新型コロナウイルス・オミクロン株のCH.1.1系統に対する 治療薬と2価ワクチンの効果を検証

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2023-03-10 東京大学医科学研究所

発表のポイント

  • イギリスで、XBB.1.5系統と共に流行しているオミクロン株CH.1.1系統について、4種類の抗体薬(ソトロビマブ、ベブテロビマブ、カシリビマブ・イムデビマブ、チキサゲビマブ・シルガビマブ)は、そのウイルス感染を阻害しなかった。
  • 4種類の抗ウイルス薬(レムデシビル、モルヌピラビル、ニルマトレルビル・リトナビル、エンシトレルビル)は、CH.1.1系統のウイルスに対して高い増殖抑制効果を示した。
  • BA.4/5株対応2価ワクチンによって、CH.1.1系統のウイルスに対する中和活性は増強され、ほとんどの検体が中和活性を示した。
 発表内容

新型コロナウイルス変異株・オミクロン株の流行は、現在も続いています。オミクロン株は、主に5つの系統(BA.1、BA.2、BA.3、BA.4、BA.5)に分類されます。2023年3月現在、日本を含む多くの国々で、BA.2系統やBA.5系統から派生したBQ.1.1系統やXBB系統などの変異株の感染例が増えつつあります。米国では、2023年2月現在XBB.1.5系統が最も流行しています。一方、イギリスでは、オミクロン株CH.1.1系統(注1)がXBB.1.5系統と共に流行しています。しかし、CH.1.1系統に対して、承認されている抗体薬(注2;カシリビマブ・イムデビマブ、ソトロビマブ、チキサゲビマブ・シルガビマブ)や抗ウイルス薬(注3;レムデシビル、モルヌピラビル、ニルマトレルビル・リトナビル、エンシトレルビル)、ワクチン接種によって誘導される抗体応答が有効かどうかについては、明らかにされていませんでした。
東京大学医科学研究所ウイルス感染部門の河岡義裕特任教授らの研究グループは、患者から分離したCH.1.1株に対する治療薬の効果、並びに、BA.4/5株対応2 価mRNAワクチンの有効性を調べました。
はじめに、CH.1.1株に対する4種類の抗体薬(ソトロビマブ、ベブテロビマブ、カシリビマブ・イムデビマブ、チキサゲビマブ・シルガビマブ)の感染阻害効果(中和活性;注4)を調べました(表1)。本研究では、SARS-CoV-2の受容体ヒトACE2を発現する細胞と発現しない細胞を用いて抗体薬の効果を検証しましたが、どちらの細胞でもソトロビマブ、ベブテロビマブ、カシリビマブ・イムデビマブ、チキサゲビマブ・シルガビマブのCH.1.1系統に対する中和活性は、いずれも著しく低いことがわかりました。


表1:新型コロナウイルスのオミクロン株に対する抗体薬の効果
(ヒトACE2発現細胞と非発現細胞で検証)


続いて、国内で承認を受けている4種類の抗ウイルス薬(レムデシビル、モルヌピラビル、ニルマトレルビル、エンシトレルビル)の効果を解析しました。レムデシビル及びモルヌピラビルはSARS-CoV-2の複製に関与するRNA 依存性 RNA ポリメラーゼを、ニルマトレルビルとエンシトレルビルはウイルスタンパク質分解酵素(メインプロテアーゼ)を標的としていますが、全ての薬剤が従来株に対する抑制効果と同程度の高い増殖抑制効果をCH.1.1株に対して示しました(表2)。


表2:新型コロナウイルスのオミクロン株に対する抗ウイルス薬の効果
(ヒトACE2発現細胞で検証)


mRNAワクチン被接種者から採取された血漿のCH.1.1株に対する中和活性を調べました。5回目にBA.4/5株対応2 価mRNAワクチンを接種した人の血漿(5回目接種から3週間~2ヶ月経過)並びにmRNAワクチンを3回接種後にBA.2系統に感染した患者(BA.2系統のブレイクスルー感染者;注5)の血漿の、CH.1.1系統に対する中和活性は、従来株、あるいはBA.2系統に対する活性よりも顕著に低かったものの、ほとんどの検体で中和活性を有していました。また、BA.4/5株対応2 価mRNAワクチン(5回目)接種後のCH.1.1系統に対する中和活性は、mRNAワクチン4回目接種後と比較して約3.6倍上昇していました。


