血中鉄代謝マーカー濃度とがん罹患リスクとの関連について~多目的コホート研究(JPHC研究)からの成果報告~

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2022-09-05 国立がん研究センター

私たちは、いろいろな生活習慣と、がん・脳卒中・心筋梗塞などの病気との関係を明らかにし、日本人の生活習慣病予防と健康寿命の延伸に役立てるための研究を行っています。平成2年(1990年)と平成5年(1993年)に、岩手県二戸、秋田県横手、長野県佐久、沖縄県中部、茨城県水戸、新潟県長岡、高知県中央東、長崎県上五島、沖縄県宮古の9保健所管内(呼称は2019年現在)にお住まいだった方々のうち、ベースライン調査のアンケートにご回答下さり、健診などの機会に血液をご提供下さった40~69歳の男女約3万4千人の方々を、平成21年(2009年)まで追跡した結果に基づいて、鉄代謝マーカーであるフェリチンなどの濃度とがん罹患リスクの関連を調べた結果を論文発表しましたので紹介します{Cancer Prev Res (Phila). 2022年7月Web先行公開}。

鉄代謝マーカーとは

鉄は人体の健康維持に必要な必須微量元素の一つです。一方、体内に過剰な鉄が存在することは、活性酸素の増加を介して発がんにつながることと関連する可能性が指摘されています。体内の鉄の状態を知るためには、複数の検査値が有用です。今回の研究では、血漿鉄、フェリチン、ヘプシジンを鉄代謝マーカーとして調べました。血清鉄は血液中の鉄の量、フェリチンは体内の貯蔵鉄の状態を反映するマーカーです(今回の研究では、血清鉄の参考値となる、血漿鉄を測定しました)。ヘプシジンは、体内の貯蔵鉄の量が多い場合に肝臓から多く産生され、それにより主に鉄の吸収を抑制する指令を出すホルモンです。多くの場合血清鉄やフェリチンはヘプシジンと相関します。

保存血液を用いた症例コホート研究について

多目的コホート研究のベースライン調査のアンケート調査に加え、血液をご提供くださった男女約3万4千人の方々を対象に、追跡調査を行いました。15.6年(中央値)の追跡期間中に、3,734人のがん罹患が確認されました。今回の研究では、がんに罹患したグループと比べるための対照グループとして、同じ約3万4千人の方々の中から、4,456人を無作為に選びました。がんに罹患する前に保存された血液を用い、鉄代謝マーカー(フェリチン、血漿鉄、ヘプシジン)を測定しました。それらを用いて、血中フェリチン値に基づく体内の貯蔵鉄の状態(鉄欠乏:フェリチン<30 ng/ml、鉄過剰:男性ではフェリチン>300 ng/ml、女性ではフェリチン>200 ng/ml)ががん罹患と関連するか、を調べました。解析では、年齢、性別、喫煙状況、飲酒状況、身体活動量、がん家族歴の有無、糖尿病の既往の有無、体格(BMI)など、がんと関連する要因を統計学的に調整し、これらの影響をできるだけ取り除きました。
また血漿鉄、ヘプシジンについては、その濃度によって、人数が均等になるように4つのグループに分け、濃度が最も低いグループを基準として、他のグループにおける、その後の全てのがん罹患や部位別のがん罹患との関連を調べました。

体内の貯蔵鉄が過剰な状態は肝臓がんリスク上昇と関連

体内の貯蔵鉄が過剰な状態(男性でのフェリチン>300 ng/ml、女性でのフェリチン>200 ng/ml)は、体内の貯蔵鉄が正常範囲の状態(男性フェリチン30-300 ng/ml、女性フェリチン30-200 ng/ml)と比較して、統計学的有意に、肝臓がん罹患リスク上昇と関連しました(図1)。
また、血液中の鉄の量を反映する血漿鉄が最も低いグループと比べて、最も高いグループでは、肝臓がん罹患リスク上昇と関連しました。さらに、体内への鉄吸収を阻害するホルモンであるヘプシジンに関しては、その最も低いグループと比べて、最も高いグループでは、肝臓がん罹患リスク低下と関連しました。言い換えると、これはヘプシジンが低いことが肝臓がん罹患リスク上昇と関連するといえます(図なし)。

