2022-12-16 生理学研究所
ポイント
- 間欠性跛行(※1)を伴う末梢動脈疾患の治療には、血管内皮細胞の活性化による血管新生やその後の血管の動脈化(血管平滑筋細胞の成熟化)が重要であると考えられてきた。
- 血管平滑筋に発現するTRPC6チャネルの活性を阻害することで、血管内皮機能に関係なく末梢循環障害を回復できることをマウスで明らかにした。
- 生活習慣病や加齢により、血管内皮機能が低下した末梢動脈疾患患者に対して、TRPC6チャネルの直接的阻害が新たな治療戦略となる可能性を示した。
概要
手足などの末梢血管の閉塞によって正常に血液が循環しなくなる末梢循環障害は、高齢化に伴い罹患者が増え続けています。血管閉塞後、血管の内皮細胞が活性化することで血管の新生や機能的成熟が起こると考えられており、内皮細胞を標的とする治療薬の開発が注目を集めてきました。しかし実際には、加齢や生活習慣病等の理由により既に血管内皮機能が低下している患者が多く、内皮細胞ありきの治療法では十分な効果が期待できていません。本研究では、血管平滑筋細胞に発現している受容体作動性チャネルタンパク質TRPC6(※2)に着目し、独自に見出したTRPC6チャネル阻害薬が、血管内皮機能に関係なく、下肢虚血後の末梢循環障害を改善させることをマウスで明らかにしました。
九州大学大学院薬学研究院の西田基宏教授、加藤百合助教らの研究グループは、自然科学研究機構生理学研究所/生命創成探究センター、信州大学、京都大学などとの共同で、下肢虚血後のマウス血管において、血管内皮細胞由来弛緩因子が血管平滑筋細胞のTRPC6タンパク質をリン酸化することでチャネル活性を抑制し、その結果、遺伝子改変マウスを用いて血管の成熟が促進されることを明らかにしました。さらに、環境調和創薬化学分野・大嶋孝志教授らとの連携により、TRPC6チャネル阻害活性をもつ化合物の中から、下肢虚血後の血流回復を最も強く促進する1-BPを得ることに成功しました。
今回の発見は、加齢や生活習慣など様々な患者背景に依存しない末梢循環障害治療の新たな可能性を提案するものと期待されます。
本研究成果は英国の雑誌「British Journal of Pharmacology」とスイスのオープンアクセス雑誌「Cells」に、それぞれ2022年12月12日(月)、6月28日(火)に掲載されました。
【研究の背景と経緯】
末梢血管の閉塞によって引き起こされる末梢循環障害は、高齢化社会が進むにつれて罹患者数も増加し続けており、現在、日本国内では600~700万人が末梢循環障害と推定されています。閉塞の原因には加齢、動脈硬化や高脂血症、糖尿病などが挙げられ、複数の疾患を持つ人も多く、重篤化すると血流が滞るため血液供給を受けられなかった組織が壊死することもあります。血管閉塞からの血流回復には、血管内皮細胞の活性化による血管新生やその後の血管の動脈化(血管平滑筋細胞の成熟)が重要と考えられてきました(図1)。しかしながら、現在使用されている治療薬は血管内皮細胞を標的とした血管拡張薬や抗凝血薬であり、加齢や疾患のため血管内皮細胞の機能が落ちている場合は、十分な効果が期待できませんでした。我々は受容体活性型のCa2+透過型カチオンチャネルであるTRPC6の69番目のトレオニンをリン酸化することでチャネル活性を抑制し、血管平滑筋細胞の筋分化(血管成熟)を促進することを細胞レベルで明らかにしてきました。本研究では、血管平滑筋に発現するTRPC6に着目し、遺伝子改変マウスを用いて血管内皮細胞の機能に関与しない新たな治療法の開発を目指しました。
【研究の内容と成果】
マウス下肢の動脈を結紮し下肢虚血モデルを作製した結果、虚血肢において顕著なTRPC6のmRNA発現量の増加が見られました。野生型マウスと比べてTRPC6ノックアウトマウスでは血流回復が促進しました。このことから、TRPC6が虚血後の血流回復を妨げていることが明らかになりました。また、虚血処置をした野生型マウスのTRPC6タンパク質をリン酸化させると、血流回復が促進され、さらに新生血管の指標であるCD31陽性血管数の上昇や血管平滑筋細胞が筋分化することで見られる血管径の増大が見られたことから、TRPC6のリン酸化によるチャネル活性阻害は血管新生や血管成熟を促すことがわかりました。