図:mRNAワクチン被接種者の血漿のオミクロン株CH.1.1系統に対する中和抗体価
同一ボランティアにおける、4回目接種後と5回目接種(5回目はBA.4/5株対応2価ワクチン)の血漿を用いて、中和抗体価を比較した。棒グラフ上の数値は血漿中和抗体価の幾何平均値(GMT; geometric mean titer)を示す。


本研究を通して得られた成果は、医療現場における適切なCOVID-19治療薬の選択に役立つだけでなく、オミクロン株各系統のリスク評価など、行政機関が今後の新型コロナウイルス感染症対策計画を策定・実施する上で、重要な情報となります。本研究は3月7日、英国医学誌「Lancet Infectious Diseases」(オンライン版)に公表されました。

本研究は、東京大学、国立国際医療研究センター、日本相撲協会が共同で行ったものです。また、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業(JP21fk0108552, JP21fk0108615)、創薬支援推進事業(JP21nf0101632)、新興・再興感染症研究基盤創生事業 (JP22wm0125002)並びにワクチン開発のための世界トップレベル研究開発拠点の形成事業 (JP223fa627001)の一環として行われました。
なお、in vitroにおける中和活性と臨床的な有効性との関係については現時点では明らかではなく、今回の結果が直ちに臨床的な有効性の評価につながるものではありません。臨床的な有効性については、今後さらなる研究が待たれます。

発表雑誌

雑誌名:「Lancet Infectious Diseases」(3月7日オンライン版)
論文タイトル:Efficacy of Antiviral Agents and Bivalent mRNA Vaccines against a CH.1.1 isolate
著者:Ryuta Uraki*, Mutsumi Ito*, Maki Kiso*, Seiya Yamayoshi, Kiyoko Iwatsuki-Horimoto, Yuko Sakai-Tagawa, Yuri Furusawa, Masaki Imai, Michiko Koga, Shinya Yamamoto, Eisuke Adachi3, Makoto Saito, Takeya Tsutsumi, Amato Otani, Yukie Kashima, Tetsuhiro Kikuchi, Hiroshi Yotsuyanagi, Yutaka Suzuki, and Yoshihiro Kawaoka¶
*:筆頭著者
¶:責任著者
DOI:10.1016/S1473-3099(23)00132-9
URL:https://www.thelancet.com/journals/laninf/article/PIIS1473-3099(23)00132-9/fulltext

問い合わせ先

<研究に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 ウイルス感染部門
特任教授 河岡 義裕(かわおか よしひろ)

<報道に関するお問い合わせ>
東京大学医科学研究所 国際学術連携室(広報)
国立国際医療研究センター 企画戦略局 広報企画室

 用語解説

(注1)オミクロン株CH.1.1系統:
ウイルス感染は、コロナウイルス粒子表面に存在するスパイク蛋白質を介してウイルス粒子が宿主細胞表面の受容体蛋白質に結合することで始まる。実用化されたあるいは開発中のCOVID-19に対する抗体薬は、このスパイク蛋白質を標的としており、その機能を失わせる(中和する)ことを目的としている。BA.2系統は、そのスパイク蛋白質に少なくとも31ヶ所の変異を有する。CH.1.1系統のスパイク蛋白質は、BA.2系統と共通する29ヶ所の変異に加えて、12ヶ所の変異を有する。

(注2)抗体薬:
カシリビマブ・イムデビマブ(販売名:ロナプリーブ注射液セット)は令和3年7月19日に、ソトロビマブ(販売名:ゼビュディ点滴静注液)は令和3年9月27日に、チキサゲビマブ・シルガビマブ(販売名:エバシェルド筋注セット)は令和4年8月30日に特例承認を受けた。
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001024113.pdfを参照。
米食品医薬品局(FDA)は、ベブテロビマブに対して緊急使用許可を出していたが、令和4年11月30日に緊急承認使用を停止した。

(注3)抗ウイルス薬:
レムデシビル(販売名:ベクルリー点滴静注液)は令和2年5月7日に、モルヌピラビル(販売名:ラゲブリオ)は令和3年12月24日に、ニルマトレルビル・リトナビル(販売名:パキロビッドパック)は令和4年2月10日に、エンシトレルビル フマル酸(販売名:ゾコーバ錠)は令和4年11月22日にそれぞれ特例承認を受けている。
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001024113.pdfを参照。

(注4)感染阻害効果(中和活性):
抗体が持つウイルスの細胞への感染を阻害する機能。
(注5)ブレイクスルー感染者:
新型コロナウイルスのワクチンを接種して2週間以上経過後、新型コロナウイルスに感染した患者。

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