合わせ先

本件に関するお問い合わせ先
札幌医科大学病理学第一講座
金関貴幸 鳥越俊彦

AMED事業に関する問い合せ
日本医療研究開発機構
創薬事業部 医薬品研究開発課 次世代がん医療創生研究事業(P-CREATE)

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