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図1 鉄過剰(男性でのフェリチン>300 ng/ml、女性でのフェリチン200 ng/ml)とがん全体およびがんの部位別罹患リスク
ハザード比:鉄欠乏・鉄過剰どちらでもないグループを1としたときの、ハザード比
※赤字は統計学的に有意ながん罹患リスク上昇がみられたもの

体内の貯蔵鉄が欠乏する状態とがんの関連

図2に示すように、体内の貯蔵鉄が欠乏する状態(フェリチン<30 ng/ml)は体内の貯蔵鉄が正常範囲の状態(男性フェリチン30-300 ng/ml、女性フェリチン30-200 ng/ml)と比較して、がん全体、胃がん、大腸がん罹患リスク上昇と関連しました。胃がん、大腸がんをはじめとする消化器がんでは、がんの存在によって体内に鉄欠乏が生じることがよく知られています。そこで、観察開始から最初の3年に、がん罹患、あるいはほかの理由で追跡不可能となった方を除外した解析を行ったところ、大腸がんでは有意な関連を認めなくなりました。これは、がんにより鉄欠乏が生じたのではなく、がんの診断前に体内の鉄欠乏が先行していた可能性を示唆するものです。一方胃がんでは、上記の追跡開始から3年以内にがんに罹患した方を除外した解析でも、体内の鉄欠乏との有意な関連がみられました。胃がんの発生のリスク要因である萎縮性胃炎によって、体内に鉄欠乏が生じることがよく知られています。今回観察された体内の鉄欠乏と胃がんとの関連は萎縮性胃炎によって説明がつくのではないかと推測されます。

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図2 鉄欠乏(フェリチン<30 ng/ml)とがん全体および胃がん・大腸がん罹患リスク
ハザード比:鉄欠乏・鉄過剰どちらでもないグループを1としたときの、ハザード比
※赤字は統計学的に有意ながん罹患リスク上昇がみられたもの

まとめ

今回の研究から、体内の貯蔵鉄が過剰な状態にある人では、肝臓がんに罹患するリスクが高いことが分かりました。
これまでの海外の研究では、非アルコール性脂肪肝炎の患者や一般人口集団において、血清鉄や体内の貯蔵鉄状態を示すトランスフェリン・飽和度の高値に反映される鉄過剰状態と肝臓がん罹患リスク上昇との関連が示されており、本研究は、過去の研究結果と一致するものです。さらに本研究では、ヘプシジンが低いことが、肝臓がん罹患リスク上昇と関連することを示しました。このことは、肝臓がんにおいて、ヘプシジンが十分高くなれないような病態が存在し、体内の貯蔵鉄が過剰になることで、肝臓がん罹患リスク上昇とつながりうることを示すものと考えます。本研究は、一般人口集団における鉄過剰の状態と肝臓がん罹患リスク上昇を日本人において初めて示したものです。さらにヘプシジンの低値が肝臓がん罹患リスク上昇に寄与することを示した初めての報告です。

本研究では肝炎ウイルスへの感染など、鉄代謝マーカーに影響を与え得る要因のうち情報を得ることが出来なかった要因の影響については考慮できていないこと、極端な鉄過剰の方(フェリチン>1000 ng/mlなど)における肝臓がん以外のがん罹患リスクに関しては、そういった方が少なく十分評価できなかったことなどが、研究の限界点として挙げられます。

多目的コホート研究の参加者からご提供いただいた血液を用いた研究は、国立がん研究センターの倫理審査委員会の承認を得た研究計画をもとに、「疫学研究に関する倫理指針」や「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」などに則って実施されています。国立がん研究センターにおける研究倫理審査については、公式ホームページをご参照ください。

多目的コホート研究では、ホームページで保存血液を用いた研究のご紹介を行っています。

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