次に、TRPC6ノックアウトマウスの血管平滑筋特異的にTRPC6(野生型)、TRPC6リン酸化変異体(T69A:リン酸化阻害)を過剰発現させた遺伝子改変マウスを用いて虚血に対する血流回復効果を検証しました。その結果、TRPC6(野生型)を発現させたマウスではTRPC6をリン酸化することで血流回復が見られましたが、TRPC6リン酸化変異体(T69A)を発現させたマウスでは回復効果は見られませんでした。また、血管内皮機能障害をもつ動脈硬化モデルApoEノックアウトマウスに虚血処置をして、TRPC6阻害剤を投与すると野生型マウスと同様に血流が回復したことから、マウスにおいて血管内皮機能に依存せずTRPC6チャネル活性を抑制することで血流回復を促していることが明らかになりました(図2)。さらに、TRPC6阻害剤の中から最も強く血流回復を促進する化合物1-BPを見いだしました(図3)。
以上の結果から、末梢循環障害後、TRPC6を阻害することで血管内皮細胞の機能に関係なく血管を新生し、さらに血管の成熟を促進させることが示唆されました。
【今後の展開】
本研究により、末梢循環障害に対して血管内皮細胞の機能が落ちている場合にでも有効な新たな治療標的としてTRPC6を見いだしました。今回見いだしたTRPC6阻害によって誘導される新生血管数の増大や血管成熟のメカニズムは不明なため、これから明らかにしていく必要があります。今後はより特異的なTRPC6阻害剤を探索し、複数の疾患をもつ患者さんでも使用可能な有用な治療薬を探索していく予定です。
図1マウスへの下肢虚血処置後の血流回復
虚血処置前(0日)、1、7、14日後にレーザードップラー血流計を用いて下肢の血流を測定しました。
血管閉塞後は血管新生が促され、血管成熟を経て、血流が回復することが報告されています。
図2 血管平滑筋におけるTRPC6リン酸化
ホスホジエステラーゼ3(PDE3)の阻害により、細胞内のcAMPを上昇させ、プロテインキナーゼA(PKA)がTRPC6の69番目のトレオニンをリン酸化し、TRPC6のチャネル活性を抑制します。
図3 1-BP (1-benzyl-1-(11-hydroxyundecyl)piperidin-1-ium chloride)
用語解説
(※1) 間欠性跛行(はこう)
少し歩くと次第に足に痛みを覚え、休息をとると再度歩行可能になる現象のこと。主に血管が詰まるなどして血流が悪くなり引き起こされます。
(※2) TRPC6
Transient receptor potential canonical (TRPC)6は全身に広く発現している受容体作動性カチオンチャネル。
謝辞
本研究はJSPS科研費(JP19K07116, JP19H03383, JP21H05269, JP22H02772, JP22H04814, JP22K06842)、AMED(JP22ama121031)などの助成を受けたものです。
論文情報
掲載誌:British journal of pharmacology
タイトル:Inhibition of TRPC6 promotes capillary arterialization during post-ischemic blood flow recovery
著者名:Takuro Numaga-Tomita, Tsukasa Shimauchi, Yuri Kato, Kazuhiro Nishiyama, Akiyuki Nishimura, Kosuke Sakata, Hiroyuki Inada, Satomi Kita, Takahiro Iwamoto, Junichi Nabekura, Luts Birnbaumer, Yasuo Mori and Motohiro Nishida.
DOI:10.1111/bph.15942
掲載誌:cells
タイトル:A TRPC3/6 channel inhibitor promotes arteriogenesis after hind-limb ischemia.
著者名:Tsukasa Shimauchi, Takuro Numaga-Tomita, Yuri Kato, Hiroyuki Morimoto, Kosuke Sakata, Ryosuke Matsukane, Akiyuki Nishimura, Kazuhiro Nishiyama, Atsushi Shibuta, Yutoku Horiuchi, Hitoshi Kurose, Sang Geon Kim, Yasuteru Urano, Takashi Ohshima and Motohiro Nishida.
DOI:10.3390/cells11132041
お問合せ先
<研究に関すること>
九州大学大学院薬学研究院生理学分野
大学共同利用機関法人自然科学研究機構 生理学研究所 心循環シグナル研究部門
教授 西田基宏(ニシダモトヒロ)
<報道に関すること>
九州大学 広報室
自然科学研究機構 生理学研究所 研究力強化戦略室